第023話 計画
九陽高校一年二組に所属する王子こと、榊俊也は俺のクラスにいる長身美形の美男子である。
雰囲気はスポーツ漫画の主人公よろしく爽やかそのもので、男女問わず誰に対しても人当たりがよい。
勉学は得意なようで態度が如才ないことも加わって先生方への覚えもめでたい。
そして極めつけはこの前の体力テストでも悉く優秀な記録を出せる程に運動も得意ということだ。
そんな誰もが認める優秀な人間なら砲丸を使って不審者を撃退し、少女を助け出すぐらい訳ない。
周囲も春野を助けたのが王子という話ならば納得するだろう。
手柄を押し付ける相手としてはこれ以上なく適任だ。
さらに面白そうなのは、王子が春野とこの件をきっかけにして恋愛関係に至る可能性を生み出せることだ。
校内で有名な美男子がこれまた同じく校内で有名な美少女を救い出し、そこから繋がりを持っていけばきっとこの二人は自ずと惹かれ合っていく。
王子は容姿だけでなく性格もよい。春野の方は性格がよくわからないが、容姿が人一倍優れているのだからよっぽど酷い性格でない限り、王子の方が彼女を魅力に思うことは期待できよう。
かくして清々しいぐらい王道的な恋愛展開となり、校内で最も注目されるカップルが成立するであろう。
そんな物語の背景として、モブを目指す俺にとっては都合のいい環境となり得る。
春野も自身を救ったのが白馬の王子様さながらのイケメンだと信じて疑わなくなり、その時点で人探しを終えるはずだ。
王子が春野を助けたかのように仕立て上げることで、春野が俺を見つける可能性を打ち消し、俺のモブ生活に寄与するという一挙両得になるのだ。
そう思い立ったら動かずにいられなくなった。ピンチをチャンスに変えるってこういうことなんだね。
計画の詳細は今日家に帰ってから詰めることにしよう。
時間も手間も掛かるが、今の俺のテンションならいくらでも根詰められる気がする。
今ならドリンクなしで24時間戦えそうです。
さて、今日から数日間、頑張るぞー。
「ねえ、最近休み時間にどっか行ってるけど何してるの?」
例の「王子と春野を結びつける計画」に沿って動き始めてから二日後、安達が俺に問いかけてきた。
「ああ、ちょっと校内を散策していてな」
安達と加賀見の二人に計画のことがバレるわけにいかず、適当にごまかした。
校内を歩き回っていることは一応事実なので特に問題あるまい。
さて二人がどう出るかと構えていると、助け船が意外な所からやってきた。
「そう。しょうがないミユ、今日は二人で過ごそう」
その助け船は加賀見からもたらされた。
「え、マユちゃん……?」
安達が加賀見の態度に違和感を覚えているのがありありと見えたが、加賀見はそれを気にも留めず安達を引っ張ってどっかへ行ってしまった。
普段俺へ嫌がらせすることを生き甲斐にしてる悪女が、今日はやけにあっさりしてるな。
理由はよくわからないが、計画に掛かり切りな今の俺にとっては大変都合がいい。
俺は計画を進めるべく、別校舎の方へ向かった。
俺はここ二日、昼休みを除く休み時間全てを費やして春野所属の一年五組がある校舎を回っていた。
目的は春野の行動パターンを知るためであった。
春野を直接つけ回すなんて真似は当然しない。バレたらストーカー扱いされて警察沙汰になっても文句を言えなくなる。
以前加賀見を安達の友人にと見繕ったときと同じように、基本的には誰からも不審に思われない程度の行動に抑える。
なので、散歩という体で春野が殆どの時間で過ごすと思われる校舎を徹底的に洗う。
一年五組の教室は言わずもがな、校舎の各教室や校舎周辺の野外までも春野がいる場所を遠目にチラリと見てさっさと通り過ぎていく。
迂遠だがそういう行動を繰り返してさらに三日が過ぎた頃には、春野がどの時間にどの場所にいるのかという傾向を大体把握できた。
こうして目的と成果を挙げてみると立派なストーカーだな、俺。
となると物的証拠なんて決して残せないから、メモを取らず頭に叩き込まないと。
次に王子達を観察する。
幸いにも王子とは同じ一年二組に所属しているので、昼休みなど教室にいる時間の内に王子達の普段の言動を知りたいだけ知ることが簡単だった。
もっとも、観察といっても露骨にずーっと王子達を見ているわけにもいかないので、会話に聞き耳を立てることがメインだった。
それでも俺の計画には事足りた。
そして家でも計画の準備を着々と進めた。
全くもって初めての作業だが、俺がやらなければどうしようもない。
こんなの他の人にはお願いできないのだからと、何とか俺一人で形にしていく。
計画が始動してから一週間。何とか最終段階まで事を運べた。
さて、時間になったし例の場所へ向かうとするか。
軽く咳払いをして、俺は二組の教室を出た。