第019話 砲丸投げ
俺の測定項目が7項目くらい終わった頃、後1つだからちょっとだけ休もうと思い人の少ない公園隅の林の方へ来ていた。
そこで何の用具も手に持たずトイレのある方へ向かっていく清掃員の姿を見かけて何となく気になったので、休んでいる傍ら、目だけは清掃員の様子を追っていた。
俺が林の中の、特に木々の多い場所でひっそり休んでいたためか清掃員は俺のことに気付く様子もなく、トイレの近くで何やら待機していた。
よく見るとトイレの入り口の方に小さな看板らしきものが立っているのも確認できた。清掃員が来たときにはもうあったので、一旦看板を置いてから遠くに離れて、またトイレの近くに戻ってきたのかな。ご苦労なことで。
しばらくして女子が一人でトイレの小屋の近くに来ると、清掃員が女子に寄ってきて何かを話し、女子がトイレから林の中へいくらか歩いたところで清掃員が彼女を拘束してきた。
こりゃダメだな、と思い偶然手元にあった砲丸を清掃員の顔のすぐ前にぶん投げた。
清掃員の格好をした変質者が砲丸に気を取られた隙に、女子が逃げ出せるのではと思ったのだ。
期待通り女子は変質者を振り切りさっさと逃走した。
すぐさま変質者が女子を追いかけようとするが、もう一発俺の放った砲丸が変質者の胸のすぐ前を掠ったときに足を止めた。
女子を追うのを諦めたのか、次は砲丸の飛んできた方向、つまりは俺のいる方へ振り向いてきたので俺は木のすぐ後ろに隠れた。気分はスナイパー。
そのまま俺の方へやってきたらその度胸を称え、今度は先ほどまでの牽制ではなく変質者の顔面に砲丸をプレゼントするつもりだった。
しかし変質者は数秒後、俺がいるのとは逆の方向に走って去っていった。
砲丸が怖くなったのかな。ちょっとご尊顔が芸術的な形に変わるだけだったのに。
変質者は公園の外へと急いで飛び出していったので、ひとまず別の生徒が襲われることはないだろう。
しかし、あんな絵に描いたような輩がいるとはな。
何が目的なのか知ったこっちゃねーが、どうせ性犯罪の類だろ。
この辺りの治安は果たして大丈夫なのかと、我ながら柄にもないことを考えていると
「……アンタ、運動得意だったんだ」
体力テストの測定場所がある方角から加賀見が出てきた。
「体育の成績は普通だぞ」
「その調子だと手加減してたんでしょ。白々しい」
加賀見が俺の方に近付いてくる。こっち来ないでください。何なら一生関わらないでください。
「アンタが林の方へ砲丸を投げるの見たよ。その後に女の子が林から出てきてたけど、どうせその子を助けるためにやったんでしょ」
よく見てんな。俺の方はともかく女の子の方なんて広い範囲に注意を向けないと気付かないと思うぞ。
「砲丸投げの練習をしてただけだ。女子の方は知らんよ」
「アンタのクラス、最初に砲丸投げの記録取り終わったでしょ」
と、加賀見は呆れたと言わんばかりの表情でため息をついた。
「女の子の走った方についていかなくていいの? きっとあの子、救ったのがアンタだってこともわかってないよ」
加賀見が訳のわからんことをほざく。そんなことしてどうする。
「する理由がねーな」
「どうして? その子や学校の人達から一躍ヒーローとして扱われるかもよ」
加賀見よ、俺を何だと思ってやがる。
「目立たないことを人生の目標にしてるってのに、ヒーローなんぞやってられっか」
俺がそう答えると加賀見は「やっぱりね」と呟く。俺の考えわかってたんじゃねーか。
「ま、アンタがそれでいいならいいけど。それで、この後通報でもすんの?」
「女子から話を聞いた先生達や他のお友達が何とかするだろ。それより面倒になりそうだしここ離れるわ」
「はあ、全く……」
林の近くを去る俺を加賀見がついてきて横並びに歩く。
「ところで、何でお前もここに来たんだ?」
「ここ生徒誰も来ないでしょ。静かな所で休もうと思って来たらアンタがいたの」
考えることは同じだったのか……。俺は何とも言えない気分になった。
ついさっき女子を何事かから助けた黒山は、何事もなかったかのように林を離れていった。
私はソイツの隣についていくが、互いに会話は交わさなかった。
丁度いい話題もないし。
あの林の中で何が起こっていたのかは気になるけれど、黒山は詳しく話そうとしないだろう。
それに林から出てきた、被害者と見られる女子の様子も明らかに重大だった。第三者の私が興味本位につつくのはダメだろう。
私達が知るべきことは、この後先生方や他の大人の人達が適宜生徒達に周知するだろう。逆に言えばそれ以上のことは被害者のためにも知ってはいけない。
ミユには……当面黙っておこう。
黒山が人助けをしたこと以外は。
でもまあ、ヒーローはゴメンか。
前から察していたことではあるが、黒山は目立つことをとにかく避けようとする。
それが悪いことなら当たり前なのだが、今回のような自分の評判を上げる良いことであっても決して表沙汰にしない。
だったら――