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第017話 ファン

 開会式が終わり、体力テストが開催された。

 各クラスで最初に測定する項目が分かれ、外の競技スペースでは100m走や砲丸投げなど、体育館では握力測定や上体起こしなどの項目が出席番号順に測られていた。

 測定の終わった者は予め決められた順番に沿って別の項目を測定する場所に移動。

 全部で8つの項目の測定を行い、終わった者から自由時間となる。

 自由時間とは言っても公園の外に出るのは禁止。

 昼食は予め各自持参してきた弁当で済ませること。

 以上が我が校の体力テストの概要です。


 俺のクラスでは最初に砲丸投げをやることになっている。

 男女別々に測定しており、俺よりも先に安達が砲丸を投げていた。記録はよく見ていないが、測定後に安達の表情が浮かないことから、あまり良くはないことが想像された。

 安達が次の項目の測定場所へ向かうのを見届けて暫くすると俺に順番が回る。

 ずっしりとした砲丸を持ち上げ、俺は砲丸を投げた。

 記録は7.8m。うん、平均的だね。


 その他の測定項目も順調に平均値近くをマークした。

 俺にとっては狙い通りの結果で満足していた。

 測定を半分消化したところで昼食タイムとなったので、俺はバッグのある場所へ移り、弁当を取り出した。

 今日はいつもと違い、校外での昼食である。奴ら(・・)の姿は見えておらず、一人で心穏やかにご飯を味わえる大チャンスであった。

 奴らに見つかったら厄介になるのは明らかなので、さっさと人目のつかない場所に移動しよっと。

 さっきの体力テストで公園内をざっと回ったが、隅にある林は虫の(すだ)く薄気味悪い雰囲気もあってか人のいる気配が窺えなかった。

 そこなら奴らも近付くまい。さあ行くかと足を運ぼうとすると、

「あ、黒山君、私達が食べるのはあそこだよ」

「場所間違えるなんてドジね」

 奴らこと、安達と加賀見が俺に声を掛けてきた。

 しかも遠くからでなく、俺の視界に入らない方向からいつの間にか近くに来ていた。よって気付かないフリして遠ざかることも難しい。

「……はい」

 早々に諦めた俺は、結局学校での昼食と同じようにこの二人と同席することになりました。

 でも俺、君らと一緒に食べる約束なんてした憶えは全くないんだよね。


「皆、残りは4項目かー」

「丁度半分だね」

 安達と加賀見は体育館の傍の方にシートを敷いていた。この時間のこの場所は太陽が体育館に阻まれ日陰になっており、俺達以外にもこの日陰を求めていくつかのグループが陣取っていた。

 俺は二人と輪になるようにシートを敷き、その上に腰を下ろして弁当を食っていた。

「それにしても、榊くんの測定えらく盛り上がってたね」

 安達の言う榊とは、俺が密かに「王子」と呼んでいる男子のことだ。入学して一ヶ月ぐらいは名前をろくに記憶してなかったけど、最近憶えた。俺って偉い。

 案の定というか、王子のテストの記録は現時点で俺たちの学年の中で最高かそれに近い水準を叩き出し、それを見ていた多くの女子達が黄色い声を上げていた。

 その様子は遠目から見ていてもわかるぐらいに目立っていた。

 彼女達が恐らく噂に聞くファンクラブなのだろう。

 学校において、芸能人でもない同級生に対するファンクラブというものを生で見たのはこれが初めてだよ。そしてこれが最後になるかもね。

 ところで王子の話題を出す辺り、安達も王子に興味があるのかと思ったが、

「ミユもああいうのに興味あるの?」

「え? いや、私はああいうのは別に……」

 加賀見の問いに照れ隠しする様子もなく、そう答える安達を見てその線はないと判断しました。

「奇遇だね、私もだよ」

 ついでに加賀見も王子のことは心の底からどうでもいいようで。

 まあ興味あったら、王子のいる二組の教室で弁当食いに来たときでもそういう素振り出るだろうしな……。

 実際は王子のことに全く目もくれず、安達との談笑と俺への責苦を楽しんでいる感があった。前者は結構なことだが後者はまともな人間のやることじゃない。


 しかし、こちらも案の定というか、安達も加賀見も王子のことは興味無しか。

 でも、よくよく考えてみればこの二人みたく王子に興味ないクチが珍しいとも言いきれない。

 今王子に向かってキャーキャー言ってる女子の人数は、さっきチラっと見たところではざっと5人近く。

 一学年女子の全体数はおよそ120人だろうから、それに比べれば一割にも満たない。

 王子のファンは別に大派閥というわけではないのだ。

 無論、公然と王子を追っかけてる彼女達と違って秘密裡に王子を慕っている女子もいると思われる。

 そういうのを含めれば結構な数になるかもしれないが、この二人はそんな隠れファンの部類にも含まれないのだろう。多分今後も。

 もしこの二人が王子みたいなわかりやすいイケメンにあっさり惚れるミーハーであったなら、今頃は俺なんかと関わろうとせず今頃王子にご執心となっていたことだろう。

 この二人も見目好いことだし、場合によっては王子がこの二人のどっちかに惚れる可能性もあった。

 つまり俺が今みたいな苦労をすることはなかったんだよなあ……。


「アンタはどう思う?」

 加賀見が俺に話を振る。さて、例の脅迫じみた技を貰わないためにはどう答えるのが正解なのか。

 わかんねぇからもう適当でいいや。

「全く関係ない所から眺めてる分には面白いな」

「どういうこと?」

「あんなマンガの主人公みたいな奴、現実の人生でそうそうお目に掛かれないだろうし」

「あー、何かわかる」

「アンタみたいな奴も今までの人生で見たことないけどね」

「さいで」

 俺は加賀見から何かをされることもなく、無事に弁当を平らげた。


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