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第016話 待ち合わせ

 体力テスト当日になりました。


 開催場所は市内の運動公園で、陸上競技用のトラックも整備されている。

 中高生の運動部の市内大会も例年ここで行われるらしく、俺達一学年250人近くで体力テストを行うには十分な広さだ。

 公園には集合時刻の10分ぐらい前に到着した。

 園内には九陽高校の生徒達がそれなりに集まっていた。まだ来ていない生徒の方が少ないように感じた。

 彼らは太陽の直射日光を避けるように林や四阿(あずまや)の方で待機し、友達同士で和気藹々とお喋りしている。

 それもそのはず、六月に入ってますます暑くなっているのだ。日差しのある場所でじっとしているだけで汗の掻く時期になってきた。

 いつもの六月より暑い気がするが、今からこんな暑かったら七月、八月なんか一体どうなるのか。


 公園の中にある木陰の涼しい場所に移動し、開会式までどう時間を潰すかと考えていたところで

「あ、おはよう」

 と挨拶が来たので振り返るとそこに安達がいた。

 ちなみに今日はジャージのまま現地集合してもよいことになっているため、周りにいる生徒は全て制服ではなくジャージ姿である。

 安達も俺も例に漏れずジャージを着ている。

「よく見つけたな」

「偶然だけどね。この辺りで休もうと思ってたら黒山君がいたからさ」

「そのまま気付かないフリしてくれても俺は構わなかったが」

「あはは」

 またまたご冗談を、とでも言いたげに笑う安達。俺としては本気で言ってるんだがな。

「そうそう、今日の測定頑張ろうね」

「まあ、そこそこにやるさ」

「あー、やっぱやる気ないんだね」

 そりゃそうだ。ただでさえ運動が面倒で家ではベッドでゴロゴロ寝転んでるのを放課後の楽しみにしているこの俺が、こんな運動主体のイベントに興味を持つ理由なんてこれっぽっちもありゃしない。

 運動部の奴らはまだマシだろうよ。今日の体力テストは勉強しなくてよく、かつ自分の得意な分野で活躍できる場であるんだから。

 さっき園内にいる他の生徒を見ていた限りではいかにも普段からスポーツに興じていそうな連中が、特にテンション高めに身内で盛り上がっているようだった。本日のイベントの主役はこういう奴らなのだ。


「お前も運動苦手って言ってたのによくやる気になるな」

「まあ、少なくとも中学のときよりは良い成績出したいし」

「どうせ加齢とともに運動能力は落ちていくんだし、気にしなくてよくないか」

「何十年先の話をしてるのかな?」

「それに、中学とはまた測定する項目は変わると思うが」

「うん。だから100m走とか、中学でもやった項目は頑張るつもり」

「そうか、それじゃ陰ながら応援してるよ」

 そう言って移動し出す。うん、自然なタイミングで我ながらナイスだぜ。

 それなのに、

「ねえ、開催するまでは一緒にいない?」

 安達が俺のジャージを後ろから掴んで俺の動きを止めに掛かる。何で?

「いや、加賀見の所に言ってお喋りすればよくないか?」

「マユちゃん、見つからないからメッセージで確認したら『まだ着いてない』だって」

「そうか、それじゃ」

「何さっきと同じ調子で逃げようとしてるの?」

 俺がさらに歩を進めようとしたら、さらに安達のジャージを引っ張る力が強くなりました。やめろ、ジャージがビロンビロンになる。

 しょうがない、加賀見が来るまで安達の相手をするか。


「とりあえず、マユちゃんとの待ち合わせ場所だけど」

「うん」

「着いてすぐわかるように公園の入り口の方にしようと思うんだ」

「いいと思う」

「よかった。ならそこに移動しようか」

「あの、安達さん」

「なーに? 黒山君」

「いい加減俺のジャージから手を放してくれない?」

 安達の会話の相手になっている間も、何故か安達がずーっと俺のジャージを掴んだままでいるのです。今からそんな手を酷使してると握力測定のときに力を発揮できなくなるぞ。

「うーん、いいけど逃げたりしない?」

「はい、勿論」

 はっはっは、やだなぁ安達さん。普段から学校で常に休み時間をともに過ごすぐらい親しい相手から一目散に逃げ出すなんて、そんな失礼千万なことするわけないじゃないですか。

「じゃ、手を放すね」

 どうやら聞き入れてくれた様子。ありがとう安達さん。

「せーの」

 という安達の声に合わせて、俺は一方向にダッシュした。そして安達から瞬時に数mほど距離を取り、逃走に成功。

 するはずだった。

 何故か安達の手は俺のジャージを握ったまま。ダッシュに失敗し、俺は体を安達の方へ引っ張られて「グェ」と鳥のような鳴き声を上げた。

「あの、安達さん?」

「どうしたの、たった今逃げ出そうとした黒山君」

 あれ、安達の目に光がない? いやいや、目の錯覚だな。

「あの……ジャージをですね」

「放すと思う?」

 思いません。

 結局、俺が安達から解き放たれたのは加賀見が来てからだった。

 ずっと安達に捕らえられてげんなりした様子の俺を見た直後の加賀見が「プッ」と吹き出したのは一生忘れない。


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