第014話 ミユとマユちゃん
私とミユが初めて出会った日。
校舎裏で黒山が去り、ミユからそれまでの経緯の仔細を改めて聞き出したときのこと。
黒山は普段一人で悠々読書をしており、友達のいる様子はない。
ミユと関わりを持つようになったのは同じ係の仕事がきっかけであり、休み時間は互いに話していない。
それを聞いて私は黒山という男に対して一つの当たりをつけた。
黒山も基本誰かと関わりたくなく一人だけで学校生活を送りたい、私と似てるタイプだと。
ならばミユと私も合わせて傍にいて、奴の一人の時間を極力削ってやれば奴にとって相当ストレスになるのではないか、と。
そうすれば無論私の、自分だけの時間も同じ分削られるが、黒山に仕返しできるならこの際どうでもよかった。
そのぐらい奴への報復に燃えていた。
そのためにはミユの協力を仰ぐ必要がある。
私は早速ミユに話を切り出した。
「安達さん、一つ頼みがあるんだけど」
当時は初対面であり、この頃は当然「ミユ」と呼んでいなかった。
「はい、何でしょう」
ミユはかしこまってこっちの返事を待つ。
ミユも自分達の事情に私を巻き込んでしまった罪悪感があるのかもしれない。
さっきの話を聞く限り、ミユも私と似たような立場に思えるのだが。
「アイツに嫌がらせするのに協力してくれない?」
「へ?」
黒山と三人で過ごせばそれだけで嫌がらせになる。
代わりにミユの頼みも相応のレベルで応える。
そういう取引を持ちかけた。
「……うん、いいよ」
ミユはあっさり私の協力に応じてくれた。
やけに話が早いな、と疑問に思っているとミユが言葉を続けてくれた。
「私もあなたを勝手に付き合わせちゃった立場だもん。これが罪滅ぼしになるなら私もあなたのやることに付き合うよ。私が言うことじゃないかもだけど、こんな事した黒山君も少しは痛い目見た方がいいと思ってるし」
案の定、ミユも自分のことを悪いと思っていたようである。
「……別にあなたが気にすることじゃない」
ついぶっきらぼうに言ってしまったが、でも私の本心だった。
繰り返すが私にミユを責める気持ちは起きなかった。
私もかつて友達を作りたいと思っていた時期があり、おこがましいがミユの友達が欲しいという気持ちは幾分か理解できた。
「それに――」
ミユはさらに自分のことを語った。
ミユの話を聞き終わり、私は思わず笑い声を出してしまった。
「あれ、どうしたの?」
急に笑い出す私を見てミユが不審がった。
「ああ、ごめんごめん。あなた、面白い人なんだなって」
言葉を選ぶのが苦手な私はあえて率直に自分の感想を言った。
「え、あ、私が面白いなんて、そんな」
なぜか嬉しそうにするミユ。面白い人って変わり者っていうのとそんなに違いがないと思うんだけど……。
そう考えると今相手に失礼なこと言っちゃったな私。
まあ、本人が喜んでるならいっか。
彼女の姿を見て、黒山の件を抜きにしても私はもう少しだけミユと一緒にいてみようと思った。
こうして、ミユは私とともに黒山の学校での時間を潰すことへ協力してくれることになった。
昔から会話を続けるのが苦手だったが、最初の内は何とか自分のこと、例えば趣味から話題を捻出していた。
そうしてみたらミユとは趣味が合うことが結構多かった。
そしてミユも私も会話が気付けば盛り上がることもしばしばあった。
中学時代までに同級生達と偶に会話していたときは、私の話し方がまずいのか相手がつまらなそうにしていることや、私も相手の話についていけないことが結構あった。
それが私にとって一人の方が楽しいと思うようになる一因でもあった。
しかし、ミユと話をするようになって、ミユと一緒にいる時間も悪くないかもと次第に思っていった。
やがて黒山のいない所でも二人で話をする機会が増え、二人で一緒に学校の最寄り駅まで帰るようになったある日、こんなことがあった。
「ね、加賀見さんの下の名前って真幸だよね」
「え、うんそうだけど」
質問の意図を掴みかねてとりあえず素直に答える。
「これから加賀見さんのこと、マユちゃんって呼んでいい?」
「マユちゃん……」
そう呼ばれるのは初めてのことだった。
今まで家族・親戚からは下の名前で、同級生からは男女問わず上の名前つまり苗字で呼ばれてきた。
そういう渾名をつけられるのは新鮮だった。
響きもそんなに悪くない。
なので私もお返しにと、
「うん、いいよミユ」
ミユをそう呼ぶことにした。
「ありがとうマユちゃん! でも、私に『ちゃん』は付けてくれないの?」
「同級生をそう呼ぶのあんま慣れてなくて」
つい顔をそむけて言い訳する。気恥ずかしいから勘弁して。
「顔赤いね」
うるさいな。