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第013話 宣言

 安達が階段を下りていく音を遠くに聞く。

 俺もトイレの名目でこの部屋を抜けようかな。今の加賀見と二人だけの空間なんて殺伐としてて気が落ち着かんし。

 いや、この前の件で加賀見について一つ確かめたいことがあったんだった。

 安達もいないしいい機会だ。ちょっと尋ねてみるか。


「なあ、一つ確認したいんだが」

「何」

 加賀見は無表情で返事する。さっきまでレースゲームを遊んで楽しんでいた気分はどこへやら。

「お前も好きで一人ぼっちになってるタイプなのか」

「そう。アンタのせいで今はこんな調子だけどね」

 そうだったのか。教室での様子が安達に似てて、無為に時間を潰しているように見えたから勘違いしてたよ。

 安達と同じく、ボッチの状態からできれば抜け出したいタイプと思い込んでいた。

「なるほど。それは俺が悪かった」

 とりあえず頭を下げる。

「……何、急に」

 加賀見が俺の様子に不審がる。

「お前がボッチでいたくないタイプだと誤解してた。それで安達を引き合わせたんだが、余計なお世話だったと思ってな」

 俺も望んで誰とも関わらずに過ごしているタイプだからわかる。

 もし俺が加賀見にしたことと同じことをされたら、ソイツへ大いに怒りをぶつけるであろう。

 もっとも、今の加賀見のように陰険な真似を延々と仕掛けるかは知らんが。

「……はあ、もういいよ」

 不承々々、という態度だが何とか俺の謝罪は受け入れてくれたようだ。

 これで少しは俺への嫌がらせも収めてくれるのだろうか。

 我ながら今回の謝罪にそういう打算があったことは否めない。というかそれが半分以上を占めてます。


 加賀見に俺が要らぬお節介を焼き、それを理由に俺へ嫌がらせをするようになったというのは裏付けられた。

 それならそれで、どうにも気になることがある。

「でもな、俺へ意趣返しするのに安達を巻き込むのはどうかと思うぞ」

 発端は安達が俺のもとを離れられるように新たなお友達として加賀見を紹介したことである。

 そういう意味では確かに安達も加賀見を巻き込んだことと無関係とは言いきれない。

 しかし、

「あの日は安達も俺がやろうとしていることを知らなかった。あの件については安達に責任あるわけじゃないんだよ」

 安達も加賀見とあの日の状況はほぼ変わらず、いわば善意の第三者みたいな立ち位置だ。

 加賀見が安達に仕返しするつもりなら筋違いだし、そうじゃなくとも安達を加賀見の俺への仕返しに利用する筋合いもない。

 安達を巻き込むようではこの前加賀見が俺に言った、自分の事情に他人を勝手に巻き込む奴と大差はない。

 こんなこと、俺の言えた義理じゃないのはわかっているが、この一件の当事者は俺と加賀見と安達の三人だけだ。

 それなら結局俺が言うより他にいい方法が浮かばなかった。


「……!」

 加賀見が半分閉じていた目を急にかっ開いた。

 一人でレースゲームのタイムアタックをしながら俺の話を聞いていた加賀見だが、俺の方へ体ごと向いて妙な威圧感を出した。罪人を裁く閻魔のように見えた。

「ミユと私のことで知ったような口を効くな」

 声は安達に配慮してか決して大きくなかったが、ただ恐ろしい気迫がそれに籠っていた。

「すみません許してください」

 このままではヤバいのが目に見えていたのでひたすら頭を下げる。

 一体何がどうしたというのか。

 今までの加賀見の行状には俺もしばしばビビらされてきたが、そのときの加賀見は嗜虐的な趣味が働いてニヤニヤするだけで、本気で怒っているようには見受けられなかった。

 だが今は違う。

 俺の発言にどういう火薬があったのか、いきなり怒髪天を衝いて俺を仇敵のように睨んでいる。

「……決めた。アンタがさっき自分が悪いって認めたとき、少しはアンタへの対応も手加減してやろうかと思ってたけど」

 いきなり語り出す加賀見さん。さっきの謝罪は一応効果あったのか。それでももう関わらないとかじゃなくて手加減ってレベルなのが引っかかるけど。

 しかし只今の加賀見さんの表情を見ると、そんな手加減すら到底望むべくもない様子だった。


「私の気が済むまでアンタが嫌になるような学校生活を徹底的に味わわせてやる」


 加賀見がとんでもない宣言をしてくれた。

「ああ、でも安心して。私も停学や退学にはなりたくないから、凶悪犯罪の類は勘弁してあげる」

 女王様の風格を見せて微笑む加賀見さん。少しも安心できる要素が見当たらない。

「……しょうがねぇ。どうせ高校生活の三年間だけだ。そんぐらい耐えてやるさ」

 少しでも反論しようと何とか言葉を捻り出すが、出てきた言は情けないことこの上なかった。

「あれ? 私の気が済むまでって言ったよね。高校で終わるとは限らないよ」

 俺をものすごく馬鹿にしたような口ぶりで、首を傾げて人差し指で頬をつつく加賀見。お前、大学や専門学校まで俺につきまとう気か。

 とんでもない事態になったと、妙な汗が額を流れてきたところで安達が部屋に戻ってきた。

「いやー、ごめんね待たせちゃって。……あれ、どうしたの二人とも」

 何も事情を知らない安達の声が、この緊張した雰囲気を緩ませてくれた。


 この後、加賀見が「ごめん、今日はそろそろ帰らないと」と言い、先に帰っていった。

 先ほどのやりとりの直後に加賀見と二人で帰るなど真っ平ごめんだったので「俺はもう少ししたら帰るわ」と安達家に残る旨を伝えたら安達が驚いていた。まあ、俺が言ったらそうなるか。

「ねえ、二人で部屋にいたとき何があったの?」

 さっき同じことを安達に訊かれたときは俺も加賀見も別に何でもないよと答えたのだが、やはりそれでは納得いかなかったらしい。

 さてどうする。安達に先ほどのやり取りのことを詳しく話そうか。

 ……いや、安達が加賀見に俺への仕返しに利用されていることを知らないかもしれない。

 知った上で安達が自分から協力している可能性もあるが、そうでなかったときに俺から事情を話したら加賀見と安達の関係が崩壊するかもしれない。

 何だかんだ二人で仲良くやっているようだし、俺の不用意な一言でその関係を壊すのも忍びない。

 それに、この二人がどんどん仲良くなれば俺のことも忘れて二人だけで遊ぶようになるかもしれない。うん、きっとそう!

「いつものように加賀見が俺をビビらせて遊んでただけだよ」

「……ふーん」

 どこか納得いかない表情を見せる安達。「マユちゃんはそんなことしないよ」とか言わない辺り、加賀見への理解が深くて素晴らしいと思いました。


 さらば俺のモブ生活……なんて絶対に言わねえぞ! 必ず俺の理想の生き方をしてやるからな!


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拙作の総合評価が10ptを突破した記念に、本日はもう一話投稿致します。

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