第011話 勿体ない
二人の説得に失敗してから数日後。
今日もまた三人で昼食を摂る。
二人を俺から離すのが難しいのはわかった。特に加賀見を引き離すのは土台無理なこともわかった。
モブのように誰にとっても関わることのない存在として暮らしたいと思っていたが、最近はそれどころか俺へ積極的にストレスを与えたがる存在がいるのでとにかく居心地が悪い。
これって普通よりキツい学校生活送ってるんじゃね?
それとも俺が知らなかっただけで、高校生になると皆こんなものなのか?
自分の今後の学校生活を憂いていると、
「あれ、浮かない顔してどうしたの?」
「何か嫌なことでもあった?」
安達と加賀見が心配そうに声を掛けてきた。
だが加賀見の表情がどことなく楽しそうに見えるのは気のせいではあるまい。
路地裏でのことを踏まえると余計にそう感じる。
「いや、将来のことに不安になっていた」
「え、何か重いね」
「そんな話いきなりされても……ねぇ?」
「お前らが訊いたんだろ」
俺はさっきまで弁当をつまんでいた箸を置き、ペットボトルのお茶に口をつけた。
ペットボトルの蓋を閉めた後、何となくまた王子達の方をちらりと見る。
王子達を取り巻く雰囲気は相変わらず爽やかで、華やかだった。
でも一見爽やかそうでいて、その実は男女の恋愛関係のもつれでドロドロになっているのかもしれない。
そう、例えばグループ内の女子二人が両方とも王子に恋しており、王子の気付かない所で醜い舌戦を繰り広げてたり、そんな女子二人のどちらかに好意を寄せるまたも同じグループの男子がいて、しかしながら男子の側はその女子の王子への恋心を知って身を引こうとするも諦めきれず、今の友達としての関係を保つかそれとも一か八かタイミングを見て告白してみるか悩んでみたり……うん、物語を広げる展開がいくらでも浮かんでくる。全部他の作品で手垢がついてる展開だろうけど。つきまくったあまりもはや手垢しか見えない状態になってるだろうけど。
しかし、それはそれで青春ラブストーリーとして期待できそう。上映はいつですか。
主役は王子一択だな。その長身美形を活かして是非とも映画館の観客を沸かしてくれ。
王子達の想像で遊んで満足したところで、再び安達と加賀見に視界を戻す。
二人は最近買ったマンガの話で盛り上がっていた。
出会った当初はあまり気にしなかったがコイツらも充分容姿に優れている。
安達はやや茶色がかって見える髪をショートボブに切っている。
顔つきはほっそりとしていて肌は同級生の中でも白く、大抵の男は美少女と評価するだろう。
お行儀良く弁当の中身を箸で運んでいる姿だけ見ても、大人しく清楚な雰囲気が漂っている。
加賀見は漆黒の髪を胸の辺りまでまっすぐ伸ばし、ツインテールにまとめている。前髪は長さ等しく切り揃えられている。
輪郭はちょっとだけ丸みがあるも決して太っているようには見えず、目つきは丸い眼を常に半分閉じている。
体型はスレンダーで、中学生を連想させるような低い身長はロ、
突然、俺の顔のすぐ右を何か細長いものがビュっと横切った。
加賀見が一本の箸を突き立てたのである。前回のビンタ版猫だましと同じく俺の顔のほんの少し横、それも目の近くを音のような速さでフェンシングのように突いてきた。
「……な、何を」
「蝿がアンタの近くを飛び回ってたから退治してあげようと思って」
加賀見は朗らかな笑顔で答えた。
蝿が目の近くを飛び回ってたらまず気付くと思うが、そんなのは特に見当たらない。
「いや、蝿がいたとしても箸で突いて仕留めるとか無理だろ」
「あ、いっけなーい私ったら♪」
加賀見は箸の持った手を引っ込めてぶりっ子ポーズを取る。そしてグーにした右手を頭へ可愛らしくゴッツンコ☆
何だよそのレトロな仕草は。あざとすぎてファンもイラっとするレベルだわ。
「……マユちゃん」
さしもの安達も友人のマユちゃんの凶行に引いてるが、マユちゃんに気にしてる素振りはない。やったねマユちゃん!
では改めて。加賀見はロ……ではなく小動物のような庇護欲を搔き立てるような可愛らしさがある。見た目だけは。
コイツらだって積極的な性格ではなかったから今まで周りの同級生にもそこまで構われず過ごしていただけで、人並の積極さがあれば容姿も相俟ってそこらの奴より人気が出たんじゃないのか。
それこそあそこの爽やかグループに入るか、はたまた別のグループの中心的存在になれたかもしれない。
そう思うと勿体ない。俺がモブ生活を送るのに役立ったろうに実に勿体ない。
今からでも王子達のグループ、じゃなくとも他の仲良し女子のグループに入れさせることはできないかと思うが、本人達にその気がない以上無理だろうな。
そんなことを考えているときに安達が
「ねえ、今日私の家に遊びに来ない?」
と俺達を遊びに誘ってきた。加賀見は即座に
「いいよ」
と快諾した。そりゃそうなるよな。
俺は勿論断りたかった。
加賀見が何を考えて俺の傍にいるのかよーくわかったし、嫌な気分になるのをわかって行きたいなんて思う程マゾでもない。
だが誘いを断るとこの前みたいに安達がまた妙な態度を取り、今度は加賀見も煽って俺を悪者に仕立て上げる恐れがあった。
安達がやらなくても、加賀見の方がこれ幸いにと何かを仕掛けてくることは大いにあり得た。
だから俺は安達の誘いに
「ああ」
と渋々了承するしかなかった。
了承した後、ペットボトルのお茶の残りを一気に飲み干した。