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第010話 路地裏

 安達の説得に失敗しました。

 安達があんなことになるとは想定外だった。

 あんなの人前で事あるごとにやられたらいよいよ俺の学校生活がしんどくなるぞ。泣き女属性なんて一部の業界にしか需要がねーよ。

 考え出すと憂鬱になってきそうなのでここらで昨日のことを振り返るのはやめて、次はどうしようかとあれこれ考えを巡らす。

 しかし、いいアイデアが浮かばない。コンサルに相談すれば問題は解決するのかしら。

 気分転換にラノベでも物色していくか。

 俺は学校の最寄り駅の近くにある本屋へと向かった。


 最寄り駅の近くにある本屋は広く、俺の他にも俺と同じ九陽(きゅうよう)高校や、また別の学校の制服を来ている生徒達がちらほらいた。

 マンガやラノベのコーナーを見て回る生徒もいれば、問題集や参考書のコーナーで中身を吟味している勉強熱心な生徒もいた。

 俺は当然前者です。参考書とか本屋で買ったことないよ。

 と、マンガのコーナーへ向かおうとしたところで加賀見に会った。

 昨日風邪で休んでいたらしいが、今日はそんなことを思わせないぐらい元気な様子で、安達を連れて俺の休み時間を邪魔しに来ていた。

 本人曰く微熱でそこまで大したものではなかったのだが、大事をとって親御さんに休むよう言われたとのこと。そんなこと言って実は仮病だったりして。

 ちなみに加賀見が俺の方へ「心配してくれた?」と尋ねてきたので「いや、全然」と返したら「包丁とナイフとドス、どれがいい?」と別の質問をしてきた。意味が全くわからず無言でいたら「じゃ、私の方で選んでおくね」と言ってきた。それらの刃物を一体何に使う気なのかな。


 それはさておき、本屋で見かけた加賀見を無視しようとしたが加賀見の方から

「あ、ブラック」

 俺を見つけて声を掛けてきた。

 一瞬誰のことかと思ったが、ここで先日の一件を思い出す。記憶を封印していたのに。

「おいやめろレンジャーの一員みたいに呼ぶな」

 加賀見がブラックと呼びかけたとき、サラリーマンと思しきスーツの男性がこちらをちらっと振り返ったように見えたけど多分目の錯覚だよね。見知らぬ人だとしても俺がブラックって呼ばれてる人だと認識されるのはちょっと勘弁して頂きたいのですが。

「アンタが自分で名乗ったんでしょ。ブラックマウンテンさん」

 ニヤニヤ笑いながら話しかけてくる加賀見に閉口する。お前黒山って呼ぶことにしたんじゃないのかよ。現状ほぼ「アンタ」としか呼ばれてないけど。

 まあいい。安達への説得は失敗したが、今度はコイツを説得してみることにする。

 またも失敗する予感がとっても強く働いているが、何もしないよりマシ(なはず)だ。

「なあ、一ついいか」

「何?」

 加賀見が笑顔から無表情へと戻っていく。どこか身構えているようにも見えた。

「ここじゃお客さんや店員さんにも迷惑だし、場所変えるか」

 広いといっても本屋の中で高校生二人が立ち話となってはさすがにスペースを取り、通行の邪魔だ。

「そうね。会計済ませるから入口の方で待ってて」

 加賀見も同意して、片手に持ってた少女漫画を俺に見せるように自分の顔の近くへ上げる。

「おう」

 俺は本屋の自動ドアを抜け、入口の近くで客の出入りを妨害しないような場所に移り、小柄な少女が出てくるのを少し待つ。

 暖かい日に吹く風が少し強かった。


 駅の近くにある、ビルとビルの間にぽっかり空いた路地裏へと移動した。

 昼の間でも当然暗く、ここに寄り付く学生はあまりいない。

 だからこそ、誰にも迷惑を掛けず静かに話すにはもってこいの場所だった。

 俺が案内するため先導し、加賀見は無言で後ろについてきている。

「こんな場所で話をしなくても」

「周りの目を気にしなくていいからな」

「……私を襲うつもり?」

「冗談だろ」

 ハッと笑ってしまった。コイツは一体何を言ってるのか。

「俺が言いたいのは安達を含めた俺達三人のことだよ」

 俺は足を止め、後ろにいる加賀見へと向き直った。

「俺や安達と三人で過ごすより、安達と二人だけでいる方がお前も気楽なんじゃないか」

 今回も前回の安達のときと同じく、女子二人だけの方が気安かろうと説き伏せる方針でいく。

 前回それで失敗したけど。だって他にいい説得の材料が思い浮かばないんだもの。

「どうして?」

「そりゃ、女子だけの方が共感したり一緒に行動できる範疇も広がるだろうし」

「うん、まあミユと二人だけで話すこともあるけどね」

 加賀見も俺の言うことには理があると思っているようだ。一気に畳みかけるか。

「それなら……」

「でも安心して。別にアンタと仲良くしたいわけじゃないから」

「……?」

 言葉の真意がわからず黙る。

 仲良くしたいわけじゃない? 俺はてっきり加賀見の目的が安達同様に友達を増やしたいためだと思っていた。

 いや、ひょっとして友達増やしたいのが安達だけで、加賀見はそれに協力してるだけか。それなら俺とは仲良くしたくないという加賀見の言い分とも、普段俺に攻撃的な加賀見の態度とも矛盾はない。

 それ以外で、普段校内で休み時間や昼休みと空いてる時間を利用して俺の所に来て、無理矢理会話に巻き込んで俺一人の時間を減らしまくってる理由って何なんだ。

 その理由はコイツの次の言葉で一応理解した。


「アンタが私達と一緒にいるのを嫌がってるから一緒にいるだけ」


 その言葉を聞いたとき、何かもう色々驚いた。

 まず俺が安達と加賀見の三人で過ごすのを嫌がってるのはとっくにわかってたのか。

 で、わかった上でそんなことをするのは俺への嫌がらせだけが目的だったと。

 なるほど、俺が怖がったり嫌な顔したりするのを喜ぶわけだ。

 そんでもってそれを馬鹿正直に俺に話すのか。やってることは陰険なのに何でそこだけ妙に清々しいんだよ。


 もう説得はいいや。加賀見が俺といる理由が理由だしどう説いても無駄なだけだ。

 今日はこれ以上他のアイデアを練る気力も起きない。どっと疲れた。

「……マジで俺から離れてくれないか」

 自分でもびっくりするぐらい冷たい気分で言い放ってしまったよ。

 もっとも、加賀見には容赦する気がなくなったし別にいいか。

 さっさと帰りたかったので、加賀見の返事を待たず来た道を戻っていく。

「やだ。こんなものじゃまだまだ私の気が済まないし」

 案の定俺の言葉を一蹴する加賀見は、戻っていく俺の横をぴったりついていった。

「お前、相当性格悪いな」

「そりゃどーも。赤の他人を自分の都合に勝手に巻き込むような人に言われても『お前が言うな』ってだけよ」

 加賀見は屈託ない笑顔を俺に見せた。

 この前の営業スマイルに形は似ているのに雰囲気はまるで違う、心の底から楽しそうな天使の笑顔だった。


 加賀見を安達の友人として宛てがおうとしたのを俺が本気で後悔したのはこのときだった。


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