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第001話 黒山胡星

 教室では本を読むのが日課だった。


 高校に入って一ヶ月くらい経ち、休み時間の教室にてクラスメイト達が仲良い者同士で集まり話に花を咲かせている。

 流行りの音楽とかゲームとか動画サイトの配信者とか話題はてんこ盛りらしい。よくネタが尽きないなぁと感心する。

 そんな中、俺、即ち黒山胡星(くろやまこせい)は自分の席に座り読書していた。

 清楚な美少女が姿勢正しく優雅に本を読んでいたらさぞかし映えるだろうが、あいにく俺の場合は決して良いと言えない見た目に、声をかけるとびっくりされるぐらい存在感の薄い雰囲気を醸しながら常に猫背に本を読んでいるだけ。将来腰がダメにならないか今から心配。

 クラスメイトと一緒に遊んだ経験は特にない。

 入学当初は隣の男子から話しかけられ、適当に話を合わせるなどした記憶が(かす)かに残っているが、こちらから誰にも話しかけずにいたらクラスメイト達はやがて仲の良い者同士でつるむようになり、俺と話す者はいなくなった。今ではラノベが一番の友達です。


 俺はそんな学校生活に満足していた。

 昔から人と他愛のない話で盛り上がるのが苦手だった。

 流行りの物には基本興味が向かず、話についていけないことが多々あった。

 流行りの物を扱う教科があったらテストで毎回赤点を取り補習コースまっしぐらになるところだった。今の教育課程に感謝するぜ。

 誰にも目立たず、注目されない、誰にとってもいわば「モブ」に当たるような生活を送れば他人のことを気にしなくてもいいと思うようになった。

 そして俺は積極的に人付き合いをするのを避けて今に至る。満足してる理由の説明は以上。

 ちなみにモブ、もといモブキャラクターは本来「その他大勢」という意味らしく、俺一人では成立しないがそんなの気にしない。気にしないったら気にしない。


 さらに都合のいいことに主人公っぽい男子がこのクラスにいる。

 教室の真ん中辺りに男子が5人固まって談笑しており、その中で一人大層目立つ男が混じっている。

 目鼻立ちがとても良い高身長で、男性アイドルと見紛うような容姿。

 運動が得意でサッカー部に所属しているらしいその男は、自然とクラスで一番目立つ存在となっていた。

 白馬の王子様を日本人が演じるとしたらコイツだろうなぁという印象から王子と呼ばれている(俺の心の中限定)。本名は知らない。

 入学して一週間ぐらいで早くも王子が女子からの告白を受けたという噂が教室で耳に入ってきたこともある。

 彼女ぐらいとっくにいてもおかしくないが友達との会話を聞く限りではまだいないらしい。

 王子だから彼女じゃなくて政略結婚で結ばれる予定の婚約者でもいるのかもしれない。そして真実の愛(笑)に気付いてソイツを婚約破棄する人生でも待っているのかもしれない。そのときは見学させてほしい。超面白そうだし。

 俺にとってはこういう主人公らしい存在が近くにいるのはありがたい話だった。

 大抵の人がそっちに注目するだろうし、天から二物も三物も豪華なラッピング付のプレゼントボックスで与えられて生まれたような奴と、その分皺寄せで色々差し引かれたものをおこぼれのように頂戴して生まれた俺とではおよそ接点もない。

 なら奴がいる分俺はますますモブらしく生きられるのである。ふと思ったけど俺はおこぼれすら貰ってないかも?


 ともあれ今は王子のいる効果もあってか心穏やかに過ごせているわけだが、俺と同様にどの仲良しグループにも属さず教室で過ごす女子がふと目に入った。

 その女子は問題集やノートを広げて勉強していた。

 さっきの授業の復習でもしているのか、次の授業の予習でもしているのか。

 はたまた宿題を忘れてしまったからこの休み時間中に急いで終わらせようとしているのか。

 もしそうならすごいチャレンジ精神だ。終わんなかったときのリスクを負い、かつ十分しかない貴重な休み時間を休まずに授業からぶっ続けで勉強するとか、ちょっと真似できないです。

 俺が宿題忘れたとしたら「忘れました」と堂々言って罰として廊下に立つ方を選ぶかな。その後SNSに受けた仕打ちをこれでもかと盛りまくって燃料投下して高校を炎上させる方を選ぶかな。この高校で廊下に立たせるなんて話は聞いたことないけど。

 彼女は俺の少し前の席にいるので、読書しているときいつも視界の端に入る。

 他の女子が彼女と話す様子を見たことはなく、決まって勉強かスマホを見るかあるいは机の上に突っ伏して寝るかしていた。

 いつだったか彼女が寝ているときに授業開始のチャイムが鳴ると、今まで寝ていたのが嘘のようにいきなりバッと上半身を起こしてさっさと教科書とノートを取り出して準備を済ませたのを見た。寝起きがすごくいいんだろうなと思った。

 いずれにしても彼女は俺と同じく一人が好きな女子なのかと推測した。

 そうだとすれば俺も含めて人に関わるのは嫌だろう。

 俺も彼女も互いの意思を尊重して一人で過ごすだけである。


 俺は読みかけの本に意識を戻し、読書を再開した。


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