前へ
55/55

第54話 邂逅

 確かに通路の奥から何かが、もしくは誰かが近づいてくるのが【魔王の邪眼】の感覚鋭化によりわかった。

 

彷徨える(ワンダリング)モンスターかな?」


 シルエットが単体だったので、そう結論付ける。自分を棚に上げることになるけど、探宮者はパーティーで活動するから、単体ってことはほぼモンスターで間違いない。


 ボクは剣を構えると息を整えた。さきほどの戦闘でわかったけど、この小広間は単独(ソロ)で戦うボクにとって、ちょうど良い広さなのだ。広すぎると多くの敵に囲まれるし、狭すぎると縦横無尽に動けない。なので未知の敵を迎え撃つには最適な場所に思えた。


 そう考えている内に相手が間近まで近づいてきていたので、ボクはお約束の『何はともあれ、まず鑑定』を使ってみる。


「えっ?」


 鑑定結果にボクは驚愕する。


「レベル88だと……?」


 このレベル数にボクは死ぬほど見覚えがあった。


 いや、そんなまさか。こんなところに彼がいる筈は……。


「やあ、新人探宮者さん、こんばんわ」


 決して大男では無いが、他を圧倒させる威圧感があり、引き締まった身体は野生動物を彷彿とさせるしなやかさ。決して整っていると言えないが、見る者をハッとさせる精悍な表情。


 何度も映像で見た人物だ。


 飄々と入ってきたその人は怖そうな外観とは裏腹に優しい目でこちらを見ながら、ボクに話しかけてくる。


「いや、それとも『魔王』さんと呼んだ方が良かったのかな?」


「はわわわわ……」


 思わずボクはパニくってしまう。


「おや? 大丈夫かい?」


 こ、声も渋くてカッコいい……じゃ、じゃなくて。


「だ、大丈夫です……けど、どうして貴方が……」


 絞り出した声が思わず(うわ)ずってしまう。

 

 興奮するのも仕方がない、だって……。


「何でここにいるんです、蘇芳秋良さん!」


 ボクの最推しが目の前にいるのだから……。



◇◆◇



蘇芳秋良――。


 今までも何回も言ってきたけど、ボクの探宮者としての原点であり憧れ。

 クラスメイトで同じ探宮部員の蘇芳朱音さんの父親。

 そして、迷宮協会日本支部副支部長。

 

 何度も映像では見ていたが、やはりナマは全く違う。何と言うか目に見えないオーラのようなものをひしひしと感じる。

 さすがは生ける伝説の探宮者、蘇芳秋良だ。


「何で? って、君に会いに来たに決まっているだろう」


 ボクの質問に最推しは不思議そうな表情を見せる。


「ボ、ボクにですか?」


「ああ、そうだとも。会えて良かった」


 ボクの疑問に、何を今更と言った感じで答えた蘇芳秋良はボクに向かってニコリと笑みを返す。


 え、笑顔が素敵すぎて、てぇてぇ……心臓が持たんかも。


「あのっ、あのっ……ずっとファンなんです、小さい頃から憧れていて。探宮者になりたかったのも貴方の影響で……」 


「ああ、そうなんだね。ありがとう、凄く嬉しいよ」


「はい、お会いできて本当に光栄です」


「こっちこそ……今現在、話題沸騰中の君からそんな風に言ってもらえるなんて光栄だね」


「そんな……感激です」


「そうか……じゃあ君は、私のファンだったわけだ。なら、話は早いかな」


 蘇芳秋良は表情を改めるとボクに会いに来た理由を明かす。


「いきなりで悪いんだが、私と一緒に来てくれないか?」


「蘇芳さんと一緒に?」


「……そう、私と一緒に迷宮協会に来て欲しいんだ」



 ――迷宮協会に来て欲しい


 推しの言葉に脊髄反射で「はい」と答えそうになるのを、寸でで踏みとどまる。


「そ、それは……」


 いくら蘇芳秋良の頼みでも、おいそれと了承するわけにはいかなかった。


 『魔王』というクラス(魔王絡みのスキルも含めて)は、現時点での最強と言われているURウルトラレアの『剣聖』クラスや『聖女』クラスを凌駕する能力を保持していた。完全体(エラーが無く全ての魔法を習得)であれば、単独(ソロ)でのS級迷宮踏破も夢では無いだろう。さすがはLR(レジェンドレア)と呼ばれるだけのことはある。もし、この『魔王』というクラスの存在が世に知られれば、ボクは一躍有名人となり、世間の注目を一身に浴びてしまうのは間違いない。元陰キャなボクとしては、そのような境遇になるのは断じて避けたかった。

 

 さらにボク自身の特異体質も問題だ。朝起きたらTSしていたことは些細なこと(ボク自身にとっては重大であるけど)かもしれないが、異界迷宮三大特異がボクには適用されない事象は、この世界を一変させかねない事実だ。それこそ、その謎を解明できれば莫大な利益をもたらすのは必至だろう。なので、ひとたび国家や『国際迷宮機関《I・L・O》』のような組織に知られたら、いったいどんなことになるかは想像がつく。良くて隔離か強制利用、悪ければ人体実験待ったなしに違いない。

 そう考えると何が何でも秘匿しなけれならない強迫観念に陥りそうだ。


 また、蘇芳秋良本人については尊敬していたし、信頼に足る人物だと思っている。けれど、彼が所属している迷宮協会自体はどこか秘密めいたところがあり、信用しきれない部分があった。なので、最初から迷宮協会とはなるべく距離を置こうと考えていたのだ。


「駄目だろうか?」


 そ、そんな困ったような表情をするのは反則です。決心がぐらついて、すぐに同意しそうになってしまいますって……。


「駄目では無いですが……………………いえ、やっぱり駄目です」


 ふわふわした多幸感に溺れそうになっていると、不意に頭に響いた声でボクは我を取り戻し、拒絶の言葉をかろうじて返す。


【主様、蒼さまより伝言でございます。現在、このD級迷宮は完全封鎖されている、とのことです】


 頭に響いたのはユニ君からの、そのような通話だった。


 えっ、蒼ちゃんからの伝言? もしかして『魔王の憩所(いこいじょ)』に来てるの? それよりD級迷宮(ここ)が封鎖されている……だって?


 そう言えば、確かにボク以外の探宮者がいないのは変だなとは思ってたんだ。


 待って……じゃあ、この蘇芳秋良との邂逅も予め迷宮協会に仕組まれていたってこと?


 やっぱり迷宮協会は信用できない、何だか胡散臭いんだよね。


「魔王さん、どうして駄目なんだい?」


「えと……ボクのことは『あのん』と呼んで下さい。『魔王あのん』でお願いします」


「わかった、『あのん』さん。で、理由を教えてくれるかな?」


 うぐっ……推しに『名前呼び』されるのは心に刺さる。


 蘇芳秋良はボクの要望に応え、親し気な態度で質問してきた。


 あ、親し気と言っても決して馴れ馴れしい訳でなく、適切な距離を保ったフレンドリーというか、実に絶妙な間合いだ。

 蘇芳秋良は弁舌に長けている訳では無いのに人気が高いのは、この独特の間にあると考察しているのを見たことがある。あながち間違いではない気もする。戦闘時における間合いもそうだが、距離感を掴む能力は天性の才能だろう。


「あの、蘇芳さん自身には問題ないのですが、その……迷宮協会が信じられなくてですね……」


「私も迷宮協会所属で一応、副支部長を拝命している身なんだが……」


 蘇芳秋良は苦笑いしながら話を続ける。


「つまり、君は迷宮協会が信用できないから一緒には来れない……そういう意味で良いかな?」


「はい、そうなりますね」


「そうか、そいつは困ったな」


 少しも困ったようには見えない蘇芳秋良はニヤリと笑った。


「実はね、あのんさん。話し合いが不調に終わったら、多少手荒なマネをしてでも連れてくように言われているんだ」


「戦闘してでも、無理やり連れて行くってことですか?」


「不本意ながら」


 絶対、嘘だ。どう見ても嬉しそうだ。


 そうか忘れてたけど、蘇芳秋良(この人)は生粋の戦闘狂(バトルジャンキー)だったっけ。 


「蘇芳さん、もしかしてボクと戦いたいだけじゃないんですか?」


「ソンナコト、ナイヨ―」


 わ、わざとらしい。

 

「まあ、冗談はさておき、拘束してまで連れて来るように言われているのは本当のことだ。君がこちらの指示に従わず、あくまで抵抗するならそうなる可能性が高い……さて、どうするね?」


 答えは一択だ。


「残念ですが、交渉決裂です」


「そうか……それは残念だ」


 蘇芳秋良の表情が一瞬で獰猛な野生動物のそれへと変わる。


「……っ!」


 その緊迫感にボクの心がワクワクしているのに気付く。


 そうか……よくわかった。どうやらボクにも戦闘狂(バトルジャンキー)の資質があるようだ。 

第54話をお読みいただきありがとうございました。

つくも君も推しにずいぶん感化されているようですw

はたして勝敗はどうなるのか?


もしかして、リアルが忙し過ぎて年末年始更新できなかったらごめんなさい。


前へ目次