08.ドライアドとトレント
~ドライアド~
樹木や花の精霊。概ね、女性の姿をしていることが多い。昨今は都市化が進み、小型化する傾向にある。
人間と交流を図ることもある模様。
~トレント~
樹木の精霊。概ね、動く木である。性格はのんびりしている者が多く、数年に一度程度しか動かないこともままある。
突然消えた木があったなら、それはトレントが引っ越したからかもしれない。
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あれからも時々、お庭にはイタチのお客様が遊びに来てくれるようになったわ。
今日もね、梨食べてったのよ。しゃくしゃく食べてる様子を見ると、なんだか可愛くってね。とってもいいわぁ。張り合いがあるっていうかね。
……やっぱり、お庭って、誰かに見てもらってなんぼのものじゃない?そういう意味でも、イタチのお客様が来てくれるようになって、本当によかったわ。
「折角だし、この辺り、何か植えようかしらねえ」
そういう風にイタチのお客様が来るようになったものだから、私も年甲斐もなく、お庭づくりを頑張りたくなっちゃってね。
あの人がまだいた頃に庭の片隅にあった沈丁花がもう寿命で駄目になってしまって、それを抜いて次の植物を何か植えようか、って話をしていたのだけれど、ずっとそのままになっているのよ。
ついでにその横にあった物置があんまりにも古くなってきたから撤去してしまって、でも、物置はもう1つ別であるから、新しい物置が欲しいでもなくて……場所だけぽっかり空いちゃってるの。
だから折角だし、イタチのお客様に貰った元気で、お庭の片隅をもうちょっと整えてみようかしら、って。
「雑草はイタチのお客様が刈ってくれたし、後はちょっと土を起こしておこうかしらね」
随分放っておいたものだから、土が硬くなっちゃっててよくないわね。しっかり耕して、次の植物を植えるために整えてあげなきゃ。
「あら、手伝ってくれるの?」
庭の土を起こしていたら、いつの間にかイタチのお客様が来てくれたわ。……今日は鎌じゃなくて、鍬持ってるわ!なんてかわいいこと。
「助かるわ。いつもありがとう」
お礼を言ってみたら、3匹揃ってぴょこんと跳ねてくれたわ。ああ、かわいいわぁ……。
お庭を耕し終えたら、何を植えるか植物図鑑を見ながら考えて、けれどいいのが思いつかなくて、そのまま明日に持ち越し。
イタチのお客様にはお手伝いしてもらったお礼に梨をご馳走したのだけれど、しゃくしゃく食べる姿がこれまた可愛くて、たくさん食べさせたくなっちゃうのよねえ。
さて、明日はお庭に何を植えるか決めるとして……やっぱり、もう私も齢だから、お手入れが難しくないのがいいわ。となると一年草を毎年蒔くんでもいいかしら、って思うのだけれど。
前は、木が植わってたわけだから。何か庭木を、とも思うのだけれど……剪定したりなんだり、っていうお手入れは、私にはもう難しいわ。それに、私より樹木の方が長生きしそうだし。
……そうして考えながら眠って朝になったわ。ばあさんの朝は早いのよ。最近はすっかり、明け方頃に目が覚めるようになっちゃって……。
でも、目が覚めてよかったわ。
起きちゃったから朝ごはんにしようかしら、なんて思いながら台所へ向かって、そのついでに今のカーテンを開けて……そうしたら。
「あら?お庭が……」
窓からちらっと見えるお庭の様子がなんだか不思議に見えたから、レースのカーテンも開けて、よくよく外を見てみたら……。
「……まあ!」
びっくり!びっくりよ!
だって、『これから何を植えようかしら』って考えてたところに、木が!木が生えてるんだもの!
「あらあらあら、まあまあまあ……これ、一体どうしちゃったのかしら」
朝ごはんどころじゃないわ。もう、すぐに外に出たわ。それで何がどうなってるのか見てみたのだけれど……。
「木とお花が……あらまあ」
何か植えようかしら、って思っていたところには、もう、木とお花が植わっていたのよ!びっくり!
もしかして、これもイタチのお客様がやってくれたのかしら。夜の間にこっそりやったのかも。あの子達、私が困らないように、って気を遣ってくれてるのよねえ。ちょっと申し訳ない気もするけれど。
「これ、何のお花かしら。綺麗ねえ」
見覚えがあるお花のような気がするのだけれど、何のお花だか、思い出せないわね。薄い紫に濃い紫……そっちは黄色。色んな色のお花があるけれど、形は全部、ちょっとずつ似ているかも。
でも、何のお花でもいいの。咲いてるお花があんまり綺麗なものだから、なんだか嬉しくなってきちゃうわね。ついつい、お花をつついちゃうわ。だって、あんまりかわいくって!
「……あらっ」
ただ、つついたら、お花がふるんと揺れるのよ。
……私がつつき終わった後も、もそ、もそ、ふるるん、っていう具合に。
これは、と思って、よくよくお花を見てみたら……。
「……あっ、もしかして、お客様だったの!?」
そのお花の裏に隠れて、頭にお花が咲いた女の子の小人さんが居たのよ!
もうね、びっくりよ。まさか、お庭にお花の妖精さんが来てくれるなんて!
「お花の妖精さん。あなた、もしかしてイタチさんの紹介で来てくれたのかしら」
お花の妖精さんに聞いてみるけれど、もじもじしながらにこにこするばっかりで、お喋りはしてくれないのね。でもいいわ。居てくれるだけでもお庭が華やかになるものね。
「もしかしてこの木もお仲間だったりするのかしら」
お花が妖精さんならもしかして、と思って木をつついてみたら、わさ、って動いたわ。……こっちも妖精さんなのかもねえ。うふふ、まさか、うちのお庭がこんな風に妖精さんの住処になるなんて思ってなかったわ!
折角かわいいお客様が増えたんだから、と思って、お庭の手入れをちょっと進めることにしたの。イタチのお客様は雑草は刈ってくれるけれど、刈った後の雑草を片付けるのは私の仕事なのよね。それから、残った根っこを掘り起こしたり、花が終わった植物があったら花がらを摘んであげたり、色々やることがあるわ。
「あら、手伝ってくれるの?」
でも、今日からそれも大分楽になっちゃいそう。だって、お花の妖精さん達がとことこ歩いてついてきて、私と一緒にお庭の手入れをしてくれるんだもの!
「ここに来るお客様は皆、働き者ねえ」
お花の妖精さん達が嬉しそうににこにこしながらお庭の手入れをしているのを見ていると、なんだか、あの人が居た頃を思い出すわ。あの頃も2人で話しながらお庭の手入れをしていたっけね。
そのまましばらくお庭の手入れをしたわ。刈った雑草をゴミ袋に詰めて、たっぷりお水を撒いて……。
そうしていたら、イタチのお客様がてけてけやってきたのよ。1匹目は、もふんっ、てぶつかって私を座らせて、2匹目が、ぽふんっ、て私のお尻の下にクッションを置いていって、3匹目が、ぽすっ、て膝の上におにぎりを置いていったの。
「あっ、いけない。朝ごはん忘れてたわ。ありがとうね」
そういえば、ごはんも食べずに庭いじりしてたわ。外で作業すると、思っている以上に体力を使うから気を付けなきゃねえ。
「……あら、このおにぎり美味しい。枝豆と塩昆布だわ」
ところでこの美味しいおにぎりは、どこから来たのかしら。……まあ、あんまり考えない方がいいかもねえ。気にしたところで、まあ、私はもうばあさんだし。それに、イタチのお客様達もなんだかほっとした顔をしているし……。
それから2週間くらいして、お花の妖精さん達がお庭のお手入れを手伝ってくれるものだから、お庭はすっかり綺麗になっちゃったわ。
それから、彼女達が何のお花かが分かったの。
「ああ……あなたはおナスの妖精さんだったのね!あなたはトマト!それに、あなたはおじゃが!そっちはオクラ!ふふふふ、道理で見たことあると思った!」
そう!このお花、お野菜のお花だったの!でも、お野菜のお花も綺麗なものねえ。特に、オクラの花なんてとっても綺麗。薄い黄色の大きな花びらは薄くって、繊細で、ひらひらのスカートみたい。それで、お花の妖精さんが着ている服も、なんとなくオクラの花っぽいのよねえ。
おナスの妖精さんはおナスのお花っぽい、紫色の可愛いのを着ているし、トマトの妖精さんは丈の短い黄色のスカート。おじゃがの妖精さんは薄紫でこれまたかわいいわ。
「それに、よくよく見てみたらあなた、柿の木だったのねえ。こっちは枇杷?そっちは……何かしらねえ、これ。後で調べてみましょ」
木も、よくよく見たら果樹ばっかり。……いつの間にか、うちは農園みたいになってるわねえ。
まあ、楽しくって丁度いいわ。ばあさんの1人暮らしには贅沢なくらい、楽しくてかわいいお庭になっちゃって、まあ、どうしましょうねえ。うふふ。
「あなた達が来てから、なんだか毎日楽しいわ。ありがとうねえ」
イタチのお客様達も私の隣で枝豆と塩昆布のおにぎりを食べていたから、3匹まとめて撫でちゃうわ。……この子達、撫でられると喜んでくれるのよね。それに、撫でてるこっちもいい気持ちなのよ。この子達、毛並みがとってもよくって!
「……ところで、お野菜って収穫した後、どうしましょうねえ」
……まあ、ちょっと考えちゃうのは、こんなに果樹とお野菜ばっかり植わっちゃってどうしましょ、っていうところねえ。
お野菜も果樹も、彼ら自身は楽しそうにやってくれているし、私としてはそれを嬉しく思うんだけれど……お野菜って、実る、わよねえ?
「ばあさん1人暮らしじゃ、食べきれない量が採れそうだわぁ……」
家庭菜園を趣味でやってる友達も居るけれど、大体、持て余してるのよ。そうなのよ。特に夏野菜って、いっぱいできちゃうらしいから……。
「……あらっ、いつの間に、かぼちゃさんまで来たのね?ううーん、大丈夫かしらねえ……」
しかも、新しい入居者まで現れちゃって、まあ。
……まあ、なるようになるわね。きっと。もし食べきれなくて困っちゃうようだったら、イタチのお客様が食べてくかもしれないし。そういうことにしましょ。
そうしてお野菜は収穫の時期を迎えて、妖精さん達はそれはそれは嬉しそうに、実ったお野菜を収穫しては籠に盛って、私のところに持ってきてくれるのよ。
私もお手伝いして育ったお野菜だから、まあ、感慨はひとしおね。それに何より、妖精さん達が楽しそうだから、私もとっても嬉しいの。
……でも、まあ、案の定、ね?いっぱいなのよ。お野菜。
私の手元に来たお野菜以外にも、どんどん、お野菜の籠盛りが増えていくのよ。これどうするのかしら……。
まあどうにかなるでしょ、と思いながら、今日も日課の庭いじりを始めたのだけれど……。
「……あら、お店屋さんなのかしら」
ふと見たら、お花の妖精さん達が庭の片隅にゴザ敷いて、そこに籠盛りお野菜を並べ始めたのよ。なんだか、小さい子達のお店屋さんごっこみたいで可愛いわねえ。
いつのまにか、ちっちゃな旗まで立てて、本当にお店みたい。なら、店主さんに冷えた麦茶の差し入れでもしてあげなきゃいけないわね。
……麦茶を持って戻ってきたら、行列ができてたわ。
お店に。そう!お花の妖精さん達の、お野菜売り場に!
「あらっ!?本当に売ってるのね!?」
不思議なもので、いつの間にやら不思議なお客様が、ぞろぞろと。よくうちに来てくれるイタチのお客様みたいな子も居れば、30㎝くらいの、三角巾にエプロンドレスのかわいい女の子も居るし、ふかふかの犬……犬、かしら?なんかそんなのも居るし。
そんな子達が不思議なことに、お行儀よく行列を作ってお野菜を買ってるの。こんなことってあるのねえ。
「……あらあら、ちゃんとレシートがあるのねえ。かわいい」
葉っぱに木の枝でひっかき傷を作って、『なす 5つ ごじゅうえん』って書いてるわ。ああもう、かわいいったらありゃしない。
「あ、ちゃんとお金は払ってるのねえ……」
それで、面白いことにちゃんとお金のやり取りをしてるのよ。五十円玉1つとおナス一盛りを交換してるわ。
……妖精さんにもお金が必要なのよね。成程ね。ちゃんと社会生活してて、立派ねえ……。
そうしてお昼前にはもうお野菜市場は終わったらしくて、妖精さん達が籠だのゴザだのを片付け始めたわ。よく見たらうちの物置、籠やゴザ置き場に使われてるみたいだけど、別にいいわ。どうせそんなに使ってないもの。有効利用してもらえるならその方が嬉しい。
「あら?どうしたの?麦茶飲む?」
そうやっていたら、いつのまにか妖精さんがにこにこしながらやってきて、私の掌の上に、ぽん、って500円玉を1つ置いていったの。
「えっ?あらあら、これはあなたのじゃないの?取っておきなさいな。ね?」
これはちょっと困っちゃうわねえ。私、妖精さんにお金を貰うのもどうかと思うし。でも、妖精さん達、揃ってにこにこしているばっかりで、返そうとしても500円、受け取ってくれないし。
よく見ると、妖精さん達の方でも500円玉1つ、あるわ。ということは、半分こ、ってことなのかしら。それとも、場所代とか、そういうので500円、お支払いしてくれてるのかしら……。
「……じゃあ、場所代と物置のレンタル料ってことで、これは貰っておくわね」
あんまり断るんでもかわいそうだから、結局、500円は貰っちゃうことにしたわ。ポケットにしまったら、妖精さん達、満足気だったし。多分、これでいいのよね。
でも、こうやって妖精さん達の稼ぎをお野菜だけじゃなくてお金でも分けてもらうんじゃ、いよいよもっと色々してあげなきゃいけないわねえ。
不思議なお客様も増えたことだし、いつの間にかお花やお野菜、木の妖精さんも増えてるし……となると、この子達が喜びそうなことっていうと……。
「……すっかり荒れてるけど、裏の畑も使う?」
提案してみたら、妖精さん達、大喜びだったわ。まあ、土地もほっとくよりは使ってもらった方がいいでしょうし。ちょっとぎゅうぎゅう詰めになってたお花も広々と育てた方がいいものねえ。
それからまた少ししたら、裏の畑もすっかり華やかになっちゃったわ。
ついでに、不思議なお客様もすっかり増えちゃって……。
「ああ、あなたまたおつかい?偉いわねえ」
妖精さんのお野菜市場によく来る、茶色っぽい小人さん……かしら?この子もすっかり顔見知り。
「あら、あなたも来たのね。まあゆっくりしておゆき」
尻尾が2本ある狐さんも、すっかり顔見知り。この子はお菓子買ってくことが多いわねえ……。ええ、そうなのよ。いつの間にやら、別の子がお菓子焼いてうちの庭で売るようになったから……。
「あっ!また増えたわね!いらっしゃい。ゆっくりしていってね」
それに、お庭にはまた、別の植物が来てるわ!ここもすっかり、入れ代わり立ち代わり、植物がちょっと来て、いい具合に育ったらまた帰っていく、みたいな場所になっちゃって……。
……なんて楽しいんでしょう!あの人が居たら、きっと大笑いしてるわねえ。
変な植物は皆受け入れるつもりの庭だけれど……植物が本当に、とことこ歩いてこんなにやってくるなんて、思わなかったわ。
世界って、広いのねえ。ふふふ……。