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07.妖狐

 ~妖狐~

 長い年月を生きたことで妖力を得た狐。人を化かす。祠や神社に祀られていることも多い。

 更に長く生きると、尻尾の本数が増えていき、最大9本になるらしい。


 ~~~~~~~~~


 朝4時。

 祭の後の神社に行くと、いいものが落ちてる。

「へへ……あったあった」

 落ちてたのは、10円玉。やった!儲けた!


 祭の後の神社には、小銭が結構落ちてる。

 ほら、夜でただでさえ手元が暗い中なのに、酔っぱらっててもっと手元が狂ってる大人が沢山いるからさ。落とした小銭がそれっきり、ってことも多いらしい。あとは、そこら辺の木を見間違えてお賽銭投げてたりとか。

 俺のお小遣い、月に400円だからそんなに多くない。小学4年生だから400円、って、単純すぎねえ?同級生で1000円とかもらってる奴いるのに。なのに、上の弟は小2なのに俺と同じ400円だし。

 ま、だからこういう時に稼がないとな。あーあ、貧乏人は辛いよ。

 勿論、神社で小銭拾って持ってくなんて、って怒る大人も居る。バチが当たるとか言われるし。でもそこは対策済み。俺、バカじゃないから。

「あっ……おはよーございまーす」

「おはよう。あらあら、ゴミ拾い?偉いわねえ」

「へへ」

 近所のばあちゃんに見つかったけど、大丈夫。

 バレないようにゴミ袋持ってて、バレない程度にゴミを拾っていくつかゴミ袋の中に入れておけば怪しまれない。完璧。

 またバレないように、神社の石段のところに放っておかれてる竹串とそれが入った紙のカップをゴミ袋に突っ込んで、俺はもうちょっと石段の上の方を探してみることにした。


 花火がよく見えるとかで、ここの石段の上には結構人が来る。屋台もいくつか出てたから、小銭の出し入れも多かったはず。

 そう見込んで来てみたけど、正解だったな。結構落ちてる!

「そっかー、1円玉って、落ちてもあんま音しねえもんな」

 500円玉とかだったら大きいし重いから、落ちたら結構音がするんだろうけれど。でも、1円玉って軽くて小さいから、全然音しないし。苔の上とかに落ちちゃったら全然音しないし。落としたことに気付かない奴、結構いるんだな。めっちゃ落ちてる。

「あっ!10円!ラッキー!うわ、こっち、50円!」

 勿論、1円だけじゃなくて10円とか、50円まで落ちてる!これなら月のお小遣い、越すかも!


 結局、神社の石段の上だけで、579円落ちてた!

 1枚、500円玉見つけたんだよ!すっげえラッキー!今年の運使い切ったかも!

 どうしよっかな、何に使おっかな、って考えながら、じゃあ帰って、布団に戻っておかないとな、って石段を下りようとしたら……。

 こん。

 ……なんか鳴き声みたいなのがした気がして、振り返る。

 でも、何も居ない。居るわけない。ただ、狐の石像?みたいなのがあるだけ。

 ……なんだけど、それ見てたら、なんかちょっと、落ち着かなくなってきた。

 別に、落ちてたんだし、落とした奴は絶対気づいてないし、小銭拾ったっていいじゃん、って思うけど。でも、こういうのが拾得物横領罪ってやつなのは知ってるけど。でも、579円っていうのは俺にとって大金でも、大人にとってはどうでもいい額なんだって、そういうのも知ってるし……。

「……ああもう!」

 なんか落ち着かないから、古びた賽銭箱に、79円入れる。1円玉が多いから、すごく軽くて小さい音が沢山ちゃりちゃり言いながら、賽銭箱に小銭が入っていった。

「山分けな!で、これは俺の取り分!文句言うなよ!」

 なんか狐の石像に文句言われてる気がしたから、『500円玉は崩せないんだからな!』って一応、ちゃんと石像に見せて、言ってから帰ることにした。

 ……これなら、バチとか当たらないかな。大丈夫だよな。


 石段を下りる時に、こんこん、って狐の声がした気がした。……文句じゃないよな?




「579割る2は、289あまり1……289引く79は、210……うーん」

 休み時間に計算してたら、たっちゃんに『どしたの?何の計算?』って聞かれたけど、『金』ってだけ答えた。……いや、だって、落ちてた小銭を狐と山分けする計算とか、言えないし。

 ……神社で狐の石像に、山分け、って言ったけど。でも、本当に山分けするにはあと210円足りない。

 良くない気がする。なんか良くない気がする。だって俺、山分けって言っちゃったし。

「……うーん」

 でも俺、500円玉の両替、できないんだよ。先月のお小遣い、校外学習のおやつ買うのに使っちゃったから。で、今月のお小遣い、まだ貰えないし。

「うーん……何か買うしかないかぁ」

 でも、計算ノートとか理科のノートとか、買ったばっかだし。買って置いておいてもいいけど、5年生になったら別のノートにしろとか急に言われるかもしれないし。3年生から4年生になった時には、漢字のノートもっとマス目が小さいのにしろって急に言われて、ノート一冊損したんだよな。マジでクソ。だから弟にあげた。

 ……でも、半年ぐらいあったらノート1冊終わっちゃうかなあ。どうだろ。うーん……。


 考えながら、放課後、家に帰る。帰る途中に例の神社があるから、なんか落ち着かない。怒られる気がする。見られてる気がする。落ち着かない。

 ……落ち着かないから走って神社の前を通り過ぎた。それでもう少し走ったら、近くのコンビニの前に着く。このコンビニ、祭りの時には店の前の駐車場でから揚げとか売ってたんだよな。確か。から揚げ高いから俺は買わないけど。

 けど……。


 コンビニの中に入って、あるかな、って思いながら冷凍庫を覗いたら、あった。

 俺はそれを持ってレジに行って、拾った500円玉で支払いして、お釣り貰った。

 ……パピコ。パピコ買った。俺、これ好き。

 祭りのから揚げみたいに高くないし。家で食べる時には絶対に弟と半分こだし、そこから更に、1本のうち一口ぐらい、下の弟にあげなきゃいけないし。

 だから、1回くらい、2本とも食ってみたかったんだ。

 ……小銭泥棒したんだし、ならいっそこういう使い方しちまえ、って気になったから。




 家に持って帰ったら絶対に弟に取られるから、しょうがないし神社の石段で食うことにした。

 ……なんか落ち着かないけど。でも、半分じゃないけど拾った小銭でお賽銭あげたし、ゴミ拾いしたし、バチとか当たらないよな?っていうか、バチとか非科学的じゃん。だから、そういうの、無いよな?

 パピコを千切って2本に分けて、早速、1本目の封を切る。蓋の方に残ったやつも食べる。今日は弟居ないし、ゆっくり味わってても大丈夫。取るやつなんて居ないから……。


 ……って、思ったのに!

「……えっ!?」

 俺の隣から、にゅっ、て白っぽいのが伸びてきて、ぱく、って……俺の、もう一本のパピコ咥えて、持ってった!

「えっ、何……何!?狐!?」

 そいつはパピコ咥えたまま、こん、って鳴いた。




 びっくりしてたら、その真っ白い狐はパピコ咥えたまま、ちょこん、って俺の横に座った。

 俺がびっくりしてる間に、口から離したパピコを両手(いや、前足……?)で持ち直して、食べ始めた!

「えっ、狐ってパピコ食うの……?」

 チョココーヒー味なんだけど、これ。確か犬とか猫はチョコ食っちゃいけないんじゃなかったっけ?

 なんかすげえ変な狐じゃないのかな、こいつ。よく見たら、尻尾2本あるし。あれ?じゃあこいつ、妖怪?それとも、神様?

 なんか変な狐を見てたら、狐はパピコをちゅーちゅーやってたところから口を離して、こん、ってまた鳴いた。尻尾がふさふさ揺れて、隣に座ってた俺の背中をもふもふ撫でていく。くすぐったい。

 よく考えたら俺、この狐にパピコ盗られたんだな。折角一人で食ってやろうと思ってたのに……。

「……美味い?」

 なんか腹立ったけど、山分けっていうことで持ってったのかな、っても思うから、なんか複雑な気分。聞いてみたら、狐はまた、こん、って鳴いた。尻尾がふりふりゆさゆさしてるから、機嫌が良いのかも。

「……じゃあ、こういう風に山分け、ってことでいい?」

 聞いてみたら、狐はまた、こん、って鳴いた。いいってことだと思うから、俺は諦めた。……結局1本だけになっちゃったパピコは、まあ、美味しかった。でも、美味しかったからやっぱり2本食いたかった……。




 寄り道して帰ったから親に怒られた。いや、知らねえし。風呂掃除とか弟にやらせりゃいいじゃん。なんで俺ばっか。

 カーペットの上で寝っ転がってゲームやってる弟を蹴り飛ばしてやりたい気がしたけど、やったらまたうるさいから、頭のすぐそばを踏んでいくだけにした。

 風呂掃除したら、塾の宿題やる。学校の宿題はもう終わってる。どうせ漢字ドリルだから昼休みに終わらせてきた。音読カードには後でハンコだけ押せばいいから、もうそっちはいい。

 ……でも、宿題やりながら、今日会った変な狐のことがちょっと気になってくる。

 あの狐、やっぱり妖怪だよな。尻尾2本あったし。真っ白だったし。妖怪じゃなかったら、神様か、神様のお使いとか?

「……変なの」

 変な狐だったな。パピコとっていきやがったし。

 でも、そこまで嫌じゃないよ。パピコって1人で2本食ったら飽きるかもしれないし。やったことないから知らないけど。

 ……明日は、雪見大福とかにしようかな。あれも2人で分けられるし。まだ、あと1回か2回は『山分け』してやらないと、フェアじゃないし。




 次の日は塾だったから、また次の日に神社行った。雪見大福買っていった。

 ……雪見大福、実は食ったことないんだ。うちの冷凍庫に入ってるの見たことあるけど、いつの間にか無くなってたし。だから食い逃がした気分だったし、食ってみたかった。

 変な狐居なかったら俺が2つとも食えばいいし。むしろ、その方がいいな。

 ……と思ってたんだけど。

「あ、居るんだ……」

 俺が石段に座ったら、すぐ横に例の狐が来た。こん、って鳴いて、俺の膝の上に……。

「えっ、お前も買ってきたの?マジで?」

 パピコだ!期間限定の味のやつ!

 狐って、買い物、するんだ。……マジでぇ?

「……葉っぱのお金で買ってたり?」

 聞いてみたけど、狐は澄まして、こん、って言うばっかりだし。パピコ開けて、1本俺にくれるし。

「あ、ありがと……。あ、こっちも。雪見も、食お」

 だから俺も雪見大福開けて、1個どうぞ、ってした。……あ、ピック使われた。マジで?器用じゃん、この狐。

「……へへへ、期間限定のも美味い」

 パピコの封切って食べ始める。美味い。雪見大福はピック使われちゃったから、手掴みで食べる。……あのさ、俺と狐、これ逆じゃない?狐と人間だったら、狐の方が手掴みしない?普通。

 ……いや、普通は狐は雪見大福食わないんだった!


「あ、切れない?貸して」

 狐がパピコの封を切れずにもたもたしてたから、俺の分のパピコ咥えといて両手開けて、狐のパピコの封切ってやった。パピコのこれ、硬いよな。弟のよく切ってやるから、慣れてるんだ。

「……な?美味いよな」

 狐がパピコ食い始めたの見て話しかけてみたら、狐は、こん、って言って、尻尾で俺の背中をふさふさやっていった。

 ……最初、狐に1本持ってかれた時には損した気がしたけど、結局、パピコ2本食べられたなあ。弟に1本も分けずに!

 まあ、代わりに変な狐と分けてるけど……こういうのは、そんなに嫌じゃないよ。なんでだろ。




 それからもうちょっと、狐と喋ってることにした。

「プールでさあ、俺、平泳ぎ75m足つかずに泳げたんだぜ」

 こん。

「75m泳げるの、クラスで俺の他に2人しかいねえの。たっちゃんとカケルだけ。でも、もう1人、もうすぐ75m行きそうなやつが居てさ。あんま喋ったことないけど、すげーじゃん、もうちょっとだったじゃん、って今日喋れたんだ」

 こんこん。

「そいつ、滅茶苦茶頭良くてさあ。テスト絶対に満点だし。あと、めっちゃ絵、上手いんだよ!すっげえの!」

 こんこん。ふさふさ。

「俺、図工嫌いなんだよなー。書道の方が好き。塾始めたからやめちゃったけど。去年の書初めは県展に出して賞貰った」

 ……俺が喋ってる間、狐は『こん』って言うばっかりだけど、ずっと俺の横に居た。時々、ふさふさ、って俺の背中とか頭とか、尻尾で撫でてくれる。くすぐったいけど、嫌じゃない。


 他にも、『音楽祭では小太鼓やりたいけど倍率が高そう』とか、『ほんとはめんどいから塾やめたい』とか、『弟がうざい』とか、いろんな話した。

 話してる内に、段々日が暮れてきて、影が長く長く延びてくる。夕方の放送が流れてきて、ああ、もう帰らなきゃ、って思う。

「帰りたくねーなー」

 帰らなきゃいけないんだけど、帰るのめんどいな。家帰ったらまた風呂掃除とかあるんだろうし。帰らなかったら弟がやることになんないかな。


 ……でも、狐は帰るみたいで、立ち上がって、すたすた、って数歩、神社の横の竹林の方に歩いていって、それから俺の方振り返って、こん、って鳴く。『またね』ってことかな。

「……また来ていい?」

 狐に聞くの、変な気もしたけど。でも、聞いてみたら狐は、こんこん、って、頷いてくれた。

 だからなんか、ちょっと嬉しかった。パピコ2本と雪見大福1個分と、それからもうちょっと、やる気出た。まあ、風呂掃除やる分ぐらいは。




 変な狐のこと、誰かに自慢したいな。でも、友達に自慢したらもう会えなくなっちゃいそうな気もするし、黙っておくことにしようと思う。

 ……次は、何持ってこっかな。狐もまたなんか、持ってきたりしてな。

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