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05.鎌鼬

 ~鎌鼬~

 由来は、原因不明の切り傷は鎌を持ったイタチの妖怪の仕業であるとされたことから。その時の傷は痛みこそあるものの、血は出ないらしい。

 イタチ3匹のチームで、1匹目が人を倒し、2匹目が鎌で切りつけ、3匹目が薬を塗って去っていく、とも言われる。


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 じわじわセミが鳴いていて、日陰でも暑すぎるくらいの気温で、空には大きな入道雲。

 正に夏、っていう景色だけれど、景色を楽しんでいる余裕は無いのよね。

「どうしてすぐに生えちゃうのかしらねえ」

 お庭の雑草を抜きながらぼやいてみるけれど、雑草はすっかり生い茂って、私のふくらはぎくらいまであるものだからもう、大変。

 ……ちょっと転んで骨折してしまって、それで入院して出てきたと思ったら、お庭がこれ!

 夏は本当に、草が生えるのが早いものだと、いっそ感心してしまうような心地ね。


 雨上がりを待てば少しは草も抜きやすいのだけれど、今年の夏は雨が少ないみたいだから、待っているのもなんだか馬鹿みたいなのよ。

 それで早速草むしりを始めたのだけれど、これが本当に大変。特に、煉瓦と煉瓦の隙間から出てる奴が厄介なのよ。鎌の先っぽでほじくってなんとか抜いているけれど、これが本当に手強くて、手強くて!

「ああー、腰ぃ……腰にくるわねえ……」

 私ももう若くないし、ずっと屈んで草と戦っていると、腰がすぐバッキバキなのよね。まあ、仕方がないのだけれど。

 一度立ち上がって体を伸ばして、少し気合を入れ直してからまた雑草へ。……少し前までは、夫が庭いじりしていたから、こういう作業ももっと楽だったんだけれどね。


 私の夫は庭いじりが趣味の、物静かな人だった。

 家を買うときも、家より庭を大事にするような有様なものだから、もう笑っちゃったわね。そんなに庭が好きか!って思ったんだけれど、でも実際、庭が大好きだったのよねえ、あの人。

 今も、庭にはあの人が植えた宿根草が沢山ある。けれど、私はあの人ほど丁寧に庭の管理をしないから、あちこち荒れてしまっているのは確かだし……1人になってしまった上に老いた今は、庭の管理が本当に大変。

 それでもまあ、元々綺麗だった場所が荒れていくのが嫌だから、こうして退院直後でも草むしりするんだけれど。




「……あら」

 そうやって草むしりしていたら、ふと、ぐわん、と体が揺れて、その場で転んじゃった。

 前回は転んだ時に骨折したものだから、ぞっとしたわ。またか!って。

 ……なんだけれど、その直後、さくっ、と音がしたと思ったら、ぱっ、と雑草が刈り取られたみたいに切れ飛んでいって……。

「……あらっ?」

 それで、尻もちをついた私のお腹の上には、ペットボトルの麦茶が置いてあったのよ。

 ……分かんないでしょ?うん、そうよねえ、分かんないわよ。私もこの齢まで生きてて、こんなの初めてなんだもの!


 もう、びっくりしちゃって、何が何だか分からないし、でも雑草は綺麗に刈り揃えてあったし。変わらず麦茶は手元にあるし。よく冷えてるし。

 ペットボトルの表面が結露して曇って、その内、水滴が流れるようになって……それを見ていて、私、やっと『ああ、水分補給してないわ』って気づいたのよ。

 もしかしたらこれ、熱中症とかのせいで意識が朦朧としちゃってるんじゃない?ってやっと気づいて、私、麦茶を飲んだのね。ああ、麦茶はアレよ。鶴瓶さんのやつよ。そうそう、そこらへんで売ってるやつ。

 ……それで、麦茶を飲んだら、なんだか元気が出てきたものだから。よし、もうひと頑張り!って、また雑草に立ち向かおうとしたのよ。

 そしたら……何かがもふん、って体にぶつかってきたのよね。

「あらっ!」

 ぶつかったそれ、すぐに逃げていっちゃったけれど……何かしら。タヌキ?テン?なんだかそういうかんじの、ちょっと細長くって毛並みの良い生き物が、私にぶつかっていったの!

「まあまあまあ」

 それから2匹目がやってきて……その2匹目ったら、鎌持ってたのよ!

 長いタヌキみたいなのが鎌持ってきたらびっくりするでしょ!?びっくりしたわよ!誰でもびっくりするでしょ!ねえ!

 それでびっくりしてたら、そのタヌキみたいなの、すぱっ、と、こう、雑草をまた刈っていって……。

「まあっ!」

 それで、3匹目!3匹目が、私の手元にカリカリ梅置いてったのよ!個包装のやつ!1個!ぽんっ、て!


「あー!ちょっとちょっとちょっと!」

 流石にここまで来ちゃったらね!私だって黙ってられないから!もう、3匹目が逃げていく前に捕まえちゃったのよね!

 捕まえて抱き上げてみたら、頑張って逃げようとわたわたして、するんするんって腕から抜け出していこうとするのよ。でもまあ、そこは私も年の功があるから?まあ、撫でてあやしてみたら、ちょっと落ち着いたみたいで、腕の中でころんって丸くなって大人しくなったのよね。

 ……大人しくなったのを改めて見てみたら、これ、イタチだわ。細長いタヌキだなんて、失礼なこと言っちゃったかしらね。まあイタチなら気にしないかしらね。

 私が3匹目を抱っこしてたら、1匹目と2匹目が心配になったのか、戻ってきたのよね。まあ、丁度いいわと思って、私、3匹目を縁側に下ろしたら、1匹目と2匹目も抱き上げて縁側によっこいしょ、って置いて、『ちょっと待っててね』って言って、一旦家の中に入ったのよ。




 すぐ縁側に戻ったら、まだイタチが3匹、ちゃんと残ってたわ。最近のイタチって賢いのねー。熱中症対策してくれるし、代わりに草刈りしてくれるし。

「ほら。これおあがんなさい」

 だからなんだか、お礼したくって。

 丁度、貰い物のスイカがあったから、それ切って出してみることにしたのよ。


 最初、イタチ3匹はなんだかそわそわしてたわ。でも、『ばあさん1人暮らしにはスイカ1玉は多すぎるのよ』って言ってみたら、遠慮がちにしゃくしゃくやり始めたのよねえ。

 1匹目が一番最初に食べ始めて、2匹目も食べ始めたら、3匹目もおろおろしてたけど、そのうちしゃくしゃくやり始めてねえ。

 それがなんだか可愛かったもんだから、なんだか嬉しくなってきちゃって。

「いっぱいお食べ」

 私もスイカを食べながら、イタチ3匹、順番に撫でてみちゃったりなんかして。……ああ、スイカなんて久しぶりに食べるわねえ。あの人が居る時も、夫婦2人でスイカ1玉は多すぎるから、っていうんで、スイカなんて買ってこなかったし。貰ったスイカは大体全部、どこかにあげちゃってたのよねえ。

「うふふ。おいしいわねえ」

 しゃくしゃく瑞々しくて、甘くって、スイカってこんなにおいしかったのねえ。これも、不思議なお客様が3匹も来てくれたおかげだわ。


 じわじわセミが鳴いていて、日陰でも暑すぎるくらいの気温で、空には大きな入道雲。

 正に夏、っていう景色だわ。そこにスイカと麦茶と、かわいいお客様が3匹も!

 最近の夏は暑くってたまったものじゃないけれど、まあ、こういう風に夏を楽しむのも、悪くないのかもしれないわね。




 スイカを食べ終わったイタチ3匹は、庭の片隅で遊んでいたみたい。スイカの皮とか片付けて戻ってきてみたら、ぴょこぴょこ跳ねたりくるくる回ったり。

 それで、イタチ3匹が遊んでいる横では、去年も見た覚えのある白い蕾が重たげにふるふる揺れてるものだから、ああ、もうそんな季節なのねえ、なんて思ってみたり。

「ああ、これ?これねえ、百合よ。高砂百合っていうんですって」

 イタチが遊んでたのは、高砂百合の茎の間。

 私の腰くらいまでの高さに育った百合は、もうすぐ花が開きそうな蕾をぶら下げて、なんだか重たげに揺れていて、ちょっぴり可愛らしい雰囲気ね。

「高砂っていうのは台湾のことなんですってね。そこから、種が風に乗って飛んできて、それでここに生えてるみたいよ。はるばる長旅してきたのね」

 昔、あの人が調べて教えてくれたことを、イタチさん達に教えちゃう。まあ、賢いイタチみたいだから、こういうのも面白がるかもしれないし。

「本当はねえ、この百合、駆除しなきゃいけないらしいのよ。外来種だからね」

 ……あの人が言っていたことも、やっていたことも、今も覚えてるのよ。イタチさんに説明できるくらいには。

 高砂百合は、外来種。日本の百合と交雑しちゃって、どんどん増えてるらしいのよね。だから見つけたら駆除した方がいいってことなのよ。

「でも、あの人が『植えた覚えのない百合が生えてきた!』って面白がってたの、思い出しちゃってね。毎年、種が飛ばないように全部取って、自分の庭の分だけちょこっと蒔いてるの」

 ……でも、あの人はこの百合を駆除しなかった。『節度を守って生えるならまあ、いいぞ』って言って、種が他所に飛んでいかないようにキッチリ管理して、それで、毎年庭の片隅にちょこっと、種を蒔いてあげてたのよ。

 綺麗な花だからね。それに、迷い込んできたら駆除されちゃった、っていうのは、あんまりかわいそうなもんだから、って。

 ……だから、この庭に迷い込んできた子が居たら、駆除しちゃうんじゃなくておもてなししてやろう、っていうのは、私、ずっと決めてたのよ。

 まあ……まさか、植物じゃなくってイタチのお客様があるとは、思ってなかったけれど!




「あなた達、またいらっしゃいな。庭の草刈りしてくれるんなら大歓迎だし、そうでなくたって大歓迎だから」

 賢そうなイタチだし、言葉が通じるんじゃないかと思ってそう言ってみたら、イタチは3匹そろって、こくこく、って頷くもんだから、なんだか面白くってね。次にまた会えた時の為に、お菓子でも用意しておいてあげた方がいいかしら。

 ……スイカは喜んでたみたいだし、梨とかリンゴとか、柿とかの方がいいのかしら。そもそもイタチって何食べるのかしらねえ……。


 帰っていったイタチ3匹を見送って、イタチ達がすっかり綺麗にしてくれた庭の雑草をざっと片付けて……高砂百合が咲いたら、一輪、仏壇に飾ろう、って決めたわ。

 あと……次は、縁側じゃなくて仏間にイタチのお客様を連れて行ってみようかしら。あの人もきっと、面白がるでしょうし……。


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