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04.鬼火

 ~鬼火~

 宙に浮かぶ火の玉。狐火、人魂とも言う。墓場や山などに多い。

 元々は土葬の習慣があった頃、死体が分解されて生じた燐によって鬼火のような火が生じていたものと考えられている。


 ~~~~~~~~~




 初夏。俺はまた、この山に来ていた。

 冬に遭難しかけた……というか、クソデカライチョウに温められていたあの謎の出来事があった山だ。

 冬に大変な目に遭ったので、改めて、夏にここに来たかった。まあ、トラウマ払拭のため、っていうか。あのクソデカライチョウに一応お礼しとくかな、というか……。


「じゃあ、先輩の快気祝い……にはちょっと遅くなっちゃいましたけど!まあ、今日も楽しんで登山していきましょう!」

「おう!……いやー、付き合わせて悪いな」

「何言ってるんですか。むしろ私が付き合って貰ってるようなものですよ」

 今日も後輩と一緒に来た。まあ、彼女は付き合いが良いし、何より……『私もバカデカいライチョウ見たいです!』とのことだったので。ま、丁度いいか、と。

「へへへ。登山にキャンプに、って、贅沢ですよねえ」

「だな。山贅沢セットってかんじだ」

 尚、本日はキャンプも敢行する。車の中にはキャンプ用品が一式入れてあって、登山が終わったらそのまま近くのキャンプ場へ直行する予定だ。

 真夏になるとキャンプも登山もキツいが、初夏くらいならまだまだいける。特に、標高が高いとそれだけで大分涼しいしな。

 ということで、まあ、避暑も兼ねて、色々兼ねまくった登山が開始したってわけだ。




「いや普通に居るのかよ」

 ……で、登山開始から1時間半程度。

 もうすぐ山頂、というところで、登山道が埋まっていた。

「わー、でっか」

 ……他ならぬ、例のクソデカライチョウによって!

「塞がってますねえ……」

「塞がってるなあ……」

 クソデカライチョウが狭い道にみっちりと詰まっているものだから、通れない。どうしてくれるんだこのライチョウ。

「ところでちゃんと夏毛ですね」

「だな。俺が温められてた時には真っ白だったけど。ちゃんと換羽したんだな」

 改めてライチョウを見てみると、まあ、デカいこと、デカいこと。

 俺を掴んで飛べるくらいの大きさはある。いや、デカすぎると鳥って飛べないよな。ジェットエンジンでも積んでるのか?いやまさかな……。

「いいなー、先輩、この子にあっためられてたんですね」

「おう。まあ、多分。……いや、あっためられてたのか、俺で暖をとろうとしてたのかはよく分からないけどな……」

 骨折して入院している間、暇だったんで調べてみたら、『ぬくめ鳥』という伝承に行き当たった。

 どうも、鷹とかの猛禽の類が、冬場、羽毛の生えてない脚とかが寒いもんで、スズメとかの小鳥を攫ってきて、掴んでカイロ代わりに使うんだそうだ。で、翌朝放してやるし、そいつが飛んでいった方では狩りをしないらしい、と。

 ……それを考えると、どうも、俺はそれの為に連れていかれていたような気がする。執拗に脚の間に入れられてたし。よくよく思い出してみると、羽毛が生えてない足の部分にくっついて寝てた時に特に喜んでたような気がしなくもないし。


「おおーい、ちょっといいかー」

 だが何にせよ、このままだとこの道を通れない。山に来たのに山頂に到達せずに引き返すっていうのもちょっとな。俺達の後にも登山客が登ってきてるだろうし。

「この間、助かった。これ、礼だ。もし食べるなら持っていってほしい」

 クソデカライチョウに声を掛けると、ライチョウは、もそ、と動いて、ようやく俺達の存在に気付いたらしかった。

 そして、俺が差し出したリンゴを見ると、こて、と首を傾げた。

 それでも、『ほら』とリンゴを出していたら、やがて、ライチョウはひょい、と嘴を近づけてきて、もふっ、とリンゴを持っていった。そのままリンゴを食べて、くー、と鳴いた。

「ついでに、ちょっと退いてほしいんだが……あ、退いてくれないのか。うーん」

 だがこのライチョウ、ここにミッチリ詰まったまま、退く気配が無い。困ったな。いや、まあ、こいつがここに詰まっていたいなら、しょうがないか……。

「あっ!先輩!意外と通れますよこれ!」

「うわあお前……」

 ……と思っていたら、後輩が勇猛果敢にも、ライチョウの羽毛に突っ込んでいた。そのまま、羽毛を掻き分けつつ『うわああー!ふかふかだああー!』と叫び声を上げつつ、ライチョウの横を通って行った。

 これ、いいのか。いいんだろうか。

 俺は、ちら、とライチョウを見てみた。……ちょっと困惑しているように見えなくもない。

「……あー、俺も通っていいかな」

 まあ一応聞いてみよう、と、ライチョウに声を掛けてみると、ライチョウは、みゅうー……と声を上げて、もそ、と少し脇に避けてくれた。

 ……羽毛を掻き分けながら移動されるのは、なんか、ちょっと嫌なのかもしれない。




 脇に避けてもふかふかの羽毛はふかふかだった。羽毛にふさふさふさ、と撫でられつつ横を通って、礼を言ってライチョウの個所を通り過ぎた。ライチョウは、きゅう、と鳴いていた。

 そこから山頂までは割とすぐだったので、俺は冬に見られなかった山頂からの景色を存分に楽しんだ。

 街並みが小さく小さく、遥か下の方に見える。が、見える景色のほとんどは山と空だ。初夏の緑と、清々しく晴れ渡った空。……冬の景色も見てみたいな。また冬にリベンジしてみるか。


「なんで山頂で食べるラーメンって美味しいんでしょうねえ」

「な。いいよな、山頂のラーメン」

 それから俺と後輩はそれぞれ、ガスバーナーとアウトドア用の鍋でインスタントラーメンを茹でて食った。美味い。何故か山頂で食うラーメンは地上で食うそれの5割り増しくらいで美味い。

「あと山頂で食べる羊羹もまたなんでこんな美味しいんでしょうねえ」

「分からん。が、美味いよな、羊羹」

 それからポケット羊羹も食う。……登山やるんだったら、エネルギー補給のためにちゃんと食っておいた方がいい。だから俺と後輩は、大抵羊羹を携行食にしている。夏の山でも油断は大敵だ。

「あと水!」

「美味いよな、水」

 ……水分補給も大切だ。そして、山で飲む水は地上で飲む水とは別物なんじゃないかってくらい美味い。なんなんだろうな、これ。まあ、これも登山の楽しみの1つだと思う。いいよな、登山。


 帰り道ではライチョウに出会わなかった。多分、人通りが多くなってきたから巣に帰ったとか、そういうかんじだろう。一応、『また冬に来るからよろしくなー』と声を掛けておいた。奥の方から『きゅ』と鳴き声が聞こえてきたような気がした。




 さて。そうして俺達は山から帰ってきて、駐車場で車に乗り込む。尚、運転手は俺だ。後輩は車を持っていないので、アウトドアは専ら徒歩であるらしい。

 ……なので、ちょっと大荷物になりそうなアウトドアの時とか、電車で行くのがキツい場所に行きたい時とかには、俺が運転手兼同行者として誘われる、ってわけだ。

 まあ、こうして誘ってもらえるのはありがたいことだ。俺もアウトドア趣味な訳だし、ソロもいいが、同行者が居るのも悪くない。……特に登山は、そう。冬に思い知った。本当に、そう。


 多少道に迷ったものの、夕方前にはなんとかキャンプ場へ到着した。よかった。暗くなってからだと設営が面倒だからな。

「じゃあ、私ここらへん頂きますねー」

「じゃあ俺はここらへん貰うわ」

 今回のキャンプ場は区画が区切られているわけでもない場所なので、林の中に適当に場所をとって各自勝手にキャンプする。早速、俺は俺の、後輩は後輩のテントを設営し始めた。

 後輩は徒歩でもいける1人用テントだが、俺は車がある分、テントの小ささや軽さにはこだわらなくてもいいので、偶々その時安くなってた2~3人用を使っている。

「あっ焚火シート忘れた」

「ええー、先輩大丈夫ですか?今回、燃料ガスバーナーだけですか?私の焚火使います?」

「使います……すみません……」

 ……が、まあ、結局、荷物の量に制限が無いとなると、荷造りが雑になりがちである。俺は焚火シートを忘れた。あああ……。

「あっ!やばっ!食器忘れた!」

「食器?シェラカップとかか?」

「いや、スプーンとフォークとお箸のセット忘れてきました!」

 一方、後輩はカトラリーを忘れてきたらしい。なんでまた。

「俺が2人前持ってるから貸すよ。……あっやべえ。ライト忘れた」

 カトラリーは俺が貸せるんだが、今度は俺の荷物にライトの類が無いことが判明した!くそ、なんてこった!キャンプにライトが無いのは致命的だぞ!?

「先輩先輩!それでしたら私が持ってますからお一つ貸しますよ!」

 が、こっちも後輩が貸してくれるようなのでほっとする。こういう点でも、同行者が居るっていいよな……。


 だが。

「……えっ、充電切れてる」

「えっ」

「えっ、えっ、おかしいなあ、今朝まで充電してたやつなのに……」

 ……どうも、後輩の方も、トラブル発生、らしい。


「ええーっ、ごめんなさい、先輩……。こっちもライト、駄目でした……」

「い、いや、まあ、忘れてきた俺が悪い訳だし……いや、でもそっちもライト無いのは困るよなあ……」

 どうも、後輩が使っているLEDライトが充電切れらしい。2人ともライト無しとなると、これはいよいよヤバいな。

「バッテリーへたってるとも思えないんだけどなあ……なんでだろう」

「……ライチョウって、電気食べたりするか?」

「ええっ、まさかぁ……いや、でも、うーん……?まあ、怪奇現象、ですよねえ……」

 充電してきたのに充電切れ、となると、考えられるのは俺達が遭遇している例の怪奇現象……クソデカライチョウぐらいだが。

 ……もしかして、前回の雪山遭難の時も、スマホの充電とか食ってないだろうな、あいつ。

「まあ、オイルランタンはあるからこれでなんとか……あ、オイル忘れた」

「……せんぱぁい」

 ……こうして俺達は、キャンプをやるにあたって致命的な『明かりが無い!』という状況に追い込まれたのであった。尚、追い込んだのは俺達自身である。救えねえ!




「まあ、焚火がある分、ギリギリなんとか……」

「きついですって!きついですってこれぇ!」

 ということで、俺達は薄暗くなっていく中『やばいやばいやばい』と大慌てで調理し、大慌てで食って、大慌てで片付けた。が、食ってる途中で暗くなってきたのでもう、そこからは非常に不便だった。

 暗い中で洗い物とかするもんじゃない。どこが汚れててどこが洗えてるんだかもよく見えない中でやってたから、多分、洗えてない!

「うーん、夜にお手洗い行く時とかどうしよ……」

「まあ、ちょっと危ないよな……」

『管理がキッチリ行き届いてます!』みたいなキャンプ場じゃない分、キャンプ場内に明かりが無い。よって、危ない。明かりが無いっていうのは滅茶苦茶危ない。

 今は焚火の灯りだけでなんとかやっているが、それだって、一晩中火を焚いている訳にはいかないし、そもそも焚火だけだと暗い。LEDの偉大さを知るハメになるとは。

「持ち歩き用の光源無いとキツイですよねえ。蝋燭とか無いか、管理人室に聞いてきましょうか」

「いや、もう帰ってると思う。となると、ライターで今日一晩やり過ごすか……?」

 ライターを光源として使うだなんて、正気の沙汰じゃないが。だがやらないといけない状況ならやらざるを得ない。この際、もうなんでもいいから光源が欲しいのだ。




 ……と、その時だった。

「あれ、なんか光ってますね」

「だな。なんだ?揺れてるけど……火、にしちゃ、青っぽいよな」

 それは、ふよ、ふよ、と揺れながら、そこらへんを横切っていく……。

「……鬼火?」

 鬼火、とか、人魂、とか、称されるようなブツであった。




 俺達は茫然としながら、ふよふよ進んでいく鬼火を見ていた。

 鬼火は、ふよふよ、と頼り無げに揺れ、時々風に流されては慌てたようにおろおろと動き……なんとも頼り無げだ。

「……もしかして、風除け探してるのかなぁ」

 折角なのでもうちょっと眺めていたら、鬼火はタープの下で、なんとなく落ち着いた様子であった。だが、タープっていうのは要は屋根であって、壁にはならない。風が吹けば、ぴゅう、と風が通り抜けていくわけである。そしてまた、鬼火はわたわたと慌てているのだが……。

「……おーい」

 その様子がなんともかわいそうなのと、あと、若干の下心を加えて……俺は、オイル切れのランタンを片手に、鬼火に呼び掛けてみた。

「これ、風防付いてるぞ。中、入るか?」




「えっ、この子、入っちゃった……」

 そうして鬼火はランタンの中にちんまりと納まった。ふよ、ふよ、と揺れているのは、嬉しいからなのか、何なのか。まあ、よく分からないが、鬼火はランタンに自ら飛び込んできて、それから出ていく気配が無いので、多分、ここを気に入ったんだろう。

「まあ、人助けはしておくもんだ」

「ああ、先輩もでっかいライチョウに助けられましたもんね」

 別に、ライチョウのことがあったから、ってわけじゃないが……まあ、こういう変なのでも、困ってたら助けてやりたいと思うし。それでこの鬼火が喜んでくれるなら、まあ、それはそれでいいかな、と思う。勿論、ライチョウに助けてもらった分、誰かに返せたら、とも、思わないでもないけどな。

「やーん、かわいいですねえ、この子」

「まあ、うん……かわいい、か?」

 鬼火は鬼火なので、顔とかがあるわけでもない。だが、確かによくよく見れば、ランタンの中で安心したようにゆったり揺れている様子はなんとなくかわいい……かもしれない。

「ま、ここ貸してやるから、その代わりに光源になってくれよ。……ってことで、こいつ、外に置いておいて、俺達がテントの外出る時には持っていこう」

「これならトイレまでの道も安心ですね!ありがとうございます!」

 ……それに、まあ、役に立ってくれそうだしな。うん。渡りに船、ってことで、一宿の恩は、明かりで返してもらう、ってことで……。




 結局、その晩、俺は1回、後輩が2回ほど、鬼火の力を借りることになった。キャンプ場のトイレまでってかなり遠いんだよな。

 俺がランタンを持って歩きはじめたら、すわ出番か、とばかりに鬼火は明々と燃え盛って、光が増した。おかげで足元もちゃんと見えて、安心安全だった。助かる。


 ということで、まあ、俺達は忘れものだらけのキャンプを無事に終了したんだが……。


「えっ先輩それ持って帰るんですか!?」

「あ、うん……なんか、出てくれなくてさ」

 俺は、荷造りする時、鬼火が入りっぱなしのランタンをケースにしまうことになった。

 一応、ちゃんと『出てかないのか?なら連れて帰っちまうぞ?』とは言ってある。だが、鬼火は頷くようにふかふか揺れるばかりで、後はちんまりとランタンに収まって動こうとしなかった。

 ……まあ、多分同意を得られた、ってことなんだろう。

 また冬にこの山来る予定だし、帰りたいようなら半年後に帰してやろうと思う。或いは、どこか出かける時にこいつも連れて行って、気に入るようならそこに置いてきてもいいし。

「燃料代ゼロ、熱は無くて揺らぎはある、素敵な光源兼ペットですねえ」

「……まあ、二つとないキャンプギアなことは確かだ。ペットかは分からんが……」

 キャンプギア、としては優秀だ。まあ、ちょっぴり不気味なところに目を瞑れば可愛いし、確かにペットを飼うようなつもりでコイツと居てもいいかもしれない。




 ……ということで、俺のアウトドア用品の中に、鬼火のランタンが加わった。

 鬼火のランタンは折角なので、夜の散歩の時に連れて行ってみたり、ちょっと自然の多いところへドライブに行く時に連れて行ってみたり、とあちこち連れ回している。ついでに、普段は部屋に吊るしておいて、窓の外を眺められるようにしてある。……その代わりに、部屋の電気代をちょっと浮かさせてもらっているが。

 まあ、こういうのが居る生活も悪くないよなあ、と思う。次はどこに連れて行ってやろうかな。いや、鬼火ばっかりじゃなくて、後輩もそろそろどこかに連れて行ってやるべきだろうか……。

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