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29.蛇帯

 ~蛇帯じゃたい


 帯が蛇に化けたもの。女の嫉妬心が憑いた帯が蛇に化けて男を絞め殺しに行くためとも言われる。

 ところで帯も色々ある。男性用の角帯は約10㎝幅4m長だが、女性の振袖などに使われる袋帯は約30㎝幅4m40㎝長。太い!太すぎる!お前は本当に蛇か!?ツチノコとか川幅うどんとかじゃなくて!?


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 大学は年度末。テストも終わって、さあ春休みだ!先輩達は卒論発表会頑張って!私は『素人質問で恐縮ですが……』って前振りでマジの素人質問するからよろしくね!……という時に、事件は起きた。

「やばいやばいやばいどうしよどうしよどうしよ」

 お母さんからのメッセージを受信して読んでみたら、すぐさま私の頭のネジが吹っ飛ぶ衝撃。どうしよどうしよどうしよ。

「どしたの」

 こんな時、隣でとりあえず『へー大変だね』って聞いてくれる友達が居るの、いいよね。助かる。マジ助かる。

「今週末いとこの結婚式あるんだけどさあ」

「ああ、明後日だね」

「成人式で去年着た着物着る予定だったんだけど、お母さんが帯だけ別の親戚に貸しちゃってたっぽくて、無い。しかも着付け頼んでた美容院のおばちゃんが腰やっちゃって入院しちゃったっぽい」

「うわあ」

 ね?ね?『うわあ』でしょ?それ以外言いようが無いでしょ!?

 絶体絶命だよ!これ絶体絶命!ねえ、どうしよ!?


「なんかドレスとか無いの?」

「無い……。今から古着屋行って探してくるかな……確か大学の近くにあったよね」

 まあ、無いなら無いでしょうがない。痛い出費にはなるけど、古着屋で適当に綺麗めのワンピースとかとボレロか何か買ってきて……靴だけは別で買わないとダメかな。うわー、痛い出費……。

 ……それに、出費以上に、振袖着たかったんだよね。ほら、振袖って成人式の時に着た後、着られる機会、ほぼ無いじゃん。だから親戚の結婚式って絶好のチャンスだったんだけどなー。うー……。




 持つべきものはいい友達。授業が午前で終わったから、その後、古着屋行くのに付き合ってもらった。

「えーと、フォーマルシーンに着られそうな……あ、駄目だ。意外と分類されてない」

「そりゃ古着屋だし。色別にはなってるから、好きな色のところ探しな」

「色なんて何色でもいいよぉ……結婚式に着てて問題ない奴ならなんでも……」

 古着屋に来たものの、これ、服探すの結構難しいね。参ったなー、カジュアルとセミフォーマルが同じラックにかかってるよぉ……。

 とりあえず『ワンピース』っていうざっくりした分類のラックを片っ端から見ていったら、それっぽいのが何着かは見つかった。でもまあ、お値段と品質とデザインとサイズ、全部で丁度いいのは中々無いし……うーん。


「……あれ?ポメ、出てきたの?」

 どれにしようかなあ、って迷ってたら、ラックの角から例のポメラニアンが出てきた。今日もふわふわじゃん。とりあえずモフッとこ。

 角から出てくるポメラニアンをモフらせてもらったら、ちょっと元気が出て落ち着いてきた。よし、元気出たところでもうちょっと探すかな、と思って……。

「ん?こっち?」

 いつもだったらすぐに角に帰っていくポメが、なんかふんふん匂い嗅いで、てしてしと元気に自信たっぷり歩き始めちゃったから、慌てて追いかける。あーあーあーあ、店員さん、見つけないでね!このポメは私が責任もって、ちゃんと角に返すんで……粗相もしないし抜け毛も無いタイプのポメだから、数分だけ見逃して!

 ……ってひやひやしながらポメを追いかけたら、ポメはお店の一角で自信満々のお座り。そっかー、なんか見つけたのかな。

 とりあえずポメは帰ろうか、ってことで、棚の角にむぎゅっとやってお帰り頂いた。またね、ポメ。

 で、ポメが案内してくれたこの棚だけれど、何があるのかな、って覗いてみたら……。

「うわ、いい帯だぁ……」

 ……びっくりした。

 めっちゃいい帯、置いてあった!


 七宝柄っていうのかな。幾何学模様の帯で、ゴールドがメインながら、落ち着いた雰囲気。めっちゃいい。

 私の振袖はお母さんのお古なんだけど、暗めの赤の牡丹柄だから多分これ、めっちゃ合う。

「どしたの?……あ、こっち方面でいくことにしたの?」

「あ、うん。なんかいつものポメがこっちに案内してくれて、見つけちゃって……」

「へー……あんまり古臭くないね。モダンなかんじでかわいいじゃん」

「うん。いい……すごくいい……」

 友達も来て、一緒に帯見て、『いいじゃん』って言ってくれる。ね。いいでしょ、いいでしょ。

「……ぴくぴく動きさえしなければ、めっちゃ、いい……」

 ……この帯が、ぴくぴく動いてさえ、なければ!


「……動いてんね」

「ね。動いてんのよコレぇ……」

 ね。どうしようね、これ。

 帯は私達が見つめてる棚の上、ぴく、ぴく、って時々動いたり、もそもそ、って身じろぎしたりしながら、それでも大人しく棚の上に収まってる。

 あの、これ、ぴくぴく動く帯ってさあ、これさあ……なんか嫌だけど、でも、この帯、めっちゃいい……でもぴくぴくしてる……あ、撫でたら、へにゃ、ってした……。めっちゃいい柄と色……。あ、お値段も馬鹿みたいに安い……まあ、動く帯なんて買い手付かないんだろうし、いや、でも……。




「結局買っちゃったんだね」

「うん……正直、ワンピースとボレロ買うより帯一本の方が安かったし……ワンピースだったら更にこれから靴買いに行かなきゃだったし……」

「ま、そう考えれば経済的か」

「うん。たとえこの帯が生きていても……まあ、えーと、謎の生物の、保護、ってことで」

 帯、買っちゃった。どう見ても生きてるかんじの帯だったけど、買っちゃった。だって色柄めっちゃ好みだったし、お値段めっちゃ安かったし、それにやっぱり、振袖着たかったし……。

「古着屋に謎の生物ねえ……。で、それ、結局何なの?」

「いやそれは知らない。まあ、生きた帯ってことで。ね」

 古着屋さんの袋の中で、帯は今もぱたぱたひらひら、なんだか嬉しそうに動いている。……まあ、ボールペンに入る狐とか光る鳥とかも居るわけだし、動く帯が居てもいいじゃん、ってことで。


「ところでこの帯は何を食べるんだろう」

「え、食べるの?」

「いや、生き物っぽいし」

 まあ、買っちゃって飼っちゃった以上は餌やらないとなあ。でも帯の餌ってなんだろね。

「……コーラ飲む?」

「やめときなやめときな、染みになりそうだしちゃんと本人に聞いてからにしな!」

 生き物だけど帯だし、そうだね。コーラとかコーヒーとか駄目な気もする。うーん……でも、帯の餌だしなあ。なんだろ。防虫剤とか……?

 ……いや。でも、『防虫剤?』って言った瞬間、帯がぶんぶんぶんぶん首を横に振るみたいに動き始めちゃったしなあ。えーと、やっぱり帯ベースじゃなくて、生き物ベースで考えてあげた方がいいのかな。

 でもこれ、帯じゃなくて何の生き物なんだろ。牛の食べ物とトラの食べ物じゃ違う訳だし、せめて草食か肉食かだけでも分かればいいんだけど……。


 もう分かんないから、近所のスーパーに帯を連れていくことにした。気になる食品があったらそこで動きなさいね、ということで。

 ということで、野菜売り場、精肉コーナー、お魚売り場……色々と周ってみて、結局そこ3つ、全部反応が微妙。唯一、卵売り場ではちょっとぱたぱたしてたけど、それくらい。

「あんまりモノ食べないのかなあ」

「卵にしても、殻とか食べるのかもね……あ、それは違うのか」

 帯は喋らないから推理が難しい。これは粘り強くYESとNOで答えられる質問をしてみるしかないのかなあ、なんて思いつつ……ふと、思いついちゃった。

 野菜でも肉でも魚でもない食品、まだまだ沢山あるじゃん。それに加えて、こういうのが好きそうなのが。

「……あ、なんか分かったかも」




 ということで。

「酒だあ」

「酒だねえ……」

 お酒売り場に連れて行った途端、帯、大興奮!そっかー、お酒かー。まあ、言われてみればそういうの好きそうだよね。分かる分かる。

「そっか。お酒が好きってことはこの帯、蛇なのかもしれない。長いし」

「蛇ってお酒好きなの?」

「古事記にはそう書いてある。あとお兄ちゃんの家にでかい蛇が来た時、やっぱりお酒飲んでたって言ってたし」

 ねー、って帯に話しかけてみたら、帯も『ねー』ってかんじに反応してきた。こいつ、さては結構話が分かる帯だな?

「さっきまでぴくぴくしか動かなかったのがこんなにいい反応なわけだし、これは一本買ってあげるしかないなあ」

「そうだね。何がいいんだろ。ワインよりは日本酒か」

 帯はもう、うきうきそわそわしながら、袋からちょっと伸び上がってはお酒の棚を見てる。帯の目がどこかは分からないけど、多分、お目目キラキラなんだろうなー。

 まあ、ワンピースとボレロと靴買うよりずっと安く上がってるわけだし、その分お酒の出費くらいはしてやりますよ、って気持ちで、帯が気になってそうなお酒を目で追う。

「日本酒……いや、もしかして……」

 ……けど、帯、なんか、棚の下の方に向かってくいくい伸びていくんだけど……まさか。




「業務用焼酎が好きな帯ってなんかやだぁー……」

「まあ安上がりでいいじゃん」

「それはそうなんだけどさあ……雰囲気無いじゃん」

「雰囲気より実利を取りな」

 はい。帯がお気に召したのは、甲類焼酎4Lペットボトルでした。もうね、雰囲気とか何も無いよ。お財布には優しいけど。

 いいのかな、これ。まあ、本人ならぬ本帯……本蛇?がいいなら、それでいいか。




 ということで無事、私はいとこの結婚式に振袖を着ていくことができました。帯に感謝!

 ……そう。ホントに、帯に感謝。何と言っても……。

「ねえ!あの帯最高だった!着付けまでやってくれるタイプの帯だった!」

「は?」

「帯が!帯がひとりでに結ばれてくれるの!きつすぎず着崩れない、めっちゃいいかんじに結ばれてくれるの!すごく助かった!」

 なんと!あの帯、生きているという特性を見事に利用して、着付けをやってくれる帯だった!

 最初、綺麗にお太鼓結びになってくれたんだけど、その後で『いとこの結婚式であなたのこと着たいんだよね』って伝えたら、お太鼓じゃなくてなんかこう、飾り結びになってくれた。めっちゃできる帯だわ、こいつ。

「あと結婚式場で注がれちゃったビールめっちゃ飲んでくれた」

「帯が?」

「うん。帯が。で、帯は満足気だったし、私は苦手なビール飲まなくて済んで大助かり」

 私は去年成人したから、ってことで、まあ、酔っぱらった親戚がビールとか注いでくれちゃったんだけど、それは全部帯が飲んでくれた。……お太鼓じゃなくて飾り結びだったから、帯の端っこがヒラッとしてたんだけど、そこからビール飲んでたね。まあ、帯、どこからでも酒飲めるみたいなんだけどね。

「やっぱり帯は生きてる奴に限る!」

「そっか。よかったじゃん」

「うん!めっちゃよかった!」

 これからもあの帯、大事にしよっと。定期的にちょっとずつお酒飲めば大丈夫らしくて、今は結婚式でお腹いっぱいになっちゃったのか、甲類焼酎4Lペットボトルを抱くみたいに巻き付いて寝てる。冬眠かもしれない。でも、甘酒作ったらそっと飲みに来るところを見ると、やっぱり寝てはいないっぽい……。


 まあ、かくして私のところには帯、兼ペットが来たのだけれど、ちょっと残念なことに、振袖って着る機会がほぼ無いから、いとこの結婚式以来、帯が帯として使われることが全然なさげなんだよね。

 ……と思ってたらその後、生きてる布が見つかったし、その布も仕立てられ希望してくれたものだから、私のところには元一反絹織物の生きた着物が来ることになっちゃって、こう、普段から着物を着る、っていう機会が増えちゃったんだけど、まあ、それはまた別の話……。


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