28.すねこすり
気づくと増えている。終わったと思っても増えている。だって妖怪だもの。増えたくなったら増えもしますよ。ええ。
~すねこすり~
雨の日などによく出てきて、人間の脛に擦りついてくる。すりすりやられると人間は歩きにくいのでちょっと困る。
尚、ふわふわした猫のような姿をしており、かわいい。よって、すりすりやられた人間が本当に困るかは、その人次第。
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その日。俺と後輩は、例の如くキャンプに来ていた。
というのも、後輩が『先輩!私、ついに冬用のシュラフ買いました!あと冬テントも!これで冬キャンプ、行けます!』と宣言してきたからだ。
元々登山を趣味にしている俺も当然、冬装備は一式持っているので、ならば、と冬キャンプに出掛けることになったのである。
「うわー!冬の森っていいですねえ!何も無い!」
「まあそうだな」
……ということでやって来たキャンプ場は、まあ、冬だからな。木々は葉を落としているか、針葉樹かのどちらか。雑草は、すっかり枯れたものがいくらか。煩わしい虫は居ない。枯れ枝がぼちぼち落ちているので、ありがたく薪として使わせてもらう。
……まあ、冬キャンプはとにかく寒いんだけどな。でも、虫が居なかったり、雑草が無かったり、っていう快適さは、まあ、ある。俺はこれを中々気に入ってるから、冬キャンプ、そこそこ好きなんだよな。
あとはやっぱり……焚火!
焚火が魅力的なのはやっぱり冬キャンプだ。
……夏にやると只々暑いからな、焚火。癒しじゃなくて拷問とかになりかねないからな、焚火。
その点、冬の焚火は只々、癒しでしかない。温かさも、光も、薪の爆ぜる音も……いいよな、冬の焚火……。
今日のキャンプ飯は冬キャンプらしく、シチューを作った。こういうのが美味いのも冬キャンプの魅力だよな。
「うわああー!おいしい!おいしいですよ先輩!これおいしい!」
「冬だと余計に美味く感じるよな」
ほっこり温かなシチューはそれ単品でも美味いが、焚火で炙ったパンに付けながら食べるのもオツなものだ。後輩は更に、『炙り焼きカマンベールチーズを投入!』とやっている。……俺もやろう。絶対に美味いだろ、あれは。ずるいだろ、あれは。
シチューの鍋の横では、ソーセージを炙っている。ステーキ肉とか焼いてもいいんだが、加工肉だと洗い物とかが若干楽なんだよな。まあ、俺も後輩もソーセージ好きだから、洗い物関係なくよく食うんだが。
……と、冬キャンプらしい飯を終えて、シチューの鍋の汚れを紙で拭いて、洗い物は家に持ち帰ってやるとして……。
というところで、アクシデントが発生した。
「うわー、先輩、先輩。どうしましょう。雨ですよこれ」
「え?……あー、本当だ。ちょっと降ってきてるか」
ぽつ、ぽつ、と、タープに雨が落ちてきている。まずいな。予報じゃ、雨は無かったはずなんだが。
「通り雨だと思うんだが……とりあえずタープの下に避難だな」
まあ降ってきたものは仕方がない。急いで、焚火を焚火台とその下の焚火シートごと、ずりずりと引きずって移動させる。雨がかかると燃え残りが増えるからな。始末が面倒になる。
「ですね。……木綿タープってこういう時にいいんですねえ」
「ナイロンだと下で焚火するの、若干怖いからな。まあその分、木綿は重いし、手入れも面倒だが……それも愛だよ」
「愛ですか。先輩に愛されて、このタープは幸せ者ですねえ……」
……幸せ者かは知らないが、まあ、今回は化繊じゃないタープを持ってきて正解だったな。俺は小さめのナイロンのタープと、大きめの木綿タープを持ってるんだが、今回はどうせ寒いし風除け目的で、と思って、木綿の方持ってきたんだよな。木綿は燃えにくい……というか、ナイロンは火で融けるから、ま、正解だった。
……そうして一通り、焚火だのテーブルだの、俺の相棒である鬼火ランタンだのを全部タープの下、中央付近にまで避難させた頃、ばたばた、と雨が降ってきた。
「おお……結構降ってきたな」
「雨降っちゃうとテントの片付けが面倒なんですよねえ……」
「……サッと降って、サッと晴れて乾いてくれることを祈ろう」
まあ、冬だからな……。期待は薄いが。これ、夏だと、チェックアウトの時間までには乾いたりするんだが。まあ、冬だから……。
「冬の雨って寒いですねえ」
「だな。雪になってくれた方がいっそ、ありがたいんだが」
しかも、寒い。まあ寒い。こういう時、雪になってくれればその方が暖かいんだが……まあ、この分だと無理だろうな。
「ま、焚火に当たってればあったかいだろ」
「はい。火って偉大ですよねえ」
「人類の英知!ってかんじだよな」
寒さは冬キャンプならではの焚火の恩恵でなんとかするしかない。
まあ……焚火のありがたさがより分かるから、冬の雨キャンプ、っていうのも、偶には悪くない……か。いや、まあ、人生に一度ぐらいでいいけどな……。
それからしばらく焚火に当たって、ついでに焚火の火でココアを作って飲んでいたんだが……後輩が、もぞもぞ落ち着かなげにしている。
「……焚火って、あたってる箇所はあったかいんですけれど、足元とかは寒いですねえ」
「……だな」
まあ、焚火だからな。残念ながら、暖を取るにしても暖を取り切れないことがままあるのである。
「ブランケット使ってもなあー……ここまでカバーしきれないしうーん、どうしよ」
「早めに就寝、ってのは手かもな。こんな天気だし……冬用シュラフのパワーを知りたいって言ってただろ?」
「そうですねえ……ココア飲み終わったら、ぼちぼちテントに引きこもろうかなあ」
仕方がないので、こういう時はさっさと寝てしまった方がいい。風邪をひかないためにもな。キャンプで無理は禁物だ。
「あのクソデカライチョウさん、また来ないかなあー」
「あいつのサイズだとタープからはみ出すぞ」
……以前、俺を腹の下に入れて温めていたあのクソデカライチョウは、多分、この森には居ない。居ないと思う。あんなのが何匹も居たらちょっと……うん。
だが、後輩があのクソデカライチョウを欲する気持ちも分からないでもない。俺もちょっと寒いからな。防寒着も結構しっかり固めてきたつもりなんだが……俺でこれなら、後輩はもっと寒いだろうしな。
……ということで、さっさとココア飲むか、と思っていたところ。
「……ん?」
「……お?」
ふわ。
すり。
……そんなかんじの感触が、足元に伝わってきた。
これは一体……。いや、なんとなく、予感はするんだ。『そういう』奴だってな、なんかもう分かるようになっちまったんだよ。俺、この1年ぐらいでこういうのに出くわしまくってるもんだから……。
「おお……お?これは一体……えっ、なにこれ可愛いー!」
すりすりすりすり。
すりすりすりすりすり。
……そう。俺達の脛には、謎の毛玉がすりすりと、すり付いてきているのだった。
謎の毛玉。謎の毛玉だ。いや、ふわふわの柔らかい毛の下には柔らかな体温がちゃんとあるんだが、それはそれとして、毛玉だ。毛玉に見える。
俺の足元にすりすりしてきているのは、三毛の毛玉だ。白地に茶色とチャコールグレーのまだら模様。
後輩の足元にすりすりやっているのは、黒い毛玉だ。ちょっとばかりグレーの縞が入っているだろうか。暗くてよく見えないんだが。
まあ、そんな毛玉は……強いて言うなら、猫、に見える。いや、犬か?尻尾はふさふさしていて犬っぽいんだよな。でも、丸くなってすりすりやってくる様子といい、なんか、猫っぽいんだが……うん。
「えっ!?何ですかこれ!何ですかこれ!」
「さあ……猫、か?」
「えっ、でも猫なら『にゃー』って鳴きませんか!?」
……じっとその猫(っぽいけれど猫じゃないように見える何か)を見つめていると、『むー』と鳴いた。頑張って猫っぽくしようとしているように見えるが、どう聞いても猫じゃないな……。そして犬でもないな、これは……。
「……先輩!これ、あったかいですね!」
「そうだな……うん、あ、割とバカにならない温かさだな……」
「折角なら、もうあと3匹ぐらい増えてくれても……あっ!やったー!おかわり!おかわりだ!」
更に、常緑樹の低木の茂みの向こうから、似たような毛玉がもそもそとやってきた。
雨に濡れたそいつらは、焚火の傍でふるふる体を震わせつつ温まって、ついでに毛に付いた水を払い落としたらしく……それから、すりすりとやってくる。
「おお……あったかいな」
「ね!あったかい!あったかいですよこの子達!」
毛玉の色はバリエーション豊かだ。白猫(猫じゃないが)みたいなのも来たし、グレーのも来たし、茶トラも来たし、白に黒のハチワレも来たし……。
「……もしかしてこいつら、雨宿りついでに、俺達の足と焚火で暖を取りに来てないか?」
「ああー、かもですね。うん、すごい。次々寄ってくる……ふふふ、くすぐったーい!あったかーい!」
いつのまにやら、ぬくぬくふわふわ、足元がとんでもないことになりつつある。
タープの外では雨が降っているし、相変わらず寒いのは寒いんだが……足元がすりすりぬくぬくやられているもんだから、段々温まってきた。
「まあ私達、WIN-WINの関係ってことで!」
「だな。……折角だし、お前ら、俺達が寝る時にテントに来るか?寒いんだろ?」
折角だし、ってことで勧誘してみたら、足元から『むー!』『むうむう!』と、何とも言えない鳴き声が返ってきた。これはYESなのかNOなのか……多分、YESなんだろうな……。
そうして俺達は、毛玉と戯れたり、ちょっとばかり談笑したり、ココアを飲んだりした後、のんびりココアのカップや焚火を片付けて、そして就寝することにした。
「おお……冬用シュラフが、更にふっかふかに……」
……ちゃっかり俺のシュラフに潜り込んだ謎毛玉達は、シュラフの中でも俺の脛のあたりですりすりやっている。
うーん……足元がぬくいの、いいな。うん……。これはきっと、後輩もさぞかしぬくぬくと眠れているに違いない……。
そうして翌朝。
起きたら、脛のふわふわ感は無くなっていた。もしや、と思ってシュラフを覗いてみたが、もうそこに毛玉は居なかった。
まあ、そういう連中なんだろうしなあ、と思ってテントの外に出ると、後輩が既に起きていて、テントの周りをくるくる回っていた。あー、毛玉探しか。
「先輩!起きたらあの可愛い毛玉が居なくなっていました!」
「俺のとこもだ。帰っちゃったみたいだな」
「ああー……もうちょっとふわふわすりすりしてくれるのを堪能したかったのに……」
後輩は『残念……』としょんぼりしていたが、まあ、元気そうだ。つまり、よく眠れたんだろう。だよな。俺もあったかかったし。
「毛玉は残念でしたけど……雨、上がってよかったですね」
そして、まあ、毛玉はさておき……雨が上がって、からりと晴れた冬の空が見えているのは、ありがたい。まだ夜明けすぐだが、それでも太陽の光が差し込みつつあるのはいいもんだ。気分がいい。
「だな。まあ濡れたギア片付けるのには時間がかかるし、早めに飯食って撤収準備するか」
雨のキャンプ、といっても、ただ夜の間だけ降るとかなら、まだいい。これが撤収時にまで雨が降っているととんでもなく面倒だからな。上がってくれて助かった。
……ということで、朝食の準備をしようとしたところで……気づいた。
「……ん?おかしいな、タープが乾いている……」
「えっ?……あ!私のテントも乾いてます!」
なんと。
雨に濡れていたはずのそれらが……すっかり、乾いている!
おかしいな。この気温だし、夜の間だったし、いくら雨が上がったからといっても、乾くはずはなかったと思うんだが……。
「……あの子達が乾かしていってくれたんですかねえ」
……となるとやっぱり、あの謎毛玉達なんだろう、なあ。
雨宿りと焚火と俺達の脚をゆたんぽにした分、恩返しでもしていってくれたんだろうか。
「だとすると、あいつらはテントやタープにもふもふすりすりと……」
「ああー!見たかった!その光景、見たかったですよ先輩!」
だよな。俺も見たかったよ、そういう謎の光景……。
……ということで、予定よりかなり楽に撤収準備もできた。
雨のキャンプは面倒が多いし、今回も寒かったのは中々堪えたが……まあ、またああいうのに会えるかもしれないからな。
キャンプで雨が降るのも、悪くないかもしれないな、なんて、思ったりして……。