∞.百鬼夜行
~百鬼夜行~
お祭りだ!乗り遅れるな!
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ぴー、ひゃららひゃらりら、りらりら、どん、どん、どん。
華やかに、賑やかに、祭囃子が鳴り響く。
狐が篠笛を吹き、タヌキが太鼓を打ち鳴らす。
不死鳥が歌い、ブラウニーが踊り、提灯や妖精達が跳ねながら通りを照らす。
その後に続くのは、木琴をぽこぽこ鳴らす鎌鼬達。マラカスをシャカシャカ鳴らすトレント。
アコーディオンを演奏する大蛇に、サキソフォンを吹き鳴らすデカい蟹。オタマトーンを演奏する一反木綿にヴィブラスラップを演奏するデカいサザエ。そしてエレキベースを掻き鳴らす……布団!
更には、鷺が七色に光り輝きながら飛んでいく。鷺の上では、ミラーボールを吊るしながらくるくると回転する唐傘があるため、虹色の光が反射しては通りを賑やかにきらめかせるのであった。
……こんなに楽しくにぎやかな……そしてぼちぼち変な行列は、時々『わん!……わん……あん……ん……』とエコーのかかった犬の鳴き声も織り交ざりつつ、愉快に通りを進んでいくのであった。
……斯様に愉快な百鬼夜行。夜の暗がりに潜む彼らも、今宵ばかりは羽目を外して、明るく楽しく浮かれて騒ぐ。
ここが何処だか、誰も知らない。ここは何処かで、何処でもない。
彼岸でもない。此岸でもない。今日か明日かも分からない。
でも気にすることなど、なんにも無い。だって今宵は全部が一繋ぎ!
……だから、妖怪だけじゃない。
人間だって、浮かれて騒ぐ。何故なら今宵は百鬼夜行!お祭り騒ぎに隔ては無いのだ!
そういうわけで、……この『何処でもあって何処でもない』通りは、今宵、『ここ』に確かに存在している。世界中のあちこちに通じ、まじりあって溶け合う奇妙な通りは、あなたの傍にもきっとある。
ぼうっと灯る鬼火狐火、数多の燐火に照らされる中……ぽんぽんと賑やかなのは雷獣親子のポップコーンの屋台。
「……お前、キャラメルと塩、どっちがいい?俺、塩!」
そこへやってきた人間の子が、隣を歩く狐と何やら相談している。
尚、その子は塩派、狐はキャラメル派であったらしい。『じゃあじゃんけんな!最初はグー!』と、その子供と狐は元気にじゃんけんを始めた。
「うわー、これ、見てるの楽しいですね、先輩」
「輪無げの輪が自力で的に向かってくれる輪投げ、というのは新しいよな……」
隣の輪投げ屋では、人間の男女がウロボロスを投げている。男の鞄にぶら下がったランタンの中では、小さな鬼火が1匹、ふわふわしながら楽しそうに様子を見守っていた。
……そう。ここのウロボロスは実に挑戦的だ。
なんと!自らが輪投げの輪になる輪投げ屋を開いているのである!
「おお……ちょっと投げただけで!ほら、見てください先輩!カーブもしますよこの蛇!」
「輪投げとしては楽しくないな……。でも見てると楽しいな、これ……」
尚、プロ意識の高いウロボロス達は、どんな投げられ方をしても自力で宙を舞って、するん、と的に入ってしまうので、輪投げのゲームとしては成り立っていない。ただ、『なんとしても客に得点させてあげよう!とするウロボロスを見守るショー』としては、非常に出来がいいのであった!
「うわー、カドケシがこんなに喜ばれること無いよな」
向かいでは、射的の景品を妖怪に与えて大喜びさせている人間が居る。
「お前……お前、角が好きな犬?うん、ま、深く考えないけどさ……。キンタマタヌキとかよりは、ずっと分かりやす……いや、駄目だ、やっぱ分かんなァい!」
人間は頭を抱えていたが、ふわふわとした犬……ポメラニアンは、『角がたくさんある消しゴム!』として有名なそれに出たり入ったり……存分に、『角に入って、角から出てくる』という遊びを繰り返している。楽しそうで何よりである。
諦めて、人間はティンダロスのポメラニアンを撫でていた。撫でられたポメラニアンは、ますます嬉しそうにしていた!
「まあ……成果がカドケシ1つってのもアレだし、もっかいやってみよ」
やがて人間は、もう一度射的に挑戦し始める。射的屋をやっているのは弓と矢筒の付喪神である。……が、人間に渡されたものは弓矢ではなく、よくある銃の形をしたものである!
「温泉旅行券、温泉旅行券……」
ぶつぶつと呟きながら人間はよく狙いを定め……。
「……また外れた!」
ぽこん!と発射されたコルク弾は、狙っていたらしいものの隣……いがぐりのようなトゲトゲの形をしたゴムボールを撃ち落としたのであった。
……当然、これもティンダロスのポメラニアン行きとなるのだろう。
「おお……これは!これは間違いなく金玉!実在するんですねえ……」
小さな展示室では、金玉の実物を見つめる人間が居る。金玉は綺麗に磨かれて、朱色の絹の座布団の上に鎮座している。お祭り仕様ということか、はたまた、どこぞの鷺に影響されたのか、めらめらと発する炎は七色である。
「そしてこちらは……一反木綿がこんなにもカラフル!こんなにもビューティフル!これはまさに生ける芸術ではありませんか!」
更に隣に展示されているのは、一反木綿である。とある人間に染めてもらって、その美しさを他者にも褒めてほしいいじらしい一反木綿達が、ここで展示されているのであった。
「お気に召していただけましたか」
そして、展示室で解説員をやっているのは人間である。にっこりと微笑んで、また、嬉しそうでもあった。
「はい!素晴らしい!素晴らしいです!まさか伝説の百鬼夜行に行き会えるなんて!そしてこんなにも沢山の怪異が、生き生きとしているところを見られるなんて!私、一反木綿とは白いものだとばかり!」
「ここに展示されている一反木綿は全員、私が染めました」
「あなたが!?ああ、ああ、光栄です!お会いできてよかった!」
「ここまで喜んでもらえるとは……」
興奮冷めやらぬ、といった様子で、人間は染め物職人の人間の手を握り、ぶんぶんと振った。
「まあ、折角なので一反木綿を褒めてやってください。彼らは褒められるの、好きみたいだから。それに、一反木綿以外もたくさんいるみたいですから、是非」
「はい!勿論!あああ……夢のようです!最高!最高!最高!」
ここに展示されている、種々の付喪神、蟒蛇の抜け殻、不死鳥の卵……。様々な物品と、その中に紛れている妖怪達は、自分達を見て大喜びの人間を見て、こちらもまた大喜びしている。
……あなたが怪異を覗き込む時、怪異もまた、あなたを覗いている。
そして、あなたが怪異を見てにこにこしている時、怪異もまた、にこにこしているのである。
「なにこれうっま」
「うわ、美味し……すごいねこれ」
ブラウニーの屋台の前で、人間の女性2人組は目を円くしていた。
女性2人が食べているものは、ハニーチュロス。表面に掛けられたハニーグレーズはかちりと固く、そしてその中はもっちりとしたチュロス生地!
チュロス生地は揚げ油を吸った分、ジューシーですらある。だが、全く油っこくならないのはブラウニーの為せる業なのだろう。また、生地自体にほんの少々の塩味が付けられているようで、これがまた、甘いハニーグレーズとよく合うのだ。
「えっ、どうしよ、私もう一本いこうかなこれ」
「太るよ」
「それは今更じゃない?」
「まあそれもそっか。じゃあ私ももう一本……いや、私はチョコドーナツにしてみようかな」
2人で楽し気に話しながら、結局、1人はチョコドーナツ、もう1人はナッツドーナツを注文していた。
「それにしても、ブラウニーっていっぱい居るんだねえ」
……ドーナツ屋を運営しているのは、何匹ものブラウニー。楽し気に働く彼女らは、皆お揃いの服を着ている。これは最近、人間が染めてくれたどんぐり染めの布を使って作ったものなのだ。
「あ。管狐が入ってる。……こいつ、ドーナツの穴でもいいんだね」
その一方ではまた、ドーナツの穴の中に管狐が潜り込んでいた。
「いや、よく見て。ほら、『穴はあるのに筒じゃない……』っていう不満げな顔だよ、これは」
「あっホントだ。自分で入ったくせにまあ、生意気ね」
「そうなんだよー。ほらほら、ドーナツごと食べられたくなかったらまた筒に戻ってなさい」
……管狐は『筒がいい』とばかりにドーナツから出ていった。その隙に、ドーナツを一口齧っていくことも忘れない。ちゃっかりした管狐に、人間2人は笑い声をあげるのだった。
「……マスターは出店する側なんですね」
「あ、そうなんですよ。うちの急須が連れてきてくれまして……」
また別のところでは、人間が出店していた。
……小さな屋台と、その周りに並べられた椅子やテーブル。簡易的な出張カフェは、人間や妖怪や、様々な客で大盛況であった。
「正直なところ、普段営業している時よりお客さんの入りがいいですね」
「それはどうなんですか」
カフェのマスターは随分と朗らかに笑っているが、まあ、それも仕方がないかもしれない。何せ、出張カフェは本当に大盛況だ。妖怪達は遠慮がないので、勝手に椅子やテーブルを運んできて、勝手に席を増やして注文するのである。もうじき、カフェの実店舗よりもここの方が座席数が多い有様になるだろう。
「ところでそちらは遂に五百円玉と巡り会えたんですね?」
「はい。家族団欒にお邪魔させてもらっています」
……そして、客として訪れた方の人間は、大きな大きな五百円玉の上に乗っていた。
五百円玉はその人間の女性の他、百円玉と五十円玉と十円玉と五円玉と一円玉も乗せて、ゆったりと通りを浮いている。金霊一家揃っての祭り見物らしい。
「……寛永通宝が居たので、和同開珎もいるのかな、と思っているのですが」
「ははは。もし見かけたらお伝えしておきますよ。植え込みに刺さっていなさい、と」
「いや、できれば元気に飛んでいてほしいな。ふふふ……」
人間2人は笑い合いつつ、早速、テイクアウトの注文を始める。金霊達もミルクティーだの抹茶だの、マドレーヌだのアップルパイだのを注文しながら、随分と楽しげであった。
「……僕は何故、巨大な鳥の下に?」
一方、こちらではすっかり冬毛に生え変わって真っ白ふかふかになった巨大なライチョウの腹の下に、人間が1人、入れられていた。
「これは……掛布団替わり、ということなんだろうか……」
人間は不思議そうにしながらも落ち着いた様子である。慣れているのだ。彼は、こういう状況にもう、慣れているのだ!
……ここは、獏の『睡眠スペース(※睡眠中に見た悪い夢は、獏が美味しく頂きます!)』という出店ブースである。布団被せ達が客はまだかとパタパタ動いていたり、はたまた、客を包み込んで愛おしげに寝かしつけていたり。
そして今、青年を1人寝かしつけている布団被せは、掛布団の方が祭りの行列に加わってオタマトーン奏者をやっているため、急遽、掛布団替わりにライチョウを連れてきたのであった。おかげで随分とフカフカフワフワの寝床が出来上がってしまったというわけである。
「……まあいいか。じゃあ、15分くらいで起こしてくださいね」
青年は慣れた様子で布団とライチョウに声を掛けると、すぐ寝付いてしまった。寝つきのよいことである。
すうすうと眠る青年を見て、獏はお手伝いのブラウニーと一緒にお茶やおやつの準備を始めた。特製ほうじ茶に、月のウサギのクルミ大福。仮眠から目覚めてこのセットを味わえば、どんな人間、どんな妖怪だってすぐさま元気になること間違いなしなのである!
「……あら。この鏡、あの人が映るのねえ!」
骨董市を見ていた老婆が1人、壁掛け鏡を見て歓声を上げた。
「あらあらあら……つまりこの鏡、あの世が映る鏡なのかしら?」
老婆は鏡の中に映る老人……野良着に麦わら帽子に軍手、という格好のその人に手を振ると、きょとん、とした顔の老人がこちらを向いて……そして、満面の笑みで手を振り返してきた。
「なら、この鏡、頂こうかしら。おいくら?……えっ、それでいいの!?ねえあなた、ちゃんと採算考えてる?あ、あんまり考えてないのね……?」
ぴょこぴょこと飛び跳ねる3匹のイタチは、骨董市の店番をしているが物の価値には詳しくない。彼らはただ、客と、客に買われる古物が幸せであればそれでいいと思っているのだ!
「じゃあ、このお湯呑みのセットも貰おうかしら。最近、お客さんが増えたもんだから、お湯呑みが足りないの!」
ついで、とばかり、老婆は湯呑みを1ダース買っていった。湯呑みは喜んでいた。……喜ぶ湯呑みはぴょこぴょこ楽し気に飛び跳ねると、やがて、壁掛けの雲海鏡の梱包を手伝い始める。
「あら、あなた、運んでくれるの?嬉しいわぁー。ありがとうねえ」
尚、鏡や湯呑みを運ぶのは、一反木綿である。鮮やかな市松模様に染め上げられた一反木綿は、こうして荷運びのサービスを行っているのだ。
「……あら、ついでに私も運んでくれるの?助かるわあ。あ、でも、重くない?……ふふふ」
更に、一反木綿は老婆もひょいと乗せて、そのままふわふわ飛び始めた。
「随分と妙な場所に迷い込んだな……」
青年は、ぼんやりと焼き鳥の串を食べつつ、空を見上げていた。空は暗い。時々明るい。時々ゲーミング鷺が飛んでいくので妙に明るいのだ。
こんな奇妙な空の下、青年はつい先ほど、彼の妹と行き会ったばかりである。
妹とは離れて暮らしているので、つまりこの場所はあちこちと繋がる時空の歪みの中にあるのだろう、と彼は理解した。超常現象に慣れている彼は、この百鬼夜行を見ても驚かない。
「……食うか?」
そして、更に動じない青年は、自分の横に座ってフライドポテトをもそもそ齧っているブラウニーと、更にその横にいつの間にかやってきていた黒犬に塩つくね串を渡してみる。塩味のつくねが3つほど刺さった串だ。
すると、ブラウニーは串からつくねを1つ外して自分の取り分とし、残りは黒犬が美味しく食べた。
……尚、黒犬の首には『現在休暇中!死は告げていません!ご了承ください!』と書かれた札がぶら下がっている。平和であった。
「ここは一体……何なんだろうな」
青年もまた、塩つくね串を袋から取り出して食べ始める。尚、この焼き鳥一式は、不死鳥の親子が営む屋台で買ったものである。『その節はどうも』とばかりにたっぷりオマケしてくれた焼き鳥を見て、青年は『鳥が鳥を焼いていていいのだろうか』という点に不安を覚えていたが、それも最早どうでもよくなったらしい。
「……まあいいか」
そう。まあいいか、と思ってしまう人間が、ここに来る。
害意は無く、敵意も無く。ちょっとぼんやりしていたり、ちょっと落ち込んでいたり、ちょっと寂しかったり……。或いは、ちょっと変なものが、大好きだったり。そうした人間達が、ここに来るのだ!
百鬼夜行のお祭り騒ぎは、昼とも夜ともつかない時間、のんびりゆったり続いていく。
小学生が何人かやってきたり、疲れたサラリーマンがふらりとやってきたり、買い物帰りの主婦が迷い込んだり。
はたまた、生きた煙が飛んできたり、動く岩がもそもそ歩いてきたり、茸の傘を被った小人達が笑いながら駆けてきたり。
彼らは楽しそうに、不思議そうに、そして面白そうに、交流していく。
何故なら、人間が怪異を好きで居る時、怪異もまた、人間が大好きだから。
あなた達が心のどこかに、怪異の居場所を作ってくれている限り……ぽやぽやと平和な怪奇譚が、世界のどこかで紡がれていく。
だから、まあ……めでたし、めでたし。
完結しました。後書きは活動報告をご覧ください。
また、本日より新連載『クズに金貨と花冠を』を開始しております。もしよろしければそちらもどうぞ。
ところで本作は完結しましたが、もしかしたらいつの間にか増えていることがあるかもしれません。まあそういうこともあるよね。