26.餓鬼
~餓鬼~
手に取った食べ物が全て火に代わってしまうので物を食べられず、お腹を空かせている。
が、お供えされたものは食べられる、不浄なものだけは食べられるなどとも言われる。
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季節はすっかり冬です。
私達の大学にはイルミネーションが灯り、大分賑やかになりました。時々、光る鳥も来てくれるんですよ!かわいいですね!
そして往来にはもうじきやってくるホリデーを楽しみにしている恋人達や家族連れの姿。この季節はいつも、なんとなく心が躍るような心地ですね。
……そして私は、オカルト研究会兼アナログゲーム同好会の会員として、今日も怪異を探しています!
夏の合宿の時には、かの有名なティンダロスの猟犬を見ることができました!あの興奮は今も忘れられません!……まあ、猟犬っていうか、ポメラニアンだったんですけれどね。うん……。ふわふわでかわいかったなあ。今も時々、部室に遊びに来てくれるんですよ。ティンダロスのポメラニアン。
それに、私の友人は管狐を使役する狐憑きでしたし、更にそのご友人は光る鳥を使役している様子でした。……いえ、使役している、というか、光る鳥にやたらと懐かれている、というか……ううん、不思議ですね!これだから怪異、大好きです!
そんな私も、何か不思議なものに出会いたいなあ、と思って街に繰り出してみるのですが……ううん、中々上手くいきません。そう都合よく、怪異が居るわけじゃないんですよね。時々は見かけること、あるんですけれど。
……あ。
「……あれは、一体」
今も私が見ている先には、植え込みに突っ込んでじたばたしている何かを助けてあげている女性が居ます。トレンチコートが似合うステキな人です。……そして、その人が助けてあげているのは……!
「か、寛永通宝!」
寛永通宝!あれは寛永通宝です!ハンバーガーぐらいの大きさの、寛永通宝です!それが何故か、植え込みに!
……ああ、寛永通宝は空に飛び立っていきました!成程、あれは空飛ぶ寛永通宝!ああ、不思議なものを見られました!やっぱりこの世界にはたくさんの不思議なものがあるんですね!
「あのー、すみません」
折角なので、声を掛けてみます!こういう時は行動あるのみ、なのです!
「……何か?」
「はい!先程、野生の寛永通宝を助けてあげているのを拝見いたしまして!」
女性には不審な目で見られましたが、めげません!めげていてはオカルト研究会員の名が廃ります!
「寛永通宝はよく助けてあげるんですか?……ええと、ああいうの、このあたりによく居るんでしょうか?私も会えますかね?」
「……まあ、寛永通宝に会ったのは今日が初めてですが」
私の目的はあくまでもオカルト!というところを全面に押し出して主張したところ、女性の警戒は少し解けたようです。……或いは、この人ももしかすると、オカルト好きなのかも。
「一円玉と五円玉と十円玉と五十円玉は助けたことがあります。そうしたら百円玉が恩返しに来ました」
「成程!じゃあ次は五百円玉ですかね?」
「まあ、寛永通宝だったんですがね」
女性が少し苦笑して、私も『なんだかかわいい小銭達!』と笑って……そうしていたら、ふと、女性が微笑みつつ、聞いてきました。まるで、何か大事な秘密を話すみたいに。
「ああいうの、お好きなんですか」
「はい!」
「なら、この道を真っ直ぐ行って、公園の少し手前にあるカフェに行ってみるといいですよ。あなたならきっと楽しめるんじゃないかな」
……カフェ?
なんだか不思議なかんじがしますが……『では』と颯爽と歩いていった女性を見送って、私は例の『カフェ』とやらに行ってみることにしました。
「いらっしゃい。お好きな席へどうぞ」
ころころ、とドアベルを鳴らして店内に入ると、こじんまりとして落ち着いた雰囲気でした。古びていて、静かで……まるで、付喪神でも出てきそうな。
ほら、丁度今も、キッチンカウンターの向こうでふわふわと急須が……。
……ふわふわと、急須が!?
「えっ!?急須が空飛んでる!」
「え?ああ、はい。この急須は付喪神なので」
「なんと!」
付喪神の急須が居るカフェ!付喪神の急須が居るカフェです!付喪神の急須!付喪神!付喪神が!
「……お客さん、こういうのお好きなんですねえ」
「はい!」
もう、内心で大興奮だったのですが、顔にも出ていたみたいです。カフェのマスターは苦笑しながら、『こういうお客さんはこういうお客さんで珍しいなあ』なんて言いながら、メニューを渡してくださいました。
メニューを見てみたら、美味しそうな品々がたくさん!
「えー、では、オムライスとカフェオレ……いや、ここは敢えてのミルクティーでお願いします!」
「はい、かしこまりました」
カフェでティーを注文するのもなんだか変かなあ、とも思ったのですが、『カフェオレ』と言った瞬間に急須が『しゅん……』としてしまったので!そして、『ミルクティー』と言った途端に急須が『しゃん!』としたので!
やはり、この注文で間違いはなかったと思います。ね?急須さん。
それから少しして、カフェのマスターがオムライスを作ってくださいまして……とろけるような卵に、古き善きチキンライス。そして甘やかなトマト・ケチャップの三位一体となった味わいに、私はもう、大満足です。それに、ああ!付喪神を眺めながら食べるご飯の、なんと美味しいこと!
「こちらの急須さんはいつから付喪神なんですか?」
今も、私のテーブルの上では急須さんがミルクピッチャーさんと一緒にふわふわ飛んでいます。この子達、私がミルクティーを飲み終えると、カップに紅茶とミルクを注いでくれるんですよ。ああ、かわいい!
「うーん、いつから、となるとちょっと分かりませんねえ。何せ、うちに来た時にはもう付喪神だったので」
「そうなんですか。骨董市で見つけた、とか?」
「いや、道端で寒さに震えていたところを拾ってきました」
なんと!急須も寒さに震えるんですか!なんとなんと!
「ミルクピッチャーの方は、いつの間にか他の付喪神が拾ってきていましたし。そこの鏡は、まあ、貰い物なんですが」
「成程、成程!」
「そのお盆は、自分で飛んできました。多分、ここに付喪神が集まっているのに気づいちゃったんでしょうねえ」
……つまり、類は友を呼ぶ、と!或いは、『付喪神は惹かれ合う』?それとも、万有引力の法則……?
まあとにかく、付喪神が沢山いると、付喪神がたくさん来る!そういうことなんですね!なんと素晴らしい!
そうして私がオムライスを食べ終えた後、デザートのアップルパイを追加注文までしてしまって、それも美味しく頂いて……それから。
「お客さん。変なのがお好きなら、餓鬼の餌やりも見ていきますか?」
マスターがそんな提案をしてくださったので、私、私……驚きのあまり、フォークを取り落としてしまいました。何たる失態!
でも、フォークは床に落ちる前に飛んできたお盆が、サッ、と拾ってくれました。ああ、なんて素晴らしいカフェなんでしょうか!
「折角ですし、まあ、これも一つ体験ということで」
「いいんですか!?是非、お願いします!」
マスターの申し出は、私にとってあまりにもありがたいものです!怪異をこの目で見ることができるなんて……それに、空飛ぶ寛永通宝に始まり、急須やお盆やミルクピッチャーの付喪神に、更には、餓鬼まで見られるなんて!
ああ、今日は本当に……本当に、幸運な日です!
そうして私はマスターに連れられて、裏口から出て小さなお庭へ。主に、ゴミを出しておいたり、ちょっとしたハーブを育てたりしている場所のようですが、そこには……。
「こんなに丸々とした餓鬼初めて見ました!」
なんと!ふっくらムチムチな餓鬼が居たのです!
ああ、ああ!肌艶がいい餓鬼ですよ!それが、何匹か!こんな餓鬼、初めて見ました!まあそもそも私、餓鬼の実物は初めて見るんですが!
「彼らはあらゆる食べ物を手にすると、燃えてしまって食べられないのですが……こうやってお供えされたものなら食べられるのでね。はい、お供えですよ」
マスターが残り物であろう諸々を盛り合わせたものを木箱のテーブルに置いて手を合わせると、餓鬼達はそれにぺこんとお辞儀をして……なんと!お行儀よく食べ始めました!お行儀の良い餓鬼!お行儀の良い餓鬼ですよ!
「フードロス対策でもあります。ごみ削減といいますか」
「成程!素晴らしい取り組みです!」
棄ててしまうものを食べられる妖怪が居るのならば、妖怪が食べた方がいい!その通りです!
ごみを出すのだってコストがかかりますし、何より、こうして喜んで食べてムチムチになってくれる餓鬼が居るのなら、それは嬉しいことですよ。ね?
餓鬼達は綺麗にご飯を食べ終えて、『ごちそうさまでした』をやってから、庭でそれぞれ作業を始めました。
包丁を研いだり、焦げ付いた鍋を磨いたり、お庭のハーブに水をやったり。
「それで、まあ、残り物の処理を手伝ってもらう代わりに、あれこれお手伝いしてもらっています。お掃除とかね。道具のお手入れとか。あと庭のハーブのお世話も」
成程。こうして餓鬼の職業斡旋もしている、ということなんですね!素晴らしい!
「あとは……ああ、今日は連れてきましたね」
更に、餓鬼がちょっと裏門から出ていったなあ、と思ったら、少しして、何かを抱きかかえて帰ってきました。そして、抱えてきたものをマスターに『はいどうぞ』というように差し出して、マスターはそれを受け取って……。
「おおー。これはこれは。お皿の付喪神……の候補生!」
「お皿の付喪神……の候補生!?」
思わず聞き返してしまったところ、マスターは笑って、そのお皿を見せてくださいました。
古めかしいお皿です。正に『焼き物』という様相の、そういうお皿です!
「付喪神って、大体100年くらいの時を経た古物が妖怪になった奴なんですけれども。まあ、ものによって、95年くらいで付喪神になる奴も、110年くらいかかる奴も居るわけです」
マスターは解説してくださりながら、お皿を布巾できゅいきゅい、と磨いていきました。磨かれたお皿がなんだか嬉しそうに見えますね。
「こいつは多分、もうあと数年もすれば付喪神になるんだと思います。ここに居たらもっと早いかな。まあ、そういうわけで、無事に付喪神になるまで、うちに置いておいて、育ててみようかな、と」
「成程!それで、付喪神の『候補生』というわけですね?」
「はい。そういうことです。時々、こうやって餓鬼が候補生を連れてきてくれるのでね。うちはすっかり、付喪神養成所みたいになってますよ。ははは」
ああ……こんなカフェがあったとは。今まで知らなかったことが悔やまれますし、今日、知れた幸運に心の底から感謝します!あの、寛永通宝を助けていた女性はもしかしたら、女神様か何かだったのかも……。
カフェを辞した後も、私は興奮が収まりませんでした。
ああ、こんなふうに、当たり前に怪異と共存するカフェがあっただなんて!間違いなく、私はあのお店の常連となることでしょう。ああ、現在執筆中の『ティンダロスのポメラニアン』の次は、『付喪神のカフェ』をまとめなければ……。
……それにしても。
「案外、怪異と共存しようとする人間は、多いものなのですね」
寛永通宝の女性然り。カフェのマスター然り。それに、私の大学の同期の狐憑きさんも、そのご友人も……。
この世界は、いいところです。怪異と人間が助け合える、いいところです。……そうですよね?