前へ次へ
24/30

24.金霊

 ~金霊かねだま

 キンタマではない。そして金玉かねだまとも違うものである。小判や小銭の姿をしている妖怪。善行を積んでいる者の家に飛んできて、見た者に富や幸せをもたらす。

 かの水木しげるも幼い頃目撃したことがあるらしいが、それは『轟音を立てて飛来するでかくて茶色い十円玉』だったそうだ。


 ~~~~~~~~~


 その日、私が例の喫茶店に立ち寄った帰り道、ふと、妙なものを見つけた。

「……これは一体」

 それは、大きな一円玉だ。一円玉だが、掌くらいの大きさ。そしてそれが、植え込みに引っかかってばたばたしている。

 ……一円玉が困っている、という状況を見て、私も困るしかない。これは一体、何なのだろう。この一円玉も、もしかすると付喪神の類なのだろうか。

 何はともあれ、藻掻く一円玉がなんとなくかわいそうだったので、植え込みの小枝の間から一円玉をそっと救出してやった。すると一円玉は、ふわり、と宙に浮く。

 そして、ぺこ、とお辞儀するように傾くと、ふわふわ、ぱたぱた、というような挙動で、空へと飛んでいった。

 ……不思議なこともあるものだ。




「……ということがありまして」

 翌々日。また例の喫茶店に立ち寄って、そこでビーフシチューのセットを注文した後。少し手持無沙汰になって、マスターに例の一円玉の話をしてみた。どうもこのマスターは、この手の話が好きなようなので。……付喪神を集めて喫茶店を運営しているだけのことはある。

「ほう。ということはその一円玉、恩返しに来てくれるかもしれませんよ」

「まさか。鶴じゃあるまいし」

「いやいや、案外本当に、小銭が恩返しに来ることだってあるかも。何せ、金霊、というものがありますからね」

 マスターはにこやかに笑いながらそう言ってくるものだから、一体何のことだろう、と不思議に思う。マスターはやはり、妙なことを沢山知っているみたいだ。

「ご存じないですか?金霊。小銭の姿をしていて、見た者に幸福や富を運んでくれるんですよ」

「座敷童みたいですね」

「ええ。まあ、似たようなものなのかもしれませんね」

 そうか。金霊。そういうものも居るんだな。

 恩返しを期待するわけじゃない。しかし……奇妙ながら愛嬌がある、あの一円玉がどこかで幸せに暮らしているといいな、とは思う。ついでに、もう一度くらい会えたら嬉しい。あれは中々、可愛らしかったから。




 ……そうしてなんとなく、植え込みに目をやりながら歩くようになって、一週間。今日も一円玉は居ない。まあ、植え込みに引っかかって困っている一円玉なんて、居ない方がいいに決まっている。全ての一円玉は幸せであるべきだ。

 と、思って植え込みから顔を上げると。

「五円玉……」

 ……街路樹。鳥除けに掛けられたネットに、引っかかってわたわたしている両手サイズの五円玉が居た。


 また、小銭を助けてしまった。五円玉も一円玉よろしく、ぺこ、とお辞儀して礼儀正しく空へ帰っていった。

「五円玉は一円玉よりも飛ぶのが上手だな」

 一円玉は、ぱたぱた、ふわふわ、というような挙動だったが、五円玉はもう少々上手に飛ぶ。まあ、至極ゆっくりとした飛び方ではあるので、すいすい、というよりは、ぷいぷい、というような擬音が相応しいように思える。

 ……ところで、もしかすると一円玉が成長すると五円玉になるのだろうか。だとすると、十円玉はもっと飛び方が上手なのかもしれない。




 それからまた数日後。

 今度は十円玉がどこかに引っかかっているかもしれない、と思うと道を歩くのが少し楽しい。……誰かに理由を聞かれても、『小銭を見つけるのが楽しくて』などとは答えられないが。全く別の意味になってしまう。かといって、『大きな小銭が空を飛ぶのが可愛らしくて』などとも言えないな……。

 仕方が無いので、この手の話は例のカフェのマスターに話すことになる。『この間は五円玉が街路樹のネットに引っかかっていましたよ』と。するとマスターは『いいですねえ。なんとなくかわいいんだろうなあ』とにこにこ聞いてくれるのだ。

 ……妙なことに出くわすことが良いことなのか悪いことなのかはさておき、その話を聞いてくれるマスターが居ることは間違いなく良いことだろうと思う。

 それに、まあ、悪いことだったとしても……あの喫茶店も、時々出てくる小銭も、今の私の楽しみであるので……。


「ああ、十円玉だ!」

 その日のうちに、私は十円玉を見つけた。丁度、猫くらいの大きさの十円玉だ。

 そしてその十円玉は猫と威嚇し合っていた。……猫と威嚇し合う十円玉、とは、一体。

 が、私が近づくと猫は逃げていってしまい、後には十円玉と私だけが取り残されることになる。

「……怖かったのかな。よしよし」

 そして十円玉は、私に飛びついてきた。中々可愛らしいもので、つい、十円玉を抱き上げてあやしてしまう。……端から見たら気持ちの悪い光景かもしれないが、それは考えないものとする。

 十円玉は私の腕の中で少し落ち着いてきたらしく、最終的にはもじもじと動きながら、ぺこ、とお辞儀して、すい、すい、と空へ帰っていった。

 その飛び方は、水面のアメンボを想起させた。




 また数日後。

 今度は五十円玉が……フライパンくらいの大きさの五十円玉が、肩を落として路地裏に居るのを見つけてしまった。

 ……五十円玉のどのあたりが肩なのかは分からないが、しょんぼりとして、少々へにょりとした姿は正に、『肩を落とす』という様子だったのだ。

「どうしたのかな」

 声を掛けてみると、五十円玉はそっと体を捩って、その体に付着している泥汚れを見せてきた。……今日は雨上がり。どこかで転んだのかもしれない。いや、五十円玉は転ぶのだろうか……。

「ああ、少し綺麗にしようか」

 汚れたままというのもかわいそうだ。鞄からティッシュを出して、近くにあった自販機で水を買って、水を含ませたティッシュで五十円玉の泥汚れを落としてやる。

 五十円玉は成されるがままに拭かれていたが、その内、なんだかご機嫌な様子でふにふに動き始めた。くすぐったいのかもしれない。

 何はともあれ、五十円玉は少々元気が出てきたようである。拭き終わった時には、ぴょんぴょん跳ねてみせてくれた。多分、元気なんだろう。多分。

「よしよし。じゃあそろそろ家に帰りなさい」

 そのまま五十円玉を空にそっと放してやったら、五十円玉は、すーっ、と空を飛んで、私の頭上で何度か円を描いて、それから空へと帰っていった。

 ……さて。次に会うのは百円玉だろうか。




 その日の夜のことだった。

 帰宅して、風呂と食事を済ませて、さて、そろそろ寝るか、と考えていた頃。

 こつ、こつ、と窓を叩く音がして、ふと窓の方を見てみた。……すると。

「……小銭タワーだ」

 そこには、背中に五十円玉と十円玉と五円玉と一円玉を乗せた百円玉が、やってきていた。


 とりあえず、窓を開けて小銭達を招き入れてみた。すると、一円玉がぱたぱたふわふわ飛んできて、私の手の中にすぽんと収まった。

 一円玉は末っ子なのだろうか。この中では一番小さいが、一番甘えたがりなのも一円玉であるらしい。とりあえず、撫でてみた。

 続いて、五円玉と十円玉が揃って腕に飛び込んできたので、そのまま腕の中になんとか2つとも収める。……そして、五十円玉が背中にぴたんと張り付いてきた。

「これは……懐かれているんだろうか」

 困惑するしかない。困惑するしかないが、なんとなく愛嬌のある小銭達を見ていると、嫌ではない。まあ、可愛らしいな、と思う。

 そして百円玉は、私に懐いてくる小銭達を叱ったらしい。……もしかすると、この小銭達の親だったりするんだろうか。


 百円玉は、ぺこ、と私に頭を下げた。なので私も『ああ、どうも』と頭を下げておいた。……百円玉の言葉は分からないのだが、まあ、恐らく挨拶なのだろう、と思われたので。

 それから百円玉は、小銭達と一緒に背負ってきたらしい小さな風呂敷包みをそっと差し出してきた。私が困惑していると、尚も差し出してくるので、それをそっと受け取る。

「……大福?」

 風呂敷包みを開いてみれば、中には竹の皮に包まれた大福が3つ、入っていた。然程大きくないものだが、3つとも中に入れられた餡が違うらしい。

「お気遣いありがとう。ありがたく頂きます」

 礼を言って受け取ると、百円玉は嬉しそうに何度か頷いた。……やはり、妙に愛嬌のある小銭だ。


 それから百円玉はまた小銭達を背負って、ぴゅん、と飛んで帰った。速い。やはり、百円玉ともなると飛ぶのが上手いようだ。

「……大福か。久しぶりだな」

 そして折角なので、百円玉に貰った大福を頂くことにする。

 大福は、1つは漉し餡が入ったオーソドックスなものだった。そして次の1つはさつまいもの餡。そして最後は、クルミや胡麻といったものの餡で、これもまたなんとも香ばしくて美味しい。

 ……そうして大福の夜食を頂いた後、もう少しだけ起きていた。

 今、この夜空のどこかで小銭達が飛んでいるのかもしれない、と思うと、なんとなく愉快だったので。




 さて。

 ここまで来たのだから、次は五百円玉だろうか、などと考えながら日々を過ごしていたところ……。

「……こういうのも居るのか」

 植え込みに頭から突っ込んでバタバタしている寛永通宝を見つけた。

 成程。ということはその内、小判なんかも見つかるかもしれない。


前へ次へ目次