23.月のウサギ
~月のウサギ~
月にはウサギが住んでいる。そして餅を搗いたり、大福を作ったり、薬を作ったりしているのだという。日本以外でも、タイやメキシコ、ネイティブアメリカンの伝説にも月のウサギの話がある。
同時に、月にはヒキガエルが居たり蟹が住んでいたりするともされる。案外、月は賑やかなのかもしれない。
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すっかり冷え込むようになった今日この頃。
冷えてくると、膝が痛くて嫌になっちゃうけれど……悪いことばっかりじゃないわ。
何せ、うちのお庭はこの半年ですっかり賑やかになっちゃったから!
イタチのお客様が来てからというもの、お庭が綺麗になったし。お野菜の妖精さんや木の妖精さんが来てくれて、裏の畑もすっかり見違えちゃったし。
しかも、お野菜さん達がうちの庭で朝いちばん限定のお店を開くようになってから、ぞろぞろ不思議なお客様が来てくれるようになっちゃったのよねえ。
お野菜を買いに来る、茶色っぽい服の小人さんはすっかり常連さん。今では、彼女達も手芸の品や焼き菓子なんかのお店を出すまでになっちゃったわね。
その焼き菓子を買っていくのは、尻尾が2本ある狐さん。きっと、お菓子が大好きなのねえ。おせんべあげたら喜んでくれたわ。
それから、人間のお客様も来てくれるのよ。夏ごろから、美術の大学の学生さんが、布のお客様と一緒に来てくれるようになったのよね。
彼女が作った染め物、不思議なお客様達に大人気なのよ。最近も、提灯のお客様が来てくれて、彼女が染めた和紙で張り替えてもらってたわ。お洒落になって喜ぶ提灯なんて珍しいものが見られるんだから、本当にいいお庭になっちゃったわねえ。
……そんなこんなで、いろんなお客様が来るようになって、すっかり寂しくなくなっちゃったっていうわけ。こんなばあさん、老い先短いとはいえ何をして過ごそうかしら、なんて思っていた頃が嘘みたい。今は毎日、お庭に出て楽しく過ごせるんだから!
そんなある日。
「あらあら、それ、どこから見つけてきたの?」
茶色いエプロンドレスの小人さん達が、私のところに古い蒸し器を持ってきたの。見覚えがある気がするわねえ、と思っていたら、小人さん達は裏の畑の方の物置を指差してくれたわ。
ああ……思い出した!この蒸し器、昔昔、うちで餅つきしていた頃に使っていた奴だわ!
ということは、臼と杵も確かあるわよねえ……と思っていたら、臼がえっちらおっちら、運び出されて来たわ!あらま!小人さん達ったら、そこら辺に居たタヌキを捕まえて働かせてる!
タヌキはひいひい言いながら臼を運んできて、お庭にどすんと置いて、そのままひっくり返っちゃったわ。ああ、お疲れ様。お茶くらいは出してあげるから元気をお出しなさいね。
「杵も持ってきて……餅つきしたいのかしら。まあいいわよ。餅つき道具はあなた達にあげるわ。好きに使って頂戴ね」
まあ、もう使わない道具だし、物置に入れてあったのだって、処分に困って入れておいただけだし……もし小人さん達が使ってくれるっていうんなら、そっちの方が嬉しいわ。
小人さん達がぴょこぴょこ跳ねて喜んでるのを見ると、なんとも嬉しくなってきちゃう。ああ、喜んでもらえるのって、嬉しいのよねえ。うふふふ。
それから小人さん達は、いつものイタチのお客様を呼んできたみたい。
「あらあらあら、あなた達一体どこへ?」
……そのままタヌキも連れて、てくてく歩いてどこかへ行っちゃったわねえ、と思ったら……しばらくして、ほくほくした顔で袋を持って帰ってきたわ。
えーと、これは……もち米ね?
どこかで買ってきたのかしら。この子達、どうしてだか、お金は持っているのよね。ここでお野菜やお菓子や布を買っていく時にもお金を使っているし、私にも場所代を毎回くれるけれど、それもちゃんとしたお金だし。だから、もち米を買ってくることもできるんだと思うけれど……。
「あら、イタチさん。あなたね、背中にオナモミ付いてるわよ」
イタチのお客様の3匹目の背中に、籾殻がついているんだもの。これはなんとなく、もち米の出所が分かっちゃうわねえ。
「もしかしてあなた達、草刈りか何かのお手伝い、してきたのかしら?」
……イタチのお客様達は、鎌で色々刈り取るのが上手だから。それで、枯れ草の野原で草刈りでもしてきたんじゃないかしら。そのお礼にもち米を分けてもらってきた……なんていうことも、ありそうだわね。
「……え、あなたは荷物持ちなのねえ」
もち米を運んできて、またひいひい言いながらひっくり返っちゃったタヌキにそう聞いてみたら、なんだか情けない顔でこくこく頷いてたわ。ああ、荷物持ちのタヌキっていうのもこの世には居るのねえ……。
それから、小人さん達がもち米の下ごしらえを始めたの。
もち米を水に浸けておいて、それを布巾で包んで蒸し器で蒸すから、その準備が必要ね。……ええ。私も昔やってたから、よく知ってるわ。
「私にもお手伝いさせて頂戴な」
昔取った杵柄、って奴ね。割烹着に着替えてお手伝いを申し出て、小人さん達と一緒に働き始めたら、自分でもびっくりしちゃうくらいてきぱき動けたわ。こんなばあさんでもやる時はやるのねえ。自分でびっくりよ!
そうして、夕方になる頃。太陽の光がのんびり消えていく、ちょっと物悲しい時刻。
長い長い影を落としながら、蒸し器はぷかぷか湯気を上げて、もち米をふかふか蒸かしていくの。普通、餅つきって朝早くから始めるから、こんな時刻にもち米が蒸されている光景なんて初めて見たわね。この齢になって初めて見るものが最近多くって、なんだかとっても新鮮だわ。
もち米を蒸かして、湯気がほわほわ空に昇っていって……そんな時だったわ。
「……あら?」
変ね。なんだか、湯気が随分と高く高く、昇っていくように見えて。
……いえ、見間違えじゃない、わね。やだ、湯気が本当に空へ空へ、もくもく伸びてるんだわ!これ、何が起きるのかしら?
そわそわわくわくしながら待っていたら……ふと、空に上っていたお月様が、ぴかっ、と少し強く光って……。
……しゃんしゃんしゃんしゃん、と鈴の音が遠くから聞こえてくるの。何かしら、何かしら、と思いながら、小人さんやイタチのお客様、それにお庭のお野菜や木、ちょっと情けないタヌキなんかと一緒に空を見上げて待っていたら、湯気がだんだん、お月様の優しいクリーム色に輝き始めて……。
「……あらまあ!ウサギのお客様ね!」
空に伸びた湯気でできた光の道を伝って、空からウサギさんが降りてきたのよ!
そうしてお庭には、ウサギさんが何匹も何匹も……いっぱい!
皆、お月様みたいな優しいクリーム色の毛並みで、ふくふくしていて、とってもかわいい子達。お月様から来たウサギさん達だものねえ。そりゃあ、こんな色にもなるでしょうとも。
ウサギさん達がすっかり降りてきたところで、ウサギさん達は庭にしっかり整列して……茶色の小人さんやうちのお野菜や木の妖精さん達、イタチのお客様やタヌキ……それに、私に対しても、ぺこん、とお辞儀したわ。
それに、こっちもみんなでお辞儀し返したわ。勿論、私もよ!だって、こんなに可愛いお客様達、歓迎したいと思うのは当然じゃない?
「いらっしゃい。どうぞ、ゆっくりしていってね。今、お茶を淹れてくるから」
月から来たウサギさんならお茶くらい飲むでしょうから、私はお茶を淹れてくることにしましょ。……あらっ、タヌキも付いてきたわ。お茶くみを手伝ってくれるのかしらね。
……あっ、このタヌキ、自分の分のお茶が欲しかったみたいね。お茶飲んで満足そうな顔してるわ。全くもう、図々しいタヌキねえ……。まあ、愛嬌があって、なんだか憎めないんだけどねえ……。
お茶をお出ししたら、ウサギさん達や小人さん達、それにイタチのお客様も皆で揃ってお茶を飲んで、ほふ、と息を吐いて、その息がほわん、と湯気になっていく。……辺りはすっかり夜だから、湯気は月の光にほんわり光って消えていくの。なんだか夢の中みたいな光景ね。
さて、お茶を飲んで少しゆっくりしていたウサギさん達だけれど、お茶を飲み終わったら私のところまで湯飲みを返しに来て、『ごちそうさまでした』とばかり、ぺこん、と頭を下げていくのよ。かわいいわねえ。
……ちょっと、タヌキ。あんたもお礼ぐらい言ったらどうなんだい。あ、ちょっと見たら慌ててぺこぺこし始めたわ。全くもう、本当にこのタヌキは……。
それから準備がどんどん進んで、蒸したもち米が、臼の中に入れられて……いよいよ、餅つきが始まったのよ。
「ウサギって本当に餅つきするのねえ」
月にはウサギが居て、餅つきしているんだ、なんてよく言うものだけれど。地上でお月様の光を浴びながら餅つきするウサギさんを見ることになるとは思わなかったわねえ。
ぺったんぺったん、それはそれはいい音を立てながら、ウサギさん達が餅つきしている様子のなんとも賑やかなこと!
ウサギさん達の周りでは、搗きたてお餅にあんこを包む茶色の小人さん達や、あんこじゃない何かを包む小人さん達、それらを持ってあちこち動くイタチのお客様、のんびりお餅を食べてうっとりしているタヌキなんかが……こら、タヌキ!働きなさい!
……タヌキは無事、蒸したもち米を運んだり、できたお餅を運んだりする係になったわ。ふう。働かざる者なんとやら、ってね!
そうして夜も半ばになって、ウサギの餅つきはようやく終了。
できたてのお餅を皆で食べることになって、私もお相伴に与ることになったわ。
「あらっ、おいし!」
お餅は2種類。1つは、あんこを包んだお餅ね。これは、私も作っていたからよく知ってるわ。
それでもう1種類は……磨り潰したクルミにお砂糖やら蜜やらゴマやら炒った木の実やらを混ぜた、木の実餡のお餅だったのよ!
これがまたなんとも、美味しいこと!なんだか元気が出るお味だわ。ふふふ、美味しいものって、元気出るわよねえ。
そうしてお餅を食べたりぴょこぴょこ跳ねたりするウサギさん達を見ていたら、ふと、うちの庭に大きな影が。
「……あらっ、蟹のお客様も来たのね?」
見上げてみれば、最近来るようになった大きな蟹のお客様ね。この蟹も不思議な蟹なんだけれど……まあ、いいお客さんよ。よく、庭の朝市に来てくれるの。
「どうも、こんばんは。またいつものお茶っ葉かしら?お取り置きしてますよ」
ぺこん、とお辞儀しながらやってきた大きな蟹は、いつも木の妖精さん達からお茶っ葉買ってくのよ。枇杷の葉と柿の葉を混ぜて焙じたほうじ茶なのよね。これ、中々美味しくて私も好きなの。うふふ。
それで、蟹のお客様にお茶っ葉を用意しなきゃね、って立ち上がったところで……。
「……あらっ?」
ある程度膝が痛いのを覚悟して立ち上がったっていうのに……立ち上がった時、なんだか妙に、体が軽かったの。痛くないの。
それで、なんだか不思議な気がして、一二歩歩いて……やっぱり痛くないのよ!
変ね。なんだか、『すくっ!』と立ち上がれちゃって。だって私、ここ最近はずっと膝が痛かったっていうのに、なんだか、それが無くなっちゃったみたいに……。
「……もしかして、ウサギさんのお餅のおかげ……かしら?」
ウサギさん達は私を見て、ぴょこぴょこ跳ねているばかり。なんだか嬉しそうにも見えるけれど、ウサギさん達の言葉は私には分からないのよねえ。
この子達の言葉が分かったら、どんなにか楽しいでしょう、って思うけれど……分からないからこそ楽しいこともあるだろうし、まあ、いいわ。
「ありがとうね。とっても美味しくて、とっても素敵なお餅だわ!」
ウサギさん達が跳ね回る様子が何だか楽しそうに見えるのは確かだもの。何を喋っていたとしても、楽しいことには違いが無いでしょうよ。
お取り置きしておいたお茶っ葉の袋を持って戻ったら、蟹さんもお餅を食べていたのよ。大きな蟹に小さなお餅、っていうのも中々可愛らしいもんだわねえ。ウサギさん達が大きな蟹の周りでぴょこぴょこ跳ねるのがまたなんともかわいいわ。
「……いい月夜ねえ」
ウサギが跳ねる庭の縁側で、お月様を見上げながらのんびりお茶を啜る時間ってとっても穏やかだわ。それでいて、じんわり楽しくって、ほこほこあったかい気持ち。
……あの人が居たら、何て言ってたかしらね。
そう考えるとちょっぴり寂しいような気分になっちゃうけれど……いいわ。開き直って、私、楽しみますから。
それで、あの世に行った時に、いろんなお土産話を聞かせてあげるのよ。きっとその方があの人、喜ぶわ。
それからも時々、ウサギさん達がやってきてはうちの庭で餅つきしていくようになったわ。
その度にお裾分けを頂くものだから……なんだかちょっと悪いわねえ。でもウサギさんが作るお餅、いつも美味しいのよねえ。うふふふ……。