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21.金玉

 ~金玉かねだま

 キンタマではない。空から飛来する火や光の玉。燃えるように輝く玉とも言われる。

 家に持ち帰って飾っておくと大金持ちになれるらしい。キンタマではない。


 ~化け狸~

 概ね何かに化けて人を揶揄うのが好きな生き物。

『狐七化け狸八化け』のように狐より狸の方が化けるのが上手だと言われるが、これは狐が人を誘惑するために化ける一方、狸は単純に化けたくて化けるからである、という説もある。

 だが、茶釜に化けたせいで火にかけられたり、丸太に化けたせいで鉈で割られかけたり、畳に化けたのに上にタバコの火を落とされて失敗したり、何かと失敗しがちである。

 ところで、『狸のキンタマ八畳敷』と言われるが、8畳は京間換算で約14.5平方メートルである。でかい。でかすぎる。


 ~栄螺鬼さざえおに

 30年生きたサザエが妖怪になったもの。女に危害を加えた男のキンタマを食い千切る。

 が、その一方で、千切れたキンタマを莫大なお金と引き換えに戻してくれる。いわば、妖怪界のブラックジャック(泌尿器科)。


 ~~~~~~~~~


 上司の家を燃やそうと決意して3か月。まだ燃やせてない。いつか燃やしたい。

 今日も一週間前と言ってることが違うし、そのとばっちりは全部こっちに来るし、ついでに上司のせいで発生したクレームの対応をやらされるというウルトラコンボをキメてくださった。燃やしたい。家っていうか、上司燃やしたい。生きたままのクソ野郎を焼くことに興味があります!自分、焼けます!焼かせてください!


 ……という怨念か何かが遂に塊になったらしい。いや、本当にそうなのかは知らないけどね。

 ただ、1つ確かなことがあるとすると、今、目の前の空き地に燃えるように光る金の玉が落ちてるってことなんだわ。




「なぁにこれぇ……あ、少しも熱くないわ」

 金の玉……なんか語感が悪いな。一歩間違ったらキンタマじゃん。えー、でも他に表現のしようがない。

 金の玉は、火がついてるみたいに見えるんだけど熱くない。まあつまり、絶対に妖怪的なサムシングなんだろうが詳細は一切不明!

「……まあ、今の気分にはピッタリなんだよなー」

 とはいえ、まあ、燃えている玉、というのがクソ野郎を燃やしたい者にとってはなんかピッタリなアイテムであることは確かなので、折角だし、拾って帰ることにした。持ってみても熱くない。なのでそのまま鞄に突っ込んで、帰宅。家に帰ったら少し磨いてみるかな。まあ、あんまり磨かなくてもいいようなぴかぴか具合だけどな。




 そうして妙な金の玉を拾ったその日、帰りの電車の中で業務関係のメールをクソ野郎から頂きまして、金の玉のことはすっかり忘れて帰宅、帰宅してすぐ仕事、仕事を叩き返したら就寝!という、心の不健康極まりない生活を送る羽目になった。本当にアイツは燃やさないとだめだ。邪知暴虐のクソ野郎は燃やすに限る。

 ……まあ、そういうわけで。

 本日もしっかり残業させられてから職場を出た。尚、残業代は出ない。やはりあいつを燃やそう。

 そして『燃やす』と思い出した時、鞄に入れっぱなしになっている金の玉のことを思い出した。鞄から出してみると、まあ、相変わらず燃えるように光っている。

 今日こそはこいつをちゃんと磨いてみるかな、と思いつつ、そのまま職場を出て数歩歩いて……。

 遠くの方から、ぴょこぴょこぴょこ、と跳ねてくる提灯を見つけた。


 提灯を見つけてすぐ、ちょっとばかり心が安らぐのを感じる。この提灯と、提灯が紹介してくれる謎の店は最近の癒しだ。この間は何故かクレープ屋さんに連れてってもらった。色とりどりに染め上げられた布が店を運営していた。……布が、クレープ作ってた。まあ、謎。

「おー、元気してた?……ん?あれ?」

 今日もこの提灯はどこかいい店に連れてってくれるのかな、と思えば、自分の機嫌がいきなり良くなっていくのが分かる。まあ、美味しいものとなんとなくかわいい提灯には勝てない。

 ……が。

「あれ?」

 提灯は妙に慌てて元来た方へ戻っていく。

「おーい、どうしたの?急いでる?」

 提灯が急いでいるので、急いでついていく。まあ、提灯の急ぎ足って、人間の大股歩きぐらいだから、そんなに苦でもない。


 ……が、まあ、歩くのは苦じゃないんだけどね。その先にあるものがね。ちょっとね。

「……えーと、これは何?タヌキ?」

 連れていかれた先は、ちょっとした公園みたいな場所。滑り台とベンチだけある。他は何も無い。人気も無い。そんな場所で……タヌキがひっくり返って、しくしく泣いてる!

「ええー、どしたんこのタヌキは」

 提灯がおろおろしながらタヌキの周りをふよふよ漂っているところを見ると、このタヌキを助けてやりたくてここに連れてきたんだろうなあ、とは思う。だが、泣いているタヌキをどうすればいいかなんて、知らないしな。

「……おーい?タヌキ?君、大丈夫?」

 仕方が無いのでタヌキに呼び掛けてみる。するとタヌキはしくしく泣きながら、何かを指差すのだ。

 そっちに何があるんだろうなあ、と見てみれば……。

「でっか」

 そこには、デカい巻貝があった。えーと、多分、サザエ。

 が、そのサザエ、棘のある巻貝の中からにょろん、と身が出ていて……その身の部分が中々かわいい顔をしているんだが、これは一体何なんだ。

「で、何?タヌキはサザエにいじめられでもしたんか?」

 聞いてみたら、タヌキはふるふると首を横に振る。おいおいこいつ意思の疎通ができるぜ。なんてこった。

 ……ついでに、タヌキはしくしく泣きながら、何か紙を見せてきた。おいおいこの紙、普通に人間の言葉が書いてあるぜ。なんてこった。

「えーと、何何……?請求書……?」

 しかもかなり、こう、メルヘンよりリアルに近い文字列が並んでいる。おいおいおいおい、メルヘンチックを期待してたっていうのにこういうの見せるのはやめてくれよおいおいおい。

「睾丸接合手術……?はい?」

 しかもなんか微妙な文字を並べるなよ。何、睾丸接合手術って!キンタマ繋ぐのか!?

 ……ふと、タヌキがしょんぼり指さす方を見てみたら……端っこが倒れた石灯篭の下敷きになっている、妙にぷにっ、とした……巨大な塊があった。

「……これキンタマ!?お前の!?」

 嘘だろと思いながら聞いてみたら、タヌキはしょんぼりこっくり頷いた。ひぇっ……。

「何これ、石灯篭の下敷きになってちょん切れたとか?」

 更に聞いてみたら、タヌキはまたしょんぼりこっくり頷いた。まあそういう事故も起こるでしょうねえ、これだけデカいキンタマならさあ!

 ……えええ、怖いわ。なにこれ怖いわ。これは一体、何が起きてるの。ねえ。誰も突っ込まないけどさ、タヌキよりキンタマの方がデカいじゃん。なにこれ。なにこれ!


 もう、巨大なぷにっとした謎の塊はそっと無視するものとして、改めて『請求書』を見てみる。すると……。

「……五千万」

 ……もうね。なんて強気な価格設定なんでしょ。ブラックジャックか?ブラックジャックなのか?

 まあ到底、タヌキには払えない額だよな。だからしくしく泣いてるんだろうしな。

 ……いや、あの、これ、どうしろと?なあ提灯。なんで君、こんな場所に場違いな人間1人連れてきた?

 アレか?もしかして毎度、この提灯が連れていってくれる店で提灯の分はこっちが奢ってたから、それで『五千万くらい出してくれそうな大金持ち!』とか勘違いしたのか?でも今までに奢ったもの、最高でも500円だぞ提灯君よ。五千万ってのはその十万倍だぞ。

 ああ、全く事情が分からない。今、目の前にはしくしくと泣くタヌキと、五千万円の請求書。じっとしているデカいサザエ、そして、そのどちらよりもデカいキンタマがある。あと、困惑するこちら人間1名と、おろおろする提灯1名。

 ……いや。

 ここに更に、この場に相応しい登場人物を増やすことができる。

 そう!鞄の中から、金の玉を、出すことによって!

「なあタヌキ。これで五千万にはならないか?」

 ……輝く玉だし、それなりに価値があるものじゃないか、と思うんだよな、これ。だから、これでなんとかこの哀れなタヌキの手術代にならないか、と思う訳だ。

 それに、まあね。うん。キンタマの話をしているところなら、金の玉は相応しかろう。いや、でもマジでこれどういう状況なんだろうね。もう何も分かんないよ。




 それから、タヌキとサザエと人間、時々提灯による協議が行われた。

 とは言っても、タヌキが金の玉をサザエに見せて何か交渉して、提灯がそれに何か口添えして、そして人間が『是非大目に見てやってほしい』とよく分からない口添えをする羽目になり……。

 ……そして金の玉を殻にしまったサザエが、こっくりと、遂に頷くことになったのだった。

 よかった!……多分、よかった、っていう感想でいいんだよな、これ……?




 そうしてタヌキのキンタマ接合手術が行われた。

 とはいえ、そこはサザエクオリティ。タヌキとキンタマ(だとタヌキが言い張っていた謎のデカいぷにっとした塊)とを、しゅんっ、と殻の中に吸い込んだと思ったら……ぺいっ、と吐き出して、それで終了。

 タヌキには無事にキンタマが付いていました。よかったね、タヌキ。

 ……いや、いいのか?この、どう見てもタヌキよりもデカいキンタマがついたことによって、このタヌキ、動けなくならないか?大丈夫か?

 と思って、他人ごと……いや、他狸ごとながら心配になっていたら、タヌキはもそもそ動き出して……。

「おお、縮んだ」

 普通に普通の哺乳類としてあるべきサイズにまで、キンタマが縮んでいた。成程な。タヌキのキンタマは伸縮自在ってわけか。流石はタヌキ。いや意味わかんない。なにこれ。

 そして、感極まった様子でサザエに抱き着くタヌキ。サザエは『やれやれ』とでも言うかのようにふりふりと横に揺れて、それからタヌキに何事か言うと……。

「おお……タヌキの熱い抱擁……」

 こっちにぽてぽてやってきたタヌキが、脚に抱き着いてきた。ひしっ!と。

 ついでにそこに、サザエが『よくやってくれた』とでも言うかのように頷きながら、殻の棘でこっちの肩をぽんぽん叩いてくる。

 そして提灯が『おめでとう!』とでも言うかのように飛び回って、くるくる回っている。

 まあつまり、ハッピーエンドの様相だ。


 ……いや、もうこれ、どこから何を思えばいいの?なんで目の前でこんな光景が繰り広げられているの?ねえちょっと。ねえ。ねえってば!置いてけぼりにしないで!もう感情も理性も追い付かないの!ねえ!




 ……そうして謎の『タヌキのキンタマ接合手術』の後には、執刀医であったサザエの慰労とタヌキの快気祝いと、そして出資者であるこちら人間への感謝を全部まとめたのであろうささやかな宴が開かれた。

 案内はいつもの如く提灯だ。提灯がタヌキとサザエと人間を連れて移動していって、そうして到着した先は……。

「……おお、いつもの」

 そこは、度々提灯に連れてきてもらう『ブラウニー食堂出張店』があった。最初にうどんを出してくれた屋台だな。この店、他にもおでん出してくれたこともあるし、パフェ出してくれた時もあったんだが……。

「今日はラーメンか!いいねえ!」

 今日のメニューは醤油ラーメンらしい。なんとも『古き善き』ってかんじのラーメンだ!

 屋台には既に先客(金色っぽい鳥の親子っぽい2羽連れ。)が居たが、タヌキとサザエと人間と提灯の席もあったので、早速醤油ラーメンにありつくことにする。

 案の定、ラーメンは古き善き味わいだった。たっぷりの旨味が溶けだしたスープは醤油の旨味とコクがキリッと行き渡っていて美味かったし、縮れ麺がそれによく合っていた。

 ……で、チャーシュー!これがめっちゃくちゃに美味しかった!……美味しがっていたら、タヌキがチャーシュー一枚くれた。あ、どうも。じゃあ煮卵半分あげるね。

 それにしても、一仕事終えた後のラーメンっていうのはオツな味わいだ。中々悪くない。

 まあ、偶にはこういうのも……うん、まあ、本当に偶になら、いいな。うん……。




 ところで、今日の支払いはサザエの奢りだった。ゴチになります!

 いや、まあ、こっちが五千万、タヌキの代わりに支払ったことになってるんだろうし、まあ、どっちかっていうと奢ったのはこっち……いや、まあいいか。拾い物の金の玉で、タヌキのキンタマが救われたんだから……。


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