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02.管狐

 ~管狐~

 狐の妖怪。マッチ箱や竹の筒などに入る。未来を予知したり、他者に害をなす呪術を操ったりする。

 1匹が最大75匹に分裂するらしい。また、好物は味噌らしい。あと、太すぎる筒はなんか落ち着かなくて嫌なようである。




「いやー、やっぱり夏は良く冷えたコーラに限るよねぇ」

 誰にともなく言って、私は大学キャンパス内の一画、自販機コーナーの自販機から目当てのメーカーのコーラが入っている自販機へ迷わず直行して、ボタンを押して、suicaをタッチ。

 ぴ、と電子音がしてから、ガコン。コーラの缶が落ちてくる。

 私は夏でも秋でも冬でも春でもコーラが好きだけれど、やっぱり夏の入道雲をラウンジの窓から眺めながら飲む冷えたコーラっていうのは格別だと思う。

 ということで、よく冷えた缶を握って、なんか缶が軽い気がするけど、そこは気にせず、かしゅ、とプルタブを上げて……。

「えっ」

 ……そして、缶からひょっこり、狐が顔を出した。




 狐だ。どう見ても狐だと思う。いや、自信は無い。正直なところ、私、チワワとマルチーズの区別とかつく自信無いし、これは狐じゃなくて実はタヌキとかかもしれない。だって小さいし。缶飲料の飲み口から出てこられるサイズの狐って、狐じゃない可能性高そうだし。

 でもとりあえず、コーラじゃない。コーラじゃあないと思う。夏の暑さは死ぬほど酷いけれど、それでもコーラと狐を見間違えるほどに頭が煮えてるってことは無いと思う。多分。自信は無い。やっぱり自信無いな!

「え、これ、どこに連絡したらいいんだろ……消費者センター?メーカーに直接連絡した方が親切なんだっけ?」

 まあ、食品から狐が出てきちゃったわけだからね?これ、メーカーさんに連絡した方がいいよね、と思って、缶に書いてある問い合わせ先を探して裏側の表示のところを確認する。

 ……すると、缶の中から出てきた小さな小さな狐が、もそもそ、と缶の側面を這って、私の手にまでやってきた。

「……えっ、かわいいなぁこれ」

 ふかふかする。この狐、体に対して尻尾が大きい。なんだろ、筆みたい。いや、なんだろ、うん、とにかくふかふかでふさふさだ。

「ええー……どうしよ、これ」

 まあ、このコーラを買ったのは私だ。なら、コーラの中に入っていた狐も多分、私のだ。

「……狐って、何食べるんだろ」

 ということで、私は妙な狐を連れていくことにした。幸い、次の講義は動物とか詳しそうな友達が一緒なので、彼女に聞いてみることにして。


「ところでコーラはどこへ……うわっ一滴も入ってない!」

 尚、コーラは一滴も残っていなかった。えー、狐が飲んじゃったのかな。狐ってコーラ飲むのかな。まあ、狐は相変わらず私の服の袖に首を突っ込んでバタバタしているばっかりで、答えとか、無いんだけど……。




「えっ何それ狐?」

「あ、やっぱこれ、狐なの?」

 いつも通り、講義室の前の方、かつ窓際の席に友達が居たので、彼女に例の狐を見せてみた。そしたらまあ、『狐?』っていう反応が来たから、多分こいつは狐。オッケー。

「どしたのよ、それ」

「えーとねー、コーラ買ったら出てきた」

「駄目だー、何も分かんなかったわ」

「私も分かんないんだよ。こういうのどこに連絡したらいいんだろうね」

 よくよく考えたら、コーラのメーカーとか消費者センターとか以前に、保健所とか動物病院とかそういうところに連絡しなきゃいけない気がしてきた。駄目だ、私、コーラのことばっか考えてたけど、狐の方も考えなきゃだ。

「いや、まあ、常識的に考えるならコーラのメーカーと保健所でいい気がするけど。でも、これ常識の範疇かなー」

「まあ、正直なところ違う気がするよね」

 つんつん、と指で小さな狐をつついてみたら、狐は私の指にじゃれついて、こん、と鳴いた。まあかわいいこと。

「……前の冬に私のお姉ちゃんの先輩が雪山で遭難したんだけどね?」

「えっ、そうなんだ!」

「そうなんだよ。遭難だけに。……で、その先輩がバカでかいライチョウに雪山で保護されたって言ってたんだよね。絶対頭打ったとかだと思ったんだけどさ。バカ小さい狐が居るなら、バカでかいライチョウも居るのかもしれないよね」

 友達の話に『へー』って頷きかけてから、『待った。私はそもそもライチョウとやらを知らない!』と気づいたので、聞いてみた。そしたら画像見せてくれた。ライチョウ、冬毛の時は真っ白でふくふくで、丸っこくてかわいいね。夏毛は茶色っぽい。うーん、中々可愛いなぁ。これがバカでかいとなると……いや、ちょっと怖いなぁ。




 そんな話をしてたら講義が始まった。まあ私達は真面目な大学生なので、講義は真面目に受ける。

 その間、小さな狐は机の上をうろうろしてた。落ち着かないのか、うろうろしながら『きゅー』って鳴いてる。なんかかわいいなぁ。

「……あっ」

 と思ってたら、狐、ペンケースの中に潜り込み始めた。なんだろ。コーラ缶に入ってたぐらいだし、やっぱり狭い所が好きなのかもしれない。謎の生き物ー。

「……ええっ」

 と思ってたら、狐、今度はペンケースの中の……ボールペンの中に潜り込み始めた!うっわ!うっわなにこれうっわ!

 ボールペンはやっすい100円ぐらいのやつだから、ボディは単なるクリアー素材のプラスチック。だもんだから、中に狐がみっちりむっちり詰まってるのがよく見える!

「ねえ、見て見て」

「何?……うっわあ」

 友達に見せてみたら慄かれた。まあ、そりゃあね。

「尻尾は入りきらないらしい。とてもかわいい」

 ボールペンの先っぽからは、狐の尻尾がふりふりふさふさ、揺れている。なぁにこれぇ。かわいいじゃん。かわいいじゃん!

「まあ、そもそもボールペンのインクとかの隙間に入ってるんでしょ?どうなってんのこれ」

 友達にボールペンを渡してみたら、中で狐がびっくりして、慌ててボールペンから出てきた。あらあら、揺れたからびっくりしちゃったのかな。

「……まあ、保健所っていうよりは、神社とか寺とかの案件な気がしてきたわ」

「だよねー。あ、狐とか祀ってる神社ならこういうの詳しいのかな」

「ああ、稲荷神社とか」

 神社かー。今度、旅行にでも行くことあったら行ってみようかな。京都だったら、お兄ちゃんが住んでるから泊めてもらえるだろうし。


「見て見て。芯抜いたらボールペン丁度よくなったっぽい」

「いやーおかしいでしょ。何これぇ」

 ところで、ボールペンの芯とかバネとか抜いてあげたら、狐が喜んで中に入ってた。尻尾まで収まってた。うーん、尻尾ははみ出てた方がかわいい。反省。でも狐が嬉しそうなのでよし。




 講義が終わったら、学食で本日の日替わり定食(安い。早い。美味いかは日によって変わるのでギャンブル性が高くて射幸心を煽られるともっぱらの評判。)を食べつつ、『狐って何食べるんだろう』っていうのを調べることにした。

「やっぱあぶらげ?」

「安直な気がするけど。でもまあ、狐って雑食でしょ?なら何でも食べるんじゃない?」

 友達の方がこういうのは詳しいので色々聞きつつ、本日の日替わり定食の味噌汁に入ってたあぶらげをお箸でつまんでみる。

「……食べるかな」

 ほれ、とボールペンの前にあぶらげを出してみたら、狐がもそもそ出てきて、ぱく、とあぶらげを食べた。おおー。

「えっ、味噌汁に入ってた奴与えて大丈夫?」

「あ、塩分とか気にしないとダメか。いやでも今日の味噌汁、めっちゃ薄味だから大丈夫……だと思う」

「そんなに?ちょっと頂戴。……うわ、ほんとに薄味!なにこれ!味噌汁っていうか汁じゃん!」

「ね。昨日はめっちゃ濃かったけどね」

 本当に、何故うちの学食は毎日こんなにギャンブルみたいな定食を出しているんだろう。安定させてほしい。せめて味噌汁の塩分濃度ぐらいは。

「……えっ、そっち?そっちは駄目だよ、流石に味濃いってぇ」

 友達と味噌汁のシェアをしていたら、その間に狐が定食の鯖味噌に近づいていた。いやいやいや、君に鯖味噌は早すぎるって!と慌てて離したんだけど、時すでに遅し。狐は鯖味噌の味噌部分を舐めて、こん、と元気に鳴いていた。

「……大丈夫なのかな」

「一応、水とか飲ませておいた方がいいかもよ」

 友達のアドバイスに従って、水を与えてみる。まあ、飲んだ。でもまた鯖味噌にトライしようとするから鯖味噌の皿を持ち上げておくことにした。おちおち鯖味噌を放置していられないよ、全く。

「こいつ、もしかしてあぶらげじゃなくて味噌の方が好きなのかな……」

「……まあ、普通の狐じゃなさそうだしねえ」

 つくづく、変な狐だなー。でも、餌が味噌なら、飼うのも簡単で丁度いいかもしれないね。

 まあ、稲荷神社に連れていくにしても、それまでの間はうちで世話してあげないといけないだろうしなー。野に放つのはなんとなく躊躇われる。こんなに小さいんだから、カラスとかに攫われて食べられそうだし。いや、居るんだよ、カラス。うちのキャンパス、結構カラス居る。別の友達がランチパック卵味を攫われてたよ。


「ところでこいつ、コーラの缶に入ってたんだけど、コーラも飲むかな」

 そういえば、狐の餌といえば、こいつはそもそもコーラの缶の中に居たんだった。

 じゃあこいつもコーラが好きなのかなあ、と思って、学食を出たらいつもの自販機コーナーへ。

「コーラが好きなんだったら私達、気が合うねえ」

 狐に話しかけつつ、さっきのように自販機のボタンを押して、suicaをぴっ、てやって、ガコン、とコーラが落ちてきて……。

「……ん?」

 コーラの缶を持った瞬間、違和感。

「何、どしたの」

「……軽い」

 友達が『は?』って顔してるけど、私には分かる。この缶……さては!




「ほらぁー!やっぱりぃ!」

「ええー……なんで缶に狐?」

 案の定、缶を開けたら狐が出てきた。何?最近、狐の間でコーラの缶に入るの、流行ってんの?

 ちなみに、友達が出したコーヒーの缶は普通にコーヒーだった。やっぱコーラだけに狐を引き寄せる魅力があるとか?うーん、コーラの快挙を喜んでいいのか、またコーラを飲めないことを嘆けばいいのか……。

 そろそろコーラ飲みたいんだけどなぁ……。




「4匹になっちゃった」

「そうだね」

「でもやっとコーラ飲めたよ」

「よかったね」

 結局、コーラを買い続けて狐が更に2匹増えた。計、4匹。5本目のコーラはコーラだった。よかったー。私はコーラが無いと生きていけないから!コーラ大好き!

「で、この後、ボールペンも買いに行かないといけないね」

「ああ……空き缶はやっぱ、なんか違うんだ」

「そうみたい。ほら」

 コーラの缶から出てきたんだから、この狐、コーラ缶に住めばいいのに、と思うんだけど、コーラ缶だと広すぎて落ち着かないらしい。中に入れてみるんだけど、すぐそわそわ出てきちゃう。

 逆に、ボールペンの芯抜いた奴は丁度いいらしくて、4匹全部、ボールペンのガワの中に収まってる。おかげでボールペンの芯が家無し子になってしまった。嗚呼。




「ところでこれ、やっぱりメーカーさんに連絡入れた方がいいかな」

「いや、頭おかしいって思われると思うよ」

「だよねぇ……。狐につままれる、ってこういう気分なのかも」

 まあ、今、狐につままれてるっていうか、狐をつまんでるわけですが。つままれてる狐4匹、それぞれ『こん』って元気に鳴いてるわけですが。

「……帰りに味噌買って帰ろ」

「あとボールペンね」

 まあ折角だし、狐4匹、飼ってみるのもいいかもね。変な狐だけど、普通の狐は飼っちゃ駄目だろうし、まあ、丁度いいってことで……。




「ねえねえ、うちの狐、めっちゃ頭いいんだけど」

「は?」

「テスト出そうなところ教えてくれた。あとサークルのクソ野郎が胃腸炎になったんだけど、多分うちの狐がやったと思う」

「は?」

 ……数日後、狐達がなんか活躍し始めたんだけど、それはまた、別の話ってことで……。

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