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15.雷獣

 ~雷獣~

 雷の化身とも言われる。尾は2本、脚は6本。体毛は日中は金色だが、陽が沈むと灰色に変ずる。

 竹を伝って天と地上を行き来しているらしい。雨の日とトウモロコシが大好き。


 ~~~~~~~~~


「あれっ、犬が落ちてる」

 会社からの帰り道。自分のアパートの駐車場脇の植え込みの上に、犬が落ちていた。

 毛並みはグレー。つやつやしてて、まるで雨の日の夕暮れ時みたい。いい毛だなあ。

「わー……あっ、お腹空いてるのかな……」

 よく見たらその犬、結構痩せてる。野良の犬だろうに私に寄ってくるところを見ると、よっぽどお腹が空いているのかも。

「……置いておくのもなんかなあ」

 怪我をしているんだったら、このまま置いておくのはちょっとかわいそうかもしれない。もしかしたら、この子を探してる飼い主さんとか居るかもしれないし。

「……でもこれ、犬かなあ」

 ……ちなみにこの犬、脚は6本ある。尻尾は2本ある。

 うーん、犬じゃないかもしれない。




 まあ、仕方がないから犬を連れて部屋に戻った。最近引っ越したこのアパート、ペット可なんだよね。だからか、ペット飼ってる住民多いんだ。お隣さんの家、蛇とか鳥とか飼ってるみたい。挨拶の時チラッとなんか見えたし、ベランダに出ると、たまに見る。

「この間、先輩と一緒に行った山で羽付きの犬がいたけれど、君もその類かなあ……」

 拾っちゃったけど、この犬、犬じゃない気がしてきた。だって、脚と尻尾、なんか多いしなあ。いや、見間違えかもしれない。

「でも、そこまで変じゃないもんね。まあ、たまたま足が6本で尻尾が2本あるだけの犬かなあ」

 ……まあ、羽が生えてたり、山彦のふりして『わん!』って鳴いたりしてるわけでもないし、ただの犬かな。うん。そういうことにしておこう。




 まずは、お夕飯の前にお風呂。犬だからね。お風呂に入れて綺麗にしなきゃ。

 心配なのは、犬ってお風呂が嫌いな子、多いよね、っていう。……でも、心配なかったかも。

「うわあ、君、テンション高いねえ」

 お風呂に連れて行ったら最初はものすごく警戒してたみたいだけど、シャワーでお湯をかけ始めたら、なんか急にご機嫌になった。尻尾ぶんぶんして、シャワーに当たりに動く始末。そっか、シャワーが好きな犬も居るんだなあ。


 犬を綺麗に洗ったら、しっかりタオルで拭いて、それからドライヤーで乾かした。

 ……でも、乾かされるのはちょっと嫌だったのかも。ドライヤーから逃げようとしてた。まあ、捕まえて乾かしちゃったけど。なんだろ。湿っぽい方が好きな犬なのかな。シャワーも好きみたいだし。まあ、変な犬だって居るよね。


 犬が乾いたら、夕食を作る。……とはいっても、作り置き出したり、冷凍しといたの焼いたりするくらいだけど。

 鮭をフライパンで焼いて、冷凍ご飯チンして、作り置きのきんぴらと焼き浸し出して、汁物はインスタントのコーンスープ。美味しいよね、コーンスープ。これはこの間キャンプ行った時の余り。私はキャンプには必ずインスタントのスープ持ってく派だから、ストックが沢山あるんだよね。

「で、この犬は何を食べるんだろう……」

 犬だし、お肉かな。鮭は生鮭買ってきて冷凍した奴をそのまま焼いたから、醤油とか掛ける前にちょっと解して食べさせてみようと思う。

 ……んだけど。

「あれっ……コーンが好きなのかー」

 犬は、インスタントスープの中に浮いてるコーンにご執心だった。そっかー、この犬はコーンが好きな犬かー。うーん、変な犬だなあ。


 だったら、と思って、冷凍庫から冷凍コーン業務用を出して、ざらざら、とお皿に出して、レンチンして溶かす。冷凍コーンと冷凍枝豆、便利なんだよ。彩りいいし。業務用のやつ買って冷凍しておけば、サラダとかご飯とかにさっと混ぜていいかんじにできるんだよね。

「はい、どうぞ」

 それを犬の前に置いたら、もう、犬、大興奮。そっかー、そんなにコーンが好きなんだね。

「わー、回ってる」

 コーンを一口分食べて、それから嬉しそうにくるくるくるくる、その場で回り始めた。そんなに好きかあ。まあ、喜んでもらえるならこっちも嬉しいよ。

「それにしてもお行儀いいね」

 犬はくるくる回ったかと思ったら、ちゃんと座って、お行儀よくコーンを食べ始めた。中々お行儀がいい。食べこぼすとかも無いし。

 ……うーん、変な犬だなあ。




 犬はコーンでお腹いっぱいになったらしくて、その場でコロンと丸くなって寝ちゃった。なので私は晩御飯の後、ノートPCを開いて、いい山とかいいキャンプ場とかを探す。

「次はどこに先輩誘おうかなあ……」

 大学時代の先輩は、今や登山とキャンプ仲間だ。私は車を持っていないから、先輩の車に乗せてもらう、っていう口実で先輩にあちこちに誘ってるんだよね。先輩も誘えば誘われてくれるから、嬉しい。

 でも、雪山はちょっとなあ。いつかリベンジしたいけど、先輩の命が危なかったあれは、もう二度と味わいたくないしなあ……。今年の冬は大人しそうなところにしとこう、と思う。

「……ん?」

 そんな山やキャンプ場の写真を見ていたら、ふと、犬が見てきた。あれっ、さっきまで寝てたのにね。

 しかも、私と一緒に写真を見て、そのうちの1つを見て、きゃんきゃん鳴き始めた。尻尾ぶんぶん。なんだろ。

「ここ?ここがいいの?」

『竹林の中のキャンプ場』の写真を指差したら、犬は随分嬉しそうにまたくるくる回り出した。うーん、変な犬だなあ。

「じゃあ次はここにしてみよっかな」

 犬がここ気になるみたいだし、次に先輩誘うのはここにしてみよっと。竹林、かあ。ということは、竹の薪とか売ってないかな。竹は良く燃えるんだよね。あれはあれで楽しい。




 先輩はフッ軽なので(他に登山キャンプ仲間がいらっしゃらないのに、登山キャンプ以外の趣味をあんまりお持ちじゃないらしいので!ラッキー!)誘ったら週末、誘われてくれた。やったね。

 なので私と変な犬は朝イチで先輩の車に乗せて頂いて、竹林のキャンプ場へGO。

 先輩が運転席、私は助手席。私はスマホで地図アプリを開いてナビゲーター役。ついでに、膝の上にランタンを乗っけておいて、いい景色が見えた時に『ご覧、鬼火。いい景色だよ』ってやる係。

 ……この鬼火、本当にすっかりランタンに居ついちゃったなあ。前、ちょっとつつかせてもらったら、ふわふわしてた。で、今日つついてみたら、ちょっともちもちしてた。……ねえ、もしかして、太った?

「ところでお前、その金色の犬みたいなのどうしたんだよ」

 まあ、太ったくらいなら可愛いものかも。何せうちの犬は……大幅にイメチェンしてるので!

 拾った時にはつやつやのグレーだった犬なんだけれど、何故か今は、金色!

 最近の観察によって、この犬は夜になるとグレー、そして太陽が出ると金色の毛並みになることが分かっている。うーん、どういう仕組みなんだろう。変な犬だなあ。

「えーと、うちの前の植え込みに落ちてたんですよ。拾った時はグレーでしたけど、太陽が出ると金色になるみたいです」

「そうか。脚の本数と尻尾は?」

「あ、そっちは拾った時から6本2本でしたよ」

 この謎の犬はすっかり私に懐いているし、痩せてたのが少しマシになってきた。……調べてみたんだけど、飼い主さんからの捜索願とかは出てないみたいだった。ということはやっぱり、野良なのかなあ。

「お前も妙なもの拾うよな……」

「私の妹の友達はボールペンに狐詰めてるらしいですよ」

「……世の中って、案外、変なモン多いのか?」

 まあ、多分そうなんですよ。世界って広いですね。大学時代の後輩に毎度毎度連れ出されてくれる先輩、というのも居ることですし……。




 さて。

 到着したキャンプ場は、宣伝文句通り、竹林の中!

 場所は好きに使っていいよ、ということだったので、適当に平らな場所を見つけて、そこに設営開始。私も先輩もすっかり慣れたもので、設営にはそんなに時間がかからなかった。

 案の定というか、管理棟では竹炭とか竹の薪とか売ってたので、一束買ってみることにした。いつもは広葉樹の薪使いがちだから、違う薪もたまにはいいよね。

 あと、『炊飯にどうぞ!』って竹筒売ってたから、それも買ってみることにした。一回、竹の筒でご飯炊いてみたかったんだよね!楽しみ!


「おお、変な犬が喜んでるな」

「喜んでますねえ。連れてきた甲斐があったなあ」

 変な犬は、またくるくる回ってとてもご機嫌。竹林が好きなのかなあ。

「じゃ、早速調理開始といくか」

「竹ごはん!竹ごはんですね!」

 さっき買ってきた竹の筒を取り出して、そこにお米と水を入れて、濡らした葉っぱで蓋をして、アルミホイルで包んで……。

 メスティンでの炊飯とはまた違うかんじだけれど、どんなふうに炊けるのかなあ。美味しく炊けるといいなあ。

「で、あとは肉焼いて、スープ煮るんだよな」

「汁物は大事ですよね。鬼火が居ますし」

 先輩のランタンに入っている鬼火は、汁物を食べる。なので先輩は最近、汁物の調理に凝っているんだとか。この間、エビのビスク作ったって言ってたので羨ましい……私も食べたかった……。

「ところで、そっちの犬みたいなのは何食べるんだ?」

「こっちはコーンです」

「コーン……?」

「はい。コーンです。とうもろこしです」

 そして、先輩の鬼火に対して、こっちはコーンが好きな犬だから。今回もちゃんと持ってきたよ、コーン。

「ちなみに、コーンフレークも好きみたいです」

「お、おお、そうか……」

 ……インスタントのコーンスープも食べた時点で分かってたけれど、この犬、とうもろこし製品なら割と何でもいいみたいで、コーンフレークとかも食べる。あと、コーン系のおかしとか。

「……それで、それか」

「はい。これ、結構おいしいんですよ」

 ……なので、今回はポップコーンを持ってきました!お鍋で作ります!ちなみに味付けはバターと塩!シンプルにいただきましょう!




 ということで、なんやかんやで出来上がった夕食を食べることに。

 お肉は焚火で焼くと一層美味しい。竹のご飯もうまく炊けてておいしかった!スープも美味しかったし、鬼火も満足気だったし……。

 それで、ポップコーンはうちの犬が大半を食べました。まあ、そんな気はしていた。

「おー、本当に夜になると灰色になるんだな」

「そうなんですよ。手触りもちょっと違うんですよ」

 うちの犬はポップコーンでお腹いっぱいになって、今は寝ている。まあ随分とかわいらしいこと……。

 そんな犬の毛並みを撫でて『おお、すべすべだ』『昼はふわふわなんですけどね』って先輩とやりつつ、私達の夜は更けていく。

 ……の、だけれど。


「……ん?今、ごろごろ鳴ったか」

「え?……あ、ほんとだ」

 なんだか、空模様が、怪しくなってきてしまった、というか……。

 ……おかしいなあ。天気予報だと、晴れだったんだけれど……。




 嫌な予感がしたので、調理器具の類をさっさと片付けてしまった。それでいつでもそれぞれのテントの中に引っ込めるように待機していると……。

「うお、降ってきたな」

「うわうわ、まずいですね。もう引っ込みましょうか」

 ぽつ、ぽつ、と雨が降ってくる。うそー!天気予報どこ行っちゃったの!

 雨が降ってはキャンプはできぬ。さっさと引っ込むしか!ということで、私達はそれぞれのテントの中に入ろうとして……。

「あっ!こら!どこ行くの!」

 犬をしまえ犬をしまえ、と犬を抱えてテントに入ろうとしたら、犬はぴょこんと私の腕から出ていっちゃった!ああ、雨が降るっていう時に!

 ……あれっ。

「えっほんとにどこ行くの」

 犬の行き先を目で追って、思わずぽかんとしてしまった。

 いや、だって……。

「登ってるなあ」

「登ってますねえ。ああいう特技があったとは……」

 ……うちの変な犬、竹を登ってる!




 犬の竹登りをぽかんとしながら眺めていたら、ごろごろ、ごろごろ、と雷鳴が近づいてくる。

「犬ー!危ないよ!戻っておいで!」

「ところで今思ったんだが、あの犬の名前、もしかして『犬』なのか?」

「名前つけてないだけです!迷い犬なら飼い主さん見つかるかもと思って!」

 犬を呼んでも、犬は嬉しそうにきゃんきゃん吠えながら竹をするする登っていっちゃう!

 どうしようどうしよう、って思ってたら、犬はどんどん見えなくなっていって……。


「あ」

 雷が光った。光ってすぐ、雷鳴が聞こえる。そのまま雷は、今丁度、犬が登ってる竹に、ぴしゃん、と落ちて……。




「……増えた!」

 ……犬が竹をするする下りて戻ってきた!

 何故か……2匹で!




「親犬かな」

「まあ、そんな風に見えるな」

 下りてきた犬は、一匹は私が拾った犬なんだけれど、もう一匹はもうちょっと大きい。あと、小さい方を舐めて毛づくろいしてる。

 なんかなあ、びっくりしすぎてもう、何もかもがどうでもよくなってきた、というか……。いつの間にか雨も止んでるし。もしかしてこの犬が連れてきたのかな、雨と雷。或いは、この犬、もしかして雷でできてる……?そうでなくても、まあ、雷に乗ってやってきた、くらいはありそうだなあ。


 子犬と親犬の再会がある程度落ち着いたら、親犬の方が私のところにとことこやってきて、ぺこ、ってお辞儀した。なので『あ、どうも』とか言いながら、私もお辞儀。どうも、お世話になっています。……いや、お世話してます。

 それから親犬は、ちょっと竹の茂みの方に行って、わん、と鳴いた。……すると、そこに雷がどん、と落ちてきた。ひぇっ……。

 ……でも、間近に雷が落ちた割には何事も無くて、ただ、親犬は雷が落ちたあたりをガサガサやって、それを咥えて戻ってきた。

「……えっ、これ、何?」

 持ってきたのは、金色にぴかぴか光る石。えーと……これ、何?




「お礼なんでしょうか」

「まあ、そうだろうなあ……」

 ……結局、変な犬2匹は竹を登って、空へ帰っていってしまった。私の手元に残ったのは、親犬がくれた金色の石。

 これ、なんだろうなあ。ぴかぴかしてて、綺麗だけど。

「ま、いいじゃないか。貰ったんならそれはそれで」

「そうですね。私もランタンの中にこれ入れておこうと思います」

 ぴかぴかするから、中々綺麗だし、光るから光源にもなる……かな?光源にするにはちょっと弱いかもしれないけど。まあ、先輩の鬼火ランタンみたいなものだと思えば、そんなに悪くないかな。

 ……それにしても、あの犬、私が拾ってコーンあげたのとかに恩を感じてくれてたのかも。なんか、かわいい奴だったなあ。

 でも……。

「……とりあえず、あの犬は犬じゃない何かだった気がします」

「そうだな。俺は初めて見た時からそんな気がしていたよ」

 ……多分、あの犬は、犬じゃなかった。うん。そんな気がする!




 それから私は、先輩に倣って、キャンドルランタンの中に蝋燭じゃなくてぴかぴかの石を入れておくことにした。ほやん、と金色に光る燃料無しのランタンの完成!

 これはこれで綺麗で可愛いし……何より、キャンプギアとしてはとてつもなく優秀な性能をしていたから、もう、大助かり!


「おお……虫が死んでる」

「ね!?そうなんですよ!すごいんですよ、この石!」

 ……キャンプの大敵、虫。私は虫が好きじゃないから、虫除けにはいつも難儀してたんだけれど……なんと、このカンテラを吊るしておいたら、その下に死んで落ちた虫が沢山!蚊が大量に死んでる!とってもいい!

「……電気でも出てるのかもな」

「ああー……あの犬、雷の子っぽかったですもんねえ」

 まあ、そういうわけで、私は電気を出す石……?みたいな、よく分からない照明兼虫除けグッズを手に入れてしまった。

 先輩の鬼火ランタン、ちょっと羨ましかったから、嬉しいな。でも……あの犬も、かわいかったからなー。帰っちゃったの、ちょっと残念だなあ……。




「あっ来てる」

 ……まあ、一週間後、親子揃って例の犬がうちの前で『わん!』って鳴いてたんだけどね。うんうん、よく来たね。コーン食べてく?


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