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14.唐傘おばけ

 ~唐傘お化け~

 傘のお化け。破れ傘には目玉が1つ。口はある。傘の親骨は脚で、下駄を履いていることが多い。傘のふりをして人間を驚かせる。

 ところで、概ねにおいて脚は生脚である。ムダ毛処理もバッチリである。多分、永久脱毛とかしてるんじゃないだろうか。だが一体、何のために!


 ~~~~~~~~~




 確かに、帰りの会の途中から、なんか窓の外が暗かった。

 もう秋だから陽が落ちるのが早い、っていうのは俺も知ってるけどさ。でも、流石に暗すぎでしょ、って思ってたら……。

「うわ」

 ざーざー雨が降ってる。昇降口では、きゃーきゃー悲鳴が聞こえたり、ぽん、って傘を開く音が聞こえたり。

 ……俺、傘持ってねえんだけど。どうしよ。




 しょうがないから走って家まで帰ることにした。

 走るのは速い方だし、走ればなんとかなるんじゃね?って思ったんだけど……でも、やっぱり駄目だったかも。びっしょびしょ。

 特に、足がやばい。水たまり踏んじゃって、靴の中に水が溜まってて気持ち悪い。服も、どんどん濡れて、最初は雨粒の跡が見えてたのに、今はもう、全体的に濡れちゃったからそういうのも分かんなくなってる。

 すっかり濡れちゃったからもう関係ない気がするけど、雨はもっと酷くなってくる。なんか道路に落ちてきた雨が飛沫になって、白っぽく煙って見えるぐらいになってる。

 前が見えないのに走るのヤバいし、一旦、どこかで雨宿りしたいな、って思った。でも、びしょぬれでコンビニ入るの、駄目な気がするし……。

「……しょうがねえなあ」

 しょうがないから、いつもの神社に行くことにした。石段上るの、めんどくさいけど。でも、境内に行っちゃえば木が多いし、雨宿りできるかもしれないし……。


 でも、焦ってたのがよくなかった。

 石段を駆け上がっていく途中で、ずる、って滑った。なんか、濡れてふやけた落ち葉か何か、踏んだっぽい。

 あっ、て思った時にはもう、体が浮いてた。

 ……階段でこけたらヤバい、ってことくらい、分かってる。分かってるけど、頭が真っ白になって、何も考えられなくて、全部、スローモーションになったみたいに見えて……。




 こん。

 こんこんこんこん。

 ……狐の声が沢山聞こえてきて目を開けたら、狐が沢山、俺の周りに居た。

 狐にもこもこ囲まれて、あったかい。へへへ……。

 それから、俺、神社の建物の屋根の下に居るみたいだった。軒先、っていうんだっけ、こういうの。縁側、だっけ。どっちだっけ。

「ん……大丈夫。ありがと」

 狐が俺のこと心配してくれてるのは分かったから、狐の頭撫でてやった。この狐、最近分かったんだけど、撫でられるの結構好きみたいなんだよな。

 撫でてたら、ぽふん、って音がして、狐が消えた。……1匹だけ残った。こいつが本体で、残りは影分身してたっぽい。便利だなー。


 狐が減ったら寒くなってきた。雨に濡れたままでいると風邪ひく、っていうの、やっと分かったわ。風吹くとさみいんだよ。すげえ。

 ……でも、狐がくっついてくれたらあったかくなる。狐って人間より体温高いのかな。それとも単にこの狐が俺のことあっためようとしてくれてるだけ?

 狐の尻尾をふわふわ触ったり、『雨、止まねえなー』って話したりしながら、雨宿りする。

 雨は少し、収まったかも。少なくとも、水飛沫で煙みたいになるほどじゃないっていうか。これなら、走って帰れば大丈夫かな。

 ……走れば、大丈夫、だと思うんだけどさ。

 なんか、さっき階段から落ちそうになったの思い出して、ちょっと怖くなった。下手に転んだら、ほんとに死にそうだし。

 どうしよっかな、もう濡れてるし、ゆっくり歩いて帰ろっかな。


 ちょっと迷ってたら、狐が、こんこん、ってどっか行った。なら俺も帰ろ、って思って屋根の外に出たら、狐が、こん、って鳴きながら何か咥えて戻ってきた。何だろ、って思って見てみたら……。

「うわ、傘だ!」

 古い、ボロい傘。その、ビニール傘とかじゃなくて、俺が使ってる黄色い奴でもなくて……竹とか紙とかでできてるような奴。うわ、こういうの、初めて見た!

「……これ、貸してくれるの?」

 開き方とか分かんねえけど、貸してくれるんならこれ差して帰ろうかな、って思って、傘を受け取る。……そしたら。

 ぽんっ、て、傘が勝手に開いた。びっくりしてたら……。べろん、って、舐められた。……え?

「え?うわ、え、あの、これ……」

 ビックリしてたら、傘は俺を舐めて、けらけら笑ってる。一本足で着地して、ぴょこん、って跳ねて一回転した。

「これ、生きてんの!?」

 ……この傘、生きてるっぽい!すげえ!意味わかんねえ!




 結局、傘、借りた。というか、傘が俺を下に入れながら、とんとん、って蹴ってくるから、傘と一緒に歩く羽目になった、っていうか。

 狐が尻尾振って見送ってくれるのに手、振り返して……石段を傘と一緒に下りていく。

「うわ、ちょ、蹴るなよ」

 さっき落ちたの、なんか忘れられないし。また滑ると嫌だから、一段ずつ。……そうしたら、傘も俺のこと蹴って急かすの、やめてくれた。一緒にゆっくり歩く。

 傘は俺の肩の上に『よいしょ』って座るみたいにして脚を折り畳んで、普通の傘ぐらいの高さに居る。だから俺もそのまま歩いてる。

「……ところでお前、ちょっとボロいよな。雨漏りしてるよ」

 傘は、ところどころ破れてるから、ところどころ雨が入ってくる。すげえな、古い傘って。

 でも、俺がそう言ったら傘は、べろんっ、て舌を出して、舌で穴を塞ぎ始めた。……なんかうける。

「でも大きいな。大人用の傘のでかいのと同じぐらいじゃん」

 ボロ傘は穴が開いてるけど、でかい。うちのお父さんの傘、かなりデカいんだけど、それと同じくらいある。だからランドセルまで全部傘の中にすっぽり入って、あんま濡れない。便利じゃん、これ。

 ……俺がいつも使ってる傘って、黄色い奴なんだよな。あれダサいから嫌なんだけど、お母さんが絶対にあれ買ってくるんだよ。

 前は振り回してぶっ壊したことあったけど、滅茶苦茶怒られたからもうやってない。

 でも、俺が綺麗に使わないと、弟がお下がりでそれ使えないから、って言われたんだけど、弟は下の弟のこと考えずに傘ぶん回せるから狡いよな、って思う。下の弟はまだ保育園に通い始めたばっかだし、小学生が使う傘はまだデカすぎるんだって。

「……俺の傘、お前でいっかなあ。なー、俺の傘になんない?」

 このボロ傘もヤバいけど、黄色の傘もダサいし、だったらこの傘使いたいな。こいつだったら弟にお下がりで渡さなきゃいけないこと無いだろうし。自力で動くし。多分、忘れても追いかけてきてくれそうだから便利。

「いや、お前、あの狐の傘なのかな。だったら駄目かー」

 ……でも、この傘、狐のかもしれないもんな。友達の傘は貰っちゃ駄目だよな。はー、この傘、もう一本居ねえかなー。




 家に着いたら、傘はそこでお別れだ。

 傘は、べろんっ、てまた俺のこと舐めて、それからけらけら笑いながら、ぽいん、ぽいん、って跳ねて帰っていった。……返しに行かなくても自力で帰る傘ってすごくね?超便利じゃん。

 元々濡れてたし、さっき傘に舐められたばっかだし、すぐ風呂入った。……風呂入りながら風呂洗うの、初めてかも。ちょっと楽しい。


 それからランドセルの中身、確認した。ノートとか教科書、濡れちゃってるかな、って思ったんだけど、何故かランドセルの中身は全然濡れてなかった。ラッキー。

 ……それとも、狐か傘がなんかしたのかな。まあ、よく分かんねーけど。

 ノートもドリルも無事だったから、そのまま宿題やった。今日は昼休みにできなかったから。ついでに明日の分もやる。

 宿題やってたら、弟が寄ってきた。弟もまだ宿題やってなかったから、一緒にやる。……弟は俺より1時間早く帰ってきてたはずなんだから、先に終わらせろよって思う。あっ、そもそもこいつ、1時間前に帰ってるから雨に降られてないんだ!やっぱこいつ、ずるい。


 それで宿題やって、晩飯食べて、もっかい風呂入って……ってやってたら、なんか、体調変になってきた。

 あれ、って思ったんだけど寝たら治るだろって思って寝た。

 ……そしたら、朝になったら、風邪ひいてた。




 風邪ひいちまったから、一日中寝てることにした。今日はもう、学校休み。塾の日だけど、塾も休み!これはラッキー。

 ……1人で家で寝てると、なんかちょっと楽しい。いつも弟がやってるけど、今日は俺が先にゲームやる。……でもゲームやってたら気持ち悪くなってきたからやめて寝た。風邪の時って暇なのに体調悪いから、それは嫌だな。

 そのまま布団被ってたら暑くなってきて、布団退けたら寒くなってきた。なんなんだよこれ。おかしいだろ。

 それに、咳すると頭痛いし、気持ち悪くなってきて吐きそうだし。ゲームやったの、そんなに悪かったかな。


 布団被ったり退けたりしながら寝てたら、こんこん、と窓が叩かれた。でも、窓見る元気ねえから無視する。

 無視してたら、こんこんこん、こんこんこんこん、って窓がまだ叩かれる。……それで。

 からっ、て、窓が開いた。カギ閉めてたよな、って思って、そこでやっと窓の方見たんだけど……。

 こん。

 ……神社の狐が、傘持ってきてた。



 傘が部屋に入ってきて、ぽんっ、て開く。そしたら……。

「わ」

 ぽん、って何か落ちてきた。見てみたら……どんぐりだった。

 どんぐりじゃん。なんでか、下の弟がよく拾ってくるんだよな。

 布団の上に、ころんとどんぐり。つまんで見てみたら、滅茶苦茶綺麗などんぐりだった。つやつやしてる。形も綺麗だし。あと、でっかい。でっかいけど、帽子がもじゃもじゃじゃないからクヌギじゃないな。なんのどんぐりだろ。どんぐりって色んな種類あるけど、前、調べたことあるからちょっとは分かるんだ。

 でも……それにしても、なんでどんぐり?

 どんぐりなのは謎だけど……狐と傘、お見舞いに来てくれたのかも。それでどんぐり持ってくるっていうチョイスが狐と傘、ってかんじだけど。

 でも、お見舞いに来てくれたんだから、お礼言わなきゃ。起きよ、と思ってもそもそ動いて、布団退かして……。

 ……って、やってたら。

 狐がどんぐりを1つつまんで、きゅぽ、って蓋取った。

 ……このどんぐり、蓋、取れんの!?いや、帽子のとこ取れるのは知ってるけどさ!そうじゃなくて……その、きゅぽ、って取れてるし、蓋取ったらどんぐりが入れ物みたいになってて、中、なんか入ってるし!

 えーと、なにこれ。実?実かな?

 狐は、どんぐりの中に入ってた小さなころんとした玉を俺の手の上に出した。それで、こん、って、俺の口にそれを入れようとしてくる。

「……どんぐり食べろ、って、こと?」

 こんこん、と狐が頷く。傘も頷く。……どんぐりって不味いんじゃなかったっけ。いや、でも、これはなんかそもそもどんぐりっぽくないんだけど……。

 ……まあ、狐が言ってるんだし、食べないと帰らなそうだし。しょうがないからどんぐり、食べることにした。


「……まっず!」

 案の定、めっちゃ、不味かった!

 なにこれ!?苦っ!まっずい!うわ、口の中おかしくなった!なにこれ!

 水か何か飲まなきゃやってらんないよ、と思って洗面所へ行こうとしたら、傘が俺の前に出てきて……ぽん、って。

「……パピコぉ?くれんの?」

 傘がばさばさ開いたり閉じたり。狐は、こん、って頷いて、もう一袋パピコ出して、そっちは狐と傘とで分けっこし始めた。

 ……えーと。

「……2本とも、俺の?」

 聞いてみたら、狐と傘は嬉しそうに頷いた。




 謎のどんぐりの口直しにパピコ食べた。2本とも!

 一回やってみたかったんだよなあ。まさか、家でパピコ2本食べる日が来るとは思ってなかった!

「えへへ……なんか変なの」

 家に一人で居た時は気持ち悪かったり頭痛かったりしてたのに、狐と傘が来てから、なんか元気になってきた。

 ……うん。なんか、すげえ元気。もう、痛いのも気持ち悪いのも無いし、だるいのも無いし。すっげえ元気!もう走り回れそうなくらい!

 なんだろ。もしかして、さっきのどんぐりって……どんぐりじゃなくて、薬とかだった?

 まあ、狐に聞いてもすました顔で、こん、って言われるだけだし、傘はひゃらひゃら笑ってるばっかりだから、全然分かんねーけど。


 どうしよっかな。元気になっちゃったけど、まだ寝といた方がいいかな。こういう時ちょっと迷うよな。どうしよ。

 ……悩んでたら、傘がぱたぱた飛んでいって、布団の横に置きっぱなしだったゲーム機をつんつんつつき始めた。

 なんだろ、気になるのかな。まあ、傘はスイッチ持ってねえよな。

「……一緒にやる?」

 だったら、と思って聞いてみたら、傘も狐も、思いっきり頷いたからなんかうける。なんだ、狐も傘も、ゲーム好きなんじゃん!




 それから俺と狐と傘とで、色々やって遊んでた。

 風邪だったのに元気になったし、遊べたし、パピコ美味かったし、なんか得した気分。だってこれ、学校と塾サボって遊んだだけじゃん?

 狐と傘は窓から帰っていって、見送ったらなんか、急に眠くなってきて、また布団に入って寝て……。

 ……それで起きたらもう夜だったし、弟も親も帰ってきてた。

 だからなんか、狐と傘が来たの、夢だったみたいな気がしたけど……。

「……夢じゃなかったんだよな」

 布団の上には、どんぐりの入れ物がまだ残ってる。中身、もう入ってないけど。


 ……今度、神社に行く時、お礼に何持っていこうかな。

 傘も居るから、パピコとかじゃなくて、皆で分けられる奴にしよっかな。へへ。


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