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平成編『都市伝説・ダブルフェイク ザ 花子さん』・4(了)


 トイレの花子さんの都市伝説で語られる内容はある意味で非常に正しい。

 夜にトイレをノックする、個室の中を覗き込む、トイレを汚くする、中にいる誰かへ呼びかける。

 全て厠神を怒らせ祟り神へと変えてしまう、「してはいけないこと」だ。

 だから花子さんは現われ、殺される。

 これら呼び出すための方法は、厠神信仰から考えればどれもがタブー。厠神を怒らせる行為だ。

 もしそんなことをすれば災いが降りかかるのも当然。

説話において禁を犯した者は、鬼に為ったり気が狂ったり、或いは命を落としてしまう。

 つまりトイレの花子さんは古くからの仕来りに則った、理路整然とした、実に筋の通った都市伝説である。


 故に例え物音や呻きが聞こえたとしても、ノックをしたり呼びかけたりしてはいけない。

 それが本当に病人ならいい。

 けれどその呻きが、人のものであるとは限らないのだ。


「もしもーし、大丈夫ですか?」


 そうと気付かずに、梓屋薫は女子トイレの三番目の個室をノックした。

 すると中からドアが開いていく。まだまだ新しい校舎の筈が、何故か妙に軋むような音を立てて。

 ゆっくりと、個室の中が見えてきた。

 

「あれ?」


 薫は思わずきょとんとしてしまう。

 確かに物音は三番目の個室から聞こえてきた。呻きもさっきまで聞こえていたのだから間違いない。

 なのに、そこには誰もおらず───


「薫っ!」

「て、わっ!?」


 何かを考えるより早く、みやかは薫の手を取って走り出していた。

 中学時代は女子バスケ部に所属していた為、脚には相応の自信がある。少しでも早くあそこから離れようと、一切振り返らず廊下を走り抜ける。


「ど、どうしたの、みやかちゃん!?」

「話はあと。早く教室に戻るよ」


 普段冷静なみやかの横顔には焦燥がありありと浮かんでいる。

 多分薫には見えなかったのだろう。

 けれど彼女は違った。

 洗面台の鏡に映り込んだ影を見てしまったのだ。

 誰もいない筈の三番目の個室。そこから這い出た、鏡にしか映らない、気色の悪い“なにか”を。


「逃げないと」

「だ、だからなにが?」


 二人は脇目も振らず廊下を駆けていく。

“なにか”の正体は分からないが、背筋を通り抜けた怖気に特別な力など持たぬ普通の少女ですら容易く理解する。

 目の錯覚などではない。あれは近付いてはいけない類のもの。人の世の理とは別の場所にいる、得体のしれない化生だ。

 ぞわりと全身に広がる恐怖がみやかを突き動かす。

 空気が粘ついて重い。でも早く早く、とにかく教室へ。

 そこまで行けば助かる。そこには彼がいる。だから、逃げないと。

 そうして、辿り着いた教室の扉に手をかけ、一気に開ける。



「葛野くんっ!」



 けれど、そこには誰もいなかった。

 狭い部屋にはぽつんと洋式便器があるだけ。

 恐ろしい“なにか”を見て、怖くて走って逃げた。

 なのにみやかは教室ではなく、何故か女子トイレ三番目の個室の扉を開けていた。


「え……なん、で?」


 ただ引っ張られるままになっていた薫も、此処に来てようやく現状の異常さを感じ始めた。

 彼女も教室の扉を開けたと思いっていたのだ。

 けれど実際には此処はまだトイレ。中には、誰もいない。ただ掠れるような呻き声だけが反響している。


 厠の語源は、設備の下に水を流す溝を配した「川屋」だとされる。

 同時に川は現世と幽世を分ける境界。

 つまり厠は、実在の世界に在りながら此岸と彼岸を結ぶ接点でもあった。

 

 少女達は、そういう場所に迷い込んでしまった。

 薫はきょろきょろと周囲を見回している。何が起こったのかまだ把握し切れていない様子だ。

 それが幸いした。何か変なところがないか探す為既に動き始めており、おかげで三番目の個室をから離れていた。

 けれどみやかは違う。

 あからさまに怪しいその場所を、じっと凝視していた。

 だからまたも見てしまう。

 便器の中からは無数の手が、生者を引きずり込もうと、我先にと伸びてくる。


「ひぃ……」


 消え入りそうな悲鳴、足が竦む。

 それでもどうにか逃げようと出口へ視線を向ける。

 でも一歩目は踏み出せなかった。

 逃げ道は塞がれている。

 そこには白いシャツと赤い吊りスカートの、おかっぱ頭の幼い娘。


 都市伝説に語られる“トイレの花子さん”が────


『さあさ、逃げるのです。わたしの可愛い生徒達』


 ───そう、優しく微笑みかけて。

 

 どん、と背中を押されるような感覚。

 たたらを踏み、みやか達は思わずよろけ座り込んでしまう。

 そうして気付けばトイレではなく廊下にいて、通りすがりの生徒達が心配そうに二人を取り囲んでいた。




 ◆




「葛野くんっ、いる!?」


 教室の扉を開ければ、今度こそ其処はいつも通りの風景。

 ただ薫が少しばかり乱暴な開け方をしてしまった為、何事かとクラスメイトの視線が集まる。

しかしそんなもの気にしている暇はない。

 みやかは窓際で雑談を交わしている男子生徒達の下へ一直線、そのうちの一人の手を強引にとる。


「どうした、梓屋、姫川」

「ごめん、ちょっと来てほしい」

「ああ」

 

 状況など全く分かっていないだろうに、葛野甚夜は瞬き程度の間も置かず頷いて見せた。

 昼休み終了のチャイムが鳴り始める中、一切の躊躇いなく彼は教室を出て、みやからの方がその後を追う始末。あまりの即決具合に助けを求めたこちらが戸惑ってしまうくらいだ。


「え、あの」

「急ぐのだろう? 詳しい話は道すがらで」

「……うん」

 

 今はその反応の速さが有り難い。三人はA棟一階にある学生食堂、その一番近くにある女子トイレへ向かう。

 怖いし、本音を言うとあまり近付きたくはない。ただ便器から伸びる手をまともに見てしまったみやかとしては、彼の傍を離れるのはもっと怖かった。


「トイレの花子さんが?」

「そうなの! なんでか分からないけど、一階のトイレで。教室に行ったつもりが気付いたらまたトイレで。それで、まっかなスカートの、トイレの花子さんが出てきて。どんっ、てなって!」


 要所要所で化け物を見ずに済んだ薫はまだ余裕がある。

 だが説明は目茶苦茶で、はっきり言って内容は欠片も伝わってこない。結局何も聞けず女子トイレ前まで来てしまい、甚夜は改めてみやかへ目配せをする。

 

「ごめん、私もあんまりよく分かってない。でも三番目の個室のトイレで物音が聞こえて、開けたらトカゲの化け物が出てきた。ううん、違う。そこには何もいなかったのに、鏡には映ったの」


 彼女が視たのは鏡にしか映らない、三つの頭を持つ体長三メートルはあろう大トカゲ。

 もう一つは便器から伸びてくる数多の手。

 どちらもおぞましく、思い出しただけで背筋が凍る。


「梓屋は?」

「うーん、私はそれどっちも見てないんだ」

 

 梓屋薫はなにも見なかった。

 けれど奇妙な現象に巻き込まれたのは間違いない。

 甚夜は一瞬だけ何かを思索し、徐に自身の掌の皮膚を食い破る。

 大体の状況は把握した。甚幸い今は授業中、周囲に人目はない。掌からは微かに血が滴り、これで準備も整った。


「では済まない。梓屋は外で待っていてくれるか?」

「うん、分かった。頑張ってね!」

「ああ。姫川は、一緒についてきてくれ」


 え、と短い声が漏れてしまう。

 ちょっと予想外だった。てっきり自分も外で待っていればいいものと思っていたのに。


「……ついて、いかないといけない?」

「そうしてほしいな。できれば、ではなく」


 何度も繰り返すが、かなり怖い思いをしたのだ。

 できれば遠慮したい。したいのだが、前回の赤マントの件で意味のないことをするような人ではないと十分に知っている。

 つまりこれは、多分トイレの花子さんと対峙するうえで必要な要素なのだろう。それくらいはみやかにも想像がつく。


「………………後ろに隠れてていいのなら」


 とはいえ、やはり怖いものは怖い。

 しかし考えに考えて出したぎりぎりの妥協点を伝えれば、穏やかに「勿論だ」と答えてくれた。

 ならば少しは耐えられる、きっと。

 お互いに納得し、ようやく甚夜は無警戒に女子トイレへと踏み込み、みやかもその後ろにぴったりとくっついたまま中の様子を窺う。

 なにもいない。

 大トカゲも無数の腕もない。一体どこへ、などと考えている間に彼はどんどんと進んでしまう。


「花子さん、おいでください」

「ちょっ!?」


 更には何を考えているのか、三番目の個室の扉をいきなり蹴りつけた。

 どごん、と響く大きな音。突然の暴挙にみやかも思い切り困惑してしまう。無表情で冷静に、花子さんを呼びながらドアに不良キックかます男子生徒。非常にシュールである。


「な、なにしてるの?」

「視ての通り、花子さんを呼んでいる」

「え、と。それはそうかもしれないけど」


 もう少しやり様というものがあるのではなかろうか。

 あんまりにも乱暴な手段に疑問を呈すが、甚夜は至って平然と返す。


「トイレの花子さんの原型の一つは、江戸時代の厠神であるとされている」


 古来厠は神の住まう神域であった。

 故に人々は厠を清潔にし、花と子の人形を飾り、厠神を手厚く祭った。

 怒らせて祟り神となれば加護を失い、魑魅魍魎を招き入れてしまう。


「厠神は福を齎す神。本来花子さんは然程危険な存在ではないんだ。ただ今回は、馬鹿な男子生徒のせいで心ならずも彼女は自身の領域を離れた」

 

 今回の件は、祟り神になった訳ではないが、古い説話の再現と言えるかもしれない。

 盗撮写真が出回ったせいで、花子さんは盗撮犯探しにトイレを抜け出す機会が増えた。

 その間隙を突く形で他のあやかしが棲みつき、トイレにいる者を襲った。

「厠で禁忌を犯せば、魍魎に襲われる」。皮肉にも相沢剛は、厠神信仰における応報を体現してしまったのだ。

 それをトイレの花子さんの責任にはできない。

 結局はバカな人間が怪異を呼び込んだ。お決まりと言えばそうなのだろう。


「それが二人目の“トイレの花子さん”。いや、一緒にしては失礼だな。空き巣の真似事しかできない、神様気取りの矮小な怪異……」


 最後の一言がきっかけとなり、空気が一変した。

 淀んだ不快な肌触り。響く掠れた声は、三番目の個室ではなく、みやかのすぐ後ろから聞こえてきた。

 何もない筈のそこへ甚夜は手を伸ばす。

 多分彼は何かを掴んだ。反対の手にはいつの間にか赤い短刀が握られており、奇妙な呻きが耳に届いた。

 だから見なくても分かる、“そこ”には何かがいる。

 見てはいけない。

 そう思う。なのに体は、操られたかのようにそちらへ振り返ってしまう。


「……君に憑りついたモノの正体だ」


 てらてらとした皮膚の大トカゲ。

 悲鳴は上げられなかった。不気味な怪異が肩から顔を覗かせ、吐息のかかる距離にいる。それだけで全身が竦みあがり、声は出ず足も動かない。

 今になって理解する。薫は大トカゲや伸びる数多の手に気付かなかった。

 要所要所で見逃していた訳ではない。最初からこの化け物はみやかに憑りついていた、だから彼女にしか見えなかったのだ。


「さて、これで“トイレの花子さん”の件も終わりだな」


 先程の見た数多の腕はこの怪異が見せた幻覚に過ぎなかったのだろう。

 一瞬風が吹いたかと思えば、引きずり出された大トカゲは宙に舞い、振るわれた短刀がその身を裂く。

 こうして散々恐怖を煽ってくれた化け物はあまりに呆気なく霧散した。

 盗撮犯や本物のトイレの花子さんが絡んだせいで少しばかり複雑ではあったが、蓋を開けてみればこんなもの。

 肝心の怪異は本当に弱く、甚夜には背中でみやかの視界を遮り、斬りつける様を隠す余裕さえあった。


「……終わった、の?」

「ん、ああ。済まないな、付き合わせて」

「それは、別に。私に憑りついてたって話だし……もう、大丈夫?」

  

 しかし普通の少女であるみやかにはそうではない。

 爬虫類の化け物と便器へ引きずり込もうと伸びてくる無数の手。分かり易いトイレの怖い話を立て続けに見たのだ、表情の変化こそ薄いものの内心かなりびくついていた。


「元々惑わし驚かせるくらいしかできない弱い魍魎の類だ。それほど怯える必要もない」

「そっか。なら、よかった」


 安堵からほっと息を吐く少女に、甚夜は暖かな笑みを落とす。

 昔は便所で転ぶと三年たたぬうちに死ぬと言われていた。

 雑に扱えば鬼になる、河童に襲われる。とかく便所というのは魍魎の多い場所だった。

 だが同時に厠神を怒らせさえしなければ然して危険はない。


「幸いここの守り神は子供に優しいしな。後は彼女に頼むとしよう」

「え?」

 

 安心させる意味でも、ちらとトイレの一角に目を向けた。

 みやかもそれに倣い顔を上げ、赤い吊りスカートの少女を見つけて固まった。


『ふふ、任せるのです』


 そこにいたのは、確かにトイレの花子さんだった。

 ただし夏樹と妙に仲の良い、若干ノリの軽い方の、ではある。

 あやかしに憑りつかれてもトイレから抜け出せたのは、彼女の力添えがあったからなのだろう。


「ありがとう。どうやらこの子達が世話になったようだ」

『気にしないでいいのです、わたしの可愛い生徒たちなのですから。それに、お礼を言うのはわたしの方なのです。ありがとう、子供たちを助けてくれて』


 花子さんは相変わらず都市伝説とは思えないくらい明るく笑う。

 盗撮犯も許し、みやかや薫を怪異から逃がしてくれた優しい少女だ。きっとこれからも生徒達を見守ってくれるだろう。

 だというのに、ひしっと背中にしがみ付かれる感覚。

 何事かと思えば、みやかが花子さんから隠れつつ、怯えてぶるぶる震えていた。

 実際見た目は分かり易いくらいに花子さんだ。その実情を知らなければ、多少は怖くも感じるのかもしれない。


『おい、おまえ。わたし、なんかものっそい怯えられてるのです』

「……まあ考えてみれば、君は“トイレの花子さん”、怪談の代名詞だからな」

『えぇー、鬼より怖がられるとか納得いかねぇー』


 多少締まらない結末となってしまったが、とにかくトイレの花子さんの事件は一応解決に至った。

 堂々と授業をさぼった件でみやかがクラスのギャル風の女の子にからかわれるのは、また別のお話である。




 ◆




 つまり論理的に考えれば。

 トイレの花子さんが美幼女であることは、確定的に明らかなのである。




 * * *




「ありがとね、じんじん。すっかりお世話になっちゃった」


 根来音久美子は深々と頭を下げる。

 盗撮犯の一件は問題なく落ち着いた。

 相沢剛はちゃんと約束を守ったようで、ネガを処分し後輩たちに売り捌かせていた分も可能な限り回収し、これ以上で回ることはないだろう。

 自分も被害者だっただけに久美子もほっと一息、喜びもひとしおというものだ。


「なに、気にしないでいい。正直、私の都合もあったからな」

「あー、姫ちゃんにあずちん? 二人と仲いいもんねー」


 トイレの花子さん絡みで、という意味だったのだが何やら勘違いして「くふふ」と含み笑いをしている。

 みやかや薫の盗撮写真を見て腹が立ったのも事実。敢えて否定はしない。

 それに、この少女の前で「怪異の討伐の為」と語るのは憚られた。


「取り敢えず一件落着だな。これからも夏樹と仲良くしてあげてくれ」

「あはは、じんじんお父さんみたい」

「付き合い長いからな。精々、お爺ちゃん”程度だとは思うが」


 けれどそこも踏み込まない。

 藤堂夏樹は根来音久美子をとても大切にしている。彼女が何者であれ、理由はそれで十分だろう。


「薫、ちょっとお手洗い付き合ってくれない?」

「うん、いいよー」


 盗撮事件と共にトイレの花子さんの件も解決した。

 だがこちらは多少まだ爪痕がまだ残っている。

 この前などは花子さんが怖くて夜眠れず、芸術鑑賞会の時に爆睡するという真面目な少女らしからぬ失態を演じてしまった。

 それでも数日が経ちようやく恐怖心も大分薄れたようだ。薫と一緒にトイレへ行く機会が増えたのは、多分指摘しない方がいいのだろう。





「じいちゃん、大変だ。助けてくれ、都市伝説に絡まれてる」


 夏樹はというと、相変わらずの都市伝説運で色々と頭を悩ませている。


『絡まれてるとは失礼なのです』

「事実だろ。というかご自宅留守にしててよろしいんですか守り神様」

『こっちだって大変なのですよ、ていうか正直助けてください』


 昔から怪異に好かれる子だったが、寄ってくる怪異の性格が比較的良いのは救いと言えなくもないか。

 トイレの花子さんは今も時折抜け出しては夏樹のところへ遊びに来ているようだ。もっとも今回はかなり切羽詰まった様子である。


「これ、二人とも。廊下であまり騒がないように。注目を集めているぞ」

「う、やべ」


 もともと夏樹は久美子と仲がいい為に、一部の男子生徒には嫉妬めいた視線で見られることが多い。

 花子さんと一緒に行動するのは問題ないが、更なるヘイトを積み重ねたくないというのが偽らざる本音だ。できれば地味に過ごしたい。色んな怪異に巻き込まれる状況は決して望んでではないのである。


「で、今回はどうした」

『そうなのです! 実は、相沢少年がまた問題を起こしまして』

「なに? また盗撮か?」


 にわかに甚夜の気配が剣呑なものへと変わるが、花子さんは首を横に振り、疲れたように肩を落とす。


『いいえ。盗撮はもうしないと。代わりに、わたしの写真を撮らせてくれというのです』

「しかも俺に“お前の知り合いなんだろ? 説得してくれ”とか頼んでくるんだよ。しつこいのなんの」

『まったく、相沢少年もなんでわたしの写真なんか』

「まあ、そこは不思議じゃないけどさ。花子さんが可愛いのは間違いないし」

『……夏樹少年もなかなかタチが悪いのです』


 多くの創作物においてトイレの花子さんは美少女や萌え系の可愛らしい絵柄で描かれているが、実はそこにはちゃんと論理的な理由がある。


 トイレの女神さまと言えば、で想像する女神は人により差異があるだろう。

 弁財天やハニヤスヒメ、大便を運ぶ“金かつかねの神”、みな心優しく麗しき姫君たちだ。

 ミヅハノメもまた『日本書紀』に出てくる美しい女神で、罔象女命みづはのめと表記される。

 そもそもこの女神は人間の前に現れる時、うるわしい乙女の姿をしているという。

 また「ミヅハ」には「罔象」の字が宛てられているが、これは中国の文献において、龍や小児(小さな女の子)などの姿をした水の精であると説明されている(その分他の厠神よりも若干妖怪や幼子としての特性が強い)。

 とすれば、トイレの花子さんもまた水の精霊を思わせる可憐な幼女であり、龍神属性を持ったロリッ娘であるといえる。


 加えて彼女は赤い吊りスカートをはいた、おかっぱ頭の女の子の姿をしている。ちび○る子ちゃんのあの感じだ。

 多くの文献において、彼女の服装は粗末と言われている。

 が、実はこの服装、都市伝説の成立年代を考えればそう粗末な訳でもない。それどころか、往年の人気アイドルが衣装として使っていた色違いのコーディネートだったりするのだ。

 つまりトイレの花子さんは龍神属性を持ち、トップアイドルの衣装を着こなすオシャレさんで、水の精霊のように可憐なロリッ娘である。


 更に付け加えると、厠の神は徳が高いとされる。

 トイレは汚いから神様も嫌がる、しかし心優しき女神は率先してそこを守護すると言い出した。このような説話は各地に残されている。

 そう、トイレの花子さんは龍神属性を持ちトップアイドルの衣装を着こなすオシャレさんで、花のように可憐なロリっ娘でありながら、人の嫌がることを進んで引き受ける清純さまで持ち合わせている。

 つまりトイレの花子さんは美幼女である。

 論理的に考えればそこにしか行き着かない。


 永久に歳を取ることない、慈愛の心にて生徒達を怪異から守ってくれる、花のように可憐で水のように清らかな麗しき都市伝説系ロリっ娘スクールアイドル。


 それがトイレの花子さんなのだ。


「もう二、三枚撮らせて納得させた方が早くない? 可愛い生徒の頼みだぞ?」

『だとしてもあんなおへそも腋も太腿も晒したミニスカでフリフリなアイドル服なんぞ着れないのです勘弁してください』


 だからまあ、相沢剛のようにその麗しき姿を写真に収めたいと思うものがいても不思議ではない。

 ただ撮ったところで心霊写真にしかならないのでは? とも思うが、それは言わぬが花というヤツか。


「……まあ、なんだ。そういう話なら夏樹の方が得意だろう」

「ちょ、じいちゃん丸投げする気か!?」

「人聞きの悪い。信頼というヤツだ」


 甚夜は小さく笑みを落とし、わやわやとじゃれ合う夏樹と花子さんに背を向ける。

 決して呆れたのでも逃げる訳でもない。文句を言いつつ二人は結構楽しそうなので、邪魔するのも悪いと思っただけだ。


「ああ、そうだ。仲良きことは美しきかなとはいうが、ちゃんと根来音にも気を遣ってやりなさい。あれはなかなかいい娘だぞ」

「いや、そんな俺が一番知ってるし。……じゃなくて、別に俺らそういう関係じゃ」

『お、お? なんですか、そういう話なのですか? なんならおねえさんに恋愛相談してくれても構わないのですよ?』

「あのね、花子さんも妙な絡み方をしないでね?」

『そして代わりに相沢少年をどうにかするのです』

「結局そこかっ!?」


 


 これでトイレの花子さんのお話はおしまい。

 優しいけど怒ると怖い、花と子供の女神様。

 生徒を見守り人知れず助け、でもアイドル扱いはごめんなさいなご様子だ。




 トイレの花子さんに押されて夏樹はたじたじ、しかし神様も女の子、写真の件は別にしても色恋沙汰は好きなのか興味津々といった感じで食いついてくる。

 正体さえ考えなければ仲良しなお兄ちゃんと妹に見えて微笑ましくはある。

 ただここは学校で、廊下で、昼休みで人の目もそれなりにあって。

 しばらくの間「藤堂夏樹はロリコンで学校に幼女連れ込んでいちゃついてる」という噂が流れたことは、追記しておかなければならないだろう。





「都市伝説・ダブルフェイク ザ 花子さん」・了



取り敢えず一応完結設定にさせていただきます。

読んでくださった方ありがとうございました。

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