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平成編『都市伝説・ダブルフェイク ザ 花子さん』・2




 学校に纏わる都市伝説において、『トイレの花子さん』はあまりに有名である。

 もっとも内容は地方によって大きく異なる為、これが正しい『トイレの花子さん』であると定義するのは難しい。

 有名なところでは、


 学校の校舎三階の女子トイレ、三番目の個室の扉を三回ノックし、『花子さんいらっしゃいますか?』と尋ねる。

 すると「はい」と返事が返ってくる。

 扉を開ければ、赤いスカートのおかっぱ頭の女の子がいてトイレに引きずりこまれてしまう。


 というもの。

 その原型は1950年頃に流布されていた『三番目の花子さん』と呼ばれる都市伝説だという。

 実際に有名になったのは1980年代~1990年代、いわゆる学校の怪談ブームの頃。

 ただしブームに乗っかることで日本中に流布された訳ではない。

 当初子供たちの恐怖の噂だった少女の怪異は、映画や漫画、アニメなどになったが、それ以前から各地方で怪談として定着していた。

 その為、県ごとに『ご当地花子さん』とでもいうべき、内容に差異のある『トイレの花子さん』が伝わっている。


・花子さんに「遊びましょ」と呼びかけると「はーい。何して遊ぶ?」と聞かれる。

 この時、「首絞めごっこ」と答えると本当に首を絞められて殺される。


・3番目のトイレに入るときには5回ノックして「花子さん」と3回呼ばなければドアが開かない。

 無理に開けようとすると金縛りや神隠しに遭う


・声をかけて3秒以内に逃げないと殺される


・トイレの三番目の個室から『三番目の花子さん』と声が聞こえ、覗き込むと白い大きな手につかまれトイレの中に引きずり込まれる。


・トイレの花子さんが消えかけた女子トイレのマークを直している。


・声をかけても謝れば「いいのよ」と返してくれる。


・ノックして呼び出そうとすると、その前に「危ないからやめなさいな」と止めてくれる。


・午後六時過ぎ(黄昏時)、或いは真夜中(丑三つ時)にトイレに入ると花子さんがいる。


・花子さんの正体は3つの頭を持つ体長3メートルの大トカゲで、女の子の声で油断した相手を食べる。


 トイレの花子さんは学校の怪談系都市伝説の代表格であり、対応を誤れば殺されてしまうが、意外にも危害を加えない場合も少なくない。

 霊になった経緯は複数存在し、「三番目のトイレで殺された」が広く認知されている。

 中でも元ネタとして有力視されるのが昭和12(1937)年に岩手県で起こった一家無理心中事件。

 通称『遠野事件』である。




 岩手県の遠野に住んでいた、夫婦に子供三人の家族。

 夫は女癖が悪く、浮気相手と旅行に出かけてしまう。

 それに嫉妬した妻は一家心中を図り、子供達を次々殺していった。

 この際に、当時小学生だった長女の“いく子ちゃん”だけが、何とか家から逃げ出し、学校の体育館裏にあった共同トイレに隠れていた。


『すみません、うちの娘を知りませんか』

 

 だが当然、妻は殺しに来る。

 嫉妬に狂ったが、彼女はいく子の母親。娘を探しに来たとして何の不思議もない。

 だから事情を知らない用務員は簡単に教えてしまう。


『いく子ちゃんなら、トイレの個室、奥から3番目に居ますよ』


 こうしていく子は、首を絞められ殺されてしまった。

 幽霊になっても、彼女はまだ母親から逃げている。

 トイレの三番目の個室に、じっと閉じこもっているのだ。




 このいく子がモデルとなり、三番目の個室に現れる少女の怪異が生まれた。

『トイレのいく子さん』にならなかったのは、『トイレの花子さん』の方が分かり易かったから。

 昔は男女の名前を現す場合、男は「太郎」で女は「花子」が一般的だった。

 女の子の名として「花子」は通りが良く、一番覚えやすい名前でもあったので、いつしか単純にトイレに出る女の子の幽霊であるから「花子」と付けられて広まった、と言われている。


 ただし、『何故花子さんと呼ばれるか?』という点において、この説は少しおかしい。

 というのも、そもそもこの怪異が「花子さん」と呼ばれ始めた時期と、「花子」という名前が定着した時期は微妙にずれている。

 遠野事件が起こったのは昭和十二年(1937年)。

 しかし、まさ子やかな子、花子など。所謂『子型』と呼ばれる名前が流行のピークを迎えたのは第二次世界大戦前後(1939年~1945年)。

 この頃は「女の子の名前と言えば『○○子』! それ以外は時代遅れよねぇ」という時期だ。


 流行が落ち着き女性名として子型が古く在り来たりな名前になるのは1965年~1982年頃。

『トイレの花子さん』の原型となった筈の『三番目の花子さん』の流布よりも更に後である。


 つまり○○子という名前は事件当時の流行であり、決して一般的なものではない。

 現代の感覚では、極端に言えば「トイレの泡姫アリエルちゃん」「トイレの光宙ぴかちゅうくん」レベルである。

 故にそれが一般的だという理由で流布されるならば、既に定着し切った在り来たりな女性名という意味で、『トイレのお花ちゃん』になる筈だ。

 とするならば、『花子』という名称は、女性名として以外の意味を持っていると考えるべきだろう。



 その辺りの答えを、多くの民族学者は古い民間信仰、『厠神信仰』に求めている。

 つまり『トイレの花子さん』は実在の事件の都市伝説化ではなく、古来より存在する厠神が変化した存在とする説である。


 厠神は読んで字の如く『トイレの神様』、少し前には流行ったあの歌に歌われている神様だ。

 日本では江戸時代から昭和初期にかけて厠神の信仰が盛んで、赤や白の女子の人形や、美しい花飾りを便所に供え、厠神を祀られていた。

 厠神信仰とは、『厠には女神さまがおられ、妊婦が便所をきれいにすると美しい子が生まれる』というもの。逆に便所を汚くしていると子供は醜くなるという考え方は、日本各地に存在している。

 また東日本には『雪隠参り』と言って、『子が生まれて七日後に 産婆が赤子を抱いて厠にお参りする』という風習がある。これもやはり子供が美人に育つとかなるとか、しっかりした子になるという。

「腹の中に溜まったものを出す」という観点において、民俗学的には出産と排泄は極めて近い性質を持っている。

 すなわちトイレの女神さまは、出産の神様でもあった。



 厠神は美しい髪を垂れたお姫様とされ、 この古くより厠=トイレに住まう女神こそが『トイレの花子さん』。

 花子という名前は、厠神を祭る際、穢れを浄化する為の“花”と“子供の人形”を飾ったところから。

 つまり『トイレの花子さん』は「花子」という名前なのではなく、「花と子」の女神様なのである。



 更に言及すると、トイレの花子さんの原型である厠神は、主に出産に纏わる神であり、同時にかまどの神とも深い繋がりがあるとされる。

 便所と台所に何の関係が、と思われるかもしれないが、古く両者は密接な関係にあった。日本では、人糞は農作物を育てる為の大切な肥料だったからだ。

 厠神信仰では『女性が便所をきれいにする』ことを重要視する。

 これを世の女性団体は「トイレのように汚い場所を女性に掃除させる習慣など男尊女卑だ! 歴史的悪癖だ!」など言うが、それは本質からかけ離れている。

 そもそも水洗トイレがなかった頃、溜まった糞尿を片付けるのは大層な力仕事。ありていに言えば男の労働だった。



1.厠神信仰により、女性は便所をきれいに掃除する。

 ↓

2.男性は便所の糞尿を片付けて、農作業に利用。

 ↓

3.結果作物が育ち、男性はたくさんの農作物を収穫する。

 ↓

4.取れた農作物はかまどで女性に調理され食物になる。

 ↓

5.食事をし、厠で排泄を行う。

 ↓

6.1に戻る。



 古い時代にはこのようなサイクルが確立されていた。

 厠神信仰において、トイレ掃除は男女で行う重要な儀式なのだ。

 厠神が竈の神と一対の存在とされるのもこの辺りに理由がある。

 彼女は出産や安産の神であると同時に、人糞が肥料となり農作物を育てることから、富を産み出し福を齎す神でもあった。



 もう一つ重要なのは、厠は福をもたらしてくれる神がおわす場所として祭られていた反面、災いを齎す恐ろしい場所ともされていた点だろう。

 神の棲まう神域であると同時に、厠には多くの怪異が出現する。

 河童や鬼、鬼婆などの魑魅魍魎が厠で人を襲うという各地に多く存在している。

 厠神はこれらを抑える神という側面もあった。


 同時に日本では、神は正しく祭らねば祟り神になるとも考えられた。

 神聖でありながら恐ろしくもある厠、そこに住まう神が祟り神にならぬよう手厚く祭り、怪異や神罰を退ける。

 これが厠神信仰の根底にあった思想である。


 ただしこの在り方は、社会が発展し農作業に従事する男性が減ることで廃れていく。

 先に語ったサイクルの2~3が重要視されなくなり、『厠の神が福を齎す』という考え方そのものが揺らいでしまったのだ。

 そうなれば当然神への畏敬も薄れ、厠の神域としての特性は失われていく。

 するとどうなるか。

 厠がトイレと呼ばれるようになる頃、トイレは厠神の住む場所ではなく、「怪異の出没する」という点だけが色濃い怪奇スポットとなる。

 これによりトイレの女神さまは神性を奪い取られ、他と同一の、人に害を与えるあやかしとしての特性を獲得してしまった。


 時代は流れ、厠はトイレへと変遷した。

 それと同時に厠の神聖さを失い、負の側面だけが肥大化し、トイレは怖い場所になった。

 学校の怪談に、トイレに纏わる話が多い理由である。


 結果として学校のトイレは、類まれなる怪奇スポットとなり。

 本来女神であるトイレの花子さんもまた、『人に危害を加える場合も、人を助ける場合もある』都市伝説として扱われるようになった。

 そもそも花子さんは、自身の領域を守り、人に幸福をもたらす心優しき女神なのだ。




 ◆




「ねーねー、トイレの花子さんの噂聞いた?」

「知ってる知ってる。特別棟のでしょ?」

「え、私A棟に出たって聞いたけど」

「俺も知ってる。同じ部活の奴がなんか唸り声みたいの聞いたってよ」

「ほんと!? もっと詳しく教えてもらっていい?」

「おー、いいぜ」

「ありがとー! あ、そだ。お礼って訳じゃないけどこれ食べて? 新製品のチョコなんだー」


 こういう時、心底この親友は凄いと感じる。

 甚夜にトイレの花子さんの件を伝えた翌日、薫は早速休み時間に噂を集め出した。

 高校に入学してまだ一か月。だというのにクラス内外男女問わず交流を持ち、容易く話を聞き出していく。その様は不愛想に見られがち……というか若干コミュ障の気があるみやかでは到底真似できないものだ。

 正直中学の頃は親しい男の子など殆どおらず、高校生になっても異性との接点は正体不明の剣士くらい。とてもではないが、ああやって気安く話せる自信はなかった。


「みやかちゃん、ただいまー」

「お疲れ様。……薫って、すごいね」

「へ、なにが?」


 みやかにしてみれば、たった一か月であれほど馴染んでいるというだけで軽い尊敬の念すら抱いてしまう。

 なにより『赤マントや口裂け女の事件で世話になったから、少しでも力になりたい』と本心から言い、すぐさま行動に移す。そういった心根のまっすぐさは自分にはないもので、みやかは一頻り聞き終えて戻ってきた薫へ素直な賞賛を贈る。

 けれどきょとんとした顔を見るに、当の本人は何を褒められたかさえ分かっていないのだろう。まあそれもこの子の美徳かな、と自然小さく口元は緩んだ。


「ま、いっか。とりあえず色々聞いてきたよ」


・午後四時の三階の女子トイレ、三番目の個室からおかっぱの女の子が出てきた。

・放課後の廊下で小さな女の子を見た。

・「どこに…いるの……」と誰かを探している。

・トイレで奇妙な呻き声を聴いた。

・特別棟だけでなく、色々な場所で目撃例がある。

・廊下が水浸しになっていた。

・トイレの中から出てきた幽霊に男子生徒が襲われた。


 などなど嘘か真かは分からないが、現在戻川高校で流れている『トイレの花子さん』の噂には様々なものがあった。

 怪談としてはよくある内容だが、都市伝説が実在すると知った今では空恐ろしく感じられる。


「うーん、と。これくらい。なんか男子生徒が襲われたって噂もあるみたいだよ。ほんとかな?」

「どうだろう。もし校内で大怪我したなら、都市伝説とは別に先生達から注意喚起の連絡が全校生徒にあってもいいとも思うけど。それより、なんで男子?」


 トイレで大怪我をしたり、或いは誰かが死んだのならば、もっと騒ぎになってもおかしくない。

 教師陣だってオカルト関係は無視しても生徒達に「○○くんが怪我をした。皆も気をつけるように」みたいなお達しがある筈だ。

 それを考えれば現状戻川高校の『トイレの花子さん』はあくまで都市伝説の類でしかない。だがここまで噂が蔓延しているのならば、その中核には確かに何らかの怪異が存在しているのだろう。


「んー……私が考えてもどうにもならなそうだし、とりあえず全部葛野くんにも伝えよっか?」

「そうだね、それが無難かも」


 しばらく頭を悩ませていた薫だがどうやら答えは出なかったようで、後は甚夜に丸投げするらしい。

 実際ただの高校生である少女二人にはどれが有用な情報かなど判別はつかないのだ。聞いた話を全部伝えるというのも強ち間違いでもないのかもしれない。


「おーい、葛野くん。噂、調べてきたよ」

「ん、ああ。朝が……梓屋。ありがとう、手間をかけたな」

「それはいいんだけど、名前……」


 クラスの男子と雑談を交わしていた甚夜の下へ、薫はじゃれつく子犬のように駆け寄る。

 ただ彼は相変わらず名前を間違え、それがどうやら不満の様子だ。ちょっと頬を膨らませた少女と普段不愛想な少年の穏やかな笑みは、傍から見ると結構微笑ましいのだが。


「……ほう」


 しかし俄かに甚夜の表情が真剣味を増す。

 取り留めなく集めただけの噂だが、なにか引っ掛かるものはあったらしい。その横顔はとてもではないが高校生のそれではなかった。




 ◆





「写真部の二年、相沢あいざわつよし……」


 翌日の放課後、トイレの花子さんの依頼を受け、甚夜も盗撮犯探しに加わった。

 ではこれから頑張ろう、と気合を入れていた面々だったが、どうにも肩透かしを食らったような気分になってしまう。

 というのも放課後集まった時点で甚夜は既に犯人の目星をつけており、夏樹らがすることは何も残っていなかったのである。


「確かになっきが頼りになるって言ってたけど、じんじん、解決早すぎない?」

『まったくなのです。おまえ、あてずっぽうで言ってないですか?』


 昨日殆ど情報を得られなかった久美子はいかにも不完全燃焼といった顔をしている。

 トイレの花子さんもあまりにも早すぎるせいか、今一つ信用し切れていない様子だ。


「流石に頼まれておいてそこまで雑な仕事はしないさ。今回は、朝顔に感謝だな」


 しかし肝心の“本職”は平然と言ってのける。

 一日足らずで解決へ向かう事態に女性陣は戸惑っているが、そこは付き合いの長さ。甚夜の過去を知っているため多少突飛でも疑いはせず、夏樹は素直に現状を受け入れていた。


「じいちゃんが言うなら間違いないだろ。早くいこうぜ」

「ねえ、なっき。なんか微妙に機嫌悪い?」

「そんなことは……まあ、あるけど」


 ただし胸中は決して穏やかではない。

 そういう内心を僅かな語調の変化だけで久美子は察したらしく、気遣わしげに夏樹の顔を覗き込む。

 苛立ちの理由は、勿論犯人のせいだ。相沢剛なる男子生徒については少女二人より早く聞かせてもらった。正直、同じ男として腹立たしい。会ったら一発ぶん殴ってやりたいくらいだった。


「取り敢えず、移動するが構わないか?」

『待つのです。どこへいくのですか?』

「三階トイレの三番目の個室だ。ただしC棟ではなく、他の棟の。まあ詳しい話は実際にモノが出てからにしよう」


 甚夜に促され、殆ど説明もないままに一行は三階の女子トイレへ向かった。ただし特別棟、実際に花子さんがいた場所は除いて、である。

 やはりよく分からない。

 盗撮犯探しで、犯人にも辺りをつけておきながらトイレ? 疑問は強くなるばかりだが、他に頼れる者もおらず、説明をするつもりはあるらしいので一応指示には従う。

 そうしてA棟を調べ、次のB棟のトイレで久美子と花子さんは一連の行動の意味をようやく理解した。


『おお、確かに言った通りあったのです』


 女子トイレに男が中に入る訳にもいかない。

 甚夜は花子さんに粗方の内容を伝え、三番目の個室を調べてもらった。

 結果はB棟で“当たり”。トイレから、夏樹を不機嫌にさせているものが出てきた。


『これ、なんですか?』


 トイレの主である花子さんはよく分かってないようだ。

 それも仕方ない、あやかしに機械関係まで把握しろは酷だろう。

 だから夏樹は、持ってきたそれを忌々しげに説明する。


「……カメラだよ、盗撮用の」


 体操着の写真程度ではない。犯人は、トイレでの盗撮までしていたのだ。

 同じ男として軽蔑するし、幼馴染の久美子が犠牲になっていたかと思うと心底胸糞悪かった。

 

「ほっとしたよ。ここまで来て予測が外れていたら、流石に見っとも無いからな」

『おまえ、さっきから意味不明なのです』

「そうだぞー、じんじん。もうちょっとこっちにも分かり易く説明を」


 甚夜は独りで納得しているが、やはり久美子と花子さんは事態がうまく呑み込めていない。二人して不機嫌面で、ちゃんと説明しろと詰め寄ってくる。

 勿論最初からそのつもりだ。モノが出てきたため、口調は多少なりとも気楽になった。

 

「トイレの花子さんの噂については知っているか?」

「え? そりゃ、もちろん。ていうか今隣にいるし、クラスでもけっこー騒いでるよね。私もなっきもそういうの今更って感じであれだけど」

「幾つか梓屋が話を聞いてきてくれたんだが、今回どうやら男子生徒が襲われたらしい」


 言いながらトイレの花子さんに視線を向けると、ぷるぷると何度も首を横に振る。

 

『襲ってないのです。生徒はわたしの宝、そんな真似は絶対にしないのです。まー、ちょっと足を滑らせてやるくらいは、その、やっちゃったり?』

「いや、噂はそれとは別口だろう。そも君が人を襲うなど考えてはいない。だからこそ、花子さんのいたC棟ではなく、別の棟のトイレに男子生徒が出入りしていると思った」


 甚夜は気負いのない調子で語る。

 廊下や教室、男子トイレで何かがあっても“トイレの花子さんに襲われた”とはならない。。

 つまり件の男子生徒は最低でも女子トイレに出入りして、尚且つ何かに襲われたと思われる状況には陥っていた。

 しかし普通に考えて、男子が女子トイレで何かに遭遇するというのはいかにも不自然。いる筈のない場所にいるならば、出入りする理由が必要になってくる。


「で、盗撮犯の話に戻る」

「あ、分かった! つまりトイレの花子さんに襲われた男子って、盗撮の為に女子トイレに何度も入ってたんだ!」

「そういうことだ。おそらくはカメラを仕掛け、回収に入り、そこで何かが起こった。病気で倒れたのかとも思ったが、梓屋が“男子がトイレの花子さんに襲われた”という噂を持ってきてくれたからな。件の男子生徒に降りかかったのは、多少奇妙な出来事ではあったのだろう。そして噂になった以上、ある程度の目撃談はあって然るべき」


 そこまで分かれば後は白みつぶしで片が付く。

 事が事だけに時間帯は放課後以降、場所は特別棟以外の三階女子トイレ。学校に残っていた人物。

 その上でなにやら様子のおかしい男子、しかも変化が噂の流れ始めたごく最近に限定される。

幸い教職員にも“おしごと”のおかげで無理を聞いてもらえる。

 そちらからも色々と情報を教えてもらい、諸々の条件にぴったりと当て嵌まったのが、相沢剛という二年生だった。


「もっとも、あくまで推論に推論を重ねただけで確証はない。理屈よりも勘が殆どだしな。だがこうやってカメラが出てきたことで多少なりとも仮説の信頼性は上がった。後は、本人に会って真実かどうか確かめるとしよう」

「おー、流石本職。じんじん、すごいって! で、その変態はどこの教室?」

「いや、ここ数日学校を休んでいるそうだ。連絡の内容では、怯えるように部屋に閉じこもっているとか」

「それもう確定じゃない?」

「ああ、そうだな。そして、おそらくは……」


 トイレにカメラを仕掛けた人物と盗撮犯が別人である可能性もなくはない。

 ただ十中八九、そのどちらもが相沢某。更に言えば、トイレの花子さんに襲われたというのも彼だろう。

 とするならば、もう一つの事実が浮き彫りになる。

 こうやって花子さんと同道し、その気質に触れた今、彼女が人に危害を加えるのだとは到底思えない。

しかし事実としてトイレで何らかの怪異に遭遇した。

 つまり、この高校には。


「トイレの花子さんは、二人いる」








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