第8話
何ヶ月ぶりになるだろうか、様々な事があった濃密すぎる時間を経て、ライルは拠点の町へ帰って来ていた。
「あー! ライルだ! 帰って来てたんだね!」
町に入った途端、偶然にもフリージアがライルを見つける。彼女は大きく手とポニーテールを振りながら駆け寄って来た。
フリージアの人懐っこい笑顔に最早懐かしさすら感じるライル。そしてその笑顔を見てようやく思い出した――お土産の約束を。
(やべっ……! 色々ありすぎて完全に忘れてた!)
(ん? どしたの?)
(フリージアに帝都でお土産買ってくるって約束してたんだった……)
(それってまさか、満面の笑みで犬の尻尾みたいに手とポニーテール振って、ついでに大きなおっぱい揺らして走ってくる子? へー、ほーん、なるほどねー。どうなってもアタシ、しーらないっと!)
そう言うとエミリーはライルのフードの中に隠れた。
(ちょっ……!)
「はぁはぁはぁ……ライル、おかえり!」
ライルがフードの中に手を伸ばそうとした時には既に、フリージアは目の前に到着していた。彼女は息を切らすほどの勢いで駆け寄りライルを出迎えてくれた。その様子に約束を違えてしまったライルは、フリージアとは違う意味で息苦しくなる。
「あ、あぁ……ただいま……」
(どうするどうするどうする……!?)
ライルは何とかフリージアに応えるも、内心は錯乱状態だった。
「えへへ……久しぶりだね……帝都での商売は上手く行った?」
「あぁ、これ以上ないほどだったよ……」
死にかけたり色々とありはしたが、勇者の遺産を手にした事はこれ以上無いほどの収穫なのは間違いなかった。
「あ、そだ……えっと……約束……覚えて……る?」
フリージアは顔を赤らめもじもじとしながら、ライルにとって一番触れたくない話題へと早速入って来た。
(ヤバいヤバいヤバい! 何かないか何か無いか!)
ライルは笑顔で顔を固めながら頭をフル回転させていた。
(…………そうだ! 次元収納の中に――っ!)
そして混迷の果てに一つの光明を見た。次元収納へと放り込んだ遺産の中に、ネックレスの形をアイテムがあった事をライルは思い出した。
「あ、あはは……そりゃ覚えてるよ。会ったら渡そうと思ってたんだ」
ライルは白々しく言いながら背中のカバンを降ろす、そして両手を突っ込みながら見えないように次元収納を発動し、ペンダント型のアイテムを取り出した。
(包んでもいないのはこの際しょうがない!)
ライルは絡まっていた鎖を整え、せめてもの体裁を取り繕いフリージアへと差し出した。
「ほら、これ。フリージアに似合うと思って」
それは白金に輝く細い鎖で作られたペンダントだった。ペンダントトップには大きめの赤い宝石が使われており、品の良い意匠の土台に嵌め込まれている。実際彼女の細い首に収まれば、とても似合うだろうと思われた。
「え……ア、アクセサリー……ほんとに……?」
もじもじしていたフリージアの表情が固まり、その視線がペンダントに吸い込まれるように釘付けになる。
「あ、あははは! あまり親しくないヤツからこんな物貰っても困っちゃうか……!」
ペンダントの事を思い出した時には我ながら冴えてると自画自賛したライルであったが、アクセサリーをプレゼントするのは流石にキザだったかと、手を引っ込めかけたその時――
「そんな事ない!」
「――――!」
フリージアの聞いた事も無いほどの大声にライルは背筋を伸ばして固まってしまう。フリージアの言ったそんなとはどこに掛かっているのだろうか。
「すごい……嬉しい……」
手を差し出した状態で固まったままのライルから、フリージアはペンダントを受け取ると、大事そうに胸元へ抱え込んだ。
「あ……私こういうの慣れてないから……着けて貰っても……良いかな?」
「え、あ、あぁ、もちろん」
ライルはフリージアからペンダントを受け取ると、彼女の首を抱え込むようにして腕を回す。必然的に近くなる彼女の顔はやや俯いていて表情は見えない。しかしその耳は朱に染まっていた。
一方のライルも慣れない行為の立て続けに頭が一杯になり、フリージアの様子を気にかける余裕は無かった。二人を横目に歩いている町の人たちの視線は生ぬるい。
ライルは落ち着かない手に何とか言うことを聞かせながら、両手をフリージアの首に回す。目の前から香る良い匂いに翻弄されつつ、どうにかこうにかフリージアの首をペンダントで飾る。改めてその姿を見れば、このペンダントをお土産にしたのは間違っていなかったと思える見立てだった。
「えへへ……ありがとっ! どう……かな?」
フリージアは小首を傾げ天真爛漫な笑顔を見せる。まさしく花が咲いた様な笑顔だった。
「あぁ……よく似合ってる。喜んでもらえて何よりだよ……」
「うわぁ……えへへへへへ……」
胸元に手を当ててフリージアは今にも溶けそうな顔をしていたが、やがて何かを思い出したようにハッとする。
「あ! いけない! お使いの途中だったんだった! ライル、今日はお店来るよね? お土産のお礼にサービスするから、絶対来てよね!」
「あ、あぁ、行くよ」
「約束だからね! それじゃ、またねー!」
いつかの時のように土煙を上げながらフリージアは去って行く。その姿をライルは半ば呆然と見送った。
「あーあ、アレを渡しちゃたったかぁ」
我関せずを決め込んでいたエミリーがフードから顔を出した。そして何やら不穏当な事を言っている。
「あ、悪りぃ……勝手に遺産から渡しちまった……」
「それは別に良いのよ。良い保管場所が見つかるまで、アンタが好きにしたら良いわ。何なら使い切ってくれた方がアタシの仕事が──まぁそれは良いや。ただ、よりにもよってアレかぁ……ってね」
「ぇ……何か、ヤバい奴だったのか……?」
「んー? 聞きたい〜?」
「ぐっ……聞きたく無いような……でも、聞いておかないとマズいような……」
「あれはね――」
フリージアのお土産になってしまったペンダントが如何なるアイテムなのか、可憐のエミリーから語られる話によって始まる物語。
それはまた今度――
ひとまずの一区切りです。
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