5.狼まであと何秒?
緋岐×紗貴(高一:秋)
女性が三人も集まるとすぐにおしゃべりが始まり、やかましくなることから、女を3つ重ねて「姦しい」なんて言うが、その中の一人が“彼女”だというだけで、可愛く感じてしまうのは、何でだろう?
── なんて、数分前まで思っていました。
『ね、緋岐くん。水族館はまた今度にしよう?』
今日は、日曜日。本当は水族館にでも行こうと話していたのだが、紗貴の鶴の一声で急遽変更となり、図書館に来ていた。
特に何をする訳でもなく、普通にお互い気になる本を手に取って、隣同士に座って本をめくる。
クラスメートからは不評だったデートプランだが、でもやっぱり緋岐にはこの時間が好きで。
そして、昨夜は久しぶりに悪夢にうなされて一睡も出来なかった。そんな緋岐の様子にいち早く気が付いた紗貴の心遣いが嬉しくて、申し訳なくて。
謝ろうとしたら、笑って「違う」と返された。
『私もね、続きが気になって仕方がない本があるの』
── 楽しみだね!
なんて、心の底から楽しそうに応えてくれた。
肩と肩が触れ合う距離に紗貴がいる。その事が緋岐の中の悪夢を溶かしていき、いつの間にか眠ってしまっていた。
「そう!そうなの……団長カッコイイよね」
「私は第一皇女殿下かなぁ?」
「でも、元帥もカッコイイよね」
「え、瑞智さんの推しは第一皇子殿下だと思ってた!」
どれくらい眠っていたのか、緋岐の意識が浮上した時、紗貴を含む数人の女子の楽しそうな声が聞こえてきて、話の腰を折るのも悪いかと寝たフリを続けることに決めた。
というのは、半分嘘だ。楽しそうな紗貴の声を聴くのが楽しくて……知ることのない、紗貴の日常生活に触れられた気がして、ついつい狸寝入りを決め込んでしまったのだった。
どうやら、図書館に訪れたクラスメートは3人らしく、紗貴を含めた4人の会話は弾みに弾んでいる。
「よし、じゃあせーの!でいくよ?せーの!!」
「皇子×側近」
「皇女×側近」
「側近×皇子」
「側近×皇女」
(……ん?)
緋岐はそこで、固まった。何の掛け算が始まったのか、訳が分からない。いや、わかっているが頭が理解する事を拒んでいる。
「ちょっと待って!瑞智さんの“側近×皇女”はまだわかるけど、深川さんの“皇女×側近”がわからない」
「私はわかるわ!」
紗貴が興奮気味に、深川女史の推しに賛同する。
(同じ穴のムジナか!
思わず心の中で叫んだ緋岐を、誰が責められるだろう。そして、次の瞬間、紗貴が爆弾発言を落とした。
「実はね、中二の時、文化祭で生徒会主導で、演劇部×家庭科部×美術部×放送部×吹奏楽部×コンピュータ部という文化部総力を挙げた企画があったんだけどね?」
そんな紗貴の前振りに、腐女子3人は黄色い悲鳴をあげる(もちろん、図書館ということを考慮して控えめに)
緋岐も心の中で悲鳴をあげる。こちらは切実に。
「それ知ってる!伝説じゃない!東森中の、伝説の文化祭ッ」
「私は参加したわ!撫子グループが完全バックアップっていうホント夢の企画だったんだから!」
「いいなぁ!!」
(良くない!)
そんな緋岐の心、紗貴知らず。スマートフォンを操作すると、どこぞの御老公のようにバッと女子3人に見せた。
「この皇女サマが目に入らぬか!」
「「「キャー!!!」」」
(見せるなー!!!)
もちろん、口説いようだが、きちんと図書館仕様で静かめの黄色い悲鳴だ。
「ね?綺麗でしょ?しかもね、コレ裏設定があって……」
ワクワクと浮かれた声で語る紗貴を、同じ中学校出身の深川女史が遮るように人差し指を立てるとチッチッチッと決めポーズを決めて得意げに後を継ぐ。
「皇女サマは、実は皇子サマだったの!つまりね、事情があって、女性として生きてきた……と。そして、そんな皇女サマに付き添っている騎士が」
(紗貴だ。男装騎士。最後は綺麗なドレス姿になっ……)
「そう、将くんなのよ!!」
(違う!!!そっちじゃないッ!!!)
確かに、緋岐扮する皇女サマの騎士という設定で将も出ていた。だがそれは紗貴も同じだったはずだ。
緋岐が女王の、紗貴が騎士の出で立ちという男女逆転カップルから、最後は衣装を取り替えての大団円。つまり、ストーリーの中心は緋岐と紗貴だったはずなのに、どうしてここで将が出てくるのか。
「その時、まだ緋岐くんちょっと小さくて、将くん高かったから、もう!ね!」
「わかるわ!私もそれでこの話も“側近×皇女”かなって!!」
意気投合しなくていいところで、とても楽しそうに話が進んで行く。
(俺の存在忘れてないか!?)
そんな心の悲鳴が届くはずもなくて。
緋岐は、心底後悔していた。聞きたかったのはこんな腐った話じゃない。
もっと、キャッキャウフフな可愛い女子トークを期待していたのに!
別に個人の好みを否定する訳でも、嫌悪感があるわけでもない。だがしかし!自分の彼女……好きな女の子から、他の男とのカップリングを楽しまれて、凹むなというのが無理な話である。
そんな緋岐の心情に気づかず、更なる爆弾発言が投下された。
「瑞智さん、私ね、ずっと聞きたかったんだけどさ……鴻儒くんと天海くんって、2人で住んでるんだよね」
もう、嫌な予感しかしない。
友人の言葉に、紗貴は「ほう」と憂いを帯びた悩ましいため息を零す。
「そうなの。……私的にはね、将くん×緋岐くんだと思うんだけど……」
限界だった。のそりと上体を起こす。
「!!?」
「……ッ!!!」
「…………」
「でも、最近、緋岐くんが攻められるって想像付かなくて」
三者三様のジェスチャーで紗貴に知らせようとするが、肝心の紗貴は全く気づく様子がなく。
「でも、緋岐くんには無限の受けの素質があると思うの!!!」
この言葉に、3人の顔が真っ青になる。そんな3人の視線を追って、隣に目を向けて。
「緋岐くん!?」
紗貴も真っ青になった。
「わ、私たちそろそろ行くね?」
「瑞智さんの無事、祈ってる!」
「また明日学校であえるといいね!」
助けを求めるように、目で訴えたのだが、無常かな。友人達は、何とも物騒な別れの言葉を残してそそくさと立ち去って行った。
「あ、あのね……緋岐くん……」
「帰ろうか、紗貴」
それはそれは、美しく微笑んで、緋岐は有無を言わさぬ強さで立ち上がる。もちろん紗貴の腰を抱いて、一緒に。
「俺の頑張りが足りてないってことが、よーーーーーーーく!わかったよ……ごめんな?」
「あ、いえ大丈夫です充分足りてますしいつも私が限界と言いますか」
笑顔の圧力に押し負けて、腰が引けるが逃げられるはずがなく。弱々しくも、必死に言い募る紗貴の耳元に口を寄せて囁く。
「ちゃんと、帰ったら頑張るからな?」
(狼ッ!!!)
獲物を前にした狼を彷彿させるその微笑みに、紗貴は顔を真っ赤に染めながら半泣き状態でただ、アハハと乾いた笑いを浮かべることしか出来ない。
「さあ、帰ろうか」
腰をガッチリホールドされた状態で、お持ち帰りされた後のことを知るのは本人たちだけ、である。
END.
@確かに恋だった
【淡恋】Ep.17 アリスと赤の女王サマ【了】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9146705
最果ての国の物語【本編:シーズン1】
https://www.pixiv.net/novel/series/696980
他サイトになりますが、こちらをご一読いただけると、より一層お楽しみいただけるかと……