4.きみの心に触れさせて
緋岐×紗貴(中三:2月)
それは、本当に偶然だった。
渡り廊下で、偶然見掛けたのだ。
「瑞智さん、確かイチゴ好きだったでしょ?これね、イチゴジャム練り込んだクッキー焼いたの。あげる!」
「ありがとう。すごく嬉しい!大切に食べるね」
差し出された可愛らしいラッピングを受け取る紗貴は、心底嬉しそうで。
その表情が、紗貴が本当に心の底からイチゴが大好きなのだと語っていて。
緋岐の胸にツキンと痛みが走った。同時に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
目下、緋岐は甘い物が苦手だ。
── 否……
苦手というより、トラウマに近い。特にイチゴのショートケーキが視界に入っただけで、『陽だまりの家』に引き取られて間もない頃は、発作を起こしていたほどだ。流石に今は、発作が起きることはなくなったが、それでも精神衛生上良くない。
だがしかし、紗貴にその事を話したことはない筈だ。
変に気を使わせたくなくて。
弱い自分を知られたくなくて。
だから、話さなかったのに。
知られてしまっていたことが。
好きなものを我慢させてしまっていることが。
情けなくて
歯痒くて
寂しくて……
「あれ?緋岐くん、どうしたの?」
緋岐の思考に割り込むような、澄んだ声にハッと我に返る。
顔を覗き込む様に見上げてくる紗貴の顔が至近距離にあって、胸の鼓動が一つ大きく跳ねた。
先程のやり取りを知らなかったら、本当に気付かないだろう。自然な動作で後ろに手を組んで見上げて来る。
だけど、知ってしまったから。
きっと紗貴自身無意識に取っている、それは優しさだ。
(あーもー、ホント……)
身を焦がすような激情ではなく、包まれるような優しさに、何とも形容しがたい切なさに突き動かされるまま、緋岐はそっと紗貴を抱き寄せた。
そして、ため息と一緒に零す。
「好きだ……」
「はい!?えっと、緋岐くん?ここ、廊下!!人がいるから!!」
そっと抱き締めれば、腕の中から慌てたような声が聞こえて来るが、緋岐にはそれすら甘く響いて。
同情
哀憐
憐憫
……向けられるのは、そんな感情ばかりだった。
── だけど……
紗貴はただそっと寄り添って、待ってくれていている。無理やり暴く様なことはしない。
でも、だからこそ願わずにはいられない。
「俺、頼りないかもしれないけどさ。でも……」
── いつか、心に触れさせて欲しい……と。
END
@確かに恋だった