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第九十九話:閑話:キレる

 AEO開発スタッフの視点

 デスマ中



 十三日目。夜。


 部長が巻きでって言ったせいで、1日早くアップデート作業を完了する羽目になった。

 そのために俺も休日返上で作業だ。

 深刻な遅れも想定外の事態も特になく、だというのに誰一人定時で帰宅できない現状。



 ……おいオッサン(部長)、なにまた仕事増やしてくれてんですかい?



 なんか知らんが、急に《街》の増築計画が立ち上がって、そこに第2次βテスターの宿舎を建てるんだと。他にも新規モーションとか追加仕事あるけど。


 いやいや、そういうハコものを用意するのは《街》の混乱に繋がるから禁止って言ってたじゃん! 自分で言ったこと忘れたのかよこのオッサンは!


 元々は、既存の宿などは複数あり、長期宿泊する施設や民宿などの他、職人に弟子入りしたら関連する宿舎に泊まれるなど、100人くらい増えたところで余裕で受け入れ可能だ。

 にもかかわらず、直前になってハコものを追加とか……。


《街》の権力者なども《妖精》と同じくAIが管理しているとかいうが、運営から一方的に申請という名の命令しても簡単には応じないのが現状。

 権力者と普通に商談している気分だわ。気分悪りぃ。



 ……気分悪りぃよ。紫色の短髪の、固太りのオッサンのおかげでな!



「赤井くん、今手は空いているかね」



 噂をすればご本人の登場だ。

 しかも、語尾を上げてねぇよ。

 問いかけという名の命令だよ。ふざけんな。


「非常に忙しいです」


 部長を見てない上視線も指も動き続けているから作業中なのは見れば分かると思うのだが、このオッサンは見ても分からないらしい。


「現状で作業中断、こちらを優先したまえ」


「…………ハイワカリマシタ」


 A4サイズの紙に書かれているのは、スキル《生産》を持つミコト嬢にハコもの……第2次βテスター用の宿泊施設を造るようクエストを出しなさいという指示書。

 しぶしぶ受け取って、中身を精査してみるが……。



 …………これはひどい。



「部長」


「なにかね?」


「そろそろいい加減にしてくれませんかね?」


「ふむ? なんのことかね?」



 アゴに手を当てて考え込む様子の部長は、思い当たる節は特にないらしく、軽く首をかしげてこちらの話を聞く姿勢。



 ……だからさぁ……。



「何度も言っているでしょうっ!? 指示書は様式が印刷された正式なものを使えと! 机に入ってるはずだって、何度言ったら! 秘書さん毎日補充してるでしょ!? だってのに、なんでチラシの裏に手書きで様式書いちゃってるの!? 手書きの線が無駄にまっすぐなんだけど、その手間を惜しめよ!! ちゃんとしたの使えって何回言ったら分かってくれるんですか!? あとで困るの部長なんだってば!! その埋め合わせは俺ら現場がやってるんですよ!? まさに今!! なんで分かんねぇの!? 秘書さんなにやってんの!? これ以上俺ら一人でも過労で倒れたら作業間に合わねぇんだぞオイ!!」




 一気に言いきって、ぜーはーと肩で息をする。


 あ、やべ。と思いつつも、部長のいう通り巻きで作業して家に帰れず仮眠室で倒れてる……寝てるではなく倒れてる……部下を見てると、ほんと、込み上げてくるものがあるんだよな。


 これで上司にたてついたってことで即刻クビでももういいや。

 そうなったら岩崎と梅原連れて逃げよう。

 三人ならなんとかなんべえ。


 そうでなくても、しばらくは働かなくても生活できるだろうし、できなくなってもどうにでもするし。


 そんとき二人は幸せじゃねーかもしれんが、後悔させるつもりはねーから堂々と家庭作るか。


 安い土地ならどっかにあるだろうし、道具揃えれば農業しながらでもなんとかなんべや。




 …………で、部長、なに黙ってるん? 無視か?




「…………んんっ! いや、すまない。書類は今後気を付けよう。……この、作業中の皆は、正規の仕事をしているのではないのか……?」


「その正規の仕事以外の仕事追加したのは部長でしょ。仕様変更したら既存のと擦り合わせなきゃならないんだから」


 獣人のモーションとかなら分かる。


 だが、なんでゴブリンとかオークとかコボルトとかオーガとかゾンビとかのヒト型ガチ魔物がスキルを利用した人間的な動きした場合のモーションとか追加せなあかんの?


 これまでに作った普通の魔物のモーションとか応用したらなんでダメなの?


 コボルトなんか、二足歩行と手も使った四足歩行でモーション全然違うのよ?


 ゾンビとかのモーションって、体が不安定でも飛んだり跳ねたり全力攻撃したりするからクソめんどいのよ?


 それだって、これまでに指示があったら余裕をもって終わらせてたよ。


 たとえ使わなくても、今後何かあった時のために作っておくのは全然アリだよ。



 でもさぁ、急な仕様変更とか、ほんとやめて?

 納期ないのよ?

 次のテスト期間開始は十五日目の午前9時だから、1日と夜が明けるまで、つまりあと35時間くらいしかないのよ?


 今よこした追加分はミコト嬢にクエストを発注するだけだからすぐ終わるけど、追加した分だとアラクネみたいな蜘蛛人間のモーションとか軽く過労死できる作業量残ってるけど? スライム的な不定形(名称未定)がヒト型や動物型に変形したりした際のモーションとかなんに使うのよ? 不定形のままでも既存のものが一切使えないからほんと困ってるんだけど?

 別の作業担当してるやつとかテスターや妖精のチェックしてるやつとかも一緒に作業してるんだけど?



「ふむ。間に合うのかね?」


「寝ないでやっても今こうして会話している時間が惜しいくらいですね。すでに長時間の連続作業で能率がだいぶ落ちてるので」


「分かった。疲労の方は何とかしよう。だが、正規の仕事は間に合わせてくれ。追加作業の方は間に合わなくてもよいから何とかしてくれ。……ところで赤井くん。きみは今日休みではなかったかね?」



 …………はっ倒すぞオッサン。



「…………昨日と今日は連休でしたが、部長が持ち込んだ追加仕事に現在の人員で対応できず応援要請があったので休日返上で作業しております」


 休暇のやつは全員出勤して対応してるよ。

 仮眠室で何人かくたばってるから人数普段通りに見えるだけで。



「体力や能率に関しては、少し待っていたまえ。仕事は私にはできないことなので、頼むとしか言えないが……。別途報酬を用意させよう。あとで意見をまとめておきなさい」



 などと言いつつ、懐からメモ帳取り出してボールペンでサラサラ書いてたが……。



 オイテメェ。さっき言ったばっかだろ。



「部長、指示書はこちらになります。この欄に直接記入かメモ帳をテープで貼り付けてください」


 無表情ながら慌てた様子の秘書さんが足早に寄ってきて、部長に指示書を渡す。


「おお、すまんな。……赤井くん、これでよいかね?」


 なあ、秘書さん? 部長は俺の言うこと聞いてくれねぇからさ、ちゃんとしつけとけよ。マジで。

 それとな?


「ここに今日の日付と今の時間、あとここにハンコ()して下さい。俺や部長までならメモ帳だろうがチラシの裏だろうが意味が通じて失くさなければ問題ないですけど、上に持っていく時はちゃんとしてないと受け取ってくれないんで」


「はい、もう少し待っていてくださいね」



 美人秘書さんは尻を振りながら足早に去って、胸を揺らしながら足早に戻ってきた。




 なあ秘書さん。ベッドの上でそのケツひっぱたいて泣かせてやりたいんですけどいいですか?




 その後、部長が秘書さんに指示出して牛乳ビンのような円筒状の透明容器に入った青緑色のお茶……と言っていたが、お茶? ……を配っていた。


 見た目は悪くないが、青と緑が混ざり合わず色を変えながら時おり光を反射……発光? ……している様子を見ると、飲むのに勇気が要るが……。




 飲んだら、疲労も眠気も苛立ちも不満も空腹感もなくなった。




 メッチャ集中できるようになったから、死にそうな顔してたスタッフ全員バリバリ仕事して第2次βテスト開始までに追加分も終わらせることができた。




 これで休める……。とか言ってるやつもいたけれど、残念。次の仕事が待ってるぞ。

 シャワー浴びて着替えてこい。




 部長が言ってた別途報酬、金一封よりあの発光する青緑色のお茶をスタッフ1人につき10本くらい要求してみるか?

 でなけりゃ、ゲームみたいに服や体の汚れやにおいを消す《浄化》スキルとか試しに言ってみるか?

 女性スタッフは特に喜ぶぞ。



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