第百話:閑話:第六開拓村
赤は、血の色。罪の色。
赤目は、血に刻まれた、
赤髪赤目の《汚れた赤》は、咎人の証。
かつては、
運に見放され、
奴隷の身分に落とされ、
命ぜられるままに妖精を害したことで、
世界に見捨てられた存在だという。
ならば、父と母から受け継いだこの赤髪赤目は、血濡れた罪の証なのだろう。
……家族と、開拓村の仲間を見捨てて逃げた罪深いこのおれが、今こんなに幸せで良いのだろうか……?
……第六開拓村村長トーマスの息子、トール。
第六開拓村村長トーマスは、冒険者だった。
幼い頃より20年近い冒険者生活で、冒険者ランクは7にまで達し、鉄の剣1本あれば岩をも斬り裂くとまでいわれたほど、剣一筋に生きた男だった。
その名は、魔物の巣窟たる《魔の森》のそばに位置して防壁の役割を持つ《街》にとどまらず、街より南に位置する《王都》にも響いていた。
冒険者として戦い続けていく中で、パーティーの術士の女性ミューゼと恋仲になり、娘を授かった。
それにより、安定した収入と生活の基盤となる『家』を探すようになり、かねてより声をかけてきていた《王都》に居を構える貴族の薦めでパーティーは解散。冒険者も辞めて王都の騎士団に入団した。
後ろ楯となる貴族の顔に泥を塗ることの無いようにと、
片手剣と盾を使う《王国騎士団流剣術》を、幼い頃より貴族としての誇りと共に叩き込まれてきた貴族の子弟を、長年磨き上げてきた我流の剣術で叩き伏せる毎日を送ることで実力を認められ、やがて平民初の騎士団長にまで押し上げられてしまった。
それにより、面白くないと感じる騎士たちの親に当たる貴族たちによって理不尽な圧がかけられるようになるが、トーマスは騎士団長の座をあっさりと
トーマスにしてみれば、宮仕えも《王国騎士団流剣術》も、長きに渡って仲間と共に冒険してきた日々と比べれば、あまりにもつまらなく感じていた。
その上、慣れない書類仕事や堅苦しく厳しい規律に疲れ、平民の出と見下してくる上にまともにいうことを聞かない他の騎士たちに苛立ちを
開拓村の建造と整備は、罪人や浮浪者を《街》から放出する人口調整の意味もあるが、正式には《魔の森》を攻略するための前線基地の構築という重要な面がある。
そのため、まずは場所の選定や村を建造できる広さの敷地を確保し、資材を運び込んで家を建て
しかし、村としての体裁を整えられている場所はあった。
……これまでに幾度か、魔物の大発生《大氾濫》によって壊滅してきた場所ではあるが。
「さて、着いたぞ。今日からここで暮らすんだ」
安全だが居場所が無くなった《街》から徒歩で1日。《魔の森》にかろうじて残っていた道路? の草を刈り枝を払いながら進むこと半日。視線の先にあった、どう見ても廃墟の木造建築群に、一同
しかし、事前に聞いていたトーマスはどこ吹く風と気にしていない。
「ここは全て好きにしていいそうだ。まずは
トーマスの淡々とした命令に、慣れた様子で付き従う男衆10余名。
元騎士団長のトーマスを先頭に、元冒険者で現犯罪者や、街の浮浪者、手の付けられない札付きのゴロツキ、捕縛され死刑を待っていた闇ギルドの暗殺者など、経歴や人格面で問題はあるが同時に腕に覚えのある者たちばかり。
建設や建築、補修や修繕といった知識……というか意識の無いゴブリンどもの巣になっていた開拓村跡は、即時戦場と化す。
数でいえば数倍にあたるゴブリンどもは、瞬く間に数を減らし、ボスと思われる両手に手斧を持つ体格のいいゴブリンも、トーマスの剣の一振りで首をはねられていた。
この後は、本来ならゴブリンどもの死体を穴を掘って埋める必要があるのだが、トーマスの妻ミューゼのスキル《錬金術》により、衣類の素材となる布や靴や袋の素材となる革などの生活用品へと変えられた。
その日のうちにスキル《修繕》で家を2軒修繕し、その2軒に分かれて一夜を明かした。
次の日からは、開拓村全体を修繕し、周辺の木を伐り倒して加工した丸太で塀を作り、井戸の水をきれいにする。
ゴブリンどもが雑に扱っていたために全体的に痛みがひどいが、やらなければこれから生活していくことができないためを皆黙々と仕事をした。
トーマスとミューゼの娘ミトはこの時わずか8歳だったが、開拓団の子どもたちの中では年長だったため、子どもたちの世話を任されていた。
弟のトールはわずか3歳。他の子らも似たようなもの。
甘えたい盛りだろうが、誰一人不満を漏らさず、大人たちの邪魔にならないよう静かに退屈にすごしていた。
ゴブリンどもに占拠されぼろぼろの廃墟だった開拓村の修繕が完了すれば、今度は《街》への道路を整備するために木を伐り下草や枝を刈り払う。
それが完了して《街》に報告すれば、街から支援物資が届けられる。
それに合わせて、溜め込んでいた魔物の素材や薬草などの採取品を売却し、次回の支援物資を少し豊かにする。
それでも食料は十分とはいえず、塀の中に畑を作り野菜を育てた。
やがて、数年の時が経ち新たに子どもが産まれてくると、更なる食料の確保のために塀の外に畑を整備しそこを塀で囲う。
この頃になれば、年長の子どもたちは戦闘が得意なもの、採取や畑仕事が得意なもの、家事が得意なものなど各方面において
ミトは戦闘は苦手なために武器は弓を選び、術士の母から回復魔法と付与魔法を学んだ。
トールは父によく似て剣を得意としていた。
周囲の木を伐り倒し、根を掘り起こし、丸太で塀を作って村の敷地を広げ、畑を耕し野菜を育て、家を建て、《魔の森》を攻略するための前線基地としての体裁を少しずつ整えていった。
気づけば七年もの歳月が過ぎ、ミトは成人した。
この国では15歳で成人となり、小さな村の風習などでは結婚し家庭を持つのが一般的だが、ミトの他に成人した男子はおらず、トールと同年代の10歳ばかり。
その子らが成人するまで待っていては、ミトは20歳。《街》では問題がないとされているが、狭く小さな村では行き遅れとされる場合もある。
両親のトーマスとミューゼに限らず、大人たちはみなミトのことを案じはするが、当人は弟のトールと結婚すると言って
そんな様子に、仲の良い姉弟とほっこりする者もいれば、仮にそうなっても問題ないと真顔でうなずく者も。
近親婚自体は珍しい話ではあったが、禁止されていることでもない。子を産み育て人を増やし村を発展させるために他に手段がないなら採用……というより強制する場合もあることだった。
ミトとトールの仲の良さに他の子どもたちは悔しがる様子も見られたが、それ以上に村全体仲が良いために問題になるようなことはなかった。
この頃になると、軌道に乗った第六開拓村を《魔の森》での狩りの拠点にする者も出始める。
村娘にしては器量良しで明るく料理上手で魔法まで使えるミトのことをパーティーに誘う冒険者や、《街》の術士の元で修行を積ませてはと提案する者、単純に口説く者など現れはするが、ミトは応じることはなかった。
その度に、村の子どもたちは『大好きな姉』を取られるのではとハラハラするが、すぐにほっとするところまでがセットになっていた。
村の大人たちの間でも、ミトを《街》に向かわせるかどうかで意見が交わされたが、結局は本人が望んでいない様子だったので見送られることになった。
……そして、その判断を、村の皆が後悔することとなった。
寝苦しく感じる夜のこと。
鐘の音がけたたましく鳴り響く。
それは、緊急事態を示す鳴り方。
その鐘の音が不自然に途切れたことで、警戒する夜番の者が襲撃を受け鐘を鳴らせなくなったと村の皆が理解した。
トーマスは愛剣を手に防具も着けずに飛び出し、妻ミューゼは三人の子どもたちを叩き起こして装備を整えさせる。
他の村の者たちも愛用の武器を手にし家を出る頃には、頑丈な丸太を組み合わせて作られた堅牢な
鐘が配置されている監視塔は村の南北の塀近くにあり、常に2人ずつ配置されていたが、魔法か投擲物か、2人とも事切れていることを確認したトーマスは、片方の監視塔を駆け上がり状況を確認する。
……高みから見えた景色は、夜闇に
ゴブリンとオークがそれぞれ2部隊ずつ、東西南北四方から押し寄せ、それらの中にひときわ大きな魔物のオーガが混ざっている。その奥には、オーガよりさらに巨大なトロールまで確認できた。
その数は、数えきれないほど。
四方から塀が破られればあっという間に壊滅する。
トーマスはすばやく判断し、命令を下す。
「四方よりゴブリン・オーク多数! オーガ・トロールも確認! 集円陣! 一人でも多く生き残れ! おれは討って出る!」
開拓村を運営しながらも、全員が今も魔物を狩る現役の戦士でもあった。
最年少はトーマスとミューゼの三人目の子で6歳のトルス。
この子はわずか6歳でありながら、素手でゴブリンを殴り殺すことができる格闘の才能があった。
トーマスが単身で部隊を二つほど壊滅させたなら、生き残る道はあるかもしれないと、この時は甘く見積もっていた。
迫る敵は一つの部隊が100を越えていた。
オーガのパワーは、頑丈な塀を数度の突撃で破り、塀が無くなれば視界を埋め尽くすほどのゴブリンとオークが押し寄せる。
その後方からは、トロールがへし折った木や塀の残骸を投擲、ゴブリンやオークを十数匹巻き込むかたちで被害を与えてくる。
それでも、皆奮戦した。
ミューゼの魔法とミトや他数名の矢で迫る敵の数を減らし、前衛のゴブリンどもを蹴散らして迫るオーガの突進を腕自慢の数名が一斉に攻撃して仕留め、波のように絶え間なく迫る大量のゴブリン・オークは老いも若いも、男も女も子どもも関係なく、皆必死に戦い、傷つきながらもなんとかしのいでいた。
しかし、腕自慢の一人が黒いゴブリンに不意を突かれて倒れてからは、一気に形勢が傾いた。
欠けた前衛を埋めるべく、最年少のトルスが母と姉の制止を振り切り前進し、オーガに突撃した。
すでに10を越すゴブリンやオークを仕留めレベルも上がっていたトルスは、初めて見るオーガのことを大柄のゴブリンであるホブゴブリンと勘違いしていた。
自身の拳が蹴りが通用すると思い込んでいた。
……そのため、幼く小さな拳で急所を突いたにもかかわらず、全く通用していない事実を受け入れるのに時間がかかり、生きたままオーガに食い殺された。泣き叫び、母を姉を呼びながら。
魔力の尽きた母ミューゼは、末子トルスの断末魔を聴き涙を流しながら娘ミトと共に格闘戦を強いられていた。
生き残っている者たちも分断され、誰が無事かも分からないまま、次々と誰かの悲鳴や断末魔を聴き、それでも生き残るべく戦い続けていた。
杖を槍を持ち、苦手な格闘戦で戦い続けていると、不意に、ミューゼはミトを突き飛ばす。
受け身も取れず倒れたミトが、何事かと振り向いた瞬間、トロールによって投擲された塀の残骸が母を直撃して吹き飛ばし、血だまりに沈むのが見えた。
頼れる父もおらず、末の弟は食い殺され、母もまた視線の先で動かなくなった。
今もまた、誰かの断末魔と倒れる音がやけにはっきりと聞こえた。
ここに至り、ミトは生きることを諦めた。
その代わりに、祈った。
大規模な魔物の襲撃である《大氾濫》が発生したと《街》に伝える役割を、第六開拓村村長トーマスの
無数のゴブリンになぶり殺しにされてもなお、弟の無事をその命が尽きるまで祈った。
監視塔から命令を下したトーマスは、塀を飛び越えて、迫り来る魔物の大群に単身立ち向かった。
一振りで数匹の魔物を斬り捨て、数匹いたオーガも全て一撃の元に葬った。大群の最後尾にいたトロールも、その巨体をものともせずに首を斬り仕留めた。
その足で次の大群を葬り去り、全身を魔物の血で染めながら、三つ目の大群を後方から襲撃する。
村の中央へ何かを投擲したトロールの首をはね、次々と壊滅させていった。
……その、視線の先に写ったものは、
胸から上しか残っていない末子や、
丸太に押し潰された妻や、
死してなお蹂躙され続ける娘の姿。
冒険者として名が知れ渡り、平民でありながら騎士団長まで上り詰め、村長として仲間と共に開拓村を造り運営していた父は、憎悪と憤怒に囚われた復讐鬼と化し、眼に写る全ての魔物を憤怒と憎悪のままに斬り殺し、夜が明け動くものが全ていなくなってからようやく止まった。
これだけの大規模な襲撃では、《街》へ向かったはずの息子トールも無事ではいられまいと、絶望と虚無感で満たされた。
ふと、家族や村人たちの亡骸を見て、まだやることが残っていると行動する。
壊滅した開拓村の片隅を掘り起こし、七年を共に歩んできた仲間たち一人一人を丁寧に埋葬していった。
幼い頃から共に歩み、ずっと支えてきてくれた妻。
自身と妻の良いところだけを引き継いだような、美しく育った明るく優しい娘。
いつも明るく元気一杯で村全体を明るくしてくれていた末子。
埋葬を終え、墓標に名を刻み、死後の安寧を祈り、そこでようやく涙がこぼれた。
その涙も枯れ果てた頃、ボロボロになっても折れず共に戦い抜いた愛剣を、その胸に突き立てた。
※※※
夜中でありながらけたたましく鳴り響く鐘の音と母に叩き起こされたトールは、《大氾濫》の発生を知らせる伝令として《街》に向かうことを母から命じられた。
それは、大規模な魔物の群れのそばをすり抜けることになるため安全な道のりではなく、足が速く体力があるトールひとりで行くことが一番良いと母に諭され、最低限の荷物だけ背負い姉や弟を置いてひとり夜の森を駆けた。
道中、ゴブリンや森オオカミ、長爪サル、角ウサギなどに襲われるものの、足を止めること無く斬り捨てた。
しかし、いくら体力があるといっても、所詮子どものそれでしかない。
森を抜ける前に体力は尽き、足は止まり、呼吸すらままならなくなった。
そんな、
森の魔物は我先にと獲物に飛びかかる。
自身の死を理解したトールが諦めて目を閉じ、一瞬の違和感を覚えた後に目を開けば、視線の先には以前父と訪れたことのある《街》が。
夜明け前でありながら、今日の一日のためにすでに動き始めている、活力が感じられる《街》が。
『いきて』
と、誰かの声に背中を押されるように、動かない足を無理矢理動かして街の大きな門を守る衛兵に駆けよった。
「伝令! 第六開拓村、大規模な魔物により襲撃! 《大氾濫》の発生と推測! 至急、救援、を……」
次にトールが目を覚ましたのは、すでに一週間経った後だと聞かされた。
《王都》より《街》へ移住したさる貴族の号令で急遽編成された調査部隊は、《大氾濫》の鎮圧を想定した大規模かつ精強な人員で即時構成され、速やかに第六開拓村の状況を確認するために出陣した。
トールに知らされたのは、村の壊滅と村人全員の死亡。
何らかの助力があり、伝令の使命を果たしたものの、家族の遺品と幾ばくかの金銭を受け取った代わりに孤児となったトールは、絶望に心を閉ざしかけた。
そんなトールを救ったのは、かつて父トーマスと母ミューゼと縁のあった冒険者や騎士時代後ろ楯となっていた貴族の当主だった。
ひとり取り残されたトールを不憫に思い、養子にならないかと幾人から思い出話と共に誘われるものの、可能な限り丁寧に断り、孤児院に身を寄せることになった。
その日から、6年の間ソロ冒険者として報酬が少なく引き受ける者のいない依頼ばかりを選び依頼をこなす日々。
15歳で成人してからは安宿を借り、わずかな報酬をやりくりして貯金しながら身を寄せた孤児院への支援を続けていた。
冒険者として6年生き抜いてきたともなれば、ベテランの冒険者と判断される。
普通なら、1から始まる冒険者ランクをより稼ぎの良い依頼を受けるために少しでも上げようとする。
しかし、トールはナリエという馴染みの受付嬢から何度も打診される昇級の話を丁寧に断り、低ランクで受けることができる代わりに報酬が少なく低ランクの冒険者では難しい依頼ばかりを引き受けてきた。
他の冒険者たちから、その実力と人柄を認められながらも、《薬草狩り》《小鬼斬り》《ボロキレ小僧》などと揶揄され、それでも懸命に生きた。
そんなある日、新人冒険者2人の初心者教育の依頼を結構強引にねじ込まれることになる。
本来担当するはずだった女性が、別の報酬の良い依頼を優先してしまったことで、引き受ける者がいなくなってしまったために回ってきた依頼だが、案の定新人の2人の少女の片方が反発してくる。
身分証明を兼ねる冒険者章は冒険者ランクがはっきりと分かる造りになっており、トールの噂くらいは聞いていたと思われる少女の怒りはもっともだと思った。
別の人に代わってもらうよう馴染みの受付嬢に頼んでみるも、決定事項だと強引に決められてしまい、少女たちの片方が説得したこともあって渋々ながら受け入れたようだ。
調査依頼との名目だったが、要は新人に冒険者としての基礎を現地で体感してもらう研修だ。
森の浅い場所を歩かせ、植生の分布などから現在位置を判断させ、食用の草やキノコを見分けさせ、下痢や嘔吐を引き起こす有害な実やキノコをわざと食べさせて危険度を体感させ、魔物を倒して森から出て、夜営して街へ帰還。
ただそれだけの、簡単な依頼というか実地研修のはずだった。
新人に経験を積ませるための、簡単な仕事のはずだった。
森の浅い場所にゴブリンが集落を形成しているという『設定』の、あくまで設定の依頼だった。
集落の形成は確認できずと報告することで終わるはずだった。
……しかし、予想に反して、森の浅い場所にゴブリンどもが集落を実際に形成しているのを確認してしまう。
しかも、木の枝や大きな葉、人や動物の皮で簡易住居を形成している。
これは、ゴブリンワーカーと呼ばれる生産系のスキルを持つ進化したゴブリンがいる証拠であり、ジェネラルなどの上位種が発生している可能性を示唆していた。
焦りがあった。戦闘系スキルを持つゴブリンナイト以上の上位種と戦った場合、今の貧弱な装備では太刀打ちできないと判断したから。
一対一ならともかく、敵が多数では無理だという焦りが。
不安があった。新人2人を無事に帰還させられるかという不安が。
焦りが判断をわずかに遅らせ、撤退が少しだけ遅れた。
不安が注意力を削ぎ、より慎重に進んだと思いながら実際は別の敵の領域に足を踏み入れたことで囲まれていることに気づくのが遅れた。
わずかな差だった。しかし、致命的に判断を誤ったことに気づいた時にはすでに手遅れ。
……そこで、ふと気づく。
6年前、開拓村の仲間と家族を見捨てて逃げた際、誰かに手助けしてもらった理由が。
それは、今この瞬間、2人の少女を街まで無事に帰すために、ここで命を燃やし尽くすことではと。
1人でなら、逃げながら戦えば生き延びることはできるだろう。
しかし、新人2人を連れながらではとても無理。
2人を見捨てる選択肢はハナからない。
命を捨てて、血路を切り開くしかない。
燃やせ。命を燃やせ。
心を燃やせ。臆するな。
これは、命を捨てる無謀ではない。
命を繋ぐ希望だ。
臆するな。心を燃やせ。
命を燃やし尽くして血路を切り開け。
その後で、誇りを胸に家族の元へ逝けばいいだけだ。
覚悟は決まった。
指示は最小限に。
手遅れになる前に、行動あるのみ。
木と葉に遮られ視界の悪い森を、嗅覚を頼りに姿を現したオークの首を貫き、仕留める。
すぐに横から殴り飛ばされるが、2人の少女に包囲の隙間から逃げるように叫び、手放した剣を仕留めたオークの首から引き抜き、オークの一撃を受け止めたことで折れた右腕を放棄して左手だけで刀身が曲がった愛剣を構えて叫ぶ。
「豚ども、おれが相手だ! こっちむけえぇっ!!」
あとは、一秒でも長く生きて、2人の少女を逃がすためにオークの気を引き付けるのみ。
片手でも、足はまだ無事だ。
9体のオークに囲まれてもなお、不敵に笑う。
(……父さん、母さん、姉さん、トルス。今そっちに……)
父 トーマス 37歳 剣士 自害
母 ミューゼ 36歳 術士 トロールの投げた丸太が直撃
長女 ミト 15歳 弓士兼術士 大量のゴブリンによって惨殺
長男 トール 10歳 剣士 街へ伝令、生還
次男 トルス 6歳 拳士 オーガに生きたまま食われた
その他の開拓民 全滅
生存者 1名