神無月さんと葉加瀬さん②
沙雪にとって月夜の妖精リーザは初めての友達だ。
裕福な家庭に生まれ、家の価値ありきで値踏みされる彼女には『神無月沙雪』ではない自分を見てくれる誰かは得難いものだった。
そしてリーザのおかげで結城茜や朝比奈萌とも出会えた。
二人のことは大切な親友だと思っている。しかし今は少しだけ気後れしてしまう。
妖精と契約し、心を完全に同調させた者だけが至れる境地……【聖霊天装】。
茜も萌もそれを容易く会得したのに、沙雪だけが新たな転身をできずに足踏みしていた。
「ふぅ……」
近所の公園のベンチで独り溜息をつく。
趣味のロードバイクで汗を流しジムで体を動かし、変身してトレーニングもしてみたが、きっかけさえ掴めない。
まだ高校一年生ではあるがロスト・フェアリーズでは沙雪が最年長のため、茜や萌に頼ることもできない。
必要なのは心を交わすこと。
度重なる失敗はリーザと心から通じ合えていないのだと突き付けられたようで、沙雪を憂鬱な気持ちにさせた。
ちょうどそんな時だ。両手にスーパーの袋をさげた銀髪の青年が、上機嫌で公園を横切ろうとしているのを見つけた。
最近喫茶店ニルでよく会う男性、葉加瀬晴彦だった。
「……葉加瀬、さん?」
「おや、神無月さん。こんにちは」
彼もこちらに気付いたようで柔らかく微笑む。
「こんにちは。葉加瀬さんはお買い物、ですか?」
「ああ、遠くの友人がね。私のためにおすすめカップラーメンランキングを作ってくれたんだ。せっかくだから全部買ってきた」
確かに袋にはカップラーメンが詰め込まれていた。
若くして会社の幹部クラスで、見た目はモデルでも通じるくらい整っているのに、食生活はあまりよろしくないみたいだ。
「インスタントばかりでは体に悪いですよ」
「ああ……妹にも言われた。だが、どうもこういった味が好みらしくてね」
少しバツが悪そうにしている。悪戯がバレた子供みたいな表情が微笑ましい。
「ところで、ずいぶん落ち込んでいるように見えたが」
「え……」
隠していたつもりなのに葉加瀬には見透かされてしまったようだ。返答できないでいると、彼がベンチに腰を下ろす。
「隣、失礼するよ」
「は、はい」
「さて、君と私はケーキ仲間としてそれなりに会話をする。が、日常で接する機会はほとんどない。悩みを打ち明けるには、ちょうどいい相手だと思わないか?」
悩みを打ち明けても日常生活に影響はない。
彼は暗にそう言って、無理に聞き出そうとはせずのんびり待ってくれている。沙雪は一瞬悩んだが結局葉加瀬の厚意に甘えた。
「私は……テニス、そう、テニスをやっているんです」
「ほう」
「今度ダブルスで試合に出場することになりました。それなりにうまかったつもりなのですが、後輩たちは私なんかよりも遥かに息の合ったプレイをします。私は、自分のペアと足並みをそろえることもできなくて、それで落ち込んでしまって」
さすがに妖精とかロスト・フェアリーズのことは言えない。
濁した形にしたが葉加瀬は真剣に考え込んでいて、なんだが申し訳なくもなる。
「つまり……心の同調の話か」
どきりとした。
たぶん彼は「息を合わせる」を少し固く表現しただけ。しかしその表現は沙雪を悩ませる原因そのものだった。
「私は運動が苦手だから技術的なことは言えない。だが息を合わせるというのなら、まずは何を不安に思っているか、相手に伝えるところから始めないといけないのではないかな」
「でも、私は年上で。私だけが、できなくて」
「仲良くなるために必要なのは、いいところを見せること。だけど共に歩むのに必要なのは、ダメなところを見せて、相手の嫌なところも見て、それでもあなたが大好きだと自信を持って言える面の皮の厚さだと私は思っているよ」
葉加瀬は微笑むと、懐から青い宝石の付いたネックレスを取り出した。
「これは守り石と言ってね。友達との仲を取り持って、友情を守ってくれるという宝石なんだ。プレゼントだ、受け取ってくれるかな」
「え、ですが」
「これを付けていれば必ずうまくいく。もし失敗してもそれは私が適当なことを言ったせいだ。そう思えば悩むこともないだろう?」
彼は再びスーパー袋を手にベンチから離れる。
「大丈夫だよ、君たちは通じ合えていないから失敗するのではない。ただ少し緊張しているだけ。もう、心を預けられるだけものを築き上げているはずだ」
沙雪は黙り込んでしまう。葉加瀬は何も事情を知らないのに悩みの核心を正確に突いた。その上で一番欲しかった言葉をくれたのだ。
「とまあ、ここは妙な男に騙されてみてくれ。偶にはバカになってみないと、見えないものもあるという話だ」
「あの、ま、待ってください」
呼び止めても立ち止まらず、葉加瀬は公園を後にした。
沙雪はその背中をただ見送り、ふと掌に視線を落とす。青い宝石がほんの少し光り輝いたような気がした。
後日。
電車怪人トレイオンなる、ただひたすら踏切音を発し続け騒音被害を広げるという怪人が街に出現した。
魔霊兵も多数出現し、ロスト・フェアリーズたちは戦いを繰り広げる。デルンケムグほどではないが怪人は以前よりも力を増している。敵の数にも押され、妖精姫たちは劣勢に追いやられてしまった。
「うう、このままだと」
萌花のルルンが苦悶の声を漏らす。浄炎のエレスも魔霊兵に囲まれた。
その窮地に、清流のフィオナは自然と言葉を紡いだ。……今なら、できる。彼女はそれを疑わなかった。
「月夜の妖精リーザ……お願い、私と共に。聖霊天装、フィオナ=リーザ」
清らかな水が彼女を新たな姿に変える。
澄んだ水を羽衣のようにまとう妖精姫。その美麗な佇まいに、遠くから戦いを見ていた市民たちも息を呑んだ。
「フィオナさん、きれい……」
ルルンも見惚れて目を輝かせている。
清流のフィオナはここに聖霊天装を会得した。
その胸には、月夜の妖精リーザとの繋がりを肯定してくれたどこかの誰への感謝が確かにあった。
◆
13:名無しの戦闘員
新スレ早々だけどついに来たなフィオナちゃんの新コスチューム!
14:名無しの戦闘員
妖精っていうか天女っていうかもう美少女すぎる……
15:名無しの戦闘員
青と白を基調とした薄いレオタに水が羽衣みたいになって美々しい、ひたすらに麗しい
16:ハカセ
フィオナたん、やるやん
17:名無しの戦闘員
どうしたハカセ⁉
18:名無しの戦闘員
お前ならもっとキモく語ってくれると思ったのに⁉
19:ハカセ
キモくってどういうこと⁉
まあ確かにすごい美少女っぷりやった
当然撮影怪人カメコリアンは起動した
せやけど今回は「よくぞここまで成長した……」みたいな気持ちが強くてなぁ
20:名無しの戦闘員
なんで師匠気取りw
21:名無しの戦闘員
というかあれやろ
推しのアイドルが売れたのを「俺が育てた」とか悦に浸っちゃう系の厄介オタク
22:名無しの戦闘員
ああ、後方彼氏面
ライブでの笑顔を俺に向けて笑ってくれたと勘違いしちゃうタイプか
23:ハカセ
フィオナたんはワイの推しやからだいたい間違っとらんのが辛いわ。
24:名無しの戦闘員
エレスちゃんとルルンちゃんから実装けっこう遅れたな
25:名無しの戦闘員
実装いうなソシャゲちゃうぞ
26:名無しの戦闘員
でもさ 実際二人よりも新変身に苦戦してた感あるよな
そこら辺どうなん解説のハカセさん?
27:ハカセ
ロスフェアちゃんの通常形態のプロセスはこう
契約者「魔力渡すよ!」
妖精「魔法にして返すよ!」
契約者「ありがと、使うよ!」
あのレオタって契約者の魔力を借りて妖精が使う〝魔法そのもの〟なんや
同時に魔法の発動媒体……魔霊変換器でもあって、妖精が補助AI的な役割を果たす
なんで変身状態だと契約者が魔力を用意し、魔法の制御は妖精が手伝っとる
双方に負担が少ない方法での魔力運用やな
28:ハカセ
せやけど聖霊天装は霊的融合状態で、しかも主導権を契約者に明け渡す
妖精「融合して私の魔力と魔力変換能力を一時的に全部貸します。コントロールはあなたがやってね!」
妖精+契約者『おっけー、任せろぃ!』
技術的には二人分の魔力を契約者自身が完全コントロールする必要がある
本来は失敗しやすいのはココやけど、フィオナたんならできるはず
問題はその前段階、霊的融合の方や
29:名無しの戦闘員
融合ってやっぱ難しいの?
合体できずに弾き飛ばされたりするイメージあるけど
30:ハカセ
いいや? 別に霊的融合自体はそんなに難しい技術ちゃうよ
受け入れる側がオッケーを出して妖精が同意すれば簡単にできる
そこで失敗するのなら、ぶっちゃけ原因はメンタル面やね
「妖精ちゃんは本当に私に心を預けてくれるのかな、私はそれを受け入れられるのかな」
苦戦したってことはたぶんフィオナたんって本質的にはコミュ症なんやろ
31:名無しの戦闘員
知りたくなかった事実……!
32:名無しの戦闘員
あー、表面は取り繕えるけど本当は自分に自信がないタイプなのか
コミュ症というか隠れ陰キャ?
33:ハカセ
他の高次霊体を受け入れる霊的融合に求められるのは技術やない
心の同調とは言うけどその本質は「相手の全てを真っ向から受け入れて、自分なら絶対できると疑わないこと」
子供みたいな素直さと根拠のない自信こそが肝要
つまりな、聖霊天装に必要な一番の才能って「バカになること」なんや
34:名無しの戦闘員
じゃあいきなり変身できるようになったのはどういうわけ?
35:ハカセ
結局はメンタルの問題やからな、きっかけ一つで簡単に変わる
なんかいいお守りでも見つけたんちゃう?
たとえ実際には特殊な効果はなくとも、これさえあれば大丈夫って思えば何とかなるもんや
36:名無しの戦闘員
強化フォームでもそこまで難しいものでもないんだな
37:名無しの戦闘員
待って、今のハカセの説明からするとまだまだロリなルルンちゃんはともかく最初に強化変身できたエレスちゃんって……
38:名無しの戦闘員
おいバカやめろ
39:名無しの戦闘員
エレスちゃんは巨乳だけど人を疑わないほど純粋なんだよ!
40:名無しの戦闘員
それはそれですげー危険だな
あんだけかわいいのに人を疑わないとか
41:ハカセ
しかし今回はやり過ぎたかなぁ
バレたら怒られるじゃすまんな
◆
葉加瀬晴彦に相談してから、沙雪はあれだけ苦戦していた【聖霊天装】を簡単に会得した。
月夜の妖精リーザに弱音を吐いて、不安を伝えた。しかしあの子は〈大丈夫、あなたになら私の魂を預けられる〉と言ってくれた。その後は驚くほどスムーズに転身できた。
胸元には葉加瀬がくれた青い宝石が輝いている。
この守り石のおかげ成功したという意識が強く、今では普段も身に着けていた。
「あれ、沙雪ちゃん。そのネックレス、きれいだね」
放課後、茜の家にお呼ばれした。
雑談をしたりおすすめのマンガを読んだりしていたが、しばらくしてふと間が空いた時、何気なく守り石を眺めていると茜がそう褒めてくれた。
「ふふ、そう?」
「うん、すっごく似合ってる」
「ありがとう。私も、お気に入りなの」
似合うという言葉が思った以上に嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。
「茜は、あまりアクセサリーをつけないね」
「ボクはそういうのガラじゃないからなぁ」
「そんなことないわ。茜はかわいいから、似合うと思う。今度、見に行く?」
「うー、な、なんか照れるね? でも、沙雪ちゃんが選んでくれるなら……?」
「なら、萌も誘って皆でお揃いのものを探そうか?」
自分からこんなことを言いだせるなんて、以前の沙雪からは考えられない。
しかしこの青い宝石は友情を守ってくれるらしい。だから少しだけ勇気を出すことができた。
「そうだねっ。あ、萌ちゃんといえば。最近ね、葉加瀬さんとメッセージのやりとりしてるみたいなんだけど、これ見て!」
茜が見せてくれたのは、葉加瀬のプライベートの画像。
喫茶店ニルのマスターと猫カフェにいるところだった。
「萌ちゃんが画像くれたんだ。猫に囲まれてすっごく幸せそうでしょ? 葉加瀬さん猫好きだけど妹に禁止されてて飼えないんだって。猫カフェいいなー、ボクも行きたい」
「そうなんだ……」
(あれ? そういえば私、葉加瀬さんの連絡先知らない……)
なんだろう。
先程までとは違って、妙なモヤモヤが胸にはあった。