愛の言葉のこと
ある土曜日の真昼。
町中に黒い靄が集まったかと思えば、異形に姿を変えて暴れ始めた。
神霊結社デルンケムとの戦いから一年後に現れたクピディタースと呼ばれるモンスターは無軌道な暴走を繰り返すだけの存在。それを許すことはできず、17歳になった神無月沙雪……清流のフィオナは再び戦いに身を投じた。
クピディタースを水の魔法で薙ぎ払う。
この一年、ハルヴィエドの個人レッスンを受けたことにより魔法の精度は上がっている。それに個人レッスンという響きが素晴らしい。「よろしくお願いします、先生」と言ったら頬を染めて照れた彼が可愛くて悶えそうになったことをよく覚えている。
結果フィオナの実力は以前より高まり、多数の異形を相手にしても苦戦は殆どしなかった。
むしろ厄介なのは、共闘関係にあるはずの魔法少女達だろう。
「あ、さ……ふ、フィオナおばちゃーん」
手をフリフリしているのは、炎の近接格闘魔法少女まじかる☆ユエ。
未来から訪れたハルヴィエドの娘を名乗る12歳くらいの少女だ。
自分のことを「オレ」と呼ぶががさつではなく、無邪気で人懐っこくて可愛らしい。
「……あ、はは。こんにちは」
「ん、どうしたんだ? おばちゃん、調子悪い?」
「いえ、そんなことは、ない、です、わ?」
勤めて冷静に対応しようとするが表情が強張る。
もちろんユエに悪気がないのは分かっている。
だとしても十七歳の乙女的におばちゃん呼ばわりは精神に結構クる。
それに加えて……。
「でもなんか変だぞ? そうだ、ここはオレに任せてくれよ! 若い父ちゃんと母ちゃんにいいとこ見せたいしな!」
沙雪を気遣ったユエは炎を拳に纏いでモンスターに突進していく。
幼いのにまっすぐで勇気がある。彼女の気質は母親によく似ている。
それが若干のモヤモヤを産んでしまう。
そう、この子、結城茜の娘なのだ。
いや、18年後の「可能性上の未来」からやって来たのであって、現在の延長線上ではないのは理解している。
ただ、茜はいい子だ。沙雪にとっても大切な、いつまでも一緒にいたいと願う親友である。
だからハルヴィエドが惹かれても仕方がないと思ってしまう。
そこで「……やっぱり彼も、茜みたいに明るくでまっすぐな女の子が好きなのだろうか」という悩み方はしない。
ジュリアの時もモヤモヤはしたが、ハルヴィエドの気持ちを疑ってはいなかった。
彼は嘘偽りない愛情を注いでくれる。その上本質的には女の子が得意ではないのに、沙雪といる時は一際くつろいだ表情を見せてくれるのだ。
あと根本的にうまく浮気できるほど器用じゃないポンコツさんでもある。
なので心配はしていないのだが、それはそれとして「もしもタイミングが悪ければ茜と結ばれたのでは?」という可能性を想像してしまった。
「……可能性に嫉妬する、というのは別に重くないはず。ちょっと心配なだけ。セーフ」
周囲に重いと言われがちな沙雪だが今回の件に関しては、萌花のルルンに相談したうえで「別に重いとは感じませんよ?」という返答を得られたので安堵している。
悩みつつも前衛を務めるユエのために援護の魔法は怠らない。
連携して多数のクピディタースを倒していく。最後の一体を水の魔法で打ち抜いた後は、わだかまりも少し減ってお互い笑顔になった。
「おばちゃん! 援護さんきゅな!」
「いいえ、こちらこそ。ユエはとても強いのね」
「へへ、母ちゃん直伝の炎だからな!」
ぱぁんとハイタッチ。
ユエは年下だけど気持ちいい性格をしている。
ちょうどその時、魔法天使らぶりー♡みそらが姿を現した。おそらく他の場所での戦いもひと段落がついたのだろう。
「だ、ダメだよ、ユエちゃん。ママにおばちゃんって言ったら」
「でもおばちゃんはおばちゃんだぞ?」
「そうじゃなくて……」
大人しそうな、どこか沙雪に似ている小学生の女の子。
こちらはこちらでどういう顔で接していいのか分からない。
「お疲れ様、ママ」
「う、うん。貴女も無事だった? 怪我はない?」
「大丈夫だよ。若いママも心配性だね」
この子は、ハルヴィエドさんと自分の娘。そう考えると顔が熱くなった。
それはつまり、未来でハルヴィエドさんと結婚する可能性が確かに存在しているということ。
娘がいるというのはつまりアレだし、それはつまりアレなわけで。
想像だけで頭が沸騰しそうになる。
「ええと、ひとまずお疲れ様。みそら」
「わぁ、にへへ」
なので一応未来の我が娘をぎゅーっと抱きしめておいた。
大好きな人との間に生まれる可能性がとても愛おしい。
脈絡はないが喜んでいるので問題もないはずだ。
「……しかし、ほんと不思議な気分だよなぁ。おばちゃんが父ちゃんと恋人とか」
ユエからすれば沙雪は浮気相手のような立ち位置だろうに悪感情は見せない。
本当に、いい子なのだ。
だから沙雪は考えてしまう。『……もしも、私がこのままハルヴィエドさんと結ばれたなら、この世界ではユエは存在しなくなる?』。ぞくりと背筋を走った寒気には気付かないふりをした。
「とにかく、みそら、ユエ。貴女達のおかげで街に被害も出なかった。本当にありがとうね。いい子いい子」
色々考えてしまうが、それでも沙雪は平穏のために戦う妖精姫だ。
心からの感謝と共に魔法少女達の頭を撫でると、嬉しそうな笑顔が返ってきた。
しかし戦いが終わって油断していたところで、新たな黒い影が目の端に映る。
「……っ⁉」
咄嗟に反応し構えた。
睨み付けた先にいた人物の姿に驚愕する。
そこにいたのは沙雪の愛しい人だった。
「やあ、少女達」
「ハル、ヴィエド、さん……?」
普段のスーツでも、統括幹部代理の黒装束でもない。
上質なフォーマルスーツ+バラの花束という、戦場には似つかわしくない装いだ。
外見は間違いなくハルヴィエド。しかし沙雪は……清流のフィオナは、魔力を練り上げていく。
「貴方は、何者ですか」
容姿は寸分違わない。
だがフィオナは彼がハルヴィエドではないことをすぐさま看破した。
同時にこちらの油断を誘う姿で現れた正体不明の存在に対して警戒心を高める。
「さすが、おばちゃんだな。魔力の波長で正体を見抜いたのか?」
「いいえ。足運び、向けるまなざしの湿度、その吐息。笑う時のクセや声の甘さ。他にも色々。容姿をいくら模しても、あれは人を騙せるほど完成度が高くないの」
「なぁなぁ、みそら。オレ思うんだけど、実はお前の母ちゃんちょっと変じゃない? 吐息で分かるって全然意味が分かんねー」
ユエのツッコミに「そ、そんなこと、ないよ?」と目を逸らすみそらちゃん。
おそらく未来のママもあんまり変わらない模様。
「偽物……いえ、あれは、クピディタース?」
事前に貰っていた情報から正体を推測しようとする。
しかしそれを邪魔するかのようにハルヴィエド(仮)が動く。
両の手を振り上げ、胸を張り。
ステップを踏んで、くるりくるりと回転し、ぴたりと止まるとフィオナに不敵な笑みを見せつけた。
「おお……清らかなる水よ。うららかな午後の陽射しに流れる長い髪、真っ白な肌を柔らかく撫ぜる風、戯れるように舞う姿はまるで悪戯好きな妖精。ならば、この心は貴女に誘われ魅惑の森をさ迷い歩くよう。ああ、私のペリー・ダンサー。どうか極彩色の光に溺れる淡い想いを、冷めた理性では思いもつかない夢幻で惑わせておくれ……」
清流のフィオナは驚愕する。
……ハルヴィエド(仮)が、なんかやばい。
◆
249:実況班
こちら猫耳ちゃんの娘が出てこないかなぁと期待して現地入りしたにゃんj民
肉眼で偽ハカセを確認
250:名無しの戦闘員
おお、義妹嫁か
251:名無しの戦闘員
実況サンガツ
252:名無しの戦闘員
テレビの緊急報道でも確認したぞ
白のフォーマルスーツに赤いバラの花束を持ったハカセだ
253:名無しの戦闘員
俺らからしたらアレが何なのかは分かる
成長しきったクピモン、なんだよな?
254:名無しの戦闘員
すごいンゴ
仕事でいつも見てるワイ将ですら間違えるほどカンペキにハカセしてるンゴ
255:名無しの戦闘員
フィオナちゃんとらぶりー♡みそらちゃんが並んでるのってエモい
ハカセの未来の一つなんだよなあれが
256:名無しの戦闘員
>253
だと思う
種→都合のいい敵役→ハカセに進化するのがクピモンの特性
だから魔法少女ちゃん達は敵役であるうちに処理したかった、ってことなんだろう
257:実況班
【緊急事態】クピモンハカセがフィオナちゃん口説いてる!
258:名無しの戦闘員
なんで!?
259:名無しの戦闘員
なにやってんだハカセ(蟹)!?
260:名無しの戦闘員
たぶん(仮)と書きたかったんだろうけど草
261:名無しの戦闘員
悪の科学者の正体が怪人とかは特撮的な鉄板ではある
262:名無しの戦闘員
蟹怪人ハカセカニオン
263:名無しの戦闘員
微妙に弱そうだな蟹型科学者怪人
264:名無しの戦闘員
特殊能力:いいダシがとれる
265:名無しの戦闘員
カニ鍋食べたい
266:実況班
いや、多分口説いてる? んだと思う?
というか偽ハカセが壊れてる
偽ハカセ「ああ、シルクの指で私に触れておくれ。蕩けて解ける糸を紡ぎ、絡めたこの心を食べて。溶け合い一つになり閉じ込めた檻で永久の空を見上げよう」
267:名無しの戦闘員
???
268:名無しの戦闘員
猛虎弁、翻訳
269:名無しの戦闘員
そう言われましても・・・
やらかしたのはあくまで未来のワイ将なんで
つまり何を言ってるのかワイ将も分からんなぁ
270:名無しの戦闘員
たぶんあれだな
二人一緒に仲良く過ごしましょう、みたいな内容のはず
ほんとたぶんだけど
271:名無しの戦闘員
俺さ、正直クピモンのこと舐めてた
でもこれ結構ヤバい相手じゃない?
272:名無しの戦闘員
この調子でハカセの顔で訳わからんことほざいてたら
それだけでハルヴィエド様の評判下がるよねw
273:名無しの戦闘員
ハカセ・ネガティブキャンペーン
……意外と致命的かもしれん
274:実況班
フィオナ「……いくら彼の外見でも、偽物からの愛の言葉なんて嬉しくないなぁ」
ユエ「愛の言葉……?」
フィオナ「できれば、本人に言ってほしい、かな?」
どうやらフィオナちゃんにはちゃんと通じてるっぽい
275:名無しの戦闘員
利いてるの!?
276:名無しの戦闘員
理解できてるだけで利いてはないんじゃ?
フィオナちゃんはどんな言葉かより誰に言ってもらえたかを重視するタイプみたいだし
277:名無しの戦闘員
理解はできてるのか……
278:名無しの戦闘員
口説き文句は人によるし、何がクリティカルになるかも分からんからな
意外と演劇じみた語り口がフィオナちゃんの琴線に触れたのかも
279:名無しの戦闘員
俺の彼女も「プロポーズの時は語尾が貯金残高だと嬉しい」って言ってた
280:名無しの戦闘員
にゃんj民に彼女なんていません
281:名無しの戦闘員
たぶんだけどその子とは別れた方がいいぞ?
282:名無しの戦闘員
てかクピモン、実はすげー危険なのでは
自分の顔で自分の好きな人に好みの口説き文句を垂れ流すとか
283:名無しの戦闘員
というかさっきからハカセの書き込みがないな?
284:名無しの戦闘員
自分以外の男がフィオナちゃん口説いてるからダメージ食らってるんじゃ
285:実況班
あ いきなり飛びて来たハカセが偽ハカセをぶん殴った
イケメンからオーガみたいな顔になってる
286:名無しの戦闘員
すげー形相じゃんw
287:名無しの戦闘員
まあ自分の好きな人を口説く男とか腹立つわなw
◆
しゃらんと手を差し出し、ねっとりとした口調でハルヴィエド(仮)が騙る。
「天の祝福、そのもっとも偉大なるものを君に捧げる。代わりにイシュ・チュルの恵みをこの手に」
ミュージカルの役者のように軽やかなステップで踊る奇人が、ほぼほぼ理解ができない愛の言葉を清流のフィオナに向けて垂れ流す。
冷ややかながらも強い否定が出ないのは敵かどうか判別が付かず、なにより彼の容姿がハルヴィエドそのものだからだろう。
「せからしかぁあぁぁっぁぁぁぁぁぁっぁぁ!?」
けれど横から飛び出してきたハルヴィエドには全く関係ないので、とりあえず全力で顔面に拳をぶち込んでおいた。
そのままフィオナを背に庇うように立つ。
絶対ダメ。あれは絶対に近付けてはいけない敵だった。
「ハルヴィエド・カーム・セイン!?」
「だ、大丈夫か清流のフィオナよ!? なにか変なことはされていないか!?」
「え、ええ。無事よ」
なお対外的なことを考えて、未だに公の場では演技を続けている。
その意味ではこうやって慌てて助けに来たのは、間違いと言えなくもない。なんかデルンケムとロスフェアに裏の繋がりがあるみたいな邪推をされそうだ。
なので言い訳は精一杯しておく。
「何者かは分からんが私の偽物が出てきたと聞き、いても立っても居られなくなった。さて、デルンケムと係わりがあるとは思えんが、貴様は何者だ!?」
組織とはかかわりがないよー、とアピールするためにあえて聞く。
しかし返ってきた答えはハルヴィエドの意表を突いた。
「愛」
ハルヴィエド(仮)は堂々と宣言する。
「な、なん…だと……?」
「愛しき人を想う男の正体が、愛以外のなんだという。私を私足らしめるのは、この身に満ちた愛だ」
はぐらかしてるのではない。
ハルヴィエド(仮)の目は本気だった。
「そう、私は愛によって生まれた。故に、清流のフィオナよ。この粘着質な愛を君に告げるのは、まさしく私の意味なのだ」
「えぇっ!? あ、あの、あなたは敵では……?」
「違う! 私は、コンクリートの砂漠を歩き疲れた体に染みわたる水を求め続ける、愛のさすらい人なのさ……」
跪くハルヴィエド(仮)。
驚愕するハルヴィエド。
さすがに照れて頬を赤く染めるフィオナ。
桃太郎を裏切ってジャックに靡き豆の木を登る犬。
それぞれが動揺する中、なおも(仮)の語る騙りは止まらない。
「私は他者の願いを受け具象化する者。故に見ればわかる……惨めなる穢れなき男よ、偽りに満ちたお前には愛も覚悟も足らない。それでは、水の女神の祝福を受けるには相応しくない」
「なにを……!」
「私は、いくらでも愛を語れるぞ! それができないお前は、所詮半端ものなのだ! サクランボのように可愛らしい坊やは世界の隅っこで私達が結ぶ愛を、指を咥えて見ているがいい!!」
ハルヴィエド(仮)がハルヴィエドを明確に見下す。
あと、みそらちゃんが「パパとパパがママを取り合って喧嘩してる……!」ってちょっとドキドキしてるみたいです。
「さあ、我がチャルチウィトリクエよっ! この愛をぶるわああああああああああああ?!?!?!?!?」
なお告白の言葉をハルヴィエド(仮)が口にしようとした瞬間、清流のフィオナのハイキックが顔面に突き刺さった模様。
ユエちゃんもびっくりの鋭すぎる蹴りである。
「……えーと、フィオナたん?」
「どうかしましたか、ハルヴィエド・カーム・セイン?」
「過激、だな?」
「多少容姿に優れていたとしても、心を傾けていない殿方からの愛の言葉なんて欲しくはありませんから」
にっこり笑顔でそんなことを言う。
同じ容姿の相手に靡かないことを喜ぶべきか。
同じ容姿の相手に遠慮なく蹴りを叩き込めるそのハートの強さに敬意を払うべきか。
ただどっちにしろ愛されてるなぁ、とは思う。
「くぅ、な、何故……!?」
「何故も何もないが」
ハルヴィエドは思わず突っ込む。
しかしハルヴィエド(仮)は諦めずに叫ぶ。
「だが! 妖精姫を守るナイトメアナイトとしてっ! 胸から湧き上がる熱情を形に出来ない男など価値がないっ! 高らかに謳い上げられない愛など愛ではないのだ!! マジメに言うと付き合ってるの隠すのとか、素直に好きと言えないのはどうなん? 女の子だって皆の前で好意を示してほしいってよ?」
自分の顔でなんか物凄いことを仰っておられる。
あと急に普通のテンションにならないでほしい。
「ふん。想いは相手にだけ伝わればいい。そういうものだとは思わないか、清流のフィオナ?」
ハルヴィエド(仮)を鼻で笑ったハルヴィエドは、ついと視線をフィオナへと移す。
すると何故か彼女はモジモジとしていた。
「あ、いえ。……ま、まあ。敵の言うことにも、一理はなくもない、といいますか」
えっ、嘘。
フィオナたんが同意しちゃってる?
驚いたハルヴィエドは娘達の方を見た。
「オレの父ちゃんは、いつでもどこでもってわけじゃないけど、愛してるってちゃんというぞ」
「パパも、あまりに言うのは軽くなるけど、ここぞという時は躊躇わないです」
何故か娘達もわりとハルヴィエド(仮)寄り。
いやいやいや、おかしい。
あれをやれと? 舞台役者ばりに気合の入った振る舞いをしろと?
なんか実はこれ追い詰められてない?
「くくっ、ははははっ! それが世界の真実というものだ! だからこそ私は生まれた! 愛を口に出来ない者に愛を紡ぐ資格はない! 妖精に情を注げないなら石像を口説きその幽霊と共に地獄でも遊覧するといいMrドぉンファぁン!」
クピディタース。
その根幹理論は既に解き明かしている。
あれは【種】をコアとして、他者の意識や願望に反応して人型を形成する。つまり『お客様のご要望通りの姿や振る舞いをする』のだ。
つまり、ハルヴィエド(仮)の態度は、誰かが望むモノであるのは間違いない。
そして、その発言も決して的外れではなかった。
ハルヴィエドは清流のフィオナの立場を考え、葉加瀬晴彦としては想いを伝えても、統括幹部代理としては『微妙な距離感の敵』という立ち位置を崩していない。
それはまだ年若い神無月沙雪にとって、不安を抱かせるものではなかったか?
親しい、特別な関係になれた。現状に胡坐をかいて、愛情表現は疎かにしていなかっただろうか。
「クピディタースは願望に反応する。逆に言えば、その対策は願いの成就、ということ?」
そう言ったのはフィオナだ。
魔力構成を見ると雑ながらに安定しているので、そう簡単に結合は解かれないように思える。
しかしフィオナの言がハルヴィエドの胸に刺さった。
今の発言はつまり、彼女が内心では皆の前で好意を表明してほしいと言っているのも同じだからだ。
だとすれば。
もしかしたら、レンタルハカセは沙雪の心の機微を察した結果だったのかもしれなかった。
となれば、彼女の憂いを拭い去ってやらなくてはいけない。
「……お前が、彼女の疑いから産まれた存在だというのなら。私は、私の心を形にする必要がある」
正直めっちゃ恥ずかしいし、行動としてはたぶん間違っている。
組織と妖精姫がズブズブ、なんて思われるのはよろしくない。
だがハルヴィエド(仮)が語ったことには、少なからず認める部分があった。
故にハルヴィエドは、清流のフィオナと正面から向き合った。
「せ、清流のフィオナよ」
「は、はい」
「実は、だな。私は……その」
きっとフィオナはここで告げなくても十分に納得してくれる。
しかしそれは彼女に我慢をさせること。
ああ、どこまでも、あのクピモンが語ることは正しい。
「ここで、私が余計なことを語るのは。よくないのだと思う。だから、答えは求めない。しかし、聞いてほしい。状況や世論を気にして、それを告げないのは、卑怯だった」
そう、ハルヴィエド・カーム・セインは示さねばならない。
誰もが見ている中で、掲げた愛は決して恥ずべきものではないのだと。
「つまりだ、私は。ハルヴィエド・カーム・セインは、ずっと前から、君を好き、だったりする。皆の前で、ちゃんと言えるくらいに」
いや、うん。
(仮)みたいな舞台演劇じみた告白は無理っス。
所詮統括童貞幹部代理なハルヴィエドではこれが限界だった。
「あ、あの。はい。えっとその」
「す、すまない。いきなりこんな場所で」
「いえ、そんな。う、嬉しい、です」
けれど清流のフィオナは、優しい微笑みを返してくれた。
お互い手慣れていない、初恋同士だ。
上手くいかないこともあるけれど、その方が二人らしいだろう。
「ひゅー!」
あと衆人環視の前で告白し、フィオナの憂いを拭ってもハルヴィエド(仮)は消えなかった。
なんでか知らんけど一人でエグザ〇ルの回転するアレをやりながら拍手を贈っている。
イラっときた。
つかさっさと消えろや。
こういう時は願いを叶えたら、さらさらと粒子になって消え去るのがデフォだろうが。
構成が安定していると知っていながら、八つ当たりのようにそんなことを考えてしまう。
「まじかる☆炎王猛虎硬爬山!」
いつまでも消えずに残るハルヴィエド(仮)に、まじかる☆ユエが強烈な炎の打撃を叩き込む。
すると銀髪オッドアイの美青年は炎に焼かれ、肉どころか骨すら残らずに燃え尽きた。
そして完全に消え去ったのを確認すると、ユエが頬をぽりぽりと搔きながら言いにくそうにしながらも口を開いた。
「あー、父ちゃん、おばちゃんも。その、別にアイツ等、願いが叶ったら消えるとかそういうのないから」
うん、知ってた。
続いてらぶりー♡みそらも、ホクホク顔で付け加える。
「あくまで【種】からできたモンスターですから。ばーん、って倒さないとダメなんです。やっぱりパパとママは仲良しだなぁ」
それはつまり。
ハルヴィエドは必要もないのに衆人環視の中で、イマドキ中学生でももっとましな告白するわってなレベルの醜態を晒したということである。
好きの一言伝えるだけであのキョドり方とかもうね。
「わ、わたしは、嬉しかった、ですよ?」
「……ありがとう、フィオナちゃん。そう言ってくれると報われる」
もっとも後悔はしない。
今回の件を悔やむのはフィオナにも、自分自身の気持ちに対しても失礼だ。
「……華美な言葉で飾り立てなくても、ちゃんと心は伝わってますよ」
フィオナがそっと耳元で囁く。
なんというか、どちゃくそ恥ずかしい。
銀髪の美貌の青年は、にこにこな年下の少女に慰められる中ちょっと涙目。喜びつつも羞恥で小刻みに震えていた。
なお【イケメン有罪】ハルヴィエドアンチスレ13【妖精姫から離れろ】がその日のうちに消化されたのは言うまでもない。