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神無月さんと葉加瀬さん①


 杵築(つづき)大国屋おおくにやホールディングス。

 高級百貨店『杵築』を中核とし、不動産関連の『オークニ』、他にも金融業などを手掛ける巨大グループ企業である。

 その代表取締役社長こそが沙雪の父、神無月誠一郎{かんなづき・せいいちろう}。つまり彼女は俗な表現をすれば『大金持ちの娘』だった。

 ただし父は由緒正しい家柄ではなく、自身の才覚によって一代で財を成した。そのため沙雪も育ちの良いお嬢様とは趣が異なる。車での送り迎えは断っており、放課後に寄り道をすることも多い。

 放課後、沙雪は一人で喫茶店ニルに寄った。

 今日もクラスの男子が「いっしょに遊びに行こうぜ」としつこくて、断るのに少し疲れた。甘いものを食べて気分転換がしたかった。


「あ、いらっしゃいませ、沙雪ちゃん」

「こんにちは、英子先輩」


 同じ学校の先輩である久谷英子はこの喫茶店でウェイトレスのバイトをしている。

 とても美人な先輩を目当てに通う男子生徒も多いとか。それだけでなくマスターのケーキは絶品で、店は連日繁盛しているようだ。


「ごめん、沙雪ちゃん。今だと相席になるんだけど、いいかな?」

「相席ですか……」

 

 正直なところ気後れしてしまう。

 小さな頃に友人を作れなかった沙雪は、高校生になった今でも人付き合いが不得手だ。初対面の人と同じ席になるのはできれば遠慮したかった。


「おや、君は……」

 

 少し考えていると一人の男性と目が合った。

 銀髪に赤と金のオッドアイ。沙雪が今まで出会った男性の中でも飛び抜けた美貌を有した青年が小さく手を振っている。

 名前は葉加瀬晴彦。確か、電子関係の企業に勤めていると言っていた。

 前回この喫茶店で知り合った彼の印象は、一見冷たそうだが接しやすい人といったイメージだった。

 初めは親友である茜に『美しいお嬢さん』と言って近付いてきた。

 性質の悪いナンパかと思えば、実は英子やマスターの親しい友人であり、沙雪たちに挨拶をしにきただけだったらしい。

 その〝つかみ〟として『女性をスマートに褒めるオトナな男性』を演じようとして失敗する辺り、悪い人ではないのは分かった。

 加えてマスター以外の男性をほとんど褒めない英子が『ちょっと変なところはあるけど真面目で義理堅い、優しい人だよ』と評価していたのだから信頼できる相手ではあるのだろう。


「どうも、神無月さん。席がないなら相席なんて、ど、どうかな。いや、私といっしょが嫌なら早々に席を立つが」

「いえ、お気遣いなさらず。……なら、御いっしょさせていただけますか?」


 くすりと笑ってしまった。

 ナンパどころか、どうやって声をかけるのか悩んでいたのが簡単に察せられる。かなり年下の沙雪にずいぶんと気を遣ってくれている様子だった。


「そう言ってくれるなら。ああ、英子。追加でこの木苺のエクレアを頼む」

「はーい。でもハルさん、食べ過ぎたら太りますよ」

「それが幸か不幸か、忙しすぎて体重はむしろ落ちているよ」


 溜息を吐く葉加瀬さんに、英子先輩は笑いを堪えている。


「ハルさんね、以前マスターが勤めていた会社の幹部クラスなの。優秀で生真面目なんだけど、その分社長に頼られ過ぎていつもたくさん仕事を抱えてるんだよ」 

「そうなんですか。まだ若そうなのに幹部クラス……すごいんですね」


 素直な誉め言葉を伝えたが「幹部と言っても何でも屋みたいなものでね」と謙遜された。肩書や功績を喧伝せずに流すさまは、やはり大人なのだと思わされる。 


「英子。そんなことよりも注文を通してくれ。神無月さんは」

「あ、ではベイクドチーズケーキを。紅茶はアッサムで」


 はーい、と元気よく英子が返事をする。

 ケーキが届くまでは葉加瀬と二人きり。ちょっと緊張するかな、なんて思っていると彼の方から話しかけてきた。


「神無月さん、前回はすまなかった。初対面だから場を盛り上げようとしたのだが、どうも空回りしてしまって」

「いえ、そんな」


 確かに頭撫で占い二級とか、葉加瀬はあまり冗談がうまくないタイプだった。

 しかし緊張していたのは見て分かったので、そこまで悪印象もない。女性に慣れていないのかな、とは思ったが。


「はぁ……。しかしあの時は、朝比奈さんに助けられた」

「ふふ。萌とお話盛り上がっていましたね」

「優しい子だ。子供だからと侮ってはいけないな」


 途中で運ばれてきた木苺のエクレアを葉加瀬はおいしそうに頬張る。


「甘いもの、お好きなんですか」

「ええ。ただ旨いものなら分け隔てなく楽しむ。とりわけアニキ……失礼。マスターのケーキは絶品だな。自然と笑顔になる」

「普段はアニキと呼んでいるんですね? ご兄弟では……」

「いや、マスターには以前職場で親しくさせてもらっていて。その、気安い酒の席では、無礼講と言おうか」


 照れて頬を掻く葉加瀬はなんとなく子供っぽく見えた。

 それがおかしくて沙雪が笑うと、彼の方もぎこちなく笑みを返してくれた。


「そ、それよりケーキを楽しもう、神無月さん。……うまぁ」

「ふふ。はい、そうですね葉加瀬さん」


 大人の男性なのに隙が多くて反応がかわいい。

 茜の漫画で見た弄られキャラみたい、なんて失礼なことを思ってしまった。

 男の人とお話しているのに、くつろいだ時間を過ごせている。ケーキの味は、いつもよりおいしく感じられた。



 ◆



527:ハカセ

 どうしようお前らワイ偶然火傷またフィオナたんとお茶してもうた!

 木苺のエクレアとか頼んじゃったけど「情けない奴!」とか思われとらんかな⁉


528:名無しの戦闘員

 おお、ラッキーじゃん

 慌てすぎて火傷になってるけどw


529:名無しの戦闘員

 今度はちゃんと喋れたかー?


530:ハカセ

 緊張しすぎて何喋ったか覚えとらん……


531:名無しの戦闘員

 お前は本当にハカセだな⁉





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