悪の科学者と炎の妖精姫
「なあ、結城。今度の土曜さ、二人で遊びに行かね?」
ある日、クラスの男子が急に遊びのお誘いをかけてきた。
結構喋る相手だけど二人でどこかに出かけたりしたことはない。
「え? 遊ぶなら皆での方が楽しくない?」
「いや、そうじゃなくてさ。いいじゃんか、偶には二人で」
「どっちにしろボク、土曜日は用事があるから行けないんだ。ごめんね、また今度!」
まあ普通に断わるんだけど。
中学時代は「男友達みたい」と言われ続けたボクだけど、高校生になってからは結構男子に誘われたりする。
身長もあんまり伸びてないのになんでだろうな、とちょっと不思議な気分だ。
デルンケムとの戦いから二年の時が経ち、ボク────結城茜は高校二年生になった。
同じ学園の先輩である沙雪ちゃんは卒業し女子大に通っている。
敢えて女子大を選んだのは、きっと恋人が心配しないようになんだろうなぁ、と思ったり。
ただ、やっぱり大学生になると色々忙しいみたいで、以前ほど一緒には遊べなくなった。
といっても沙雪ちゃんはハルヴィエドさんと定期的にデートはしているみたい。
それがすこーし、寂しくもある。
嫉妬がどちらに向いているかは分からないけれど。
「結城さんもったいなーい。○○君カッコいいじゃん」
「え、そ、そうかな?」
さっきの誘いを断ると、クラスの友達にそんなことを言われた。
でも現状ボクは男子にあんまり興味が持てない。
というのも、デルンケムとの戦いで後遺症を負ってしまったせいだ。
しかも結構深刻な。
「てかさ、結城さんってどんな男がタイプなん?」
質問されて、ボクは頭に思い浮かんだ男性像をそのまま伝えた。
「……企業の社長で頭も顔もよくて運動もできて高身長の上、優しくて気遣い屋さんで一途で、いざという時には体どころか命を張って大切な人のために無茶をして、でも普段はちょっと抜けたところもある系の男の人?」
「あれ、意外。スパダリ系好きなの?」
「実はけっこう」
「でもそんなん現実にはいないって」
「あはは、だよね……」
スパダリというのはスーパーダーリンの略で、少女マンガとかに出てくるなんでも完璧な彼氏役の男性だ。
でもごめんなさい、いるんです。
そう、ボクは深刻な後遺症に悩まされている。
あの戦いを乗り越えた結果……クラスで人気の男子さえ、格好よく見えなくなってしまったのだ。
* * *
後遺症はそれだけじゃない。
神霊結社デルンケムとの戦いは首領セルレとの決着をもって終わった。
それ以来、どうもシャキッとしない毎日が続いている。
そんな時、ボクは時折懐かしくなる。浄炎のエレスとして戦っていた日々が。
辛いことも沢山あった。
なのに振り返ってみると楽しいことばかり思い浮かぶ。
重症だなぁ、と自分でも呆れてしまう。
「で、私に相談を?」
「あはは……忙しいところをごめんなさい、ハル先生」
こういうことを相談できるのはやっぱり同じ経験をした人だけだ。
だからボクは教室の一室を借りて、『先生』に喋る機会を設けた。
ハルヴィエド・カーム・セイン。
かつては敵の統括幹部代理として戦ったハルヴィエドさんは、ボクの通う高校で先生をやっている。
でも普段の彼はとある会社の社長さん。
高校の新しい試みとして経済学の授業があり、現役の経営者として非常勤で社会におけるお金の流れなどを教えるのだ。
それを知った沙雪ちゃんは「卒業生として授業に参加しようかな……」と言ってた。
気持ちは分かるけどダメです。
あと、さすがに「男子がかっこよく見えないです」の方は内緒にしています。
「まあ、気が抜けたのかもな。良くも悪くもあの頃は全力だった」
「気が抜けた……ですか。ハルヴィエドさんもそういうの、あったりします?」
「私はそもそも研究職だからな。大きなプロジェクトが上手くいった後は、やり切った感が強くて仕事に身が入らないこともある」
「ああー、近いかも」
そうだ、やり切った感だ。
皆で力を合わせて、持てる全てを振り絞って首領セルレを倒した。あの時の感覚はちょっと他では味わえない。
「全力を出す機会がなくなって。もしかしたら、寂しいのかもしれないです」
「なら、運動部に入ってみるか?」
「うーん。でもボク、家庭科部優先したいんですよね」
スポーツは好きだけど高校では家庭科部を選んだ。
なんというか、料理を覚えたい。
食べてほしい人が出来たから……なんて恥ずかしいことを考えてしまった。
「そうだ。体を動かすのはいいが、私をぶん殴る訓練はやめてくれるか?」
「それは忘れてくださいよ!?」
昔、まだハルヴィエドさんを敵だと思っていた頃、彼を倒すために秘密の特訓とかを本当にしていた。
「もう、すぐからかうー」
「はは、すまない。反応がいいから、つい」
「……でもタイミングが違ったらハルヴィエドさんを全力で殴ってたんですよね。なんか、怖くなってきました」
「私は、殴られても仕方ないことをしたとは思っているよ」
心ならずも日本侵略に従事していた彼は、不意に寂しそうに微笑む。
それが切なくてボクはいつも言葉を失くしてしまう。
たとえば、これが沙雪ちゃんならもう少しうまく慰めてあげられたのかな。
「茜ちゃん、おいで」
見かねたのか、ハルヴィエドさんが手招きをする。
素直に近づけば、ひょいと彼はボクを抱き上げて、そのまま自分の膝の上に座らせた。
「わ、わわっ!?」
「はーい、暴れない」
ハルヴィエドさんは身長が高く、ボクは同年代でも小柄な方なので、すっぽりと収まってしまう。
膝の上で、頭を撫でられてる。
辛そうな顔をしていたのは彼の方なのに、なんでかボクが慰められていた。
「ハルヴィエドさんって、ボクを甘やかしすぎですよ」
「甘やかしてなんてないよ。今は私が甘えているんだ」
そう言いながら後ろから抱きしめられた。
うあぁ、心臓が凄い鳴ってる。これ、バレてないかな?
「君は優しい子だな」
「そ、そんなこと、ないです」
「いつも私への言葉を探して俯いてしまう。その優しい心が、私には嬉しかった」
ハルヴィエドさんは、ボクの瞼にそっと口づけた。
一応言っておくけど浮気じゃない。
一年ほど前、ある女性政治家の尽力で、日本では一夫多妻と一妻多夫制度が導入された。
その影響か、今では複数人で恋人同士になるケースも普通にある。
つまり沙雪ちゃんも、ボクも、萌ちゃんも皆ハルヴィエドさんとお付き合いをしているのだ。
「……膝の上に座らせて、ボクの頭を撫でるのが、甘えてるにな、なりゅんですか?」
「茜ちゃんと触れ合えるだけで癒されるからな」
「うぁ……」
恥ずかしいことを、顔を寄せて囁かれた。
この人絶対自分のイケメン度合いの破壊力分かってない。
まだ高校生のボクには刺激が強すぎます。
「私の母は、親としてはあまり褒められた人ではなくてね。ああはなるまいと思ったものだが。……こうして三人を好きになってしまったのだから、タチの悪さは私が上だな」
「そ、それは、違いますよ。えと、最近学校がすごく楽しいんです。だって、ここにいる時はハルヴィエドさんを独り占めできるから」
別にボクは、沙雪ちゃんといがみ合ってはいない。
今でも三人は仲のいい親友同士だ。
それに、やっぱり沙雪ちゃんが最初に好きになったんだから、その気持ちを優先したい。
でも、この学校にはボクしかいないから。「ハル先生」は独り占め状態になっている。
申し訳ないけれど、やっぱり嬉しくなってしまう。
「茜ちゃん……」
吐息がかかるほど近い距離。触れ合った体から彼の心臓の音が伝わる。
本当は知っているんだ、ハルヴィエドさんはそれほど器用な人じゃない。三人と付き合うこと自体かなり迷ったと思う。
だからこそ、あんまり負担はかけたなくない。
ボクは待つのではなく、自分から彼にキスを……。
◆
「なんぞこれぇえぇぇぇぇぇ!?」
そうしてボクは自分の部屋で思いっ切り叫び声をあげた。
最近話題の同人小説を読んでいたのだけど、その内容があんまりにもあんまりだった。
「こ、今回のも恐ろしかった」
ボクはまだ中学三年生。
デルンケムとの戦いからも一か月くらいしか経ってない。
高校生になったボクとハルヴィエドさんのイチャイチャは全て本の中のお話だ。
読んでいたのは【炎の妖精姫と悪の科学者】シリーズと呼ばれる同人作品群。
デルンケムとの決戦後、脅威の1週間に1作品のペースでダウンロード限定販売され、今では4作品が世に出ている。
安かったし買ってみたけど内容がひどい。
作品はどれも浄炎のエレスがハルヴィエドさんと恋愛関係になり、その、大人な関係にまでなってしまうというものだった。
実際には主人公の名前は『焔のエリス』であり、変身前の姿は『赤城理恵子』。
沙雪ちゃんも『氷のフィオラ』で『青野美海』という名前だ。
でも、どう考えてもボクたちを指しているとしか思えない内容に、思わず自分たちの名前に変換して読んでしまった。
ちなみにハルヴィエドさんは『ハルヴェイド・ニャーム・ゼイン』。略すとハルさんになるので変更されてても意味がない。
というか妖精姫の言い方とか、ハルヴィエドさんが社長とか、ボクが特訓してたとか、どこで知ったのこの作者。
「うわぁ、駄目だよボク。教室に鍵を閉めて、ハルヴィエドさんにお膝で抱っこされるとか……」
ボクが今読んでいたのは最新作の【炎の妖精姫と悪の科学者~先生、一緒に悪いことしよ?~】です。
社長なハルヴィエドさんが学校で講師を務めることになり、偶然そこがボクの高校。二人は沙雪ちゃんや萌ちゃんには内緒でイチャイチャ校内デートするというもの。
高校生になって何故か男子にモテ始めたボクというのがフィクション過ぎる。
それにイチャイチャ部分がすごく恥ずかしすぎて思わず大きな声を出してしまった。
【ほのあく】シリーズは大体みんな恥ずかしい。
一作目からして、首領セルレに日本侵略を強制されて心が摩耗していたハルヴィエドさんをボクが抱きしめて癒すというもの。本当にハルヴィエドさんが言いそうなセリフが羅列されててびっくりだ。
二作目は【美味しく食べてね!】
牛丼屋でご飯を食べるボクとハルヴィエドさん。よくよく聞くと彼は普段インスタントと冷凍食品が大好きでそればっかりの生活らしい。
そこでボクが一念発起、手料理を覚えて振る舞おうと悪戦苦闘する。
ちなみに手作り料理でハルヴィエドさんをもてなした後は「今度はボクも食べてね?」なんて迫るので、ボクは照れすぎてベッドの上で暴れ回ってしまった。
三作目が【貴方のメイドさん】
決戦後、会社経営を始めたハルヴィエドさん。
でもやっぱり忙しくて、見かねたボクがミニスカメイドになってハルヴィエドさんのお世話をする。
自宅をお掃除するけど彼の部屋にはフィオナちゃんのポスターが貼ってあってモヤモヤなボク。
後半は当然、あなたにご奉仕展開だ。
ちなみに15禁レベルなので直接的な表現はキスとか体に触れたり程度。
でもボクとハルヴィエドさんがそういうことをしているだけで問題です。
「ホントなんなのこの作者……なんでボクとハルヴィエドさんネタで書き続けてるの……」
作者は新進気鋭の同人作家、エレハ・カラブさん。
顔出し厳禁、プロフィール公開一切なしの謎の人物だ。
「あ、五巻目の情報もう出てる……」
今度は将来に悩むボクがハルヴィエドさんのところで職業体験する、という内容らしい。
たぶん社長室とかでイチャイチャなんだろうな。
このシリーズ精神衛生にとても悪い。もう買わない方がいいかもしれない。
と、そんなことを考えている電話のコールが鳴った。
相手はハルヴィエドさん。
タイミングが良すぎて物凄く驚いてしまったけど、とりあえず電話をとる。
「は、はい!」
『ああ、茜ちゃん。今時間は大丈夫かな?』
「だ、大丈夫です。どうかしたんですか?」
『前の件、どうにかなりそうだから連絡をね』
前の件?
なんだったっけ……と思い出そうとしていると、ハルヴィエドさんが平然と言う。
『職業体験の話だよ。萌ちゃんが、ウチの会社でどんなことしているか見たいと言っていたヤツだ』
「ふぁっ!?」
職業体験!?
タイムリー過ぎる話題に変な声が出た。
『ん?』
「あ、いえ、なんでもないです!」
『それならいいんだが。職業体験ツアーみたいなのを組んでみたんだ。うまく行くようなら他の見学者も受け入れてみようと思う』
そうだった。
まず萌ちゃんが「将来はハルさんの会社で働きたいですっ」と言い出した。
ハルヴィエドさんはそれを喜びつつ、ボクにも「茜ちゃんも一度うちの会社を見学してみる?」と提案してくれた。
高校生になったら進学か就職かを考えないといけない。
そのための判断材料に、ということらしい。
でもボクが恐縮するから、今後行う職業体験ツアーのテストケースみたいな形にして、気兼ねなくハルヴィエドさんの会社を見学できる機会を作ってくれた。
この人、本当に気遣い屋さんなんだよね。
「なんか色々ありがとうございます」
『いやいや。こちらとしてもいい経験になる。これで茜ちゃんがウチを進路の一つに入れてくれたなら万々歳だ』
かつての統括幹部代理で神霊工学者なハルヴィエドさんは、新型浄水システムを開発しに環境改善に意欲を見せている。
妹さんである美衣那ちゃんはアパレル関係に興味があるらしく、進路はそちら方面を考えているとのこと。
沙雪ちゃんは経営大学院を目指している。たぶん、誰かさんを支えたいんだろうなぁ。
萌ちゃんも勉強を頑張るようになった。高校では理数系、いずれは研究職に就きたいとか。
ヴィラちゃんは合同会社ディオスのポスターで一躍有名になってしまった。でも裏では相変わらず首領さんをやってるみたいだ。
レティシアさんやリリアちゃんは秘書さんで、英子先輩は調理師専門学校に決まったらしい。
そしてボクは……ボクは、どうしたいんだろう?
皆それぞれやりたいことを見つけている中で普通に進学するだけ。
だからエレハ・カラブさんの小説の主人公はすごくボクに似ている。
あの話と同じように、全力での戦いで気が抜けてしまったまま、今でも足踏みをしていた。
「ええと、少し、聞きたいんですけど」
『ん?』
「ハルヴィエドさんは、なんで神霊工学者になったんですか? やっぱり昔からの夢とか?」
将来が不安になって、つい質問してしまった。
でも平然と答えてくれる。
『パッパが無職だったから養うために。ちなみに悪の組織に入ったのは研究所の奴らにイラついたから。ついカッとなってやったけど、反省も後悔もしていない』
「えぇ……」
もっと思慮深い理由があると思ったのに、びっくりするくらい勢い任せだった。
『そんなもんだよ。誰もが夢だの理想だの大層な理由を掲げている訳じゃない。ただ私は運が良かっただけだ』
「そっかぁ……」
『だからまあ、ウチは関連会社も含めると色々手掛けているから見に来るといい。その中で楽しそうと思える何かに出会えたらいいね』
……つまり、最初からボクの悩みに気付いた上での職業体験ツアーだったらしい。
ヴィラちゃんや美衣那ちゃんが「クールぶってるけど実はダダ甘の激重」と言ってた意味を、改めて思い知らされたような気がする。
「うう、ありがとうございます……」
『そうだ、今度合同会社ディオスの宣伝ポスターとかCMに出てみるか? ヴィラと二人で戯れる姿とか、絶対人気出ると思う』
「それは許してください!?」
恥ずかしさで立ち上がれなくなります。
まあでも。
高校生になったら、ハルヴィエドさんの下でアルバイトさせてもらうとかいいかなぁ、なんてボクは思った。
『それとツアー終わったら皆でホルモン食べに行こうホルモン。最近おすすめの店を見つけたんだ』
「わ、やった!」
あと、なんかご飯の好みは物凄く合うんだよね、ボクとハルヴィエドさん。
毎度毎度ごちそうさまです。
『それじゃ、また今度』
「はい、よろしくお願いします。楽しみにしてますね!」
そうして電話を切り、ほっと一息。
悩みはあるけれど心配してくれる人もいる。
……ああ、ちょっとだけ。沙雪ちゃんが羨ましいなぁ、なんて思ってしまった。
「そだ、五巻どうしよう……」
しばらく考えて、ボクは<予約する>をタップ。
途中で読むのやめてもなんか先が気になりそうだし。別に他意はありません。
ただこの小説、妙なくらいボクの思考に近いというか。
じゃあ、ハルヴィエドさんに対してボクもそういう考えを……?
「ないない、絶対ない」
過った考えを見なかったことにする。
そしてボクはとりあえず、【炎の妖精姫と悪の科学者~先生、一緒に悪いことしよ?~】の続きを読むのだった。
◆
223:名無しの戦闘員
ハカセ……
私ちゃん、小説で食べていこうと思うんだ……
224:名無しの戦闘員
なにいってんだこいつ
225:名無しの戦闘員
いや本業辞める気はないけど、ネタの宝庫にいると創作意欲がもりもりとね
エレスちゃんの投影精度がどんどん上がってる気がする……
226:ハカセ
それを聞かされてワイにどうしろと
時系列・本編より一か月後
将来に悩むエレスちゃん、親友のお相手がちょっと羨ましいらしい