祭りの終わりのこと
俺は、目の前で繰り広げられる激しい戦いから目を離せなかった。
周りの一般市民も同じようで。振るわれる拳を、飛び交う魔法を、ほとばしる筋肉を固唾を吞んで見守っている。一番人気は浄炎のエレス、やっぱり彼女は一番迫力があった。
首領セルレは掌から連続して溶解液を繰り出す。
その一つが見事に直撃した。タキシードマッチョ様に。
「ぐわあああああああ⁉」
すごい、本当に服だけ溶けている。だからこそ非常に残念だった。
なんでお前なの?
「無事か、ネイキッドマッチョ様⁉」
「一瞬で名前を変更すんな」
ハルヴィエドは心配しているのか、それとも弄ってるだけなのか。
とりあえずネイキッドマッチョ様は傷一つないし、胸筋がぴくぴく動いている。
人体に影響がないというのは本当らしい。……ということは?
その時、野次馬たちがざわめいた。
首領セルレの攻めがさらに激しくなる。通常の肉弾戦、口からの火炎放射。ちゃんとした攻撃をしつつも溶解液を何度も放つ。しかも清流のフィオナを優先的に狙っているようだ。
「くぅ……っ!(い、いけない。一発でも当たったら、恥ずかしいことになる!)」
『フハハハハハ、怖かろう!(沙雪、セクシーさでハルにアピールにゃ。友達にチャンスを作る私、ちょっと優しすぎるかも、にゃ)』
「こ、のぉ⁉ (み、美衣那⁉ なんで私ばかり狙うの⁉)」
やばい、ちょっと期待している俺がいる。
だけど邪魔するようにハルヴィエドが魔力弾を放った。
「危なかったな、清流のフィオナ」
「ほ、本当にあ、ありがとう。ハルヴィエド・カーム・セイン」
「さて。仕切り直しだ(ミーニャはアドリブ全開だった。それならば、私が多少シナリオから外れても問題ないのでは?)」
激しい戦いの最中、ハルヴィエドがひどく冷たい目で首領セルレを観察している。
屈辱を与えてきた仇敵に対する激しい感情が底にはあるのだろう。
「(私はフィオナたんと両想い。つまり実質的にはここ、恋人とも言える。であれば二人の絆があればこその合体奥義とかやりたい)……これは、好機と見るべきか?」
何か策でも思いついたのか、ハルヴィエドの表情が変わった。
「清流のフィオナよ。ここは共闘といこうじゃないか(合体奥義……つまり、初めての共同作業!)」
「……単騎で攻めても不利。連携が必要ということね。(シナリオからは少し逸れる。で、でもハルヴィエドさんからのお誘いなら、問題ない、かな?)……ええ、構わないわ」
統括幹部代理、水の妖精姫。
二人が肩を並べて首領セルレに挑もうとした瞬間、横から小さな影が飛び出てきた。
「えー、共闘ならぁ、私もいっしょにいいですかぁ?」
キティと呼ばれたメタル兵だ。
メンバーの中でも一際小柄で、声も幼く生意気な感じ。もしかして小学生くらいなのでは?
「えっ? あなたは……」
「ハルヴィエド様の部下でーす。よろしくね、清流のお姉ちゃん?(ハルるん様は明らかにこの人を意識してる……リリアちゃんのためにも邪魔しちゃお)」
やっぱり子供なのか、妙に親しげに清流のフィオナに近付いていく。
……が、その途中でハルヴィエドに首根っこをつままれて持ち上げられた。
「いや、キティ? 君には市民の守りを頼んだはずだが?」
「えー、でもぉ」
「でもじゃありません。ラヴィ、任せていいか?」
我儘っぽいキティをそのままラヴィに渡し、ハルヴィエドたちは再度戦いに臨む。
「はい、了解しました。さあキティ、行きましょう」
「にぶにぶハルるん様には絶対猛アピールが必要なのにぃ」
「アピールならしっかり仕事をするべきです」
「はぁーい(そうじゃないのになぁ)」
メタル兵の女の子って、あんまり怖くないんだな。
そんなことを考えつつも激戦に目を向ければ、ちょうど清流のフィオナが水の魔法を行使するところだった。
「せっかくだ。二人の力を合わせて、面白い魔力の使い方をしてみせよう」
ハルヴィエドはそう言うと、フィオナが生み出した水に自身の魔力を重ねた。
すると水がぐにぐに形を変えて、デフォルメされた猫の姿になった。
「魔力はコントロール次第でこういった真似もできる。さあ、魔法を行使してみてくれ」
「は、はい!(……初めての、共同作業? いえ、真面目に。あくまで真面目に)」
清流のフィオナが放った透明な水の猫が首領セルレに飛び掛かる。
妙にかわいらしい割にダメージはかなりのものらしく、その巨体が大きくのけぞった。
「私達の、合体技ですね(嬉しくても笑顔はいけない。あくまで今は敵同士の設定)」
「ああ。名前は『みずみずしい猫さん』なんてどうだろう(にゃんJ民、今の撮影してくれてないかな)」
ネーミングセンスがなさすぎる。
しかも敵同士だからか、合体技を決めてもあまり嬉しそうではなかった。
◆
321:名無しの戦闘員
これが日本の命運をかけたラストバトルっ!
322:名無しの戦闘員
なんて激しい戦いなんだ……………w
323:名無しの戦闘員
うん、そうだね。すごいねw
324:名無しの戦闘員
……あかん、もうダメwwwwwww
325:名無しの戦闘員
我慢してきたけど腹がwww 腹がよじれるwwwww
326:名無しの戦闘員
ハカセのキメ顔だけでも笑えるのにw
全員が全力で臨むコントとかもうねwww
327:名無しの戦闘員
みんな無難にこなしてるのに、ところどころエレスちゃんがやらかしてて草
328:名無しの戦闘員
いやいや、猫耳ちゃん時々「にゃ」がもれてるやんw
329:名無しの戦闘員
声が超低くて濁った感じに聞こえるから、それほど意識されてないっぽい
実際猫耳ちゃんって前情報はずすと「ginyaa」みたいな感じ
330:名無しの戦闘員
ハカセはイケメンだけにああいった振る舞い似合うなー
331:名無しの戦闘員
分かる、ハカセっていちいち動きがピシッとしてて舞台役者みたい
332:名無しの戦闘員
意外とフィオナちゃんと首領ちゃんもスムーズな演技するよな
333:せくしー
首領は立場上、謁見の際には威厳ある態度を心がけていました
フィオナさんはいいとこのお嬢様らしく、普段から自分を演じるクセがついているのでしょうね
334:名無しの戦闘員
それ聞くとちょっと複雑やな
335:名無しの戦闘員
くそぅっ! フィオナちゃんが凄すぎる! なんで的確に溶解液を防ぐんだ⁉
336:名無しの戦闘員
つかハカセはなにを目論んで服を溶かす機能を搭載したのかw
337:名無しの戦闘員
SNS、妙に盛り上がった呟きが溢れてるぞ
ロスフェアちゃんにピンク色の液体がかかるのを期待してるヤツが多すぎ
最低だな……俺なんかマジメに応援して、緊急生放送を録画してるのに
338:名無しの戦闘員
しかし首領セルレに立ち向かうロスフェアちゃんたちとハカセ
あとタキシードマッチョ様、いや服が溶けたからただのマッチョ様か
皆で力合わせてマジで最終決戦って感じだ
339:名無しの戦闘員
やっぱこう見るとハカセも強いなぁ
フィオナちゃんとの合体技とか、絶対内心すげー喜んでるだろアイツ
340:名無しの戦闘員
>>337
お前も期待してるじゃねえかw
341:せくしー
>>336
あれ、正確に言うと「装備品のみを破壊する溶解液」なんです
私たちの次元では、魔法は魔霊変換器がないと使えません
なので相手を傷つけずに無力化する手段と言えます
しかも「身にまとうもの」という定義に干渉する概念系の攻撃です
なので妖精衣のような魔力を物質化したものにも効果がある、実はすごい発明だったりするんですよね
更に言えば私たちデルンケムの魔霊変換器だけは効果外に設定できる優れものです
342:名無しの戦闘員
合体技で猫を出すとか、ホントにハカセ猫好きやなぁ
ところでハカセ人間砲弾の出番はまだですか?
343:名無しの戦闘員
あいかわらず無駄に才能に溢れてんなハカセは……
344:名無しの戦闘員
せくしーちゃん、工作終わったぞー
俺のブログ、今日はデルンケム一色だ
345:名無しの戦闘員
俺も現在進行形でSNSで呟きまくってる
346: 名無しの戦闘員
【朗報】デルンケム、実は慈善団体だった!
スレ立てしてきましたンゴ
347:せくしー
ありがとうございます
ハカセさんの依頼、おかげで滞りなく進んでいます
にゃんJ民の皆さんにはとにかくネット上に「デルンケムは悪くなかった」という情報を流してください
「首領セルレが元凶」というのは結局フェイクニュースです
疑ってかかる人は一定数いるでしょう
最初からロスフェアさんたちと組織が繋がっていた、なんて嫌な見方をする人もきっと出てきます
その前に、正しい情報が入り切る余地もないほどネット上に広めてしまいましょう
そうすれば後から確認しに来た人が、にゃんJ民が流布した情報を読んで「あれは事実だった」と確信を持ちます
一部が真実に気付いても多数が信じ込めば私たちの勝ちです
348:名無しの戦闘員
俺、デジタル動画配信者やってるから特別配信やるわ
考察ってテイで、ハカセがこんなことをやってきたって紹介する
349:名無しの戦闘員
スレ立てに続きワイ将はロスフェアちゃん画像まとめに魅力的なのをアップしたンゴよ
350:名無しの戦闘員
こんな手使ってくるハカセ、けっこうタチ悪いよな
いっつも首領ちゃん達のためにそういう作戦をやってきたんだろうけど
351:名無しの戦闘員
>>349
それは完全に意図とは違うけどサンガツ
352:名無しの戦闘員
緊急生放送もすごいことなってんぞ
協力して戦ってる映像を見ながら著名人がコメントしてる
353:名無しの戦闘員
そしてアニキはまだ磔に
354:名無しの戦闘員
アニキィ!
355:名無しの戦闘員
A子ちゃん、おろしてやろうぜw
356:名無しの戦闘員
地味に首領ちゃんが操作してた時より強いな
357:名無しの戦闘員
猫耳ちゃん格ゲー得意だったのか
358:名無しの戦闘員
おお、現地の野次馬がハカセ達を応援してる
359:名無しの戦闘員
裏事情知らなかったら燃える展開だしなぁ……
360:名無しの戦闘員
俺らからしたらただの茶番です
あとエレスちゃんの反応がいちいちカワイイ
361:名無しの戦闘員
こまごまとミスする辺り、嘘のつけない良い子なんだろうな
362:名無しの戦闘員
テレビのニュースでいつかの社会学者が「デルンケムは首領セルレに乗っ取られていた」って語ってる
首領セルレ元凶説、俺ら以外も信じてるっぽい
363:名無しの戦闘員
社会的地位と公共の電波って強いな
SNSでも話題になってるわ
364:名無しの戦闘員
SNSで女性教育評論家も「ハルヴィエドの矛盾」を実例上げて突き詰めて、ハカセが実は優しい人だってやってるぞ
というかこの人、エレスちゃんがハカセにお姫様抱っこされてるところを見たっぽい
「まるで王子様とお姫様みたい!」とか「二人、お似合いだなぁ。素敵」とか呟いてた
365:名無しの戦闘員
意外とエレハカ推し多いんだな。女だし、実はこいつエレハカ女だったり……
366:名無しの戦闘員
ボクっ娘背徳浮気ルートを書くヤツが教育評論家はないだろ
子供に悪影響すぎるわ
367:名無しの戦闘員
さすがにそれはない。…………ないよな?
368:名無しの戦闘員
首領セルレが追い込まれてきた
ロスフェアちゃんが合体攻撃の構えをとって
時間稼ぎをハカセとゴリマッチョが時間稼ぎをしてる形
369:名無しの戦闘員
デカい決め技でケリを付けるとか、分かってる
370:せくしー
……どこまで、予測していたんでいたんでしょうね
371:名無しの戦闘員
どういうこと?
372:名無しの戦闘員
せくしーちゃん、なんかあった?
373:せくしー
デルンケムの先代は確かに偉大でした
困難を蹴散らす強さ、豪放な性格、敵や従わない者ですら受け入れる度量
戦闘員たちにも寛容で、自分の子供に対する優しさも持ち合わせている
下層に生まれた人たちはそんな先代に惹かれて集まりました
ですが決して優れたリーダーではありませんでした
ハカセさんやアニキさんが組織の運営を担っていたのは言わずもがな
多くの戦闘員は先代の背中に希望を抱きましたが、肝心の本人には「皆で好き勝手やる」以上のビジョンがなかったんです
今の首領はそんな父親に憧れて、彼を目指しました
うまくいかないのも当然ですよね
そもそも先代には明確な指針なんてなかったのだから
374:名無しの戦闘員
あぁ、そっか
ハカセも恩人って言ってるし、先代は個人としてはすごくいい人だったんだと思う
だけど組織にとっては単なる象徴だった
皆に「メチャクチャやるけど、この人が示す先ならすげー楽しいんじゃね?」って思わせる旗印でしかなかったのか
375:名無しの戦闘員
でもそれはそれで得難い才能だよね
たぶん首領ちゃんにもアニキにも、ハカセにもなかった
「カリスマ」とはまた違う、ならず者をまとめ上げる「男臭さ」っていう才能
376:せくしー
仰る通りかと
ですが間違った憧れはどこかで正さないといけないのだと思います
実は遠隔怪人セルレリアンの外見は先代をモチーフにしています
不思議なものですね
紆余曲折を経て、首領にとっても組織にとっても、先代の面影を映す怪人が倒すべき敵となりました
だからふと思ったんです。これはハカセさんが狙ったことなのかと
まるで首領が、組織の皆が、なによりハカセさん自身が先代を振り払うための儀式のように感じられたのです
先代はハカセさんにとって、かけがえのない恩人だったと聞いています
なら彼はなにを想って先代を象った怪人を造り、それを打ち倒す状況にまで誘導したのか
377:名無しの戦闘員
せくしーちゃん、俺らよりハカセと付き合い長いのにアホやな
378:名無しの戦闘員
うん、アホだ
379:せくしー
どういうことでしょうか?
380:名無しの戦闘員
ハカセがなに考えてたかなんてワイ将でも分かるで
そんなん「皆が笑ってバカやれるようにしたい」に決まっとるやん
そのために打てる手を全部打っただけ
後悔はしてない、それは間違いないンゴ
381:名無しの戦闘員
そうそう、ハカセの目的は一スレ目からずっと同じ
首領ちゃんが後悔しないように、ロスフェアちゃんが傷付かないように
組織の皆が最後の最後には笑えるような結末だけを望んでた
もちろんその皆の中にはせくしーちゃんも含まれてるぞ
382:名無しの戦闘員
>>380
ハカセの目的ってたぶん先代に近いんだよな
皮肉だけど実子である首領ちゃんや義息子であるアニキよりも
ハカセが一番先代の遺志を汲んでたんじゃないか?
ただ先代と違って「皆で好き勝手」は長く続くもんじゃないって知っていた
だから続けるためにハカセは最大限の努力をしていたんだと思う
383:名無しの戦闘員
ハカセが辛い思いしてないか気になるんならさ、焼きそばでも作ってあげたら喜ぶんじゃないか?
せっかくだから首領ちゃんや猫耳ちゃん、ロスフェアちゃんたちの分もいっしょに
384:せくしー
……そうですね。全部終わったら、腕によりをかけようと思います
◆
【ある中学生男子が見届ける結末】
正義の味方も悪の組織も俺からすれば、ひどく遠い存在だった。
突然日本侵略を開始した神霊結社デルンケム。それと対峙するロスト・フェアリーズ。
大人たちは騒いでいるけど、浄炎のエレスたちの活躍のおかげで被害はほとんど出てないし、俺からしたら他人事だ。
変身ヒロインが怪人と戦うなんて特撮モノみたいだよな、とか言って事件のニュースを見ては同級生とバカ話をする。そういう日常のネタの一つでしかない。
……まあ、ロスフェアの誰が一番かわいいとか。
あの衣装ってちょっとすごくね⁉ とか。
俺が変身ヒーローになって颯爽と彼女たちを助ける、みたいな妄想をしたことはある。
つまり俺はごくごく普通の中学一年生の男子だった。
そんな俺は多くの野次馬に混じって最終決戦をこの目で見た。
浄炎のエレスの拳に、清流のフィオナと萌花のルルンが手をかざす。たぶん魔力を集めているんだろう。
それに気付いたネイキッドマッチョ様が、巨大な斧で首領セルレを叩き伏せる。
さらにハルヴィエドが光る鎖のようなものを呼び出して、六つの腕と足と胴体を完全に拘束しきった。
一度退いたハルヴィエドが金髪の美少女の隣に立つ。
あいつは、こちらからは聞こえないくらい小さな声で何か語りかけていた。
聞き終えた瞬間、美少女ちゃんは透明な雰囲気はそのままに、なにかを決意したのか雰囲気が少し変化した。
「浄炎のエレスよ。最後の始末、頼むのじゃ!」
「えっ⁉」
「あれは振り払わねばならぬ面影。私は、過去に囚われることなく、前に進まねばならん!」
「……うん!」
その心を受け取って、浄炎のエレスがにっかりと笑顔で応えた。
きっと首領セルレにひどいことをされてきたのだろう。美少女ちゃんは、つらく苦しい過去との決別をここに宣言する。
それが嬉しかったのか、ハルヴィエドはひどく優しい笑みを零した。
「……ここで消えていけ、首領セルレ。私は思った以上に皆が好きなんだ」
なにか呟いたようにも見えたが遠すぎて聞こえなかった。
そうして、最期の瞬間が訪れる。
『ぐわああああにゃあああああああああああ⁉』※消え去る命が遺す重苦しい断末魔、のど飴一個使用
浄炎のエレスが放った特大の一撃、その魔力の奔流に飲まれ。
すべての元凶だった首領セルレは、亡骸さえ残さずに完全に消え去ったのだった。
「これで…終わったのじゃな……」
金髪の美少女ちゃんは、六腕の化け物が消えていった夜空を眺めている。
悲しんでいる、のだろうか。
自分を閉じ込めていた相手だというのに、それでも死を悼んでいるのかもしれない。
美少女なのに心優しい。すげーな、あの子。
いやいや、俺にはちゃんと好きな人がいるんだ。変なことを考えるな。
「やった。皆さん! ボクたちは、諸悪の根源である首領セルレを倒すことができました! これで、デルンケムの脅威はなくなりました!」
浄炎のエレスが高く腕を掲げて勝利の宣言をする。
遅れて、集まった野次馬たちから喝采が上がった。正義の変身ヒロインが、悪の組織に勝ったのだ。俺も柄にもなく声を上げてしまった。
そんな中、ひっそりとハルヴィエドとネイキッドマッチョ様、それに金髪の美少女ちゃんがこの場を離れようとしていた。
いつの間にか磔の黒騎士と女戦闘員の姿もない。
「ま、待ってください!」
それに気付き、清流のフィオナが呼び止める。
足を止めて振り返ったハルヴィエドたちは、とても満足そうな表情をしていた。
「世話になったな、ロスト・フェアリーズ。私たちはこれで失礼するよ」
「……どこに、行くんですか?(ここが山場、くじ引きで得た最後の引き留め役、絶対にミスはできない)」
「首領セルレによってデルンケムはただの犯罪集団になった。それを元の慈善団体に戻す。忙しいのはこれからだ」
「うむ。私も、ハルヴィエドの力になるのじゃ」
金髪の美少女ちゃんが、こてんとハルヴィエドに頭を預ける。
これだからイケメンは嫌だ。よく見ると萌花のルルンも不機嫌そうだった。
きっとチャラいイケメンが好きじゃないんだ。ざまーみろ。
「……君たちには感謝している。おかげで、大切なモノを失わずに済んだ」
「私たちこそ。あなたの攻撃で、私たちが傷付いたことは一度もなかった。首領セルレに抗って、ずっと味方をしてくれていたんですね?」
「さて、なんのことだか」
肩を竦めてみせる。きっと清流のフィオナの指摘は正しいのだろう。
前にワイドショーでやっていた。デルンケムの怪人によって死んだ人間はいないらしい。
そんな偶然あるわけがない。シャクだけど、こいつなりに日本人を守ろうとしていたんだ。
「感謝しています。ハルヴィエド・カーム・セイン……あなたは最後の瞬間、確かに私たちの仲間でした」
「勘弁してほしいな。君たちのように見目麗しい少女と一括りにされては、喜びよりも照れが先にきてしまう」
「ふふ。お世辞でも嬉しいです」
「お世辞ではないさ(マジで)」
意外と馬が合うのか、二人は楽しそうに会話をしている。けれど不意に清流のフィオナが切なそうに目を伏せた。
「……また、会えますか?」※アドリブ
「会わない方がお互いのためだと思うが」
「仲間だって、言ったでしょう?」
「はは。まあ、生きていればそんな機会もあるかもしれない」
お互い軽い笑みを交わす。恋人のそれとは少し違う。気の置けない戦友との離別といった雰囲気だった。
(アドリブなのにすごい自然。晴彦さんも沙雪ちゃんもすごいなぁ。このあと打ち上げで普通にまた会うのに)
「ハルヴィエドさん。お元気で……」
(ルルンちゃんもかぁ……)
涙ぐむ萌花のルルンの傍らで、浄炎のエレスが何も言わず成り行きを見守っている。
取り乱した様子も悲しんだ表情も見せない。リーダーだからか、彼女の態度は堂々としていた。
「おう、ハルヴィ。行くか」
「そうだな。ラヴィたちも」
「妖精姫たちよ。本当に、感謝をしておる。本来私は、デルンケムの長だったのじゃ。それを首領セルレによって、間違った方向へ歪められてしまった。すべては私の愚かさが招いたこと」
金髪の美少女ちゃんの発言に周囲もざわついた。
本来ならデルンケムはこの優しく綺麗な女の子がトップの慈善団体だったのだろう。
それを首領セルレが悪の組織に変えた。結果起こったのが日本侵略なのだ。
「だからこそ、私はこれから変わろうと思う。もしかしたら、再び会う機会もあるかもしれん。その時には、皆を助けてやれるデルンケムを見せてやるのじゃ(私、主演俳優賞かのう?)」
少女は別れ際に見惚れるくらいの笑顔を見せ、転移ゲートを通り帰っていった。
清流のフィオナは寂しさを感じさせながらも、小さな微笑みでそれを見送る。
「……また、会えるといいですね(最後の会話、私も演じたかったなぁ。沙雪さんうらやましいです)」
「ええ、またいつか……(これ実質ハルヴィエドさんとの逢瀬では?)」
「うん、そうだね(よかった、何とかいい感じにまとまった……。打ち上げは特上のお寿司だって言ってたなぁ、楽しみ)」
ロスト・フェアリーズの悲しそうな、それでも明日の希望を信じているような明るい表情が印象的だった。
◆
ロスト・フェアリーズは神霊結社デルンケムに勝利した。
首領であるセルレの死をもって日本侵略は中止。
かつて長だったという少女の言葉が本当ならば、これから組織は穏やかな慈善団体に戻っていくのだろう。
少し未来の話をするならば、デルンケムの撤退と共に複数の企業との癒着が明らかになった。
役員の解雇など大幅な改革を余儀なくされた企業も多い。
また実効支配されていた土地や施設は再び放置されることになったが、それを良しとしないとある合同会社によって買収された。
社長代理である葉加瀬晴彦氏は「利益という点では決して大きくない。しかし、日本の今後のためには必要なことだ」と発言をしている。
悪の組織の名残は少しずつ薄れていき、いつかは人々の記憶からも消えるのだろう。
こうして戦いは本当に終わりを迎えたのである。
※※ ※
【おまけ・物語上読む必要がまったくない、とある中学生男子の憂鬱】
今日はすごいものを見た。
正義の変身ヒロインと悪の首領のガチバトルとか、そこらのアイドルとか目じゃないくらい可憐な金髪の美少女とか。
まあ溶解液が全部防がれたのは……おっと、いけないいけない。
ともかく、明日の学校に行ったら、デルンケム撤退の話題で持ちきりだろう。
でもイケメンはムカつく。ハルヴィエド爆発しろ。
お祭り騒ぎのようなラストバトルが終わって、俺は家に帰った。遅くなってしまったせいで母ちゃんにすげー怒られた。
でも、まだ姉ちゃんも戻ってきていないようだ。
「なあ、母ちゃん。アカネは?」
「ちゃんとお姉ちゃんって呼びなさいっていつも言ってるでしょ! 沙雪ちゃんたちとお泊り会だって」
「うっそ、マジで……」
俺の名前は結城晃。ごくごく普通の中学一年生だ。
勉強は普通、運動も普通。バスケで膝を壊した姉ちゃんが苦しんでるのを見てるから、運動部にも入らず帰宅部のエースをやっている。
顔は中の上……だと思いたい。
そんな俺だが、実は周りの男子からけっこう羨ましがられる立ち位置にいる。
というのも、俺の姉ちゃんである茜は弟の目から見てもかわいい。
一人称がボクだったり家事とか苦手で女の子らしさには欠けるけれど、意外男女問わず人気があるのだ。
その上、姉ちゃんには仲良くしている先輩、神無月沙雪さんがいる。
有名デパートの社長の一人娘で、ロングヘアの超が付く美人。
俺は姉ちゃん繋がりでけっこう話すし、弟だから神無月先輩からは「晃くん」なんて呼ばれちゃっていたりする。
そして何より、同じクラスの朝比奈萌さん。
この子も、どういう繋がりかは知らないが姉ちゃんと親しい。おかげでよく家に遊びに来たりするのだ。
朝比奈さんは無邪気でかわいい。個人的にはクラスでもトップの美少女だと思ってる。
まだ恋愛なんて意識してない、幼さの残る女の子。実は密かに狙っている男子も多い。
でも、その中でも俺はリードしていると思う。私服とかも見たことがあるし。
順調に仲良くなっており、高校になる頃には……なんて想像をしてしまう。
そんな感じで周りに美少女が三人もいるから、ダチ連中には「なんだよ、ハーレムかよ!」なんて言われたりしてる。
まあ、俺としては全然そんなつもりはないんだけどさぁ。
「でもアカネのやつ、お泊り会かぁ。ぜってー朝比奈さんもいっしょだよなぁ」
どうせならウチでやってくれればいいのに。
そうすれば神無月先輩や朝比奈さんのパジャマ姿を見たり、いっしょに朝ご飯とか嬉しいイベントが起こったはずだ。
文句を言ったところでどうにもならないけれど姉ちゃんが羨ましい。
「晃、さっさと晩ご飯食べちゃいなさい」
「はーい……」
俺は深い溜息を吐きつつ、夕食に箸をつけた。
【ある中学生男子の憂鬱】・おわり