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裏側のこと



 時間は少し前にさかのぼる。

 戦闘員A子……本名をエーコ・タウ・クーヤという。

 彼女が元デルンケム統括幹部であるゼロスを磔にして連れてきたことにより、魔霊兵たちの侵攻は明らかに鈍った。

 それを好機とタキシードマッチョ様が次々に撃破していく。ついでにゼロス(磔バージョン)も拘束されたまま呪霊を操り敵を打ち倒す。


「すごい、磔にされてるのに……!」


 その強さに浄火のエレスが称賛の声を上げ、萌花のルルンも目を輝かせている。


「磔さん、すっごく強いです!」

「当たり前だ。ゼロス様は呪霊剣王と呼ばれた最強の男。あのお方は魔力で具現化した呪霊を使役することができる……例え磔にされていてもな!」


 機嫌を良くしたタキシードマッチョ様が胸を張った結果、筋肉に押されてボタンが弾け飛んだ。しかし清流のフィオナは驚異的にそんなことにはならないだろう。


「磔、磔と言わないでもらえるか? あと俺は磔さんじゃないぞルルンさん……?」


 おそらく拘束されたままの魔力行使が負担だったのだろう。ゼロスは非常に疲れた顔をしていた。


「さて、お前が清流のフィオナだな。ハルヴィからお前に渡せってよ」


 ひと段落が付いたところで、タキシードマッチョ様は幾何学模様が刻み込まれた指輪をフィオナに投げ渡した。


「これは……?」

「ハルヴィが新造した、基地に直接転移できる魔道具だ。そいつで基地に行って、いろんなもんに決着付けてこいや」

「ハルヴィエドさんの作った指輪……」


 想い人からの指輪を握りしめて、フィオナはそっと目を閉じる。それを見つめていたルルンがなぜか不思議そうに小首を傾げた。


「どうしたのルルンちゃん?」

「なんだろう、魔力の使い過ぎかな? ちょっと、胸がチクチクします」

「えっ、大丈夫? 休憩する?」

「だ、大丈夫です!」


 タキシードマッチョ様は少女たちの様子をじっと観察している。 

 心配そうなエレスと慌てるルルン。最後にフィオナの表情を見てから一つ頷き、からかうように口の端を吊り上げた。


「こっちでは指輪は特別な装飾らしいが、俺らにとっちゃ深い意味はねえぞ?」

「そ、そうなんですか?」


 フィオナが少し残念そうに問い返す。


「ああ。俺らの次元じゃ、婚姻を交わす時にゃ指輪じゃなくてネックレスを渡す。魂は心臓の近くに宿ってるから、大切な人への想いを表すには魂に近い場所に飾れるネックレスを贈るんだ。俺も妻のために手作りしたっけな」


 それを聞いて安心したような顔をするルルンと、さらに顔を赤くするフィオナ。その反応が面白かったのか、タキシードマッチョ様は機嫌よさそうに大口を開けて笑った。


「ドラフト順位は入れ替わるからな。頑張れよ、少女諸君」


 そう言ってエレスとルルンにも指輪を投げ渡す。「わぁ……!」と二人とも喜んだり驚いたりしている。

 一連の流れを見ていたゼロス(磔バージョン)はジト目でタキマチョ様を半目で睨んでいた。 


「レング。お前、渡すタイミング見計らっていただろ?」

「これでも既婚者なもんで、そこら辺の機微にはちょいと目端が利くんですよ。ま、ハルヴィへの悪戯ってことで」


 タッチョ様はそう言うと、改めて転移の指輪の使い方を説明する。

 これで基地まで跳べる。フィオナは決意を胸に秘め、静かに頭を下げた。


「ありがとうございます。……そう言えば、お名前は?」 

「妖精姫を助ける筋肉紳士、タキシードマッチョ様だ」

「タキシードマッチョさん……?」

「いや、様までが名前だ。ハルヴィが言ってたから間違いねえ」

「で、では、タキシードマッチョ様さん。あなたに感謝を」


 フィオナはしっかりとお礼を言って、妖精姫たちに向き直る。


「エレス、ルルン。準備はいい?」

 

 デルンケムの本拠地に攻め込むのだ。おそらく、今までにない決戦となるだろう。

 けれど少女たちに臆した様子はない。フィオナが確認をとれば、二人とも力強く頷いた。


「うん、行こう!」

「はい! 首領セルレさんは、絶対に倒さないと」


 三人は指輪に魔力を込める。

 たくさんの想いを胸に抱え、この心に決着を付けに行こう。

 そうして妖精姫達は最後の戦いに向けて異空間基地へと転移した。







 神無月沙雪は時折考える。

 なぜ彼を好きになったのだろうか、と。 

 高校生にもなって初心過ぎるような気もするが彼女にとっては初恋だ。自身の感情に振り回されてばかりだからこそ足を止めて考える。


「やあ、妖精姫たち。君達を待っていたよ」


 タキシードマッチョ様から貰った転移用アイテムを使い、清流のフィオナたちはデルンケムの異空間基地に侵入した。

 待ち構えていたのは、やはりハルヴィエドだった。

 首領セルレを倒すには彼を乗り越えなくてはいけない。


「ハルヴィエドさん……」

「どうしたんだ、清流のフィオナ」


 沙雪ちゃんではなく、妖精姫としての名を彼は呼んだ。

 それがこの場での二人の立ち位置。しかしフィオナはそこから一歩踏み出した。


「教えてください。あなたは、なぜ……デルンケムの首領に従うのですか?」

「どうだろう。先代には世話になったし、今の首領にも恩がある。いや、救われたと言ってもいい。が、根本的にはここが好きで、首領が大事だから、だな」

「では、あなたは侵略者に従うことが、正しいと?」


 ハルヴィエドは、表情を変えずに首を横に振った。


「いいや、私は自らの行いを正しいと思ったことはないよ。本当に大事なら、間違いは間違いと体を張って教えるべきだと思う。大切だからこそ厳しく、距離をとらなくてはいけない場面もあったはずだ」

「そうと、分かっていたのなら、なぜ」

「決まっている。そんなことをすれば、あの子が一人ぼっちになってしまうじゃないか」


 彼は小さく微笑むと、冷たい美貌に少しの憂いを滲ませた。


「それが耐えられなかった。本当に甘えていたのは、私の方だったのかもしれないな」

「……そうですか」


 首領セルレとは付き合いも長いのだろう。

 その信頼関係には、出会って一年にも満たないフィオナでは入り込めない部分があるのかもしれない。

 それが、ちょっとだけ悔しい。


「ハルヴィエドさん。私、少し嫉妬しています。首領セルレがうらやましいです」

「いや、別にそういう話ではないぞ?」

「分かっていても、です。こういうところが重いって言われるんですよね」


 自嘲の笑みを漏らす。その横では萌花のルルン(A5個)が、やっぱりなにが重いか理解できずに「えっ?」と疑問符を浮かべていた。

 沙雪は改めて考える、彼のどこを好きになったのか。

 優れた容姿にその才能。優しいところや、気遣い屋なところ。

 少し抜けたところもかわいらしいと思うし、穏やかなのに意外と頑固で自分の意思を曲げない強さにも惹かれた。

 しかし理由を重ねていくたびに、なんだか言い訳のようにも感じられる。


「重いとは思わないし、素直に嬉しいよ」

「でも、退いてはくれませんよね? だから押し通ります。あと、好きです」

「い、いきなりすぎないか?」

「ごめんなさい。決着をつけてからと思いましたが、我慢できませんでした」


 突き詰めていくほどに分からなくなるけれど、それでいい。

〝好きだから好き〟でもいいじゃないか。浅いと言われようと知ったことではなかった。

 正直付き合いは短く、きっと知らない部分も多いだろう。

 だけど、その一つ一つをこれから知っていきたい。

 その過程でたくさん好きなところを見つけて、たくさん嫌いなところを見つけて、それでもいっしょにいたいと願えたのならこんなに幸せなことはない。


「それでも私は、やはり侵略を認められない。だから首領セルレを倒します。そして大好きなあなたをさらっていきます。もし嫌なら早めに逃げてくださいね」

「……ちなみに、逃げたらどうするんだ?」

「泣きます」


 即答だった。

 そこは仕方ない、初恋に破れたなら泣くくらいは許してほしい。


「でもやっぱりあなたが好きだから。泣いて泣いて、声が枯れるまで叫んで。そうして最後には強がって笑って……あなたの幸せを祈ります」

「まいったな……」


 ハルヴィエドは肩を竦めながらも小さく笑った。あとエレスが「わ、わわっ……⁉」と顔を赤くしていた。

 想いは伝えた。報われるかどうかは分からない。

 けれど自身が望む未来のために、清流のフィオナは彼に挑む。








 ……結果、格ゲー大会が始まった。


【ナイト・テイルズ・ロマネスク6】。


 株式会社ブルーダークが製作したファンタジー系2D格闘ゲームである。

 一作目は勇者ナオヤが異世界から召喚されるところから始まり、ストーリーモードは幻魔王ヴァルジュアを倒すために各キャラクターが奮闘するというベタな内容だ。


 ゲームとしての特徴はキャラビルドシステム。

 格ゲーの基本として特定のコマンドを入力すれば必殺技『スキル』を使えるのだが、これをある程度自由に変更が可能になっている。

 分かりやすく言うと「下・斜め・前」コマンドで出せる飛び道具系を、波動拳系・パワーウェイブ系などから選べる。

 そのため同じコマンドであっても出る技は人によって違ってくる。


 また『投げ技の威力上昇』、『スキルゲージ蓄積率アップ』などの『パッシブスキル』をセットしてキャラ特性を変化させることもできる。

 多くのスキルの中から使いやすいモノを選び、パッシブを組み合わせて自分だけのキャラを構築していくのだ。


 対戦モードでは一キャラにつき複数のパターンの中から選択できるようになっている。

 3Dに移行した四作目はクソゲーと名高いが、五作目で原点回帰し人気を取り戻したシリーズである。

 妖精姫たちは、なぜか悪の組織の秘密基地で対戦をするハメになってしまった。

 なおフィオナたちはいつもの妖精衣、ハルヴィエドやミーニャも幹部服だ。


「あははは、晴彦さん! ボクの連続フレイムブレイドからは逃れられませんよ!」

「ぬわあああああ⁉ わ、私が、ここまで押されるだと⁉」


 デルンケムの基地で繰り広げられる激しいバトル、優位なのは浄炎のエレスだった。

 彼女の持ちキャラは勇者ナオヤだ。

 能力値は平均より低いが、飛び道具や対空技、突進技に迎撃技などが一通り揃っている。

 最大の特徴は攻撃属性を変化させることで追加ダメージや状態異常を相手に与える、属性剣『エレメンタルブレイド』だろう。

 

 ナオヤの武器は片手剣。

 通常状態では威力が弱めでリーチも若干短いため、立ち回りにおいては属性剣を効率よく扱うことが重要になる。

 エレスは火属性を多用し、追加ダメージで一気にライフを削る戦法を主軸にしていた。

 さすがに炎の扱いには長けている。ジャストガードから的確に反撃、コンボを決めつつ、さらには超必殺技『エレメンタル・スラッシャー』─────前方に光り輝くエネルギーの斬撃を放つ。

 見事にハルヴィエドの操る妖術師ルイビルカを斬り伏せ、そこで試合は終了した。


「あぁ、ま、敗けたか。いや、茜ちゃん強いな」

「へへ。ボク、弟がいるので小学生の頃からナイロマやってるんですよ」


 大きく胸を張ってご満悦なエレス。複数回の対戦を行い、戦績から序列も決まった。

 

 一位:浄炎のエレス(勇者ナオヤ)

 二位:ハルヴィエド(妖術師ルイビルカ)

 三位:ミーニャ(重戦士・剛斧のウオルア)

 四位:萌花のルルン(踊り子オフィーリア)

 五位:清流のフィオナ(武闘家カサンドラ)

 

 幼少期に友達がいなかったフィオナは対戦系のゲームの経験がほとんどなく、純粋に下手だった。


「フィオナ。気にしちゃダメ、にゃ。遊びのコツは負けを楽しむことって、知り合いのゴリラが言ってたにゃ」

「ミーニャさん」

「ゴリラは奥さんに何度遊びで負けても、妻の笑顔を見れたから実質俺の勝ちって言ってるにゃ」

「愛妻家なゴリラなんですね……」


 最下位になってしまったフィオナをミーニャが慰めてくれた。

 敵の幹部であっても、ちゃんと友達なのだと言ってもらえたよう気がした。


「でも、晴彦さん。ちょっと意地悪ですよ。ボクにもちゃんと教えてくれてもいいのに」

「いや、そこは申し訳ない」


 エレスが頬を膨らませるとハルヴィエドは素直に頭を下げた。

 気合を入れて基地に侵入したはいいが、実は彼も日本侵略を止めたいと思っていたらしい。目指すところは両者の和解だという。

 だから話し合いの場としてパーティーの準備をし、ゲームまで用意していたそうだ。

 そこにフィオナたちがやって来て、実際に首領を呼ぶ前に「やってみたい、にゃ」とのことで試しにプレイをしてみた、というのが今の勝負である。

 その流れでハルヴィエドとミーニャは正体を明かした。

 葉加瀬兄妹が敵の幹部と知ってエレスはものすごく驚き、ルルンの方も「そ、そうなんですか? び、びっくりです!」とぎこちない態度だった。


「でもよかったです。ハルさんやミーニャさんと、戦わずに済んで」


 ルルンがくいと服の裾をひっぱる。

 ハルヴィエドの


「ごめんな。萌ちゃんにも、心配をかけた」

「そ、そんなことないです! でもこれで、またちゃんと、私たち友達ですよねっ?」

「ああ。君が、そう思ってくれるなら」

「思ってます! ハルさんは、すっごく大切な人です!」


 満面の、それこそ花の咲くような笑みだった。

 友達とは言うが、傍目には大好きなお兄さんに懐く妹といった関係性に見える。実際距離がかなり近く、人目がなければ抱き着いていたのではないだろうか。

 ……嫉妬はしていない。清流のフィオナは冷静な女の子である。


「おうおう。さらりとスルーされてる、にゃ」

「あはは、美衣那ちゃんのことだって、ボクたちは大切な友達だって思ってるよ」


 エレスとミーニャが肩を寄せ合う。

 妖精姫たちは「裏切られた」と責めたりせず兄妹を受け入れてくれた。喜んでいるのか、ミーニャの耳が微妙にピクピクしている。

 事情をある程度知っていたフィオナは争わずに済んだことに安堵して小さく息を吐いた。


「私も嬉しいです……でも、同じくらい恥ずかしいというか。あれだけ気合入れて語ったのに」

「いや、うん。あー、嬉しかったよ」

「そ、そう言ってくださると報われます」


 ハルヴィエドとフィオナは、お互い頬を染めてぎこちなく笑い合う。

 後ろで「どう考えても親友の大告白聞かされたボクの方が恥ずかしかった」とか「ハルのお嫁さんになろうというのに私に挨拶がまだない、にゃ」とか言われていたが極力気にしないようにした。

 そうして、そろそろ首領セルレとの対談に臨もうというその時。


「き、きしゃまぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉ やらせはせん、やらせはせんぞぉぉぉぉぉ⁉」


 扉をぶち破る勢いで誰かが飛び込んできた。

 驚いたフィオナたちがそちらを見れば、波打つ金紗の髪と薄紫の瞳をした美少女がこちらを睨みつけている。怒りのせいか、透明感のある肌が赤く染まっていた。


「た、助けに来たぞハルヴィエドよ! 非道なる浄炎のエレスの残虐な行い、断じて認める訳にはいかん!」

「え、ボクっ⁉」

「おお、あなおそろしや……ハルヴィエドを誘惑しようとしたばかりか、いたぶって悦に浸るなど、それでも正義の変身ヒロインか⁉」

「身に覚えがなさすぎるんだけど⁉ 特に誘惑の方!」


 なぜか女の子はエレスに対してとても怒っていた。

 一頻り言い争うと今度はフィオナの方に向き直る。


「い、淫欲のフィオナよ……おぬしは、まあ、あれじゃ。それなりに認めておる。が、ハルヴィエドを殺させはせん!」

「なんの話ですか⁉ それに淫欲とか、またいわれなき誹謗中傷が……」

「そしてハルヴィエドよ!」


 最後に、謎の美少女は彼をまっすぐ見詰めた。


「おぬしの気持ちはよく分かった。私が、そこまで追い詰めてしまったのじゃな……。だが、死してなお貫く忠義など欲してはおらん! 理不尽を押し付けてきた私に言う資格はないかもしれぬ。だとしても! おぬしにおかしな真似をさせるつもりはないのじゃ!」


 叩きつけるような勢いだった。

 それだけに彼女の本音に近いのだろう。

 瞳を潤ませ肩で息をしながら絞り出した言葉には、相応の心が込められていたように思う。


「え、えぇ……? お菓子な真似……パーティーのことか?」


 しかしハルヴィエドが一番ピンときていなかった。


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