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たくさんの言葉のこと


 謁見の間でヴィラベリートは独り途方に暮れていた。

 誰に言われなくても自分が一番分かっている。ヴィラベリート・ディオス・クレイシアに組織の長たる才覚はない。

 碌な計略も立てられず、組織の運営すらまともにできない。そのくせ先代の遺志を継ぐなどと言って、無理難題を配下に押し付ける。

 極めつけは、思い通りにならないからと義兄であるゼロスを追放した。

 幹部であるレングやレティシアが離れていったのも無理はない。


 それでも残ってくれたのがハルヴィエドだ。

 年齢の近いミーニャとは仲こそ良いが、首領として認めてられているわけではない。彼女が組織を離れないのはあくまでハルヴィエドのためだろう。

 つまりヴィラベリートの配下は実質的には彼一人。

 これが偉大なる首領セルレイザの実子だというのだから、己の無能さに呆れてしまう。


「だから、見捨てられたのかなぁ……」


 ヴィラベリート自身が考えた国会議事堂を占拠する作戦は、ロスト・フェアリーズによって阻まれた。

 レングが立ちはだかり、元戦闘員であるエーコが義兄を人質に取ってまで邪魔をする。

 あまりにもタイミングがよすぎる。こんなことを仕掛けてくるのはハルヴィエドしかいない。

 先代のための侵略を彼は認めてくれていると思っていた。

 しかし、もう従えないと突き付けられてしまった。


「だけど、私は……」


 父も、父が作った組織も大好きだった。

 あの頃を懐かしむことは、もう一度帰りたいと考えるのは間違いなのか?

 答えてほしい。でも答えてくれるはずの人が傍にいない。

 本当に、どうすればいいのだろうか。


「ヴィラちゃん首領、こんにちは~」


 その時、謁見の間に懐かしい声が響いた。

 そこにいたのは過激な露出のボンデージを着こなした女性。元神霊結社デルンケム四大幹部が一人、レティシア・ノルン・フローラムだった。


「レティシア……?」


 意外すぎる人物の登場にヴィラベリートは戸惑う。

 昔はよくお喋りをしたが、ゼロスを追放したことに怒って彼女は組織を去ってしまった。もう一度会えたことが嬉しく、同時にいたたまれなくもなる。


「お久しぶりです、元気でしたか?」

「う、うむ。当然なのじゃ」

「それはよかったです」


 前と同じように、にこやかな笑顔で話しかけてくれる。

 だからこそどう反応すればいいのか分からなかった。


「ヴィラちゃん首領は、頑張っていたんですね。デルンケムの活躍、ニュースで見ました」

「私は命じただけ。実際に動いていたのはハルヴィエドなのじゃ」

「そうですね。ハルヴィエドさんはあなたに甘々ですもんね」


 思わず俯いてしまった。あまあまで優しい、もう一人の兄だった。

 だけど彼はきっと。


「もう、分かっていると思います。ハルヴィエドさんは、日本侵略に反対しています」


 知りたくもない現実を突き付けられた。

 レティシアは傍まで寄って、柔らかい声で言葉を続ける。


「でも、勘違いしないであげてくださいね? あの人は、ヴィラちゃん首領を大事な家族だと思っています」

「なら、なんで……。なんで、私の味方で、いてくれないの?」

「きっと、今のままだとあなたが傷付くから。ハルヴィエドさんは、自分が嫌われてもあなたには幸せでいてほしいんです」


 そうして彼女は、まっすぐにヴィラベリートの瞳を見つめた。 


「聞いてください。ハルヴィエドさんは、死ぬつもりです」


 一瞬、何を言っているのか理解できなかった。


「……え?」

「しばらくするとロスト・フェアリーズが基地に攻め込んできます。……おそらく、彼はあなたを守るために戦うでしょう」

「でも、ハルヴィエドならっ!」

「勝てるかもしれない。けれど負けるかもしれない。そうなればあの人は死にます。そういうところまで状況を引っ張ってきました」


 ハルヴィエドが死ぬ?

 なにを言っているのか。今までも彼がいればなんとかなった。きっと今回だってそうに決まっている。


「別に今回だけの話ではありませんよ。あなたが侵略を続ける限り、失われる者は必ず出ます。それが戦闘員であったり怪人であったり、あの人だったりするというだけの話です」


 当たり前のことだ。なのに指摘されるまで意識していなかった。

 だって今まではうまくいっていたから。その慢心をレティシアは見抜いていたのかもしれない。


「これを読んでみてください」


 レティシアはXRデバイスを取り出した。

 ……ヴィラベリートでは絶対隠せない場所からだった。


「これは……?」

「電子掲示板。インターネット上でスレッドをたてて書き込んだり、閲覧できる仕組みです。日本人がヴィラちゃん首領に伝えたいことがあるそうです」

「私に……」


 侵略される土地の者が、悪の首領に?

 恨み言ということだろうか。ヴィラベリートは促されるままに、そのスレッドを。

 ハカセの愚痴スレを読み始めた。




 ◆




182:せくしー

 にゃんJ民の皆さん

 首領が今、読んでくれていますよ


183:名無しの戦闘員

 せくしーちゃんサンガツ

 みんな一旦書き込みを止めてくれ、状況を説明するから


184:名無しの戦闘員

 初めまして首領ちゃん

 俺らは『にゃんJ民』

 おたくの組織のハルヴィエドとネット上でバカやってきた日本人だ

 ハルヴィエドはここではハカセを名乗って、俺らといろんな話をしてきたんだ 


 あんまり時間もないだろうからいろいろ端折るけど

 お願いします、どうか日本の侵略を諦めてくれませんか?


 ハルヴィエドは首領ちゃんのことを大切に想ってる。だから、侵略を止めようとしてる

 その手段として自分の命を使いやがった

 あいつは自分が殺される状況になれば首領ちゃんも思い直すんじゃないかって考えてる

 すっごいバカだと思う。でもそういうバカな奴だから今まで頑張ってきた

 

 そんで俺たちはそんなバカのためになにかしてやりたい

 なので全力で首領ちゃんを説得する


 俺らのレスを読んで少しでも思うところがあったなら

 ハルヴィエドのためにも、首領ちゃん自身のためにも

 一度足を止めて考え直してほしい


 ……おっけ、お前らMA・TSU・RIの始まりだ!



 ◆



 ヴィラベリートはそこに綴られた文章を読んで困惑していた。

 侵略される側である日本人が、なんでハルヴィエドのためにそこまでするのか?

 その理由は分からないけれど、レスがどんどん増えていく。


 ─────────


【185:名無しの戦闘員】

 首領ちゃん、日本侵略を止めてくれ

 このままだとハカセがマジでヤバいんや


【186:名無しの戦闘員】

 お願いします、俺らハカセともうちょっとバカやりたいんです


【187:名無しの戦闘員】

 首領ちゃん、俺たちにゃんJ民はハカセがこの先もスレにくだらないことを書き込んで、それを見て笑っていたいんだよ


【188:名無しの戦闘員】

 首領ちゃん、ハカセは最期まで首領の味方をするって言っていた

 これまでの行動は裏切りではなく、首領ちゃんの考えとは違う幸せを掴ませるためにあのバカは行動してるんや


【189:名無しの戦闘員】

 今、ハカセは本音を話さないでバカな事をしようとしてる!

 侵略じゃなくて、ちゃんと話し合って! オレらも相談乗るから!


【190:名無しの戦闘員】

 侵略なんてしたらハルヴィエドが怒ってアニメいっしょに見てくれなくなるぞ? 

 いいのか!


 ─────────


 にゃんJ民たちは必死に侵略を止めようとする。

 自分たちが被害者だからではなく、ハルヴィエドを心配して。そしてたぶんヴィラベリートのことも、同じように彼らは心配している。


「アニメ、見てくれなくなるのかぁ。それは嫌なのじゃ……」


 いっしょにロボットアニメを見るのは楽しかった。

 ちょっと泣きそうになる。辛いからではなく、そのレスが本当に自分達を案じてのものだと分かるからだ。


 ─────────


【191:名無しの戦闘員】

 首領! このままだともういっしょにタコパできる相手がいなくなるぞ!

【192:名無しの戦闘員】

 止めなきゃタコパもうできなくなってしまうよ


【193:名無しの戦闘員】

 ↑ お前ら結婚しろ


【194:名無しの戦闘員】

 なんとここで侵略をやめると、ハカセが無事な上に、アニキとゴリマッチョがついてきます

 さらには今ならなんと、にゃんJ民も配下についてくる!


【195:名無しの戦闘員】

 通販特有の、いらないおまけつけるのやめろ


【196:名無しの戦闘員】

 場所とるし邪魔だろ、にゃんJ民


 ─────────


 説得に茶化したようなレスも紛れている。こんな時だというのに吹き出してしまった。


「なんじゃ、こいつら。ノリがいいのう」


 こんな風にハルヴィエドともバカをやってきたんだろうか。日本人にも、デルンケムをよく思っている人たちがいるのかな。


「しかしたこ焼きパーティーも知られているとは……」


 ヴィラベリートは夢中で文字を追っていく。


 ─────────


【197:名無しの戦闘員】

 首領ちゃんprprしたい


【198:名無しの戦闘員】

 ちくわ大明神


【199:名無しの戦闘員】

 世界征服したらアカンすよ!


【200:名無しの戦闘員】

 このタイミングでもふざけられるお前らすげーよ……


 ─────────


「のう、レティシア。prprとはいったい……?」

「知りませんし知ってはいけません」

「あ、はい」


 レティシアが怖い。


 ─────────


【201:名無しの戦闘員】

 首領ちゃん、ロボアニメが好きなあなたにおすすめのゲームシリーズがあります

 自分の好きな機体を造ってプレイするロボットゲームであなたもロボットのパイロットになろう

 縦横無尽にロボットを操作し、ミッションを達成しよう

 ……ハカセが亡くなったら、もういっしょにアニメ見たりハカセと遊んだりできなくなるやぞ

【202:名無しの戦闘員】

 圧政されたらアニメ作るメンバーのモチベなくなるんやで


【203:名無しの戦闘員】

 ハカセといっしょにアニメキャラのコスプレすることもできなくなるぞ!


【204:名無しの戦闘員】

 俺らは日本人だけどハカセの友達だと思っている

 俺らも友達のハカセを失いたくない

 首領も友達になろう、俺らと通信ゲームしよう


 ─────────


「友達……。日本人なのに」


 彼らハルヴィエドが死ぬことを望んでない。ヴィラベリートだって同じだ。

 それでも、偉大なる先代に報いなければ、なんのために今まで意地を張ってきたのか。


 ─────────


【205:名無しの戦闘員】

 親父さんのために侵略続けても、苦しむことになるのは首領ちゃんやで


 ─────────

 

 ぎくりとした。一番弱いところを彼らは突き刺してきた。 


 ─────────


【206:名無しの戦闘員】

 最初にお父上が地球に進出した理由、ハカセから聞いたよ

 自分の子供達が健康的に暮らせるようにする為だって。それに侵略は必須かな?


【207:名無しの戦闘員】 

 お父さんの意思を継ぐのは立派だ。

 だけど、ずっと君を守ってきたハルヴィエドの命と引き換えにするほどなのか?


【208:名無しの戦闘員】

 撃っていいのは、撃たれる覚悟があるヤツだけってル〇ーシュも言っとったやろ?

 だから頼む。まだ引き金を引く前に、その手に握る銃を手放して欲しい


【209:名無しの戦闘員】

 もうやめていいのに大事なものを捨ててまで侵略する意味はあるのか?


【210:名無しの戦闘員】

 親父さんの願いは地球を侵略することそのものではなくて

 そうして首領ちゃんが自由に生きていけることだと思う

 首領ちゃんが不幸になったらなんの意味もないんだ


【211:名無しの戦闘員】

 親父さんが亡くなったのは悲しかったんだろ。

 このままだとハルヴィエドもいなくなってしまうんだぞ。もう一度考え直してくれよ


【212:名無しの戦闘員】

 亡くなった親父さんのためにも、今をもっと大切にしなあかんで


【213:名無しの戦闘員】

 先代の意志を継いで侵略して、その代わりに大切な人たちがいなくなって

 そんな未来で笑えるのかよ首領ちゃん!


【214:名無しの戦闘員】

 ワイ一児のパパやけど子どもには笑ってて欲しいで

 もし子ども残して逝ってしまうんなら幸せだけ願うはずや

 あ、ワイはいつものワイ将ではないのであしからず


 ─────────


「そんなの、そんなの……」


 義兄にもそうやって怒られた。

 でも耐えられないのだ。父の遺したものを大切にできずに、ダメにしていく自分が。

 もっとうまくやれば、あの楽しかった日々は今でも続いていたはずなのに。


 ─────────


【215:名無しの戦闘員】

 先代さんの意志を次ぐのは素晴らしいことやと思うけど、もう一度今の組織の長として自分の身の回りの部下全員の顔を思い返して見てほしいかな?

 記憶の中じゃなくて、今、あなたの目にうつってる全部の部下たちの顔を


【216:名無しの戦闘員】

 犠牲者を出さないっていう方針は首領ちゃん独自の考えのはず

 侵略は本当に首領ちゃんのやりたい事なのかな

 先代の意思を継ぎ侵略することは「やるべきこと」で、他に本当に「やりたいこと」があるのでは?


 ─────────


「私の、やりたいこと……」


 目を瞑って身近な部下を思い浮かべる。

 ミーニャやリリアは父上の頃にはいなかった。アイナは組織で生まれたが、父上とは接点がなかった。

 先代に固執していただけではない。自分だけが結べた縁だってあるのだと、今さらながらに思い知る。

 しかし、なにをやりたいかなんて考えたこともなかった。


 ─────────


【217:名無しの戦闘員】

 てかワイが首領ちゃんなら先代の意向を汲みつつ侵略やめてハカセと幸せになるけどなぁ


 ─────────


 まじめに考えている暇もなく、恐ろしい文章が投稿される。


「……………え?」


 ハルヴィエド、と? それを皮切りに、なんかスレの毛色が変わったような。


 ─────────


【218:名無しの戦闘員】

 あんたハルヴィエドのこと好きなんだろ⁉

 好きなヤツが死んでも親父さんの願いとやらを叶えたいんか⁉


【219:名無しの戦闘員】

 成人後に結ばれたい相手の命を奪ってどうするんや?


【220:名無しの戦闘員】

 今はきょうだいだけど、いずれは変えられるかもしれない

 でもいなくなったら変えられないんだぞ


【221:名無しの戦闘員】

 ハルヴィエドさんを犠牲にしてまであなたは幸せになれるんですか!

 このままだと淫欲のフィオナにハルさん持っていかれますよ!


【222:名無しの戦闘員】

 首領様、欲しいのは世界か! ハルヴィエドか!

 

 ─────────


 つい先ほどまでは侵略どうこうが論点だったのに、今やスレはお花畑な話題に占拠されてしまっている。


「れ、レティシア⁉ なんか、にゃんJ民さん達が猛っておるのじゃ⁉」

「ここの人たち”首領はかわいい女の子です派”が多いので」

「なんで日本にまでそんな派閥があるのっ⁉」

(ほぼほぼハルヴィエドさんのせいですよね)


 あまりの圧の強さにヴィラベリートは頬を赤く染める。

 マジメな話をしていた途中で不意打ち気味に攻められて完全に動揺しきっていた。 


「わ、私にとってハルヴィエドは兄みたいなものなのじゃ。そ、そういうのでは、ごにょごにょ……」

「うふふ、そうですね~」

「そ、その余裕の態度が引っかかるのじゃ……!」


 気の抜けるような流れが功を奏したのだろう。身構えていたヴィラベリートの緊張がいい具合に解れた。


 ─────────


【223:名無しの戦闘員】

 な、なんか書きたいけどなんも気の利いた事思い浮かばない!

 けど、ハカセも首領ちゃんもロスフェアちゃんたちも、デルンケムを取り巻く全部が俺たち大好きなんよ!


 ─────────


 そして飾らない言葉がぶつけられる。

 このレスだけではない。顔も知らない誰かの紡いだたくさんの言葉たちが、独りで意固地になっていたヴィラベリートの心を揺さぶる。

 後悔や失くしたものに囚われて目を曇らせていた。

 けれど今なら見えていなかったものもきっと見える。


「……のう、レティシア。もしデルンケムが侵略を続けたら、私は。私たちを大好きだって言ってくれる日本人を殺すことになるのかのう……?」

「どれだけハルヴィエドさんが頑張っても、万が一はありますよ。その時に失うのは、首領を応援してくれた誰かかもしれません。そして……」

「分かっておる。同じように、私はいつか傍にいる大切な誰かを亡くすのじゃな?」


 ああ、それは嫌だなぁ。

 父のことは忘れられない。あの楽しかった日々は今も脳裏を過ってしまう。

 だとしても、寄り添ってくれる者たちを切り捨てられるほど、強くもなれない。


「ヴィラちゃん首領、どうしますか?」

「私は、デルンケムの首領なのじゃ。今さら言葉くらいでは覆せぬものがある」


 本当にヴィラベリートには才覚がない。結局、先代のような偉大なる首領としての道は歩めないようだ。

 だとしても、ミーニャやリリアやアイナ、それに戦闘員たち。先代に報いるというのなら、先代のいない組織に残り支えてくれた者たちにも報いねばならない。

 それに、なによりも。

 理不尽に耐えてずっと自分を守ってくれていた人を失うようなことになれば、ヴィラベリートはもう二度と立ち上がれなくなる。


「だが、ひとまずの〝やりたいこと〟は。バカな統括幹部代理を叱責して、止めることかのう。そのためには侵攻の一時的な中断くらいは止むを得ぬのじゃ」

「うふふ、そうですね。しっかり怒りましょう」

「うむ」


 ヴィラベリートはデバイスを返し、謁見の間を後にする。

 そうしてロスト・フェアリーズを迎えるために準備を整えているというハルヴィエドの下に向かった。

 首領として冷静な態度を、と考えているのに知らず歩みは速くなる。

 しかし彼のいるという広間に近付いた時、聞こえてきた声に戦慄した。


『あははは、晴彦さん! ボクの連続フレイムブレイドからは逃れられませんよ!』

『ぬわあああああ⁉ わ、私が、ここまで押されるだと⁉』


 あの声を覚えている。

 浄炎のエレスは笑いながら炎を繰り出し、ハルヴィエドをいたぶっている様子だった。



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