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MA・TSU・RIのこと


「ということでアニキ、当日はお願いします」

「……本気か?」

「いいではないですか、一度裏切ったなら二度も三度も同じです」

「ぐっ、し、辛辣過ぎないか?」


 ハルヴィエドは喫茶店ニルを訪ねて、開口一番「ヴィラ首領を裏切るので手伝ってください」とゼロスに頼んだ。

 反応が微妙なのは突飛な内容に加え、組織を追放された際に足搔かなかったことを裏切りと断じたせいだろう。ただゼロス自身もそう捉えていたようで反論はなかった。

 代わりに喫茶店のマスターではなく、統括幹部としての顔でゼロスは問う。 


「つまり、お前はどうしたいんだ?」

「そんなもの決まっているでしょう」


 ハルヴィエドは穏やかな笑顔で宣言する。


「いつだって私は、私が願う未来のためにバカをやるのです」




 ◆

 



 とある教育評論家の女性によれば、神霊結社デルンケムによる被害は決して大きくないのだという。

 あの組織は人的被害が出ないように作戦行動を続けている。

 そして長年教育評論家として活動してきた経験、および女性としての勘から、ハルヴィエドなる男は浄炎のエレスに懸想をしているのでは? とも語った。もう情艶のエレスです。

 実際首領セルレが現れた時でさえ死傷者は出なかった。

 だからこそ市民は動揺したのだろう。


 その日、突如として平穏は崩れた。

 空間転移により多数のメタル兵が出現し、国会議事堂へ向けて進軍を開始。

 記憶に新しい、浄炎のエレスを追い詰めた全身装甲の簡易版を身に着けた魔霊兵たちだ。当然ながら警察も自衛隊も役には立たない。

 しかし立ち向かう者たちがいる。


「させないっ!」


 炎をまとった拳がメタル兵たちを打ちのめす。

 浄炎のエレス、清流のフィオナ、萌花のルルン。

 美しい妖精姫たちは異次元からの侵略者の暴虐を良しとしない。デルンケムのメタル兵を止めるべく戦に身を投じたのだ。


「うわぁ、すっごい量……デルンケムも本気みたいだね」


 以前はウサギのメタル兵に後れを取った。おそらくは量産タイプなのだろうが、圧倒的な物量にエレスはたらりと冷や汗を流す。


「七体目……。戦わないと、です。そうじゃなきゃ、きっとハルさんは」


 軍勢を前にルルンは一歩も引かない。

 率先して飛び込み、多くの敵を相手取り倒していく。

 フィオナもそれに続く。鬼気迫るとはこのことか、清らかな水が鋭い槍となってメタル兵を貫いた。

 これまで以上に力を発揮する少女たち。その中でもフィオナは一際真剣な表情をしている。


「……ハルヴィエドさん。私はあなたを信じています」


 激しい戦闘のせいで呟きは誰にも聞こえなかった。

 その後も妖精姫と侵略者の攻防は続く。何度目かも分からない衝突。しかし倒しても倒しても敵の数は減らない。


「はぁ、はぁ……。まだです、まだやれます……!」

「ルルンちゃん、無理しないの! 一旦距離をとるよ!」

「でもっ!」


 果敢に攻めるルルンを案じてエレスが少し強引に後ろに退かせた。

 デルンケムの進軍は止まらず、数えきれないほどの敵に疲労は蓄積していく。


「本気になった彼らが、ここまで恐ろしいなんて」


 フィオナは顔に苦渋の色を浮かべる。

 戦いの際は胸にある恋心を無視して、ただただ自身の願う正しさのために力を振るう。そこに手心は一切なく、だというのに単純な戦力差で押し込まれる。

 このままでは抑えきれない。

 弱った心の隙を突くようにメタル兵が動いた。狙われたのはルルン、彼女の死角から複数の敵兵が襲い掛かる。


「……え?」


 ルルンも気付いたようだが少し遅かった。

 間に合わない。フィオナは数秒先に訪れるであろう光景に戦慄した。

 しかし意図せぬ方向からの攻撃にメタル兵が吹き飛ぶ。

 いったい何が起こったのか。少女たちは遅れて現状を認識する。


「……ま、ハルヴィの頼みだからなぁ。趣味じゃない戦場だが、やるこたやるさ」


 少女たちを救ったのは、身の丈ほどもある大戦斧を片手で振るう、タキシードを着たはち切れんばかりの筋肉巨漢だった。



 ◆



18:名無しの戦闘員

 ごめん、前スレ的にシリアスなバトルになると思ってたからちょっと困惑してる


19:名無しの戦闘員

 俺も


20:名無しの戦闘員

 なにあのクッソほどムキムキな巨漢

 片手でバカでかい斧振るって魔霊兵蹴散らしてるんですが


21:名無しの戦闘員

 しかも服装が鎧とかじゃなくってタキシード 

 筋肉の量が多すぎてぱっつんぱっつんだけどな!


22:ハカセ

 あれは変身ヒロインのピンチに颯爽と現れる筋肉紳士……その名もタキシードマッチョ様や

 ぶっちゃけゴリマッチョです


23:名無しの戦闘員

 うん、なんとなく分かってた


24:名無しの戦闘員

 あのさぁ……


25:名無しの戦闘員

 なんなの? あの格好ふざけてんの?


26:名無しの戦闘員

 ゴリマッチョくっそ強い

 大斧一振りで魔霊兵四体五体軽く吹き飛んでんじゃん


27:ハカセ

 こういう言い方はあれなんやけどな

 もともとどっかのタイミングで首領が暴発する可能性は想定しとった

 せやから前もってワイはゴリマッチョに仕事を依頼しとったんや


「いざって時はワイらを裏切ってロスフェアちゃんの味方をしてくれ」

「正確に言えば、組織とロスフェアの間に入ってバランスをとってほしい」

「組織が暴走した時、それを止められるのはお前だけだ」


 ……ってな


28:名無しの戦闘員

 それってつまり最初っから日本侵略をするつもりはなかったってこと?


29:名無しの戦闘員

 じゃあ今回の首領ちゃんの作戦自体はハカセの予想通りではあるのか


30:ハカセ

 うんにゃ、ワイも組織の一員やし侵略自体を止める気はなかった

 ワイの役目は大きな被害を出さずに侵略を進めること

 ただ、それが失敗した時の備えは必要やろ? 


 止めたいのは虐殺とか無軌道な破壊行為

 首領が自棄になって無茶な行動に出た際のストッパー役がゴリマッチョや

 先代に忠誠を誓ったゴリマッチョは、その忠誠に泥ぶっかけてワイと首領のために動いてくれとる


31:名無しの戦闘員

 実は私ちゃんテレビ討論の時になんとなく考えてた

 ハカセって最悪の場合、自分にヘイト集めて組織を解体するつもりなんだろうなって

 で、今になって気付いた

 ゴリマッチョがマンションの管理人をやってるのって、解散後にデルンケムの人員を受け入れる住居を確保するため?

 ゴリマッチョはハカセが氏んだ後に皆の面倒を見るために動いてた?


32:名無しの戦闘員

 エレハカ女がまたマジメな考察してる……⁉


33:名無しの戦闘員

 嘘だろ……なんか頭いい感じがする……


34:ハカセ

 >>31 

 せーかい

 あくまで一応の保険くらいのつもりやけどな

 

 そこら辺の頼み事はゴリマッチョにしかできんかった

 アニキはいざとなったら必ず首領側につく

 逆に猫耳はワイに肩入れし過ぎる

 せくしーも組織の犠牲になるワイを容認してくれん


 せやけどゴリマッチョだけは別や

 あいつはワイの心を汲んで「多少の不満はあってもハカセが願うならなら仕方ねぇ」って素直に従い、なおかつ首領のためにも心を砕いてくれる

 ゴリマッチョはワイの親友で、愛すべきバカやからな

 

35:名無しの戦闘員

 大事な話の途中で悪いんだけど……あのタキシードはなに?


36:ハカセ

 変身ヒロインを助ける男の正装はタキシードってワイが教えました

 すっごいね、腕とか胸板とか太腿とかパンッパンやん


37:名無しの戦闘員

 やっぱハカセの悪ノリかよwww


38:名無しの戦闘員

 ゴリマッチョ素直すぎて草


39:名無しの戦闘員

 くっそw 重要な局面なのにw


40:名無しの戦闘員

 でもタキシードマッチョ様のおかげでデルンケムの侵攻は止まったみたい

 さすが組織のナンバーツーの実力者だわ

 ロスフェアちゃん三人がかりでも勝てないんじゃ?


41:名無しの戦闘員

 つかこの騒ぎでも緊急生放送やるってマスコミ頑張ってるやん。


42:ハカセ

 さて、ゴリマッチョの尽力で現場は膠着した

 そのままウチの戦力を削り取ってもらう

 そしてワイが仕込んだ次の策裂や


43:名無しの戦闘員

 策が炸裂するからなのか、単なる誤字なのか







 タキシードマッチョ様の出現に騒然とする市民。

 しかし現れたのはその男だけではない。続いてデルンケムの女性戦闘員が、台車を引きずって歩いてきた。


「なあエーコ。これ、本当に必要か?」 

「当然です。ハルさんが考えた策ですから」

「……お前、実はすごいハルのこと信頼してるよな」

「なにを言ってるんですか、私を捧げるのはゼロスさんだけです」

「そんな話はしてない」


 台車の上には十字架型の磔台があり、しかも黒い騎士鎧をまとった男性が拘束されていた。

 女性戦闘員が引く台車で磔にされたまま登場した残念な男はひどく疲れた様子だった。


「我が名は、ゼロス・クレイシア……なんでこんなことになっているのか訳が分からない」


 威厳ある声ですごく情けないことを言うゼロスなる者。困惑しているのは妖精姫たちも同じである。

 そんなことをお構いなしに女性戦闘員が声を張り上げる。


「聞きなさい、デルンケムの首領よ! この素敵で無敵かつ男前な殿方の命が惜しければ、今すぐ進軍を止めるのです!」


 悪の組織に対して、彼女は人質をとるという手段に出たのだ。




 ◆ 




51:名無しの戦闘員

 ブフォォッwww


52:名無しの戦闘員

 説明されんでもわかるw あれA子ちゃんとアニキだw


53:名無しの戦闘員

 磔にされたアニキがw A子ちゃんに引きずられてやってきたw


54:名無しの戦闘員

 アニキぃw


55:ハカセ

 ふふふ、これぞ首領を止める策

 名付けて「アニキの命が惜しかったら日本侵略を諦めるんだな!」や


56:名無しの戦闘員

 絵面が、絵面が最悪だ……!


57:名無しの戦闘員

 どう見ても歴戦って感じの鎧騎士がぴっちりスーツの戦闘員に拘束されてるからな


58:名無しの戦闘員

 というかA子ちゃんめっちゃスタイル良くない?


59:名無しの戦闘員

 分かる、そこらのグラビアアイドルとか目じゃない

 あんなくっきりボディライン出るならLリアちゃんが戦闘員スーツ嫌がるのも当然だわ


60:名無しの戦闘員

 人質とかわりと真っ当に悪な手段使ってきたな

 あ、ほんとに進軍が止まった


61:名無しの戦闘員

 脅されてるの悪の首領の方ですがw


62:ハカセ

 首領が暴力による制圧を掲げるのは単に親孝行=侵略で結ばれてるから

 政権奪取した後の展望もないんちゃうかな

 たぶん昔の楽しかった頃に戻りたい、くらいは思っとるかも

 

 だからワイがやっとるのは言い訳をいくつも用意すること

 ここまでされたんなら中断しても仕方ないって思わせることや

 そのためにアニキはかわいそうな目にあってもらいます

 シリアスな責め方もイヤやしなー


63:名無しの戦闘員

 攻め方じゃないのか……


64:名無しの戦闘員

 ハカセってわりと嫌なこと平然とやってくるよね


65:名無しの戦闘員

 裏切りってレスあったから警戒してたけどこのレベルでちょっと安心


66:ハカセ

 首領には嫌われてまうかも

 あなたの味方ですって顔しときながら、重要な局面で掌クルーやからな

 しゃーないとは思うけど


67:名無しの戦闘員

 首領ちゃんはそんな子じゃない! ……そう思いたい


68:名無しの戦闘員

 問題は首領ちゃんの人柄じゃない

 唯一の味方がいなくなったことをどう感じるか、だよな


79:名無しの戦闘員

 良くも悪くもハカセに頼りきりだったしな


70:ハカセ

 なんかな、おまえらはワイを保護者とか言っとったけど違うと思う

 ワイがやっとったことって親バカというよりバカ親や


 子供が失敗しないようにレール敷いて大切に大切に閉じ込めてただけ

 傷を負わないまま来てもたから、たぶんあの子は大事なところでも躊躇なく踏み込んでまう

 もし失敗しても誰かが何とかしてくれるって知ってるから

 あの子のためとか言いながら、結局追い詰めてしもた

 だからツケは払わんとな


71:名無しの戦闘員

 ハカセ、何する気だ?


72:名無しの戦闘員

 ちょっと待てお前


73:ハカセ

 ゴリマッチョはワイお手製の基地転送用のアイテムを持っと。

 それをロスフェアちゃん達に渡すよう頼んだ

 つまり大規模兵力を投入した隙を狙った本拠地に侵入できてまうな

 足止めはタキシードマッチョ様がやってくれるし


74:名無しの戦闘員

 なんか変なこと考えてないか?


75:ハカセ

 言ったやろ? ワイの目的は首領にうまく負けてもらうことや

 ロスフェアちゃんと基地で直接対決してもらう

 本当はもっと早くに叱らなあかんかった

 独り立ちさせるために距離を置くべきやった

 

 分かっとるのにそれができんかった

 そんなことしたらあの子は本当に一人ぼっちになってまう

 それがワイにはどうしても耐えられんかった。

 

 せやけど、あの子が嫌がったとしても、ちゃんと向き合わんと

 今さらながらにワイにも覚悟ってヤツができたわ


76:名無しの戦闘員

 どういうこと?


77:ハカセ

 さて、ロスフェアちゃんを歓迎する準備をせなあかん

 悪いな、みんな。もう落ちるわ

 ワイの一世一代の大バクチ、とくとご覧あれってなもんや


78:名無しの戦闘員

 おい、ハカセ?


79:名無しの戦闘員

 ハカセー!


80:名無しの戦闘員

 バクチって何なん?


81:名無しの戦闘員

 お前なに考えてんだ


82:名無しの戦闘員

 マジで落ちやがった


83:名無しの戦闘員

 首領ちゃんとロスフェアちゃんの直接対決ってどう考えても危なすぎる


84:名無しの戦闘員

 やばい、ワイ将何を企んでるのか分かったかも……

 ハカセ、自分を人質にするつもりなんじゃ?

 エレスちゃんの一撃は防げないって前に言ってたンゴ


85:名無しの戦闘員

 人質?


86:名無しの戦闘員

 ロスフェアちゃんを基地におびき寄せる

 ↓

 当然VSハカセ戦が始まる

 ↓ 

 でもエレスちゃんたちの合体技ならハカセを倒せる

 ↓

 ハカセは首領ちゃんのために戦いを諦めない

 ↓

 つまり首領ちゃんが降参しなかったらハカセが氏ぬ


 ハカセは自分の命と侵略、どっちかを首領に選ばせるつもりンゴね……


87:名無しの戦闘員

 ふざけんなよ、そんなもん男気でも美談でもない

 ただの押し付けだよバーカ


88:名無しの戦闘員

 ここ一番で首領ちゃんを全力で傷つける選択してんじゃねえよ!


89:名無しの戦闘員

 てことは歓迎ってのはロスフェアちゃんとガチバトルするための準備ってことか?


90:名無しの戦闘員

 やべえ、やべえよ


91:名無しの戦闘員

 どうする?


92:名無しの戦闘員

 どうするって、どうしようもない。


93:名無しの戦闘員

 俺らにゃなんもできん


94:名無しの戦闘員

 いいや、俺らにもできることがあるぞ

 せくしーちゃん見てるー⁉


95:名無しの戦闘員

 ???


96:名無しの戦闘員

 なにしてんの?


97:名無しの戦闘員

 せくしーちゃんー! いたらレスくれー!


98:名無しの戦闘員

 よく分からんけどせくしーを呼べばいいのか? おーい!


99:名無しの戦闘員

 せくしーちゃーん! 


100:せくしー

 は~い、いますよ~


101:名無しの戦闘員

 ほんとにおったw


102:名無しの戦闘員

 もう常駐にゃんJ民じゃんw


103:名無しの戦闘員

 よかった! 

 せくしーちゃんって元幹部なんだろ? まだ基地には行けるの?


104:せくしー

 一応行けますよ、転移用のアイテムは返却してないので

 アニキさんは追放の時に没収されましたが


105:名無しの戦闘員

 ならさ、俺らに首領と話させてくれないか?

 違う、説得させてほしい! 

 このスレの流れ見たら分かると思う

 たぶんハカセは自分の命を盾に首領ちゃんの心変わりを促すつもりなんだ!

 でも一スレ目から付き合ってきた俺らはそんなことさせたくない!

 だからハカセがバカな真似をする前に、俺らが首領ちゃんを説得すればいい!


106:名無しの戦闘員

 そうか……!

 だって俺らは、デルンケムの戦闘員よりもよっぽどハカセのこと知ってるもんな!


107:名無しの戦闘員

 ハカセが初恋に四苦八苦してることも、組織を離れた幹部を大事に思ってることも

 どんだけ首領ちゃんのために頑張ってきたかも、俺らは全部見てきたぞ


108:名無しの戦闘員

 だから首領ちゃんに全部話して、逆にハカセを止めてもらうんだ

 バカなことに命張ってんじゃねーよバーカって!


109:せくしー

 みなさん……


110:名無しの戦闘員

 せくしーちゃん、首領に俺らのレスを伝えてくれ

 ハカセのためにフィオナちゃんのために

 なにより首領ちゃんのために最大限言葉を尽くす

 勝算はある、だってハカセが今までやってきたことを伝えりゃいいんだから


111:名無しの戦闘員

 あ、なんか懐かしい

 昔のにゃんJはこうやって騒いだよな


112:名無しの戦闘員

 久しぶりの祭りじゃい!


113:名無しの戦闘員

 ハカセの言葉が正しいなら首領ちゃんは侵略をしたくない

 だから俺たちが、侵略を止めさせるようレスをするんだ!


114:せくしー

 ……分かりました

 皆さんの言葉、私が必ず首領に伝えます


115:名無しの戦闘員

 よっしゃあ! 天才のくせにバカ丸出しなハカセを出し抜いてやろうぜ!




 ◆

 



 異空間に存在するデルンケムの基地で、ハルヴィエドはロスト・フェアリーズを迎える準備を整えていた。

 彼を信奉するミーニャも忙しく動いている。


「ハル、から揚げできた、にゃ。あとフライドポテトも」

「ありがとう。こちらも兄貴に用意してもらったケーキをセットし終えた」

「チョコ・生クリーム・旬のフルーツタルト。どれもおいしそうにゃ」

「ふふふ。甘いモノは心身をリラックスさせてくれるからな」


 そう、ハルヴィエドは一世一代の策を打った。

 実働部隊をレングに潰させ、戦力的に侵略が不可能な状態にまで追い込む。

 アニキを人質に取ることで動きを完全に止める。

 その上でロスト・フェアリーズを基地におびき寄せ、ヴィラベリートと対面させる強制的トップ会談である。


「ヴィラ首領も沙雪ちゃんも、萌ちゃんも茜ちゃんもいい子だからな。兄貴特製ケーキを食べつつ話し合えばきっと仲良くなれる」

「ハル、ハル。私は?」

「もちろんミーニャもいい子だぞー」

「にゃー」


 喜ぶミーニャが口にから揚げを放り込んでくれた。熱々ですごくおいしい。


「うまぁ……。で、だ。沙雪ちゃんたちと友達になれば、侵略を躊躇するだろう。根本的な解決とは言い難いが、一度考える機会にはなると思う。果たして、理由を他人に預けた戦いに意味があるのか、とね」


 先代のために侵略を続けてきたヴィラを裏切る行為だ。嫌われても仕方ないと思う。

 けれど、楽しかった日々を失くしてしまったと泣いているあの子に知ってほしい。

 前を向いてしっかり今と向き合えば、過去は戻らなくとも新しい喜びには出会えるのだと。


「先代に報いる、その気持ちを否定したくはない。だがセルレイザ様は絶対にそれを喜ばない。ヴィラのためなら手にしたものを全部放り投げる勢いのお方だからな」

「……私は会ったことないけど。ハルも、先代が好きだった?」

「面映ゆくも、私はセルレイザ様に父の面影を見ていたよ。だからゼロス様は兄貴で、ヴィラは大切な弟妹だ」


 みんなが傷付かない結末になればいい。そのためなら道化た真似くらいはしよう。

 ぶっちゃけハルヴィエドは、最初から命を懸けるつもりなんぞ全くなかった。

 歓迎の準備=おいしい食べ物とかケーキとか飾り付けをする、という意味でしかない。


「皆で楽しめるようにゲームも用意したぞ。パーティゲームに、レースゲーム。パズルゲームも。皆で戦うアクションゲームだってある……完璧だ」

「あ、ハル。私、これやりたい、にゃ」


 そう言いながら、ミーニャはゲームソフトを見せてきた。

 タイトルは【ナイト・テイルズ・ロマネスク6】。一度スレでも話題になった、たいそう教育に悪そうなゲームである。


「こ、これは⁉」

「なんか、流行ってる格ゲーにゃ」

「いや、うん、私も知っているが。ちなみに、ミーニャ。これの設定やストーリーを知っていたり、するのか?」

「にゃ? 普通の格ゲーじゃにゃいの?」


 この様子を見るに知らないようだ。

 そう言えば本編中にはアレコレな話題は出てこず、スタッフが裏話として話しただけとにゃんJ民もレスしていた。なら、単にプレイする分には問題はない、だろうか。


「い、一応選択肢に入れておこうか。……さあ、いつでも来るがいいロスト・フェアリーズよ。歓迎の準備は整っている」


 デルンケムと妖精姫の融和による停戦。

 つまり、ハルヴィエドの策とは「皆で仲良く喧嘩しようぜ!」だった。

 だから彼は知らない。

 にゃんJ民の暴走により、レティシアが首領に「ハルヴィエドはあなたを心変わりさせるために死ぬつもりです」と伝えに行ったことを……。



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