喫茶店のこと
県立根戸羅学園の近くには喫茶店『ニル』がある。
落ち着いた雰囲気だが学生向けにお値段はお安め。コーヒーや紅茶だけでなく数種類のスイーツや軽食も楽しめる。
いかにも昔ながらといった趣の喫茶店が大城零助の城だ。
以前の仕事は肉体的にも精神的にも負担が大きかったが、今はのんびりと働いていた。
「マスター、お疲れ様です」
「ああ、英子。お疲れ様」
「すぐ着替えてきます」
学校が終わると店のスタッフである久谷英子がやってくる。
根戸羅学園の二年生で、黒髪を肩までの長さで整えて制服もきちんと着こなしている。メガネをかけているが視力は悪くない。本人は「周囲に溶け込むための変装だ」と笑っていた。
マジメそうな外見に反してスタイルが良く、学園でも五指に入る美少女だという。彼女の可憐なウェイトレス姿を目当てに男子生徒の客も増えており、零助としては嬉しいやら心配やらで複雑な心境だった。
「開店して一年。ニルももう人気店の仲間入りですね」
「英子のおかげでもあるけどな」
「マスターのケーキのおかげですよ」
「お、嬉しいこと言ってくれるな。よし、今日のデザートはいちごのショートケーキだ」
「やった、零助さん大好き」
仕事をしながらも軽口を交わす。
英子は単なるアルバイトというわけではなく、縁があって世話をしている娘だ。
初めて会った頃はまだ九歳くらいだったか。零助は親を亡くした英子の保護者になった。彼はまだ二十八歳なので親ではなく兄貴分といったところだろう。
愛想のよくない零助のことを英子はよく慕っており、前職を辞めてこの街に引っ越した時も文句ひとつ言わずついてきたほどだ。もう十七歳なのだからもっと自由に過ごしてもいいのだが、頼まずともウェイトレスになり率先して店を手伝ってくれている。
彼女のおかげで喫茶店ニルは今日もそれなりに盛況。二人で店を回していると、また新しいお客様が来店した。
「どうも、マスター」
入ってきたのは銀髪オッドアイの美青年。
服は現代日本に合わせた落ち着いたスーツ姿だが、彼はこの国どころかこの次元の人間ですらない。
彼は零助と同じく別次元からの来訪者。
神霊結社デルンケムの四大幹部が一人、ハルヴィエド・カーム・セインである。
「よう、いらっしゃい」
「一週間ぶりです。……統括幹部・呪霊剣王ゼロス様」
ハルが周囲には聞こえないよう小さな声で言う。
零助は日本での偽名であり、ゼロス・クレイシアが本名だ。
かつてゼロスはデルンケム統括幹部の地位にいた。もっとも、ちょっとした諍いを起こして組織から離れてしまったのだが。
「今の俺は喫茶店のマスター・大城零助だぞ、ハル」
「失礼しました」
返答に美貌の青年が心底残念そうな顔をした。
店に表れた銀髪イケメンに女性客の視線が集まっている。零助もそこそこ顔は整っているつもりだが容姿ではハルに負ける。英子は「零助さんの方がワイルドで男らしくて格好いい」と言ってくれるが、そこは彼女の身びいきだろう。
「ではマスター。ケーキセットを」
「ああ、紅茶は」
「私は詳しくないので、選んでいただけると嬉しい」
人目のあるところでは気取っているが、ハルが残念な奴だということはよく知っている。以前、こいつが酒に酔っぱらって肛門にフリ〇クを挿入して悶えていたのは絶対忘れない。
しかし普通にしている分にはいい客で、毎回しっかりとお金を落としてくれるのだ。
「お待たせしました」
「ああ、ありがとう。英子もウェイトレスが板についたな」
「いえいえ。これくらい零助さん……マスターを支える身としては当然です」
英子もかつては戦闘員A子としてデルンケムに在籍していたためハルと面識がある。
彼女はトランクス一丁でビールを飲むハルの姿を知っており、このイケメンっぷりに騙されたりはしなかった。
「うまぁ……。あ、マスター。今のうちにお土産にワンホールお願いします」
「ハルは普通にうちのお得意様だよな」
「疲れているのですよ。なにせ上司は辞めてのんびり喫茶店経営、同僚もいなくなった。甘味でストレスを解消するくらい許していただきたいものです」
「うっ、それは勘弁してくれよ」
茶化した物言いだが、零助が組織を辞めたせいで忙しくなったのは事実。ハルの負担は間違いなく増えたはずだ。
「ええ、ええ、許しますとも。おっ、スモークチキンのクラブサンドもうまそうですね。ほう、お持ち帰りもいけるのか」
「……くくっ。分かった、サービスする」
ハルが微笑む。わざとらしく催促をして、罪悪感を持たせないようにしてくれたのだろう。
このポンコツは勝手に組織を離れた不義理な男を今でも慕ってくれている。もちろん零助だってハルのことを大事に思っていた。
「いらっしゃいませー」
また新しいお客様が来店し、英子の声が響く。
三人の制服姿の少女たちはニルの常連で、それぞれ趣は違えど人目を惹く容姿をしている。
神無月沙雪……根戸羅学園の一年生で、英子の後輩にあたる。
それに結城茜と朝比奈萌。二人は中学生で、よく沙雪に連れられてケーキを食べにくる。
「ああ、いらっしゃい。神無月さん、結城さん、朝比奈さん」
「こんにちは、マスター」
代表して沙雪が挨拶をする。
沙雪は英子と普段から仲良くしているので、その繋がりで零助とも少なからず交流がある。だから彼女たちが何者であれ、ここでは常連さんとして接していた。
「……………ふうぇ?」
沙雪たちを目にしたハルが奇妙な声を発した。
彼はすぐさまXRデバイス『リバー』……ちょっと余計な機能を付けたスマホ型の自作通信機を取り出し、ポチポチと画面をタップしていく。ここまで焦っている姿を見るのは久しぶりだった。
◆
185:ハカセ
【緊急速報】ワイ、喫茶店で優雅にティータイムしている途中でロスフェアのお三方と遭遇
186:名無しの戦闘員
なにがどうしてそうなった⁉
187:名無しの戦闘員
さすがハカセもってるわー
188:ハカセ
ワイは今日もたくさんの仕事を抱えていた
作戦参謀として策を練り、実行部隊として動く
え? それってもう参謀と部隊分ける意味なくない?
そんな状況でも戦闘に出ようとしない戦闘員。M男はI奈ちゃんを膝に乗っけてパッキーゲームをしとる
ストレスが溜まり過ぎた結果ワイは考えた
あ、今日はケーキを食べまくろう
189:名無しの戦闘員
相変わらず理不尽なブラック
190:名無しの戦闘員
実は首領じゃなくてハカセを止めればデルンケムって終わるよな
191:名無しの戦闘員
十二歳女子とパッキーゲームは紛れもなく悪
192:ハカセ
そこでワイはアニキの喫茶店に足を運んだ
手作りケーキおいしいし、ファミレスとかより喫茶店で優雅にお茶したい気分やった。
アニキと久しぶりにじゃれ合えて心安らかな午後を過ごすワイ
……が、いきなり店にやってくる美少女たち
変身してなかったけどワイの目は誤魔化せん
彼女達はフィオナたん、エレスちゃん、ルルンちゃん
まぎれもなくロスト・フェアリーズの面々やった
193:名無しの戦闘員
すげえ偶然だな
194:名無しの戦闘員
変身してないのに分かるもんなの?
195:名無しの戦闘員
変身ヒロインの正体バレって致命的なヤツじゃん
196:名無しの戦闘員
そういやさ、画像まとめまで出てるし顔を隠してるわけでもないのに全然フェアリーちゃんたちの変身前情報って出てこないよな
あれ? この子似てない? くらいの話はSNSに投稿されてもいいのに
197:名無しの戦闘員
正体をバラされたくなかったら……は王道展開だよね
198:名無しの戦闘員
あれだろ、認識阻害的なヤツがやっぱり働いてるんじゃね?
199:名無しの戦闘員
じゃあなんでハカセが気付けるんだよ
200:ハカセ
認識阻害なんてあっても……ワイの心はフィオナたんを見つけてしまうのさ
愛はさ迷いながらその片割れを求めるってことや
201:名無しの戦闘員
キモイ
202:名無しの戦闘員
ふざけてんの?
203:名無しの戦闘員
氏ね
204:ハカセ
マジレスするとロスフェアの三人から妖精の匂いがするもん
そら分かるわ
205:名無しの戦闘員
ロスフェアちゃん迂闊⁉
206:名無しの戦闘員
いや匂いで分かるとかさすがに想定外やろ
207:名無しの戦闘員
どっちにしろハカセ変態っぽい
208:ハカセ
ワイはこう見えても天才神霊工学者やからな、そもそも神秘に対するセンサーの感度が高いんや
はっきり言って妖精の残り香を感知できるのは組織でもワイとアニキ、首領くらいやな
直接会わん限り分かるようなもんでもないけど
209:名無しの戦闘員
オマエさぁ、今自分がどこにいるのか忘れてんの?
210:名無しの戦闘員
じゃあヤバイやんけ
211:ハカセ
どこってアニキの喫茶店……あ
212:名無しの戦闘員
あ、じゃねえよw
213:名無しの戦闘員
元とはいえ統括幹部に正体バレか
普通に危険だよな
214:ハカセ
急遽アニキと話したで
アニキ「彼女達の正体? もちろん知ってるが」
ワイ「誰かにバラしたりは……?」
アニキ「するか。正体がどうあれ、うちの大事なお客様だ。組織に密告するつもりもない」
よっしゃさっすがアニキぃ!
215:名無しの戦闘員
いい人! アニキぃ!
216:名無しの戦闘員
やったな! アニキぃ!
217:名無しの戦闘員
まあそもそも離脱してんだからそんな義理ないわな
それはそれとしてアニキぃ!
218:ハカセ
あぁよかった
安心したらお腹減ったしチョコパフェ追加しよかな
219:名無しの戦闘員
気ぃ抜きすぎw
220:名無しの戦闘員
ハカセは甘党?
221:ハカセ
ワイはうまいもん党や
甘かろうが辛かろうが高級だろうが安かろうがうまけりゃ全てをこよなく愛する
ケーキはおいしいけど駄菓子もそれはそれでおいしい。牛丼も好きやしA5肉も好き
というか毎日頑張って働いとったらよっぽどのゲテ以外はだいたいうまい
222:名無しの戦闘員
ハカセのくせになんか言ってる……
223:名無しの戦闘員
ニートには耳が痛いぜ
224:名無しの戦闘員
ていうかさ、フィオナちゃんすぐ近くにいるんだろ?
声かけなくていいのか?
225:名無しの戦闘員
恋仲になりたいんじゃなかったっけ?
226:ハカセ(スペシャルメロンパフェ中)
舐めんな、シャイなワイがそんなナンパみたいな真似できるわけないやろ
227:名無しの戦闘員
寸前でメロンに心変わりしやがったw
228:名無しの戦闘員
おいおいハカセ、そんな時のために俺らがいるんだろ?
229:名無しの戦闘員
シャイなお前がフィオナちゃんと会話できるように俺たちが援護してやるよ
そう……安価でな!