重さのこと
心地良い日曜日の午後、沙雪は友人たちと前まで遊びに出かけた。
今日は茜や萌だけでなく、美衣那も都合がついた。四人揃って行動する機会はなかなかないので、全員いつもよりもはしゃいだ様子だった。
カラオケ店から出ると、茜がグッと背伸びをする。
「あー、歌ったー! 久しぶりに遊んだって感じがするね!」
最近少し思い悩んでいたみたいだが、今日はいつもの元気な彼女だ。やはり茜には明るい笑顔が似合っている。
「やっぱり、沙雪ちゃん歌うまいよね」
「そう? でも美衣那には敵わないかな」
ぼっち歴の長い沙雪は一人カラオケの経験も豊富だ。慣れている分それなりに自信はあるものの、美衣那の歌には聞き惚れてしまった。
「私も、歌は好き、にゃ」
状況証拠からの推察だが、美衣那は首領セルレの傍に控えていた猫耳の幹部だ。しかしデルンケムには妖精姫の正体をばらしてはいないらしい。
「んんっ」
「沙雪、ノド大丈夫?」
「ええ。ただ少し歌いすぎて、疲れたみたい」
「のど飴あるよ」
「ありがとう、美衣那」
「いいってことよ、にゃ」
時々、この子は「にゃ」なんて語尾を使う。たぶんもう隠す気がないのだろう。
美衣那がどういう立ち位置にいるのかは分からないが、ある時彼女にこう言われた。
『私はハルの味方。ハルが納得するなら、それが私の望み、にゃ』
つまりハルヴィエドの不利になることはしないという宣言だ。
ただし『私は沙雪を大切な友達と思っている。でも、首領のことも大好き。だから、どちらかに過剰な肩入れはしないし、どちらのためにも動くにゃ』とも付け加えた。
異性である首領セルレ対して「大好き」とまで言うからには、きっと相応の感情はあるはずだ。
知れば知るほど神霊結社デルンケムとは戦いにくくなる。
けれど逃げてはいけない。この四人でこれからも過ごすためにも、首領セルレを倒さなければ。
「沙雪ちゃん! ほら、難しい顔してないで。ちゃんと息抜きもしないと」
「そうですよ沙雪さん、今日はいーっぱい遊びましょう!」
考え込む沙雪を茜と萌が引き上げてくれた。
チームの抑え役を気取っているが、本当は皆にいつも助けられている。
問題は山積み。それでも今日のところは大好きな親友達としっかり遊ぼう。
カラオケの後は少し休憩して、喫茶店ニルでお喋りをする。
「でね。このメーカーさんの新しいバッシュが、すっごくかっこいいの」
「そうなの? じゃあ、この後はスポーツ用品店見に行く?」
「いいの?」
「ええ。萌と美衣那も大丈夫?」
「はいっ」
「ん」
膝を壊して部活を辞めた後もバスケ自体は好きらしく、茜は定期的にスポーツ用品店を見にいく。沙雪もロードバイクをしているので、いっしょに買い物をすることも多い。
「茜は高校ではバスケ部に入るの?」
「うーん、ケガは治ったけど、もうすっかりブランクできちゃったからなぁ」
「でも高校からバスケットを初めたけど数か月で全国大会に出た天才選手さんがいるんですよね? 元不良さんだったって」
「萌ちゃん、それ多分漫画の話。赤い髪の人のやつだよ。高校と言えば、そろそろ受験かぁ。勉強しないと……」
「私は近くに強力な家庭教師がいるから問題なし、にゃ」
「あぁ、晴彦さん先生は強いなぁ。ボクも美衣那ちゃんのついでにお願いできたりはしないかな……?」
ケーキを食べながら話題はあちらこちら。皆で時間を過ごすだけで十分に楽しい。
「お待たせしましたー、紅茶のおかわりです」
「ありがとうございます英子先輩」
途中でウエイトレスをしている英子が顔を出した。それがきっかけになり、次第に話は沙雪と晴彦のことに移っていく。
「ちなみに沙雪、ハル兄さんとはどう?」
美衣那がいつも通りの無表情で聞いてくる。
「わぁ、ボクもそれ聞きたいっ」
「私もです!」
茜はからかい混じり、萌も純粋な好奇心からか前のめりになっている。英子だけは複雑そうな顔をしていた。
「えぇと、一応? あれからも顔を合わせたり、いっしょに遊びに出かけたりは……してる、かな?」
いっしょに食事をしたり、買い物に出かけたりもした。
異次元出身のハルヴィエドからすると日本文化はそれだけで興味深いらしく、案内をしたらとても喜んでくれた。触れ合いも少し増えて、二人の関係は順調だと思う。
「おぉ、ハル兄さんに春が」
「でも大丈夫? 沙雪ちゃんの家って、すっごいお金持ちでしょ? ご両親とかうるさくない?」
「あっ、私テレビで見ました。そういうところって、跡継ぎのためにお見合いとかあるんですよね?」
どこか気遣うような視線が向けられる。
確かに沙雪の父は大手企業の代表取締役兼社長だ。金持ちだと羨まれることもあるが、金持ちなりの苦労もある。
「神無月の娘だもの、多少のしがらみはある。でも、私も立場は弁えているから」
「それって……何か言われたら晴彦さんを諦める、とかそういうの?」
茜の質問に、ぴくりと美衣那と萌が反応した。
ハルヴィエドを軽んじるつもりか、というところだろう。けれどなにも心配はない。
「いいえ。父ならすでに説得したわ」
そう、沙雪は晴彦とのことを父に明かしたうえで「私は政略に使われるのか?」と問い詰めた。
彼と交際できたとして、途中で「グループのために他の男と婚約を」となっては困る。
その辺りの事情は初めから明確にしておいてほしい。
もちろんすべて自分のワガママなのだから、縁を切られても納得して受け入れると宣言してある。
「当然ながら父は難色を示した。でも、最後には認めてくれたわ。政略による婚約はない。会社を任せられる人材なら次期社長として修業をしてもらい、そうでない場合は別の人材を立てるだけだと」
もちろん後者なら沙雪が得られる財産は大幅に減ると言われた。
それでも自分勝手な娘に温情をくれたのだから、父の優しさには感謝をしている。
お見合いが持ち上がる前に手を打てたのは我ながらよくやったと思う。美衣那も満足そうに頷いていた。
「ねえ、沙雪ちゃん? まだハルさんとは付き合ってないのよね?」
英子が怪訝そうに問うた。
「はい? ええ、もちろん」
デートは重ねたが、交際はすべての決着がつくまで我慢している。
ただ、もし交際が始まっても家庭の事情で別れさせられるのは嫌だ。そういう盛り上がりはいらない。後顧の憂いは初めから断つに限る。
(私、頑張った)
ちょっと自慢気に胸を張ったのに、なぜか英子と茜はこそこそと内緒話をしていた。
「ねえ茜ちゃん、この子重くない? まだ付き合ってないんだよね?」
「あっ、英子さんもそう思います? ボクも実は最近気づいて。この前、晴彦さんと外国人の美女さんのことじーっと見てたし」
「レティさんは私と同じでマスターのお嫁さんなのに……。これはよろしくない兆候な気がするよ」
「あれ? その発言もけっこう微妙な気が」
思っていた反応と違う。こそこそ話が続いた後、英子がこちらをじっと見た。
「沙雪ちゃん。あなたは、自分の行動に疑問を抱かない?」
「え、え? 特には……。晴彦さんに心配かけずに済んでよかったかな、と」
「えーと、じゃあ例えば、クラスの男子の誘いとかあるでしょ? そういう時はどうしてる?」
「当然すべて断っていますし、男子と二人きりになる状況自体つくらないようにしています」
「えぇ……」
英子は頬の筋肉を引きつらせている。片隅では茜が俯いていた。
(牛丼屋さんでのことがバレたらボクは危険なのでは……?)
「ちなみに茜と牛丼屋に行ったことは、晴彦さんから直接聞いているから大丈夫」
「心読まれた⁉」
これに関しては茜が分かりやすいだけである。
周りの反応は微妙だが、間違った行いはしていないと断言できる。萌もこくこく頷いているし。
晴彦は沙雪に好意を向けてくれている。そんな彼をヤキモキさせるのは本意ではない。
よく「嫉妬されるのが嬉しい」と恋人を試す女性の話はあるが、沙雪は好きな人にはいつも心安らかにいてほしいと思う。
それで時折頭を撫でてくれたなら、もっと幸せ。
「そっかぁ……沙雪ちゃん。ちょっと心理テストしてみない?」
「心理テスト、ですか?」
「うん。やってみたほうがいいよ。今後のために。絶対。本気で」
いきなりの提案に疑問を抱きつつも勢いに押されて頷いてしまう。
すると満足そうに、英子は高らかに宣言する。
「じゃあ、始めよっか。……恋愛心理テスト、重量編!」
◆
今から心理テストを始めます。三つの選択肢から選んでください。
《問一》すぐに電話で呼び出せる異性の友達は何人?
A いない。
B 一人~四人ぐらい。
C 五人以上いる。
──────────
沙雪「Aです。男子の友人は、ほとんどいないので」
茜「ボクはCかな。クラスにも結構いるよ」
萌「えーと、A、かなぁ。あんまり思いつかないです」
茜「……頑張れ、ボクの弟よ」
沙雪(萌は晴彦さんのことを大事な友達と呼んでいたような……?)
《問二》昼食はどのように過ごすことが多い?
A いつもいっしょに食べる人がいる。
B ひとりのときと、友達と食べるときと半々の割合。
C ほとんどひとりで食べている。
──────────
沙雪「Bでしょうか」
茜「A。やっぱり固定メンバーになっちゃうよね。皆で食べる方がおいしいし」
萌「私もAです。クラスの友達といっしょが多いです」
沙雪「私、茜たちが一番の親友だから、クラスではあまり……」
《問三》「彼氏に尽くす」と聞いて最初に思いつくことは?
A 料理・洗濯などの家事で尽くす。
B グチを聞いたり、仕事を手伝ってあげること。
C 欲しがっているものをプレゼント。
──────────
沙雪「Aですね。インスタントを好む人ですから、お世話してあげたいなぁと」
茜「B。というかボク、料理とかお掃除苦手……」
萌「A、かな。そういうの憧れます、えへへ」
にゃ「料理なら私が有利。ハル兄さんの好みは完璧に把握してる」
沙雪「う……精進します」
《問四》好きな異性と話す時、自分の話は結構する?
A 聞き専です。
B 自分と相手の話、半々ぐらい。
C 自分の方が多いかもしれない。
沙雪「Bです。お互いを知って、仲良くなれるのは素敵だと思います」
茜「ボクもB。自分のことばっかりじゃつまらないしね」
萌「Aですっ。好きな人のことは、やっぱり色々知りたいです」
茜「あれ? 萌ちゃん、もしかしてそういう人いるの?」
萌「え? そ、そういう訳じゃないです。想像というか」
《問五》あなたにとって恋愛とは?
A 心のオアシス・よりどころ。
B 癒し。
C ドキドキ。
──────────
沙雪「これは、Aです。彼と会う以前よりも、心地よく過ごせていますから」
茜「う、うーん? Bなのかなぁ……? ドキドキよりも安心できる相手がいいな」
萌「え、Aです。私も初恋とかは、よく分からないけど。好きな人のためなら、きっと今より頑張れると思いますっ」
沙雪「そうね。大切な人のためなら、もっと強くなれる」
茜「……やっぱりそこはかとない疎外感が」
すべての質問が終了しました!
この心理テストは、あなたの恋愛に対する「重さ」を診断します!
◆
心理テストが終わった。
英子が言うには、これは恋愛における重さを測るもの。A・B・Cの回答で一番多かったものが何かで判断するらしい。
「重さ、ですか?」
沙雪はA3個、B2個だった。
「どゆこと?」と小首を傾げる茜がB3個、C1個、A1個。
最後に「え?」とキョトンとしている萌がA5個という結果になった。
「まず誰もいなかったCは軽量級。恋多き小悪魔タイプ。反面恋愛への執着心が薄いタイプかなぁ。茜ちゃんは、一個だけどあるし、実は小悪魔なところがあるのかも?」
「ボクが? んー、ないですよ。小悪魔って複数の男の人に好きになられちゃう、アレですよね? ううん、さすがに無理がある」
軽く笑い飛ばしているけど茜はかわいい。
沙雪からすれば小悪魔という表現もそれほど不思議でもなかった。
「次だね。Bが一番多かった人は中量級」
「ボクだ」
「重すぎず軽すぎず、バランス感覚が優秀なタイプ。まさに男性にとって理想のカノジョだね」
「えー、な、なんか照れるなぁ」
「ただ交際中に安定した関係を保つのは得意でも、出会いから恋愛関係に結び付けるまでに苦戦するタイプ。好きな人と友達のまま、ということもしばしば。気を付けてね」
「気を付けても何も、そういう意味で親しい男の人がいないです……」
茜が理想のカノジョ、というのは理解できる。この子と恋人になれる人はきっと幸せだろう。
さて、次は沙雪と萌の番だ。
「じゃあ最後。Aが一番多かった人は、重量級。いわゆる〝重い女〟だよ」
「お、重い、ですか? 私が?」
英子の宣告は非情だった。突き付けられた事実に、A3個だった沙雪は唇を震わせる。
「うん。Aのあなたは恋人に尽くし、愛することに喜びを感じるタイプ。付き合い始めはいいけど、続くと愛の重さに相手が疲れてしまう可能性も、だってさ」
「そ、そんな。晴彦さん、が疲れてしまう?」
想像もしていなかった指摘に表情をつくろうこともできずに沙雪は慌てふためいてしまう。
「沙雪ちゃん、悲しいけどこれが答えなの」
「あの、もしかして……付き合う前からお見合い対策を打つのは、重かったですか?」
「……残念ながら」
「……」←A5個
だけど好きな人がいるのに婚約話が持ち上がるなんて嫌だ。
どうすればよかったのか、と沙雪は頭を悩ませる。
「あっ、え、英子先輩。胸元に頭を預けて撫でてアピールするのは?」
「さ、沙雪ちゃん……そんなことしてたんだね」
「ね、寝る前に晴彦さんのくれたメッセージを読み直すのは大丈夫ですよね⁉」
「う、それは……まあ、オトメゴコロ的な? うん、それくらいならいいと思う」
「…………」←A5個
よかった。それならスマホの待ち受けが二人で撮った画像でも問題がないということだ。
「でも、わ、私はどうすれば……?」
「Bが二つあったし、そこまでひどいわけじゃないと思うよ? でも、あんまり束縛とかしないように気を付けてね。一呼吸おいて、ちゃんとハルさんのことを考えてあげれば、一途だってことでもあるんだから」
「はっ、はい!」
どうやら自分が少し重いタイプというのは認めなくてはいけないようだ。
ただ、ここで行いを見直せる機会が得られたのは幸いだった。
「とりあえず、まずは晴彦さんに相談します」
「あれ、話しちゃうの?」
茜が不思議そうに聞くけれど、その質問こそ沙雪には意外だった。
「え? だって私一人で考えて行動を変えたら、晴彦さんが戸惑うかもしれないでしょう? 交際は相手ありきのことだから」
「沙雪、いいこと言った。貴女はとても正しい、にゃ」
ちなみに美衣那はAが四つ。彼女も重い側の女性である。
「二人はまだ付き合ってないはずなんだけど……これボクがおかしいのかなぁ」
茜は頭を抱えている。しかし恋愛初心者の沙雪としては打てる手は打っておきたいのが正直なところだ。
「ちなみに、美衣那さん? 沙雪ちゃんのこと、いいんですか?」
「にゃ? ハルが望むなら、それが私の望み、にゃ。沙雪もけっこう好きだし」
「この人も重い……ハルさん大丈夫かなぁ」
なぜか英子は遠くを見つめている。
しかし義妹の了承を得られたのは僥倖だった。
ハルヴィエドは別次元の人ということもあって微妙に常識にズレがある。将来生活を共にすることになっても問題ないよう、今のうちから考えておくのは沙雪の役目なのだ。
「よし、頑張ろう」
決意を新たに沙雪は力強く頷く。
「……え? お、重い? ふ、普通のことじゃ……」←A五個
なお途中から無言になってしまったA5の萌は、最後まで沙雪の発言のどこが重いのか理解できなかったそうな。
◆
後日、基地に戻ったミーニャはハルヴィエド相手に心理テストを試してみた。
「ば、バカな……⁉ わ、私が愛情の重いタイプだと……⁉」
「むしろ気付いていなかったことにびっくりにゃ」
結果はA4個。彼も相当重い男だという事実が明らかになってしまった。
その夜には沙雪からのメッセージも届く。
Sayuki【あの、晴彦さん。私って重い女でしょうか?】
ハルっち【そうは思わないかな。甘えてもらえるのは嬉しい。逆に私はどうだろうか】
Sayuki【いえ、重いと思ったことはありません。少し照れる時もありますが】
ハルっち【なら安心した。やはり心理テストなんて当てにならないな】
Sayuki【本当ですね】
お互いに重い同士なので噛み合ってしまい、問題なしで一件落着したようである。