聞きたくても聞けないこと
浄炎のエレスは首領セルレの懐に飛び込み、近接戦を仕掛ける。
戦いは激しくなっていく。炎をまとったパンチで攻撃するが、相手は六本の腕で防御と攻撃を同時に行う。パワーも尋常ではないく、単純な力の差で競り負けてしまった。
「うっ、わわ⁉」
緑色の巨漢が放つ痛烈な一撃。ガードしても体が吹き飛ぶ。その瞬間を狙いすましてフィオナとルルンが魔法を放つ。
「ルルン、合わせて!」
「はいっ、フィオナさん!」
魔力を宿した大量の水が塊となって巨体を襲う。並みの怪人なら一撃で倒せるだけの威力がある。
ダメ押しとばかりに花びらの刃。なのに、その両方を受けたはずの首領セルレは、勢いに押されて後ろに数歩退いた程度だった。
『なかなかやるのう。今度はこちらの番なのじゃ!』
首領セルレが構えをとった。
『……えーと、後ろ・斜め後ろ・下・斜め前・前・A+B、と』
声が小さくて聞き取れなかったが、おそらくなにかの呪文だろう。がばりと大口を開けたかと思えば、火炎の息を吐く。それは明確にフィオナを狙っていた。
「二人とも、下がって!」
咄嗟に反応したフィオナが水で障壁を作る。
骨まで焼きつくす勢いの炎だったが、どうにか防ぎ切れたようだ。
その隙にエレスは飛び出し、頭に目がけて蹴りを放つ。しかしそれも複数の腕で防がれてしまう。
「強い……! ボクたちの攻撃が全然効いてない」
「さすがは首領、ということかしら」
「うぅー……」
三人がかりでようやく戦えるレベル。首領セルレは恐ろしい男だ。
ただエレスは少しだけ奇妙さを感じていた。攻撃を向ける先がフィオナに偏っているような……?
『むぅ、さすがに強いのう。ハルヴィエドが心配するのも分かるのじゃ』
低く重い声だ。こぼれた言葉に、なぜかフィオナとルルンが反応した。
「なぜ、ハルヴィエド・カーム・セインはあなたに従っているの?」
フィオナが探るように問いかける。
『なぜ? なぜ、か。いろいろと理由をあるようなのだが……。むぅ、分からん。分からんが、これだけは言える』
首領セルレは愉快そうに肩を揺らした。
『ハルヴィエドが私を裏切ることはない。もしも裏切られたとすれば、それは私の不徳なのじゃ』
自信に満ち溢れた発言だ。妙に親しげなところがある統括幹部を、この男はとても信頼しているらしい。
『私が私である限り、あやつは従う』
「くっ……」
「うぅ」
何故かフィオナもルルンも顔をしかめた。首領と幹部の結びつきが強いのはロスト・フェアリーズにとっては嬉しくない事実である。それでも過敏に反応しすぎているとは思うが。
『……あと、一つ教えておこう。私は、ハルヴィエドに頭を撫でられたことがある』
超野太い声で語る首領セルレに、エレスは自分の耳を疑った。
ものすごい筋肉をした緑色の化け物が、六本の腕を向けたまま変なことを言い出した。恐ろしい顔がくしゃりと変形する。もしかしたら笑ったのかもしれなかった。
『あやつはな、私に勉強を教えておる。問題が解けた時は、たくさん褒めて、頭を撫でてくれるのじゃ!』
どうやら聞き間違えではなかったようだ。
ツッコミどころが多すぎて、エレスは思い切り混乱していた。
モンスターみたいな首領の勉強をあの幹部が見てるの? しかも褒めて伸ばすタイプなの? あんな冷たそうな顔をしてるのに。
腕六本あるけど、どの手でペンを持つんだろ。
というかあんなに体おっきいのにどうやって頭撫でるの?
「な、なんて非道な。そんなことを無理矢理……?」
『非道? ふふん、言ったであろ? あやつは私に従う』
ねえ、フィオナちゃんは何で驚愕の表情をしてるの?
なんで首領セルレは勝ち誇ってるの?
『おそらく、頼み込めば嫌がりながらも添い寝すらしてくれるであろう!』
なにが言いたいのこのマッチョ⁉
え、どゆこと? 嫌がる統括幹部を無理矢理添い寝させるってどういう趣味なの?
分からない、浄炎のエレスにはまったく理解ができなかった。
「デルンケムの首領さんが、ひどい人なのは分かりました……」
ぷるぷるとルルンが震えている。
すごく怒っているのだと思う。しかし、もともとかわいいから「むぅー」といった感じの表情にしか見えない。
「メイちゃん、力を貸して。聖霊天装ルルン=メイ……!」
「なんでこのタイミングで⁉」
エレスのツッコミを無視して、萌花のルルンが輝きに包まれる。
普段の妖精衣が一度魔力に変換され、再構築された。
妖精と心を繋いだ者だけが可能とする境地、【聖霊天装】。何が気に障ったのかは分からないけど、ルルンはいきなり全力を開放した。
フィオナがそんな彼女の肩にポンと手を置く。
「ルルン、気持ちは分かるけど落ち着いて?」
「フィオナさん……」
ああ、分かるんだ?
「あの人に、嫌われてしまうかも。……でも私は、正しさも平和も欲しい」
少し寂しそうにフィオナが呟いた。
「首領セルレを止めない限り、ハルヴィエドの歩みも止まらないと理解できた。……だから私は、あなたを打倒する」
今度は清流のフィオナがその姿を変える。
周囲に浮かぶ清らかな水はまるで天女の羽衣のよう。エレスでさえ見惚れてしまうくらい優美な光景だった。
「月夜の妖精リーザ……お願い、私と共に。聖霊天装、フィオナ=リーザ」
フィオナがエレスを、次にルルンを見た。
お願い、力を貸してほしい。言葉はなくともその瞳から、親友の心を確かに受け取った。
どうやらフィオナは真っ向から首領セルレに戦いを挑むつもりらしい。
ならばエレスもためらってはいられない。
『ふむ。こちらも毒婦呼ばわりは撤回せねばならぬかのう。……が、まだお前を認めるつもりはないのじゃ』
緑色の巨体が改めて構える。そうして妖精姫と首領セルレは再び激突した。
◆
873:名無しの戦闘員
緑マッチョ男「ハカセが頭撫でてくれるの!」
874:名無しの戦闘員
やめてwwww
875:名無しの戦闘員
くっそワロタwww
876: 名無しの戦闘員
分かってるんだ、中身はのじゃっ子首領ちゃんだって分かってんのにw
877:名無しの戦闘員
ムキムキボディ「嫌がりながらも添い寝してくれるのじゃぁ」(迫真
878:名無しの戦闘員
だからやめろっつってんだろw
879:ハカセ
すっごく誤解を招く言い方です
というか前に「もう大きくなったんだから一人で寝なさい」的なこと言ったのに
880:名無しの戦闘員
あの体格の男が言ったら「強制でベッドに連れ込むぞ」って意味にしか聞こえねぇw
881:名無しの戦闘員
そりゃあフィオナちゃんも怒るよ
立場を利用して自分の想い人を従わせてるんだから
882:名無しの戦闘員
※事実とは異なります
883:名無しの戦闘員
単に首領ちゃんに甘いだけです
てかフィオナちゃん首領ちゃんの正体気付いてないよな?
884:名無しの戦闘員
たぶん六腕緑マッチョ男が首領だと思い込んでる
……あれ? もしかしてハカセ、首領ちゃんに添い寝してって頼まれたことあるの?
そっちの方が気になるんですけど?
885:名無しの戦闘員
傍目には悪の首領と正義の変身ヒロインの戦い
内実は妹vsお兄ちゃんの好きな人
俺らにとっちゃただのコントw
886:名無しの戦闘員
いや、一応フィオナちゃん的には平和のためのバトルだと思うよ?
勝利の先にハカセっていうトロフィーがあるだけで
887:名無しの戦闘員
首領ちゃんは完全にハカセを奪おうとする女の子に当たり散らしてるだけじゃねーかw
888:ハカセ
>>884
ちっちゃい頃の話やで?
最近はさすがに断っとるわ
なんでこんな言い争いになるんや……ちょっと予想してませんでした
889:名無しの戦闘員
そこは予想しとこうぜ
ハカセは普通にデルンケムの要だし、首領的には最後まで残ってくれた幹部だし
病気の解決策をくれた恩人で家族みたいな付き合いしてきたんだから
890:名無しの戦闘員
そりゃ手放したくないわな
でも実際どうするん?
891:ハカセ
どうもなにもワイはフィオナたんのこと好きやけど悪の組織の科学者ポジ
首領を裏切る気はないなぁ
892:名無しの戦闘員
初恋を簡単に捨てに行くなよ
893:名無しの戦闘員
私と仕事どっちが大事なの⁉ で一択仕事を選ぶやつ
894:ハカセ
そうでもないで
首領が納得できる形を求めつつフィオナたんのことも諦めんつもりや
フィオナたんにああまで言わせてもたからな
それくらいせんとワイとしても座りが悪いわ
895:名無しの戦闘員
悲壮な決意とかじゃなくて単に両取りしにきやがった
896:名無しの戦闘員
フィオナちゃんだって平和もハカセも欲しい発言してるもんな
俺は応援するぞ
897:名無しの戦闘員
結局恋愛的な意味での好きはフィオナちゃんだけか
そう考えると首領ちゃんちょっとかわいそう
898:名無しの戦闘員
でもあの子って今は男の子でも女の子でもないわけやん
実際ハカセに対してどんな感じなんやろ?
899:名無しの戦闘員
たぶん好きなのは間違いないと思う
どのくらい深いかは正直分からん
900:名無しの戦闘員
ハカセを手放さない発言は「おおっ!」てなったけど、組織の要で恩人で教師役世話役で家族みたいなもんでもある
ハカセがこなしてる役割が多すぎて、変な話どの意味にもとれるんだよなぁ
901:ハカセ
うーん、懐いてくれとるとは思う。
ただ首領にとって一番大切なのはやっぱり先代の遺志で、その次に大事なのはアニキなんちゃうかな
ワイはあくまで統括幹部代理やし。
それでもフィオナたんに強く当たる程度にはワイにも執着してくれてるんやな
信頼であれ親愛であれ、あそこまで言ってもらえて驚きつつも嬉しい
ワイ、やっぱり首領も組織の皆も見捨てられんわ
それはそれとしてフィオナたんとは結婚するつもりやけど
902:名無しの戦闘員
ハカセは時々恥ずかしいことを普通に書き込んでくる……
903:名無しの戦闘員
悪の組織にこう言うのは変だか首領ちゃんも応援したいな
904:名無しの戦闘員
実は俺まじめに首領ルート推し
905:名無しの戦闘員
ハカセちょっと漢気見せてくんない?
デルンケム継いで本気のハーレム
906:ハカセ
漢気という名の無茶振り
907:名無しの戦闘員
それはそれとして一応戦闘終わったみたいだぞ。
908:名無しの戦闘員
おー、ロスフェア優勢だったけど決定打はなしで互角な感じか
猫耳ちゃんが途中で止めたみたい
909:名無しの戦闘員
猫耳と首領がなんか話してるっぽい
くっそ、緊急生放送の映像じゃ普通の会話は聞き取れないんだよな
910:名無しの戦闘員
セルレリアンの叫びはデカいからちゃんと拾えてる
そのせいで首領が異常なほどハカセに執着してることだけはお茶の間に流れとる
911:名無しの戦闘員
でもどっちも無事でよかったンゴ
912:ハカセ
そこは同意
首領も頑張ったし、たくさん褒めてやらんとな
913:名無しの戦闘員
保護者が板につきすぎじゃない?
914:名無しの戦闘員
ガチバトルを運動会感覚で捉えとるよな絶対w
◆
「首領、ここでお終いにゃ」
首領セルレとの戦いは苛烈を極めた。
エレスとルルンの助けもあり、戦況は妖精姫側が優勢だった。しかし倒し切れず、途中で忍び装束の少女に止められてしまった。
……この子も相当強い。
清流のフィオナはいつでも動けるよう相手の動きを注視する。
『止めるな。これは避けられぬ戦いなのじゃ』
「ダメ。ハルにも頼まれてる、にゃ」
『むむ、それを言われると弱い……。仕方ないのう。敵をこの目で見られただけでも良しとするかの』
「いい戦いだった。ナイスファイトにゃ」
『なんか楽しんでない?』
首領セルレはあっさりと引いた。
猫耳少女……別人に見えるけれど、状況を考えたらおそらく美衣那だ。
彼女も嫌々従っているようには見えない。ハルヴィエドといい、首領セルレにはそれだけ強いカリスマがあるのだろうか。
『では、帰るとするかの』
「ま、待ちなさい……!」
あれだけの攻撃を受けたのにダメージを全く受けていないかのような振る舞い。
この男に勝てるの? 少しの不安を振り払い、フィオナは首領セルレを呼び止める平然と言葉を返される。
『待たぬ。早く帰って、この体の面倒をハルヴィエドに見てもらうのじゃ(整備的な意味で)』
面倒? 整体や治療、マッサージだろうか。
同性だからその程度は別に気にすることではないのかもしれないが、首領セルレはハルヴィエドにそんなことまでさせているのか。
「むぅ……なんかずるい」
ルルンが不満そうに頬を膨らませている。正直なところフィオナも同じ気持ちだ。
「……部下の使い方が荒いのね?」
『自覚はあるのう。組織の運営はあやつ一人にやらせておるようなものじゃし』
なんということだ。どうやらこの男は、ハルヴィエドが従順なのをいいことに、まるで奴隷のように酷使しているらしい。
「やはり私は、あなたを受け入れられそうにないわ」
『それはこちらも同じ。清流のフィオナに萌花のルルン。どうやら私達は争う運命にあるようじゃ。いずれ決着を付けようぞ』
首領セルレはロスト・フェアリーズを明確な敵として見定め宣戦布告をした。
そして最後にエレスを睨み付ける。
『そして浄炎のエレスよ……ちょっと巨乳だからってハルヴィエドを誘惑できると思うなよ?』
「一瞬たりとも思ったことないよ⁉」
とんでもない捨て台詞を残して、首領セルレと猫耳少女は空間転移を用いてこの場を去った。
それを見送ったフィオナたちは何とも言えない複雑な心境だ。
ただ、心は決まった。
平和のため、そしてハルヴィエドのためにも。
清流のフィオナはなにがあっても首領セルレは倒さなければならない。
◆
927:名無しの戦闘員
今回の戦いSNSでちょっとした騒ぎになってるな
928:名無しの戦闘員
ついでにハカセについてもいろいろ意見出てるぞ
【首領セルレやばい】
【あの幹部、実は虐げられてるんじゃ】
【ムリヤリ働かされてる感がする】
みたいな感じ
929:名無しの戦闘員
わりと事実なんで否定しきれんw
930:ハカセ
ムリヤリどころか進んでやっとるんやけどなぁ。
931:名無しの戦闘員
でもさ、今回の首領ちゃんってちょっとダメじゃない? ハカセ的にはさ
932:名無しの戦闘員
どういうこと?
933:名無しの戦闘員
それ俺も思った
だってさ、今回の件でハカセがかわいそうな人扱い受けてんじゃん
934:名無しの戦闘員
言い方w
935:せくしー
以前のテレビ討論では、誰が図面を引いたのか全く分かりませんが『ハカセさんが首領を象徴として好き勝手している』という論調でした
ですが今回の首領の言動からすると『首領がムリヤリ仕事を押し付けている』かのような印象を受けました
つまりハカセさんはそんなに悪くないんじゃないか、ということです
これではいざという時にハカセさんが悪者になって事態を終息させるのは違和感がありますね
936:名無しの戦闘員
そーそー、だからハカセ的には嬉しくないんじゃね?
お前いざって時は自分犠牲にするタイプだろ
937:名無しの戦闘員
実は今回の首領ちゃんの狙いってそれだったりして
何かあった時ハカセは悪くないよーって印象付けたかった、とか
938:名無しの戦闘員
いや、あのちょっとおバカなのじゃっ子に限ってそれはない
939:名無しの戦闘員
うん、顔見てないけど分かる
首領ちゃん間違いなくアホの子だ
940:ハカセ
……実際のとこ、どうなんやろな?
941:名無しの戦闘員
娘を持った既婚者からハカセにいいことを教えてあげよう
子供がいつまでも子供だと思うのは親の願望でしかないぞ
だからフィオナちゃんが好きなのは否定しないけど、首領ちゃんのこともしっかり見てあげてくれな
◆
その夜、神無月沙雪は送るメッセージの文面で悩んでいた。
「首領セルレのこと、聞きたい。マッサージとか、色々。でも、面倒くさいって思われるかも。だけど……」
嫉妬したのは首領ちゃんだけではありません。