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わたしとあなた


 静かな公園に二人。

 なのに甘い空気は流れてくれない。


「“ハルヴィエド”は、悪い人ですか?」


 責めるのではなく、冷静な声音で沙雪は問う。

 彼の方も身構えず自然体で受け答えをしてくれた。


「悪の組織の科学者ポジだからな。相応に悪い奴のつもりではいるよ。君に嫌われるようなこともたくさんしている」

「それは誰かのためですか? 美衣那さんを人質に取られたり」

「バカにしないでくれ。あの子は、自分の意思で立っている。プライベートでは自由に振る舞っているみたいだが」

「ありがとうございました。……嬉しいです」

「どういたしまして、でいいのかな?」


 冷徹な美貌の青年が柔らかい笑みを浮かべた。

 答える義理なんかないだろうに、彼は言える精一杯を教えてくれた。

 美衣那もきっと悪の組織側。だけど強制はされておらず、沙雪との交流は計略ではない。

 彼は本当に悪いことをしている。しかし非道な行いを愉しみ、快楽を得るような性質ではない。

 そして誰かのためという質問だけは肯定も否定もしなかった。

 それが逆に、誰かを庇っているのだと証明する。

 きっと組織に留まっているのはその人のためだろう。……相手が女の人じゃないといいなぁ、なんて思う辺り沙雪は相当まいっている。


「……ちなみに、付き合ってる人がいないの、嘘じゃないですよね?」

「ああ、と。そ、そういうお相手は、なかなかできないね」


 なら安心、“ハルヴィエド”への確認は十分だ。

 質問が途切れると彼は小さく肩をすくめた。


「謝っておくよ。結果として騙すことにはなった。だが近付いたこと自体に企みがあったわけではない(安価の結果です)」

「分かります。あなたがもっと狡猾なら、私達はとっくに終わっていましたから。でも、なにかしらの打算は、あったんですよね?」

「ああ。組織よりも私個人の都合ではあるが」


 素直に話してくれるハルヴィエドに感謝しつつ、沙雪はさらに踏み込む。無遠慮だと思われても、ここを逃したらきっと後悔する。


「では改めて教えてください、あなたのことを」

「私の目的、か?」

「いえ。萌に送ったたこ焼きパーティーの画像は、偽物ですか?」


 その質問が虚を突いたようで、彼は一瞬きょとんとしていた。

 しかし意図に気付いたのか、少し間を空けてから微笑んだ。


「いや、実際にやった。球形が作れなくて大変だったよ」

「カップラーメンが好きなのは?」

「それも本当だ。もともと濃い味が好きだし、カップ麺は私達の次元にはないんだ」

「猫をかわいいと思いますか?」

「肉球をぷにぷにすると心が安らぐ。どうにも忙しい身でね。たぶん、無意識に癒しを求めているんだろう」

「それなら……」


 首から下げた守り石を彼に見せる。


「これは、発信機ですか? それとも、なにか呪われたアイテムだったりしますか?」

「……いいや。何の力もない、ただのお守り代わりだ」


 そうと知れて、沙雪はほっと安堵の息を吐いた。


「これのおかげで、私はまっすぐに前を向けました。あなたの意図がどうあれ助けてもらえたと思っています」

「そこまで大仰なことをしたつもりはなかったんだが」

「だとしても、ありがとうございます。あの時悩んでいた私に声をかけてくれて」


 守り石だけではない。

 マスターから聞いた過去に、一人ぼっちだった子供の頃の自分を重ねた。

 美衣那をお世話してきた兄としての姿に温かな気持ちを覚えた。

 クラスの女子が彼を誉める度に複雑ながらも誇らしかった。

 あなたの素敵なところを、たくさん知っている。


「私は、あなたを値踏みします。騙されていた、敵だった。それでも私が好きになった部分は、確かに本物でした。なら私にとっての価値は崩れない。好きの言葉は、撤回しません」


 彼がデルンケムの統括幹部代理であることには変わらない。

 しかし沙雪が惹かれたちょっと変なお兄さんもちゃんと存在していた。

 ならば好きという気持ちだって、きっと間違いではなかった。


「今度は、あなたが値踏みしてください。清流のフィオナでない〝わたし〟は、あなたにとって価値がありますか?」


 自分で問いかけておきながらひどく緊張している。

 計略のために近付いただけ。そう言われたらきっともう立ち上がれない。

 でも一つ、信じられることがある。この不器用な人はまっすぐぶつかったならそれに応えてくれる。


「……そうだな。君は、初期の頃たった一人で戦っていただろう?」

「はい。浄炎のエレスが参戦してくれるまでは」

「その姿が私には少し懐かしく思えた。なんだろう、寂しそうな眼をしているのに、一人で必死に頑張って。そう言えば昔、似たような真似をしていたな、とね」


 遠い思い出を語る彼の声はとても優しい。

 悪の組織の人だなんて信じられないくらいに。


「つまり、ファンだったんだよ、君の。私は父のためだったが、君は見も知らぬ誰かのために必死で頑張っていた。……純粋に、眩しかった」

 

 そう言われると照れてしまう。

 最初は、初めての友達である月夜の妖精リーザのためだった。

 戦い続けられたのも茜や萌がいたからだ。それでも自分の姿が彼の目に焼き付いていたというのなら嬉しい。


「で、推しのアイドルと偶然知り合えて、普通の女の子としての一面を見た。同時に、この子も寂しい幼少期を送ったのだろうと何となく察せた。それでも歪まない君を見て。まあ、恥ずかしながら。惹かれていたんだろうなぁ」


 冷酷な幹部ではない、飾らない声に頬が熱くなる。

 そこで彼はじっと沙雪の目を見つめた。


「私も値踏みしよう。私にとって君は、無理にでも手に入れたいくらいの価値がある」

「ええ、と。それは、その、つまり。りょ、両想い的な……?」

「うん。実は、私にとって君は初恋、だったりする。最近友達に気付かされた。本当だぞ」


 ちょっと照れ臭そうに念を押される。

 沙雪は思わず両手に力を入れる。飛び跳ねたくなるくらいの喜びが全身に満ちていた。


「なあ、デルンケムに来ないか? 私は、君が好きだよ。どうだろう、濁流のフィオナなんて名前は。闇堕ちヒロインは流行りだと聞いた。今なら即幹部入りだ。……いや、うん。マジメに私を助けてくれないか?」


 彼はおどけた風にそんな誘いをかけてくる。

 さらりと好きと言われて胸が高鳴った。けれど平気なふりをして冗談っぽく返す。


「そちらこそ、私たちの側につきませんか? 変身ヒロインには、温かく見守ってくれるお兄さん枠が必須なんです」

「追加戦士じゃないのか?」

「それでもかまいませんよ。私がピンチの時には助けに来てくれますか?」

「いいね、ヒーロー役は柄じゃないが嫌いでもない」


 沙雪の冗談に乗っかってくれる。リズムよく言葉を交わし、お互い堪えきれず声を出して笑った。


「ふふ。いいですね、どちらも楽しそうです」

「はは、悪くないシチュだね」


 ああ、楽しい。

 好きな人が自分を好きになってくれるって、なんて幸せなことだろう。


「だが、ごめんだな。私には譲れないものがある」

「すみません。悪の組織に屈するなんて、できません」


 それでもきっと、捨てられないものはあるけれど。


「すまない。君が好きというのは本当だよ。だけど放り出すには“ハルヴィエド”は重すぎる。これで案外、大切にしたいモノが多いんだ」

「私も、あなたが好きです。その上で“清流のフィオナ”としてデルンケムと戦います。それが友達との約束だから」

「こちらも首領を裏切る気は一切ない」


 本当は最初からこうなると分かっていた。

『わたしとあなた』を望んでも、意地っ張りで頑固な二人は『清流のフィオナとハルヴィエド』に帰結する。


「……それでも、私たちは両想いだったと、胸を張ってもいいですよね?」

「君がそう思ってくれるなら、私も嬉しいな」

「はい。それでは、晴彦さん」

「うん、沙雪ちゃん」


 最後には『沙雪ちゃんと晴彦さん』に戻って、どちらからともなく公園を後にした。

 別れの挨拶はなかった。

 さよならもまた会いましょうも、口にすると違う意味を持ちそうで怖かった。

 夕暮れは過ぎ去って空は藍色に移り変わる。ぽつりぽつりと瞬く星の下で、沙雪は小さく溜息を吐く。


「あーあ」


 彼女にとっても初恋だ。デートも楽しかったし、両想いと知ってすごく嬉しかった。

 なのにうまくいかなかった。大成功で大失敗の一日。恋愛というやつは、やはりとても難しいようだ。


「ううん。まだ、私は……」


 しかし涙は零れないし、落ち込みもしない。

 沙雪は一度自分の頬を両手で叩き、気合を入れ直してから帰路についた。


 夜道を歩きながら沙雪は思う。

 独り戦っていた私を眩しいと言ってくれた彼。

 同じように独りで頑張っていたあの人を、今度は私が褒めてあげたい。

 頑張ったねって、すごかったよって。

 そうあなたに伝えられる私でありたいと、改めて思った夜だった。




 ◆




835:ハカセ

 おー、みんなすまん

 せっかくいろいろ考えてくれたのに、うまくいかんかった


836:名無しの戦闘員

 そっか……


837:名無しの戦闘員

 あんま気にすんなよ


838:ハカセ

 サンガツ

 でもちょっとさすがに疲れたから今日は休むわ


839:名無しの戦闘員

 おう、お休み


840:名無しの戦闘員

 いい夢は見れんかもしれんけど、明日はまたグダグダ愚痴りに来てくれよ


841:せくしー

 おやすみなさい

 私はあまり心配していないですよ、ハカセさん

 女の子ってけっこう強いんです


 ・

 

 ・


 ・


27:名無しの戦闘員

 とまあ、昨夜はしんみりムードでしたがw 

 まさか一日も続かんとはwww


28:名無しの戦闘員

 いやー笑ったw


29:名無しの戦闘員

 ロスフェアちゃんってすごい

 僕はそう思った


30:名無しの戦闘員

 実際あれはすげーわ

 分かるのはハカセとせくしーとにゃんJ民だけっていうステキ仕様なのがまた


31:名無しの戦闘員

 こうなると俄然フィオナちゃんを応援したくなってきたw




 ◆

 



 その日も怪人と魔霊兵が街を襲う。

 被害が出るよりも早くロスト・フェアリーズが駆け付けた。 

 市民は可憐な妖精姫の活躍に沸いている。中でも注目されているのは萌花のルルンだ。今まで一段劣ると評価されていた彼女が、ここに来て飛躍的に実力を上げていた。


「行きます!」


 花吹雪が魔霊兵たちを切り刻む。

 以前とは違い闘争心が強くなった。そのおかげかルルンは怯まずに戦い続ける。


「やったぁ! ルルンちゃん、すごい!」


 その変化に浄炎のエレスは戦いながら元気よく声を上げた。 

 清流のフィオナもまた普段以上に気力に満ちている。中距離での支援をこなしつつ、一人で怪人を圧倒してしまった。

 今回の敵は蜂蜜怪人ハニリオン。

 ハチがモチーフだろうに、毒針ではなく「ハチミツを固めて鈍器にする」という特殊能力がメインなのは致命的に間違っている。しかもハチミツが炎で柔らかくなるというおまけ付き。もっとも、相性に関係なくフィオナが勝利を収めたのだが。


「もしかしたら、ハルヴィエドってバカなんじゃ……」 


 代表格のエレスの呟きにルルンが異を唱える。  


「……違いますよ、きっと」


 戦いの場だというのに切ない吐息を漏らす。

 おそらくルルンは弱点のある怪人の意味をなんとなく察したのだろう。


「そうね……」


 同じようにフィオナも憂いを滲ませたが、次の瞬間には決意に満ちた瞳に変わった。

 難無く怪人たちを倒したロスト・フェアリーズ。市民の歓声を浴びながらフィオナが一歩を踏み出した。


「見ているのでしょう、ハルヴィエド・カーム・セイン」


 今日の戦いには統括幹部代理は参加していなかった。

 しかしこの状況をどこかから監視していると判断し、力強く空を見つめる。


「きっと、あなたにはあなたの理念が、守るべきものがある。だとしても悪をなす組織に属するハルヴィエドを、清流のフィオナは否定する。どれだけ崇高な理念でも、過程を間違えれば願った場所には辿り着けないと思うから」


 フィオナは透き通る声で彼に言葉を伝える。


「でも、ここに宣言する。“清流のフィオナ”は必ずデルンケムを止める。そして“私”は必ずあなたをこの手で確保し、罪を償わせてみせる。逃がすつもりはありません……覚悟してください」


 あまりにも晴れやかな笑みだった。

 打倒デルンケムの宣言を聞いて再び市民が騒ぎ出す。かわいらしくも頼れる変身ヒロインに多くの賞賛が向けられる。


「そ、そうです! 私たち正義の味方ですから! 悪の科学者さんが改心するまで、じーっくり教えてあげないといけないですよね!」


 ルルンもフィオナに賛同して、こくこくと頷いている。


「ええ、ルルン。その通りよ、そんなに簡単に許してはいけないわ。そして彼の改心も私たちの役目だと思うの」

「ですです! さすがフィオナさん!」

「え、なにが? ちょ、ボクなんか仲間外れにされてない?」


 心優しい妖精姫たちは笑顔で語り合う。

 正義のため、人々のため。その想いは変わらない。

 だとしても胸に宿るあたたかいなにかを否定する気もない。

 こうしてロスト・フェアリーズの活躍により今日も平和は守られたのだった。




 ◆




32:名無しの戦闘員

 現地班が聞いてきた宣言には驚かされた

 フィオナちゃんすごいっていうか愛が重いぜw


33:名無しの戦闘員

 意訳「デルンケムはどうにかするけど、それはそれとしてハカセさんは手に入れます。逃がしませんから覚悟してくださいね♡」

 全部の事情知ってるハカセとにゃんJ民にしか分からない告白ですねこれw


34:名無しの戦闘員

 フィオナちゃん水の妖精姫って嘘だろ

 炎じゃん。めちゃくちゃ情熱的な求愛じゃん


35:名無しの戦闘員

 デート失敗の翌日即プロポーズとはたまげたなぁ……


36:名無しの戦闘員

 でもよかった、フィオナちゃんは悲恋にするつもりないみたい

 ……一歩間違えればヤンデレ展開な気がしないでもないが


37:名無しの戦闘員

 正義の味方しつつハカセも欲しいっていう超わがままムーブ見せつけてきたぞ

 俺は全然応援するけどねw


38:名無しの戦闘員

 昨日のシリアスなんだったんだよw

 それはそれとして今回の一番の笑いどころはエレスちゃんだよな


39:名無しの戦闘員

 ワイドショーでもおもくそ映ってたからな

 フィオナちゃんが宣言し始めた時の「えっ⁉ なにそれ聞いてない⁉」的な驚き顔が


40:名無しの戦闘員

 ルルンちゃんも賛成したもんだから

「うそ、ルルンちゃんも⁉」みたいな感じでびっくりしてたよなw


41:名無しの戦闘員

 その後もフィオナちゃんとルルンちゃんを交互に見て「なにこれ? え? どゆこと?」状態

 もはやコントとしか言いようがない


42:名無しの戦闘員

 レッドなのに完全に蚊帳の外だった

 実際ハカセの正体知らないし蚊帳の外ではあるんだが


43:名無しの戦闘員

 あれ? でもルルンちゃん記憶消されたはずじゃ?


44:名無しの戦闘員

 あくまで暗示での対処だし完全に忘れ切ったわけじゃないんだろ、たぶん

 心のどこかではなんちゃら的な


45:名無しの戦闘員

 ハカセ、よかった

 本当によかったンゴぉ……。


46:名無しの戦闘員

 早く夜にならないかなぁ

 ハカセの書き込み待ってるぞ~


47:名無しの戦闘員

 あの宣言ってつまりハルヴィエドの譲れないものに清流のフィオナとして決着をつけて、その上で何者でもないハカセが欲しいっていう求愛だろ?

 それもうヒロインじゃないよね

 勇者フィオナとハカセ姫だよね


48:名無しの戦闘員

 もともとヒロインポジはハカセやからな


49:名無しの戦闘員

 フィオナちゃんからの熱烈アピール、どうするつもりなんかね?


50:名無しの戦闘員

 ロスフェアの方針としてはデルンケムとの戦いは続行

 ただし潰すでなく「止める」という言葉を使った辺りハカセの心情に配慮して情状酌量の余地は残すっぽい

 ハカセの覚悟は理解するが、侵略は悪いことだから止めたい。その上で罪を償うべ。

 ただしフィオナちゃんはそれを見届けるつもり、おそらくはハカセの傍で

 首領ちゃんを助けたいハカセとは相反するが、それでも好きだって気持ちは揺らがないっていう声明なわけだ

 これが十代の女の子か……。


51:名無しの戦闘員

 いや、女の子は強いわ

 なんにせよフィオナちゃんはちゃんと答えを出したんだから今度はハカセの番

 もうしばらくは弄れそうだなw




 ◆




 ハルヴィエドはデバイスを眺めながら、複雑そうに小さな笑みをこぼした。


 Sayuki【どこかの誰かの戦いに決着が付いたら、その時は公園の会話の続きがしたいです】

 Sayuki【勝っても負けても恨みっこなしですよ】 


「……普通にメッセージきてるし」


 ただ、嬉しかったことだけは間違いなかった。




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