清流のフィオナとハルヴィエド
約束の時間よりも早く駅前に到着したハルヴィエドは沙雪が来るのを待っていた。
すらりとした立ち姿の美青年は周囲の注目を集めているが、なんのことはない彼はただの童貞である。
デートさえ今日が初めてのため、冷静な表情を作ってみせても実際はまったく余裕がなく全力でそわそわしている。なんならカリカリ餌を前にした野良猫の方がまだ落ち着いているレベルだった。
それだけ神無月沙雪という少女に真剣ということでもある。
ハルヴィエドの故郷では十五歳は成人。だから沙雪に対しても一個人、一人の女性として思いを寄せている。初恋の自覚もなかった拙い恋愛感情だが、好意は偽りではなかった。
お互い取り巻く環境に問題があるのは理解している。しかしそれを理由に自身の心から目を背けたくはなかったし、そんな彼をにゃんJ民たちは応援してくれた。
だからハルヴィエドは今日のデートで一つの答えを出そうと決めていた。
◆
187:せくしー
いました、ハカセさんです。駅前の噴水の近くでフィオナさんを待っていますね
服装はラフな感じでまとめており、ちょっと見えた鎖骨に色気が滲んでいます
……改めて見るとあの人目立ちますねぇ、頭身が完全にモデルですよ
待っているだけなのに絵になります
188:名無しの戦闘員
中身さえ知らなければ普通のイケメンなんだよなぁ
中身さえ知らなければ(重要
189:名無しの戦闘員
せくしーちゃんもおっとり美女だってハカセが言ってたぞ
あとすごくいい子だって
190:名無しの戦闘員
あれ、約束の時間って午前十一時だったよな?
まだ十時前……
191:名無しの戦闘員
言ってやるな、ハカセにとっちゃ初恋だ
気分的には男子中学生の初デートなんだから
192:名無しの戦闘員
せくしーさん大丈夫?
ハカセって神秘に対するセンサーの感度が高いって聞いたけど
193:せくしー
>>189
あの人の言うことは話半分でお願いします。身びいきがすごいので
問題ありません。察知できる範囲の外で魔力による視力強化を行えばいいだけですから
猫耳ちゃんから教わった読唇術で会話も完璧に把握できますし、死角をカバーする小細工も一通り修めています
194:名無しの戦闘員
おい、せくしー全力だぞw
195:名無しの戦闘員
幹部の中でもダントツと言われた素質をこんなとこで発揮してやがるw
196:せくしー
来ました! フィオナさんです!
時間は十時六分……あの子もかなり早いですね
白を基調とした清楚なコーデ、偶然でしょうがハカセさんがグッときそうな選択です
ハカセさんの姿が先にあるのを見つけてちょっと小走りになりました
197:名無しの戦闘員
フィオナちゃんも待ち合わせ時間より早く来たか
198:せくしー
フィオナ「すみません、遅くなりましたっ」
ハカセ「いいや、私も今来たところだよ」
約束より一時間も前なのにこのやりとり
初々しい、初々しいですよハカセさん
少女マンガで読んだシーンそのままです
199:名無しの戦闘員
楽しんでんなーせくしーちゃんw
200:名無しの戦闘員
ベタなデートのあれだ!
201:せくしー
フィオナさんの方も満更ではないようです
古いやりとりと聞いたのですが若い女性でも嬉しいものなのでしょうか?
202:名無しの戦闘員
俺らにイマドキの女子高生事情聞かれても
203:名無しの戦闘員
ここ数年マッマと店員さん以外の女の人と喋っていませんが何か?
204:名無しの戦闘員
>>203
職場の同僚は?
205:名無しの戦闘員
>>203
働け
206:せくしー
とりあえず駅前から移動するようですね。移動の最中もお喋りしています
ハカセ「その服、とても似合っているよ。か、かわいいと思う、うん」
フィオナ「あ、ありがとうございます」
意識していない私を褒める時はスムーズなのに
フィオナさん相手には若干どもるのがいかにもハカセさんです
まだ手を繋いだりはしないようですね
この後のデートコースに関しては皆さんも意見を出したものですよね?
207:名無しの戦闘員
おう、そうだぞ
恋愛経験がほとんどない俺らだが今回のデートが普通じゃないことは分かってる
なんというか「上手に女の子を楽しませるデートプラン」じゃダメなんだよ
208:名無しの戦闘員
フィオナちゃんの方がデートって言ってきてる時点でたぶんあっちの好意は確定
でもそれがハルヴィエドに向いてないのが問題なんだよな
209:名無しの戦闘員
そうそうワイら必死に考えたンゴ
210:名無しの戦闘員
私ちゃんも案を出したよ
211:名無しの戦闘員
今回のデートは定番の映画館とか水族館、遊園地じゃいけない
一番重要なのはハカセとフィオナちゃんがよく話すことだと思う
だから行き先は敢えてハカセの趣味をメインにした場所にしている
もちろんフィオナちゃんの希望にも沿って、お互いをよく知るためのデートなんだ
212:せくしー
ハカセさんを心配してくれる人がこんなにいて嬉しいです
おや、昼食まで大分時間がありますし少し本屋に立ち寄るみたいですね
別行動ではなく二人で並んで本を手に取りつつお喋りしています
フィオナ「昔は、妹さんに絵本の読み聞かせをしていたんですよね?」
ハカセ「ああ。懐かしいなぁ。……今はよく弄られているけど」
フィオナ「ふふ。でも、お兄さんのことが大好きみたいですよ」
なんと言いましょう、猫耳ちゃんの大好きはちょっとレベルがあれなんですが
213:名無しの戦闘員
そこで嬉しいですって言えるせくしーだからハカセも「いい子」って言うんだよな
214:名無しの戦闘員
猫耳はマジメにハカセに救われてるもんな
……このデート知られたらヤバくない?
215:名無しの戦闘員
ハカセお兄ちゃんどいて! そいつ殺せない!
216:せくしー
争わなくても二人でいっしょに妻になればいいだけでは?
217:名無しの戦闘員
しまった!
この人A子ちゃん含めた三人夫婦になるつもりなんだった!
218:名無しの戦闘員
今度はハカセがおちょくられる側になるなw
219:せくしー
フィオナ「ハカセさんは、好きな本とかありますか?」
ハカセ「私は雑食だから何でも読むよ。学術書もマンガも面白い。フィオナちゃんは?」
フィオナ「エレスの影響で、少女マンガが好きです。あと、話題の小説でしょうか」
ハカセ「へえ、おすすめがあるなら教えてくれると嬉しい」
今のは本音ですね
ハカセさんは読書が趣味ですが、知識の収集欲が強いタイプなので種類を問わないんです。
いいですよ、今のところミスはしていません。
とはいえ午前中からデートで夕方にはお別れというのは不思議ですね?
220:名無しの戦闘員
せくしーちゃん、デートで未成年を夜まで振り回すのはよくないんやで
こっちの成人は二十歳なんや
221:せくしー
あ、そうでした。一夫一妻というのも違和感があるんですよねぇ
私達は一夫多妻も一妻多夫も認められていますから
222:名無しの戦闘員
ふれきしぶる……
223:せくしー
いえ、近年の女性運動で「弱者男性に嫁ぐくらいなら富豪一人に複数嫁ぐ方が女性にとって幸せだ」というムーブメントが起きた結果です
すると今度は「一夫多妻は男性の優遇である」と批判が起こり一妻多夫も認められました
224:名無しの戦闘員
次元を越えてもワイ将らにとっては地獄なのヤメてクレメンス……
225:名無しの戦闘員
俺さぁもうちょっと異世界に夢見てたんだけどなぁ
226:せくしー
どこの世界の誰であっても、己の属性が得られる利を増やそうと必死に争っていますよ
デルンケム自体が暴力でそれをなそうとする組織です
あ、本屋さんから出てきました、ちょっと早いけど昼食をとるようです
お店はどこに行くか二人で相談中。ここら辺は微妙ですね
男性にスマートに案内してもらいたい女性は多いと思います
227:名無しの戦闘員
確かにそうかも。でもハカセもフィオナちゃんのことをあんまり知らないからな
話す機会を増やすための苦肉の策だ
228:せくしー
でも定食屋さんに決定したみたいですが
229:名無しの戦闘員
そこはもうちょっと気遣えやハカセ⁉
・
・
・
317:名無しの戦闘員
あー、よかった
定食屋も一応はフィオナちゃんの希望でもあったのね
318:名無しの戦闘員
家の食卓に上らないメニューが多いからってのは盲点だった
319:名無しの戦闘員
いいとこのお嬢さんみたいだけど、金持ちなりの苦労はあるんだなぁ
320:せくしー
食後は予定通り、猫カフェに到着ですね
ハカセさん猫好きです。ちなみに猫じゃらしで猫耳ちゃんと遊んでいたこともあります
猫耳ちゃんも「にゃー」って乗ってあげていました
321:名無しの戦闘員
猫耳くのいちかわいいかよ(かわいい
322:せくしー
フィオナさんもいっしょになって猫と遊んでいますね
ハカセ「にゃー、にゃー」
フィオナ「ふふ、餌ですよー」
二十六歳男性の「にゃー」に周囲のお客さんがチラチラと視線を送っています
二人が楽しそうなので別に構いませんが
あ、顔のよさに誤魔化されて「かわいいー」とか言っている人もいますね。解せぬ
フィオナ「ハカセさんは動物好きですか」
ハカセ「嫌いではないが、猫だけ特別かな」
フィオナ「私も猫好きです。にゃ、にゃー……なんて」
ハカセ「フィオナちゃんカワイイ」
おっと、あざとい小技入れてきましたよ
ハカセさんも本音だだ洩れです
323:名無しの戦闘員
やるなフィオナちゃん
324:名無しの戦闘員
あぁ~、普段清楚系な子の猫語とかもうね
・
・
・
445:名無しの戦闘員
なんだかんだ順調、でいいのか?
446:名無しの戦闘員
もともとフィオナちゃんがハカセに意識してもらいたいがためのデートだろうからな
よっぽど酷くなきゃ険悪にはならんだろ
447:名無しの戦闘員
険悪じゃないからといって成功とも言い切れないのがなんとも
448:せくしー
大変です! ナンパが発生しました!
449:名無しの戦闘員
はぁ⁉ デート中だぞ⁉
450:名無しの戦闘員
ハカセはなにしてんだ⁉
451:せくしー
いえ、ナンパされているのはハカセさんです
猫カフェをでたあと駅前に戻ったのですが、フィオナさんが「少し電話を」と離れました
ハカセさん一人になったタイミングで派手な女性二人組が声をかけてきた形です
452:名無しの戦闘員
逆ナンかよクソがぁ!
453:名無しの戦闘員
そこはフィオナちゃんに絡む男を撃退するイベントだろ情交
454:名無しの戦闘員
俺らに一生縁のないヤツじゃねぇか⁉
455:名無しの戦闘員
>>453
お前最悪の誤字してるからな常考w
456:せくしー
女性達は女子大生と名乗っています。
基礎教育を終えても勉学に励むタイプには見えませんが……
いえ、こちらでは二十二歳まで学ぶのが普通でしたね
女性A「ねえ、お兄さん。ヒマー?」
女性B「これから○○行くんですけどぉ、いっしょにどうですかぁ?」
ハカセ「そうなのか? では気を付けて。ああ、フィオナちゃん」
にべもない
怒るでも迷惑がるでもなく、さらりと流しましたね
そして二人組を放置して、戻ってきたフィオナさんの方に駆け寄っていきました
なんですかあの人、子犬ですか?
457:名無しの戦闘員
修羅場イベントが発生する暇もないw
458:名無しの戦闘員
対応としては正しいのになんかあれだw
459:名無しの戦闘員
ハカセのことだからナンパ自体に気付いてない可能性もあるぞ
460:せくしー
その後、軽くお喋りしつつモールを見て回っています
服とか小物類、今度はフィオナさんの希望のようですね
フィオナさんの趣味のロードバイクとピアノだそうで、手に付けるアクセの類はあまりしないのだとか
フィオナ「一番大切なアクセサリーは、これですが」
と青い宝石の付いたネックレスを見せています
ハカセさんが妙に微笑ましそうにしていますねぇ
461:名無しの戦闘員
そこはプレゼント贈るとこじゃないか?
462:名無しの戦闘員
初デートで重くない?
しかもお気に入りのネックレス見せてすぐは当て付けっぽい
463:名無しの戦闘員
ああ、そんなんより俺のプレゼントつけてくれよ、みたいな?
464:せくしー
そろそろ歩き疲れたようで喫茶店で休憩
話は尽きないし、相性は良さそうに見えますね
私はフィオナさん全然いいと思いますよ
465:せくしー
ハカセ「……ん? これは」
メニューを開いたハカセさん、一点を見つめて固まってしまいました
どうしたんでしょう?
466:名無しの戦闘員
気になるスイーツでも見つけたか?
467:名無しの戦闘員
さすがにデート中にいつもの調子では食わんと思うが
……いや、おいまさか
468:せくしー
フィオナさんをちらっ、メニューをじーっ
少し間を置いてから、もう一回フィオナさんをちらっ、メニューをじーっ
ハカセ「いや、意外といけるのでは……?」
なんか不穏な言葉を呟いています
469:名無しの戦闘員
あ、ヤバい
470:名無しの戦闘員
ここにきて最大級のポンコツやらかすつもりか
471:せくしー
フィオナさんもなぜだかちちらちらハカセさんを見ています
そして意を決したようにハカセさんは、メニューの一つを指さしました
ハカセ「ち、ちなみに。こういったものに興味はあるだろうか?」
や り や が り ま し た
トロピカールなカップルジュースを見せつけて
びっくりするぐらい整ったキメ顔でフィオナさんをまっすぐ見つめています
472:名無しの戦闘員
ハカセてめぇぇぇぇぇぇえ⁉
473:名無しの戦闘員
どうして我慢しきれなかった⁉
474:名無しの戦闘員
あんだけイマドキそれはないって言っただろーが!
475:せくしー
フィオナ「あっ、や、やっぱりそうですよね! エレスには却下されましたが、で、デートと言えばこれですよね!」
意外と乗り気なのですが?
ハカセ「や、やはりそうか! では注文しよう」
届いたジュースを二人でちゅーちゅーしていますが?
476:名無しの戦闘員
うっそだろ⁉
477:名無しの戦闘員
フィオナちゃんハカセに気ぃ遣ってない?
478:名無しの戦闘員
どうしてそうなんの⁉
479:名無しの戦闘員
ハカセなんか魔法でも使ったか⁉
480:せくしー
私が見る限りは照れてはいますが嬉しそうにしていますね
え、なんですかこれ
悪の神霊工学者と正義のヒロインがカップルジュースを挟んできゃっきゃウフフしています
なんなら目が合うと恥ずかしそうにはにかんでいます
その片方は私の元同僚です
デルンケムの幹部にして、かつて神に愛された子供と呼ばれた神霊工学者です
ハカセ「試してみたが、少し恥ずかしい、かな?」
フィオ「本当に。顔から火が出そうです。にへへ」
私はこの光景を心に焼き付けます
そして……後々にいたるまでハカセさんを全力でからかいますw
うふふ、最高です
おもしろすぎますよハカセさんw
481:名無しの戦闘員
これはひどいw
482:名無しの戦闘員
先輩で同僚で友達な男性の緩み切った顔とかもうねw
483:名無しの戦闘員
ハカセ「やめて…やめてクレメンス……」
484:せくしー
失敗しました
なぜ私は望遠カメラを用意しなかったのでしょう。
気付かれることを承知で撮影したというのに!
見せたい、スレの皆さんに
あとゴリマッチョさんに見せたすぎます
485:名無しの戦闘員
せくしーも結構いい性格してんなw
486:名無しの戦闘員
キモがられんでよかった
だがこっからが勝負だぞ……
◆
沙雪は浮き立つような心地だった。
いっしょにお昼ご飯を食べて、猫カフェに行った。モールを見て回りながらお喋りした。
喫茶店ではカップルジュースも飲んだ。小さな頃に少女マンガで読んだから一度やってみたかった。些細な夢が叶ってしまった。
晴彦と並んで街を歩くだけで頬が緩んでしまうくらいだ。
しかし楽しい時間はあっという間に過ぎる。
気が付けば夕暮れ。茜色の空の下、もう少しだけ話をしたいと沙雪は彼を公園に誘った。
「晴彦さん、今日はありがとうございました」
「いや、私も楽しかったよ」
忙しいのに一日中付き合ってくれた。
今日の彼は普段よりくつろいでいたような気がする。たぶん、自惚れでなく。晴彦の方も憎からず想ってくれているはずだ。
「あの、き、聞いてほしいことがあります」
「ん、どうした?」
幸いにも公園に人影はない。沙雪は守り石をギュッと握りしめる。
想いを伝えるのは怖い。失敗したら、普通の友人にも戻れなくなってしまう。
それでも沙雪は一歩を踏み出した。
「私は、あなたが好きです」
前置きも何もない、端的な告白だった。
予想していなかったのか、彼は驚いて目を見開いている。
「そう、か……いや。君は、まっすぐに向き合ってくれた。なら、私もそうでなくてはいけないな。あの子の記憶を消しておいて、今さらではあるが」
晴彦が少し寂しそうに呟く。
すると一瞬だけ彼の姿が歪んだ。
なにも変わっていない。なのに、なにかが変わってしまった。
そこにいたのは、ちょっと抜けていてかわいい男性ではない。
「私は、神霊結社デルンケム統括幹部代理、ハルヴィエド・カーム・セインという」
幾度となく妖精姫の前に立ち塞がった悪なる者がそこにいた。
「清流のフィオナよ。その正体は既に知っている」
「え、あ」
「私は君たちの敵。つまり、君は騙されていたというわけだ」
そう言った彼が攻撃を仕掛けることはなく、逃げようともしない。
悪の組織の幹部。彼によって引き起こされた事件はいくつもある。
沙雪は茜が助けてくれるまで一人でデルンケムと戦っていたのだから、それをよく知っていた。
「どうした、声も出ないか?」
「……いいえ、驚いてはいます。でも、ある種の覚悟はできていましたから」
けれど自分でも不思議なくらい動揺は小さかった。ただ、きゅぅと胸を締め付けられる。
「美衣那やマスターに、それとなく忠告されてはいました。こういうことだったんですね」
マスターは「好意が嘘にならないことを祈っている」と言った。
美衣那は「好意が嘘だったら許さない」と言った。
つまるところあの二人は、沙雪の気持ちが嘘になる可能性を示唆していた。
だから晴彦にはなにか後ろ暗い一面があるのでは、くらいは考えていた。
マスターは素っ気ないように見せて、美衣那は怒ったふりをして、沙雪に心の準備をさせようとしてくれていたのだ。
「では、これで失礼しよう」
そのおかげでちゃんと彼の顔が見える。
敵として対峙したなら、バカにされていると感じたはずの薄い笑み。
それが今の沙雪には……少し寂しそうな。猫カフェの帰り際に見せた、ちょっと情けない感じの表情と重なった。
「待ってください」
沙雪は、その場を去ろうとするハルヴィエドの腕を掴んだ。
「行かないでください。きっとここで見送れば、もう、晴彦さんには二度と会えないんですよね?」
「そもそも、葉加瀬晴彦なんて人間はいない」
「分かっていますっ! 私はきっと、あなたに騙されていました。……でもあなたの全てが嘘だと思いたくありません」
これが正しいかは分からない。それでも間違いではないと思う。
違う。間違いだったとしても、手を放してはいけない。
「だって、私を騙すにしても、カップラーメン好きって設定に意味はないですよね?」
「……うん?」
「それに、英子先輩にすごまれて怯えるところを見せる必要も」
「いや、ちょっと待って」
「幸せそうにケーキを食べる顔は、絶対演技ではありませんでした」
「もう少し、いい気付きのポイントはなかったのかな?」
とぼけた物言いは普段の晴彦と同じだ。
ほら、こうやって腕にしがみ付いても、無理に振り払おうとはしない。
……清流のフィオナは、浄炎のエレスも、一度だってハルヴィエドの攻撃で傷を負ったことはなかった。
偽りの中にも、沙雪たちを気遣う心は確かにあったはずだ。
「だから話がしたいです。沙雪と晴彦さんではなく、清流のフィオナとハルヴィエドでもなく。わたしとあなたの話を、させてください」
父の教えの意味を改めて思い知る。
彼は自分にとってどのような価値があるだろう。
自分は彼にとってどのような価値があるだろう。
正義と悪、立場が明確になった今だからこそ。神無月沙雪は値踏みをして、値踏みをされなくてはいけないのだ。
688:せくしー
何とかフィオナさんはハカセさんを引き留めたようです
689:名無しの戦闘員
頼むぞー、フィオナちゃん
今回のデートプランは楽しむためじゃなくて、正体がバレても素のハカセはいい奴だって印象付けるためのお喋りデートなんだからな
690:名無しの戦闘員
このデートのヒロインはハカセ
あのポンコツを口説き落とせるかどうかが全てだ
うまくいってくれりゃいいけど
691:名無しの戦闘員
軟着陸できるかどうかはフィオナちゃんにかかってる
頑張ってくれよ、女の子……