ハカセの過去と頑張る沙雪ちゃん・前編
313:名無しの戦闘員
そういやハカセのパッパってホストなんだよな
やっぱ父親ゆずりの美形なのか?
314:名無しの戦闘員
そもそも別次元にもホストってあるもんなの?
そこら辺教えて解説のハカセさん
315:ハカセ(パッパ似)
ではワイ先生の特別講釈をば一つ
ワイらの次元では、宇宙ってのは複数の次元で構築されていると考えられとる
あれや、夏祭りのヨーヨー釣りを想像してくれ。水槽が宇宙で水風船が次元な
あんな感じで狭い宇宙に多数の次元がひしめき合っとるわけや
基本は独立しとるけど、隣接した次元は技術次第で渡航もできる
こっちの感覚だと理解しづらいかも知らんけど、ワイらの世界において「宇宙」はあらゆる「次元」を内包する上位概念なんや
こちらで言う宇宙空間はまた別の名称が当てはめられとる
316:ハカセ
それとワイって異次元人やのにこっちの人らとあんま変わらんやろ?
これに関しても一応仮説は立てられとる。
冷凍食品の餃子って、どのメーカーのもだいたいおいしいし形もほぼいっしょや
そりゃ餃子っていう完成形を目指せばできるのは餃子に決まっとる
で、とある人はこう考えた
『それって他のことにも言えるのでは?』
生命や社会や文化、もっと言えば世界そのものも、他次元であってもびっくりするほどの違いはない
そら魔物のいる世界やワイらのとこみたく神霊工学で発展してるところもある
それでも生命は生命として存在し、社会を形成していく
つまり
『世界にはあるべき〝正しい形〟があって、それを目指す限り多少の差異はあっても似たような形に収束する』
これが多元世界収束説
まったく関わりのない次元世界でも人間が産まれ似たような社会を形成していくのは、世界そのものが〝正しい形〟を目指しているからだ、って考え方やね
317:ハカセ
せやけどその目指す先は、たぶん「おいしい餃子」みたいに漠然としてるんちゃうかな
ニンニクたっぷりでも、ショウガ入りでも、肉なしでもおいしい餃子には変わらん
だから各々の次元は基本的なものを共有しながらも違いが産まれる
この次元とワイらの次元はどっちも正しい形を目指す途中で、中身の具がちょっと違うだけなんやろうね
まとめると、異なる次元でも世界自身が必要とすれば共通の文化は生まれる
人間も世界の一つだから、人の手で作られるものもまた世界の意思……ってな感じかな?
318:名無しの戦闘員
やっぱり異世界だとそういう研究もされてるのね
319:名無しの戦闘員
ってことはハカセの世界には魔法もあれば悪の組織も実際にいるけど
ホストもお笑い芸人もいるわけだ
320:ハカセ
そんな感じ
違う部分は、木造建築がないから宮大工みたいな職人ってワイらの国にはおらんで
あとインスタントラーメンもないし、冷凍食品もない
時間固定の魔道具があるし、個人でも保存系の魔法は使えるからな
321:名無しの戦闘員
あー、そもそも食品を保存しやすく加工するって発想自体がないのか
322:名無しの戦闘員
そりゃ必要のない研究は進まないわな
323:名無しの戦闘員
つまりホストは異次元でも必要とされている、と
324:名無しの戦闘員
人間ってどこまでいっても人間なんだな……
325:名無しの戦闘員
そこは世界が違っても人は誰かに恋をするとかなんとか
326:名無しの戦闘員
なんかそれっぽいこと言ってるンゴ
327:名無しの戦闘員
恋かぁ、学生時代に振られてから無縁だな……
キョウコちゃん今頃どうしてるだろ
ポニーテルがよく似合う子でさぁ。部活帰りに肉屋でいっしょにコロッケ食べたんだよ
328:名無しの戦闘員
隙在自分語
329:名無しの戦闘員
ホストがあるってことは、合コンとかもあんのかな?
お見合いとかも
330:名無しの戦闘員
次元は違っても「あのぉ、ご趣味は?」とか「好きなタイプは?」みたいなやりとりしてるのかもよ
331:ハカセ
実際、似たような文化もあるぞ。ワイはあんま縁がなかったけど
若い連中はやっぱ恋人を欲しがるし、お見合いに行く人もそこそこ
上流階級になりゃ政略結婚はざらやしな
いわゆる定番の質問、みたいなやつもある
332:名無しの戦闘員
どこでもやってることは同じとか、俺らってどうしようもねえな
333:名無しの戦闘員
ハカセ自身が恋人募集中だしね
恋愛脳は宇宙も別次元も共通なのかも
334:名無しの戦闘員
ちなみにハカセの好きなタイプは?
335:ハカセ
ロングヘアで、清楚そうで、抱きしめたら折れそうな感じのスレンダーな正統派美少女
336:名無しの戦闘員
つまりフィオナちゃんじゃねえかw
337:名無しの戦闘員
ハカセの好みにドンピシャなわけね
338:ハカセ
外見的にはそやで
もちろん中身も魅力的や思うけど
339:名無しの戦闘員
ついでだしハカセのこといろいろ聞きたい
今までデルンケムの事情ばかりだったし
340:名無しの戦闘員
お、いいなそれ
341:ハカセ
ワイのこと? 別に大した話もないけどなぁ
◆
最近、沙雪はクラスの女子に困ったすり寄り方をされている。
「ねぇ、神無月さん。合コンとかー、興味ない?」
「ありませんね」
「そう言わないでよぉ。あのイケメン役員さんのお友達とか呼んでぇ、皆で楽しく遊ぼう、くらいの感じだしぃ。あっ! なんならあの人のことを紹介してくれてもぉ」
身体をくねくねとさせながら下手に出るという器用で奇妙な真似をしてくる。
以前、学校で起こった一件のせいだ。「晴彦さんとそのお友達を紹介して」「あのマスターともお近づきに」と言ってくる女子が増えた。
せっかくサッカー部の男子からの誘いがなくなったのに、煩わしさは上がってしまったような気がする。
「ていうかさぁ、神無月さんってあの人と付き合ってんの?」
びっくりして、顔が一気に熱くなる。
「そっ、そそ、そういうわけでは⁉」
「じゃあ、いいーじゃん。ほら、カレ大人だし、アタシみたいにちょっとギャルっぽい方が好みだったり? 意外と尽くす方だし、胸だってそれなりあるしぃ?」
沙雪のスタイルは、均整がとれているという意味では優れている。
スレンダーでモデルのようなキレイさではあるのだが、一部分に関しては決して大きくない。実は萌とほとんど変わらないサイズである。
もしかしたら彼の好みからは外れるかも……と、そこで沙雪は考える。
あれ? そもそも彼の好みって、どういう女性なのだろう?
※ ※ ※
「すみません、英子先輩。ケーキセット、紅茶はアッサムでお願いします。あと、晴彦さんの女性の好みを」
「うん、沙雪ちゃん。それはうちのメニューにはないかな」
放課後、喫茶店ニルにて。
茜や萌と合流してお茶を楽しみつつ、注文と同時に英子から晴彦情報を聞き出すという高等テクニックは見事に失敗してしまった。
美衣那も誘ったが残念ながら来られなかった。彼女は茜たちとは中学が違うせいか、意外と都合がつかないケースが多い。
「あっ、私も同じものをお願いします! あ、あと、ハルさんの好みを!」
「萌ちゃん? あなたまで悪ノリしちゃダメだよ?」
「え、えへへ……」
萌がぺろりと舌を出す。
冗談っぽい言い方だったけど、萌は彼のことを兄のように慕っている。案外興味があるのは本当なのかもしれない。
「実際、晴彦さんってどんな女の人が好きなのかな? カノジョさんはいないって言うし、ボクもちょっと気になるかも。あっ、前に見た美女さんとか?」
茜の言葉に柔らかく波打つブロンドの髪をした女性の姿を思い出す。
確かに、彼女は晴彦とずいぶん親しそうに見えた。あの人自身はマスターが好きだと言っていたが、晴彦が片思いしているという可能性も残っている。
「ど、どうしよう……」
だとしたら絶対に勝てない、主にスタイル的に。
怯えに声を震わせる沙雪の肩を英子がぽんと叩く。
「大丈夫だからね。レティさんとハルさんは、本当にそんなんじゃないから」
「そう、なんですか?」
「うん。あの二人は本気で友達。レティさんにとっては、頼りになるおもしろおかしい先輩ってイメージだし。ハルさんからしたら、優秀かつ気の置けない後輩って感じじゃないかな」
安堵して沙雪と萌がほっと息を吐く。あれ、なんで萌まで?
「というか、よく考えたら私も好みのタイプとか知らないな……。会社では浮いた話もなかったみたいだよ」
「意外、ですね?」
「あの外見でしょう? 初対面の人からは美形だけど冷たそうに見えるみたい。親しくなると全然そんなことないって気付くんだけど」
確かに、見た目だけの印象だと少し近寄りがたいかもしれない。
沙雪たちの場合は英子の紹介と、初対面の失敗のおかげでそんなことはなかったが。
「それに、妹さんがね」
「美衣那さん?」
「そうミー、美衣那さん。ああ見えてブラコンでべったりだし。ハルさんの方も甘いからなぁ」
義兄のことを神様とまで言ってしまう子だ。晴彦に近付く女の人を威嚇しそうではある。
……自分は、大丈夫だろうか。沙雪はわりと真剣に考え込んでしまった。
「これは実際に私が見た話。ハルさん、部下の女の人に誘われたのに。すまない、今日はあの子に絵本を読む約束なんだ……って普通に帰っちゃったの」
「わぁ、なんだかすっごくハルさんらしいですね」
「でしょう?」
萌は「私も頼んだら絵本読んでもらえたり?」なんて言っている。本当に懐いている。ちょっと微笑ましくなるくらいだ。
「そんな感じだから、ごめんね? 私もハルさんの好みのタイプまでは分からないや」
「いえ、そんな、私の方こそ変なことを言ってしまって、すみません。しかも仕事の邪魔まで」
小さく頭を下げる。
するとそのタイミングで喫茶店ニルのマスター、大城零助が顔を出した。
「そういう話なら、俺の方が詳しいぞ。なにせハルが十七歳の時からの付き合いで、あいつの昔もそこそこ知っているからな」
マスターは以前同じ会社に勤めていて、晴彦がアニキと慕うほど面倒見がいい人だと聞いている。体格もよく威圧感はあるが、浮かべる表情は穏やかだった。
「なんなら色々と教えてあげよう」
「え、でも。いいんですか?」
「ああ。なにせ、ハルの奴には普段散々いじられているからな。お仕置きということで一つ」
なんて言いながらマスターは笑う。そこに割り込んだのは萌だ。
「あっ、あの!」
「ん、なんだい? 朝比奈さん」
「マスターはハルさんと、お、同じ会社の人だったんですよね?」
「あぁ、辞めてしまったが」
「その、やっぱり社長さんが悪い人だったんですか⁉ あの、ほっ、ほら今流行りのブラックな企業とかそういうの。も、もしかしたらハルさんもムリヤリ働かされて、大変な目に合ってるんじゃないかって!」
晴彦は優秀な分だけ社長にいろいろと仕事を押し付けられているそうだ。わたわたと慌てる萌は、たぶんそこを心配しているのだろう。
「いや、そんなことはないよ。社長さんは、能力こそ低いし意固地なところはあるが嫌なヤツじゃない。ハルも自分の意思でその場所にいるんだ。忙しくても、そう簡単には辞めないんじゃないかな」
「そ、そうですか……」
「あと朝比奈さん、ハルの前では社長さんを悪く言うのは止めておいた方がいいな。あいつ、あれで案外社長さんを気に入ってるんだ。下手をすると心象を悪くするからね」
「はい……」
にこりと優しく微笑むマスターと、落ち込む萌。
なんだろう、最近の萌は少し落ち着かないところがある。心配をして声をかけても「だ、大丈夫です」と返ってくるだけだった。
「社長さんは俺にとっても大事な人だ。ただ、応援してあげられないのは心苦しいが、ハルを口説くなら止めはしないぞ。……あいつにだって、自由な幸せを選ぶ権利はあるんだから」
と、マスターは沙雪をちらりと見る。
気持ちを隠しているわけではないが、やはりそういう物言いは照れてしまう。
「さて、好きなタイプの話のついでだ。ハルがどういう男か少し教えておこうか」
「零助さん、ちょっと」
「大丈夫だ、本当にまずい部分は濁すから」
マスターと英子は少しだけ言葉を交わし、「じゃあ話そう」と改めてこちらに向き直る。
「落ちぶれた、と人が嗤う。〝神に愛された子供〟と謳われた、あいつの末路を」