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荒ぶるA子ちゃんのこと


432:ハカセ

 なんかA子ちゃんが怖ひ……


433:名無しの戦闘員

 どしたん? 

 またエレスちゃんにちょっかいかけたとか?


434:ハカセ

 うんにゃ、いきなり電話かかってきたかと思ったら


 A子『今すぐうちの学校に来てください。アニキさんも呼びますから』

 ワイ「え? ワイ仕事中」

 A子『今、すぐです! フィオナちゃんも待ってます! ああ、くれぐれも気合い入れず! 自然な感じでお願いしますね!』


 えぇ、なんなの……?


435:名無しの戦闘員

 なんかしでかしたんじゃない?


436:名無しの戦闘員

 ハカセだしなぁ、変なところで怒らせたんだろ


437:ハカセ

 ワイへの熱く厚い信頼

 アニキも来るんならって、とりあえず書類は後回しにして出かけたんや

 せっかくフィオナたんと会える機会やしな


438:名無しの戦闘員

 元戦闘員に押し負ける統括幹部代理……


439:名無しの戦闘員

 というかハカセ基本的に年下に弱いもんな


440:ハカセ

 正直自覚はある

 言われた通り学校向かう途中、アニキと出くわした

 

 アニキ「こっちだ、ハカセ」

  ワイ「どもっす。アニキもA子に呼ばれたんですか?」

 アニキ「ああ。なんか妙に怒ってるみたいだったけど」

 

 うーん、アニキに対してもぷんぷんモードは中々レアや

 二人でお喋りしながら歩いていくと、校門のところにフィオナたんとA子ちゃん

 あと学校のお友達かな? 数人で集まっとるのを見つけた

 挨拶しに行ったら、A子ちゃんがワイらの紹介をしたんや

 そしたら、なんでかその子たちいきなり崩れ落ちて膝をついた

 四つん這いになって呻いとる子までおったな


441:名無しの戦闘員

 ほんとになんで⁉


442:名無しの戦闘員

 ハカセなにした⁉


443:ハカセ

 なんもしとらんわ⁉

 いきなり呼び出されて仕事中断してまで行ったのになんなんや……




 ◆

 



 その夜、沙雪はベッドの上でスマホを眺めていた。

 

 ハルっち【くだらない話に付き合わせたかな?】

  Sayuki【いえ、とても楽しかったです】

 ハルっち【そう言ってくれると助かる。それじゃ沙雪ちゃん、おやすみ】

  Sayuki【はい、おやすみなさい晴彦さん】


 晴彦がくれたおやすみの文字を何度も読み返す。

 毎日連絡は少し恥ずかしいので、三日おきくらいにメッセージのやりとりをしていた。


「にへへ……」


 内容は「今日はこんなことがあった」程度の雑談なのになぜか頬が緩んでしまう。自身の胸にある、そういう感情を自覚してから特に。 

 しかし初めての経験だからなかなか前に進めない。

 誰かに相談できないかな。そう考えたところで、ある人物の顔が思い浮かぶ。

 そうだ、一学年上の先輩である久谷英子。彼女は以前から晴彦を知っているではないか。


「へ? 好き? 晴彦さんって、あのハルさんのことが?」


 翌日、さっそく沙雪は英子に相談を持ちかけた。

 喫茶店ニルのマスターは晴彦の会社の元幹部らしく、その繋がりで英子は昔から晴彦と親しくしているそうだ。ちょっと嫉妬しなくもないが、頼る相手としてはこれ以上ない人選だった。 


「は、はい。実は……」

「えぇ……。だ、大丈夫、沙雪ちゃん? 騙されてない? ハルさん、ぱっと見は貴公子だけど、中身は奇行種だよ?」


 ひどい。


「でも、前は英子先輩も褒めていましたよね?」

「う、うん。確かにハルさんは真面目で義理堅い、優しい人、ではあるよ。優秀なのも間違いない。だけど、バカと天才の紙一重の上で反復横跳びしているような、おもしろお兄さんだから」


 とてもひどい。


「カッコいいのは認めるし、すごいし、頼れるの。でもそれはそれとして恋愛対象としては、うーん……。トランクス一丁でお酒飲むし、鈍感だし突発的に変なことするし。抱え込み過ぎる性格だし」


 腕を組んで唸っている。英子からすると晴彦の評価はすごく微妙らしい。


「ほんとに、変な人だよ?」

「その、はい。ちょっとずれてるな、ってところは私も知っています。でもそれを含めてかわいいと、言いますか」

「恋は盲目だなぁ……。うん、でも応援、しづらいなぁ。ハルさんの周囲をいろいろ知ってる身としては」


 最後の方はよく聞こえなかったが、英子はあまり賛成してくれないようだ。

 少し残念。結局相談はそのままお流れになってしまった。

 もちろん、そのくらいでは仲違いしない。その日は喫茶店ニルがお休みなので、沙雪は英子と二人で下校することになった。

 しかしその途中、同じクラスの男女グループに呼び止められる。


「おっ、神無月じゃん。今帰り? これから遊びに行くんだけど、どうだ?」

「うっそ、隣にいんの久谷先輩⁉ 先輩もどうすか?」


 男子はとても盛り上がっている。

 不本意ながら神無月沙雪の名はこの学校では有名だ。

 全国展開する百貨店の社長令嬢で、自分で言うのは自惚れが強くてイヤだが、今時珍しい清楚な美少女との評価を受けている。

 加えて英子も学園で五指に入るとまで言われる美少女だ。男子たちはお近づきになろうと強引に誘ってくる。


「いえ、私達は」

「せっかくだから行こうぜ。なっ」


 断ってもなかなか諦めてくれない。

 沙雪は容姿や普段の振る舞いから、クラスメイトには好意的に接してもらえている。しかし誰からも好かれるわけではない。グループの中の派手な女子は沙雪をバカにするような眼で見ていた。


「やめといた方がいいよぉ、神無月さんオジ専だから」


 その女子はたぶん沙雪が嫌いなのだろう。すごく刺々しい言い方をする。


「へ、オジ専?」

「そうそう。前さぁ、聞いちゃったんだぁ。神無月さん、なんか二十六歳のおっさんにご執心なんだってぇ?」


 確か、前にクラスで恋バナに巻き込まれた時、クラスメイトに少しだけ晴彦のことを話した。それが回り回って彼女に伝わってしまったようだ。


「うわ、マジかよ」

「えー、人は見かけによらないねぇ」

「でっしょ? しょぼくれたおっさん好きとか、まじないわー」

「そういえば、九谷先輩もバイト先の店長と仲いいとか? やっだ、オジ専繋がり?」


 皆がくすくすと笑っている。すごく居心地が悪いし、嫌な気分だ。

 その中で一人が前に出る。よく沙雪を誘ってくる男子だった。

 サッカー部で活躍しているそうで、押しが強いため苦手な相手だが、イケメンだということもあって他の女子には人気なのだとか。

 派手な女子はちらちらとその彼を見ている。あの女子は彼が好きで、誘われる沙雪を目障りに思っているのかもしれない。


「神無月。やっぱさ、遊びに行こうぜ」

「いえ、これから先輩と帰りますので」

「キモイおっさんとか、よくねえよ。同年代で遊んでさ、カレシ作ったりして健全な方がいいんじゃねえ?」

「……放っておいてもらえませんか?」 


 あの人とのやりとりを、健全ではないみたいな言い方をしないでほしい。

 反感から冷たい声音になってしまったが、男子は怯まず押してくる。それが苛立たしいのか、派手な女子はさらに憎々しそうに沙雪を睨んだ。


「やめときなよー、その子にはキモイおっさんの方がお似合いだって」

「でもよ、んな変態と神無月がとかないって。たぶん、そのキモオヤジが妙な粘着してくるんだろ? 大丈夫、俺がびしっと言ってやるからさ」


 サッカー部の男子の発言にカチンときてしまった。

 そして沙雪は──


「ハルさん? こんにちは、すみませんけど今すぐ根戸羅学園に来てください。零助さんも呼びますから」

『ああ、英子か。どうした、なにかあったのか?』

「はい。今、すぐお願いします! 沙雪ちゃんも待っています! くれぐれも気合いを入れず! 自然な感じでお願いしますね!」

『……まあ、ちょうど手が空いたから構わないが』


 ─────沙雪が怒るより先に、なぜか英子の方が怒りの頂点に達していた。




 ◆




454:ハカセ

 いやな? ホンマにワイも状況が分かっとらんのや

 改めて順を追って説明するけど、なんも悪いことしとらんぞ

 合流したアニキと学校に向かいながら雑談するワイ


 アニキ「学校かぁ、こっちの教育機関は二十二歳まであるんだよな?」

  ワイ「専門的なことを学ぼうとすると、もっと上の年齢まであるようです」

 アニキ「すごいな、そんな年齢まで勉強とか」


 ワイらの次元やと十五歳で基本の教育が終わるから、ちょっと不思議な感覚や

 もちろん専門に進もうとすれば何年も多く学べるけどな


455:名無しの戦闘員

 そっかぁ、やっぱ別次元でも勉強はあるのか……


456:名無しの戦闘員

 異世界なら学校行かなくていいなんて都合のいい話はないよね


457:名無しの戦闘員

 「学ばなあかん」じゃなくて「学べる」と自然に書く時点でもう通じ合えないと分かる


458:ハカセ

 夕暮れの道を歩きながらアニキと二人でのお喋りたのちい

 

  ワイ「店の調子はどうですか?」

 アニキ「おかげさまで。今度、新しいケーキを出すんだ」

  ワイ「ほう、それは見逃せない。ちなみに、せくしーやA子とは?」

 アニキ「……聞いてくれるな」

  ワイ「安心してください。ワイはすでに日本での結婚式の作法をマスターしています」

    「新郎と新婦二人の友人代表として挨拶する準備はできていますぜ」

 アニキ「ありがたいけど嬉しくない……! 完全に三人での結婚を前提にしてやがる」 

 

 からかい終えるとそろそろ学校に到着

 校門にはフィオナたんとA子ちゃん、そのお友達の男女グループの姿があった


459:名無しの戦闘員

 ハカセはアニキをいじるの好きだな


460:名無しの戦闘員

 元上司なのに遠慮がないw


461:名無しの戦闘員

 JK嫁……せくしー嫁……羨ましすぎる……


462:ハカセ

 遠慮するような仲でもないからな

 いい加減に観念して二人とも妻にすりゃええのに

 せくしーにしろA子ちゃんにしろアニキに任せりゃ安心やし


463:名無しの戦闘員

 時々、謎のパパ目線になるよね


464:せくしー

 ですよねぇ

 悪い気はしないですけど


465:名無しの戦闘員

 ハカセが激重なのはもうバレてるからな。


466:名無しの戦闘員

 ……ん? 


467:名無しの戦闘員

 あれ? そのハンネ……


468:せくしー

 元デルンケム四大幹部が一人にして作戦参謀だった私を舐めないでくださいね~

 ついにプロテクトを破ることに成功……はしていませんが、どうにか「にゃんJ歴二年以上」を偽装して潜り込むことはできました

 そうですよね、ハカセさんは神霊工学者なんですから情報技術じゃなくて電子霊体を使った隠蔽に決まっていますよね、気付くのが遅れました

 というかスレの隠蔽のためにどれだけの力をつぎ込んでいるんですか


469:名無しの戦闘員

 おおー、せくしーちゃんおひさー


470:名無しの戦闘員

 ( ゜∀゜)o彡゜た・に・ま! た・に・ま!


471:名無しの戦闘員

  よく分からん単語出てきたけど気にしないのが俺らクオリティ

  そんなことより歓迎するぜ、せくしー!


472:ハカセ

 え? マジにせくしー? 

 ………ワイがゴリマッチョに人間砲弾された時の年齢は?


473:せくしー

 >>470

 さすがにお酒の席以外では恥ずかしくて無理です……


 ハカセさんがゴリマッチョさんに敵城に向けて投げ飛ばされたのは二十二歳の時ですね

 その時の台詞が「ああ、人って空を飛べるんだね……」です

 そもそも飛翔魔法があるから普通に人は空を飛べますが


474:ハカセ

 間違いない、せくしーや


475:名無しの戦闘員

 どんな確認の仕方だw


476:名無しの戦闘員

 敵城に投げ飛ばされるって何があったw


477:せくしー

 あとハカセさん、私には分かりますよ

 A子ちゃんに呼ばれて「ワイ仕事中」なんて返し絶対……


478:ハカセ

 あ、やめて

 ワイのクールなイメージを崩さないでね?


479:せくしー

 はーい、でもそういう気遣い方がハカセさんって感じで嬉しいです


480:名無しの戦闘員

 ???


481:名無しの戦闘員

 そもそもクールなイメージなんてねえよw


482:せくしー

 さて、茶化すのはここまでですね

 ハカセさん、話の腰を折ってごめんなさい

 こういう場でも交流できるのが嬉しくて少し調子に乗ってしまったみたいです

 これからは余計なことは書き込まないので続きをお願いします


483:ハカセ

 むう、分かったわ

 言っとくが、せくしーがおることを嫌がっとるわけちゃうからな

 ここでのワイはあくまでハカセ、そこさえ踏まえてくれるならレスは全然ええよ

 さて、458の続きや

 ワイらはフィオナたんとA子ちゃんに挨拶した

 

  アニキ「A子、どうしたんだ急用って」

   ワイ「A子ちゃん、フィオナたん。こんにちは」

   A子「お待ちしていましたアニキさん、ハカセさん」

 フィオナ「ハカセさん、こんにちは」 

 

 最近はだいぶ慣れたんかな

 フィオナたんはワイに対してにっこり笑顔で挨拶してくれるようになったわ

 かわええ


484:名無しの戦闘員

 やっぱせくしーと絡む時のハカセってちょっと印象違うな


485:名無しの戦闘員

 しかしせくしーに見られて大丈夫なのかね

 わりと変なこととか、ヤバいことも言ってるぞ


486:ハカセ

 せくしーは基本いい子やぞ

 ここで知ったことを悪用はせんし、現実のワイとはちゃんと分けて考えてくれる

 そういう子やなかったら速攻で排除しとるわ


487:名無しの戦闘員

 すげえ信頼だ


488:名無しの戦闘員

 正直羨ましい、ハカセもせくしーもどっちも


489:ハカセ

 483の続き

 A子ちゃんが今度は友達にワイを紹介する


   A子「こちら、ハカセさんです。二十六歳の男性で、妹さんがフィオナさんと友達なの」

 フィオナ「はい、その縁で仲良くさせていただいています」

 

 A子ちゃんがワイは会社の幹部だの、優しくていい人だの妙に持ち上げてくれる

 なんや照れるなぁ、なんて思っとったら急に男の子の一人が膝をついた

 

 ワイ「えぇ⁉ だ、大丈夫か⁉」

 男子「ごめんなさい、許してください……」

 

 なんで謝んの!?

 慌てるワイ


 A子「大丈夫です。あれ、彼の趣味なんです」

 ワイ「いや、でも」

 A子「ささ、行きましょう」


 呼ばれたのに特に何をするでもなく帰る流れに

 なんかお友達もぽかーんとしとるし


 ワイ「よう分からんけど、A子ちゃんやフィオナたんと仲良くしてくれてありがとな。そんじゃワイらはこれで」


 軽く挨拶したらA子ちゃんが「さすがです」となぜかご満悦

 もうホンマに意味が分からんかった


490:名無しの戦闘員

 俺らも意味分からん


491:名無しの戦闘員

 単純にハカセ見せびらかしたかっただけかもよ

 外見はイケメンだし


492:名無しの戦闘員

 あー、あるかも

 学生にとっちゃ社会人と友達ってだけでなんか大人みたいな


493:ハカセ

 マジか、ならもうちょっとアピールしといたほうがよかったかな?


494:名無しの戦闘員

 そうしたら失敗するのが目に見えてるからの気合入れるな、だろうがw




 ◆

 



「う、うそ……」

「マジで?」

「二人とも、すっご」


 英子に呼び出されて、晴彦と喫茶店ニルのマスターがやってきた。

 趣は違うが二人とも容姿に優れた男性だ。先程まで晴彦を「しょぼくれたおっさん」とバカにしていた派手な女子も目を大きく見開いている。

 その反応だけで沙雪の留飲はいくらか下がった。


「こちらが、葉加瀬晴彦さん。二十六歳男性です」


 晴彦を紹介する英子はいつもよりも堂々としている。


「電子系企業の幹部役員で、社長にも頼られるほどの方なんですよ? もうハルさんがいなかったら組織が回らないレベルです。それに加えて優しい性格で、私や沙雪ちゃんは妹の美衣那さんとの繋がりもあってお世話になっています。粘着なんてとんでもない!」


 喋っているうちに調子が乗ってきたようで、解説はマスターの方にも及ぶ。


「マスターの方は知っている方もいますよね? 喫茶店の店長で、私の保護者でもあります。もともとはハルさんの上司でもあり、企業で功績を出した上で惜しまれながらも退職し今の喫茶店を経営しています。もちろん、喫茶店も繁盛していますよ」 


 マスターはワイルド系の男前だ。とても体格がよく、鍛えられているのが服の上からでも見て取れる。部活で運動をしているはずの男子達が頼りなく感じられてしまうほどに。

 先ほど晴彦をキモオヤジ呼ばわりした男子はわなわなと震えている。晴彦が一歩前に進むと動揺して、バランスを崩して膝をついてしまった。


「君、大丈夫か?」

「ご、ごめんなさい。許してください……」

「なにが⁉」


 意味の分からない反応に晴彦が驚いている。

 たぶん、敗北感や劣等感の類なのだろう。散々バカにした相手が、自分よりも地位があり顔もよい相手だった。しかも心配までされてしまい、男子は恥ずかしさや情けなさに苛まれて動けなくなっていた。


「ふぅ、どうですか? しょぼくれたおっさんとかキモオヤジとか言っていましたが、あなたたちが社会人になった時が楽しみですね」


 同じ二十六歳になった時のお前たちはどうだ、と男子たちを見る。

 英子にしては珍しいくらい、敵意をむき出しにした態度だった。

 男子たちは何も言えなかった。勝ち誇った英子は「さあ、帰りましょう」と促す。

 残された男女グループを沙雪たちの友達だと思ったのだろう。晴彦が優しく微笑みかけた。


「ああ、君たち。英子や沙雪ちゃんと仲良くしてくれてありがとう。それじゃあ、私達はこれで」


 今度は女子が完全に黙った。……沙雪には、女子たちの気持ちが痛いほど分かった。


「さすが、意識していない時のハルさんは強いです。最強は零助さんですけど」


 英子はご満悦だ。

 結局彼女は晴彦をバカにされて怒っていたのだろう、おそらく沙雪以上に。自分では奇行種とかバカとか普通に言っていたのに。


「あの……」

「断っておくけど、私はハルさんに恋愛感情とかないからね? 優しくて真面目な人ではあるけど変な人だと思ってるし鈍感だし。日常生活では、ほんっとーにポンコツだから」


 沙雪の質問を先回りして英子は早口でまくし立てる。


「でもね、ハルさんをよく知らない人が、あの人の頑張りを見もせずにバカにするのは、ものすっごく! 腹が立つの! ふーんだ。ちょっと部活で活躍しているくらいでハルさんに勝てると思わないでよ」


 つまり九谷英子にとっての葉加瀬晴彦は、とても変で複雑な人物らしい。


「……俺の方は、なんで呼ばれたんだ?」

「そんなの決まってるじゃないですか。私とレティさんの零助さんを、皆に自慢したかったんです」

「いつの間に俺は二人のものに……」


 マスターは複雑な表情をしている。英子の好意は直接的で、その手の話に縁遠かった沙雪でも分かるレベルだった。

 ちょっとした騒ぎになってしまったが、晴彦をバカにするクラスメイトを黙らせることができて気分はすっきりした。

 四人で会話しながら下校の途中、晴彦に声をかけられる。


「そうだ沙雪ちゃん。この後、用事はあるかな?」

「いえ、特には」

「それなら夕食でもどうだろう」

「えっ。はっ、はい。もちろん!」


 思わぬ誘いに少し前のめりになってしまう。


「よかった。マスター、英子も行きましょう。あ、もちろんお酒はナシで」


 ……晴彦は当然のように二人も誘っていた。鈍感という英子の評価はどうやら間違っていないらしい。

 現状を変えるためには自分から動かないといけないのかもしれない。

 沙雪は心を決め、小さくも力強く頷いて見せた。









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