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部下のこと


 清流のフィオナ。水の妖精姫の正体は、今年高校一年生になったばかりの少女である。

 神無月沙雪(かんなづき・さゆ)は入学当初から注目を浴びていた。

 艶やかな長い黒髪に、抱きしめれば折れそうなくらい華奢な体つき。奥ゆかしい性格も相まって今時珍しい清楚な美少女として男子たちの憧れの的だった。


「なあ、神無月」

「はい? どうかしましたか?」

「今日さぁ、クラスの奴らでカラオケ行くんだよ。お前もいかない?」

「ごめんなさい。少し用があるので……」


 放課後、沙雪が帰宅の準備を整えているとクラスでも人気のサッカー部のイケメンが声をかけてきた。

周囲の評価に反して沙雪には頑固で気の強いところがある。角が立たないよう濁しつつも断り、足早に帰路についた。

 クラスには親しい相手がいないので誘われても大抵は遠慮している。

 そもそも彼女には友達なんてほとんどいない。 

 そう呼べるのは結城茜(ゆうき・あかね)朝比奈萌(あさひなもえ)、先輩の久谷英子くたに・えいこ。そして小学生の頃に出会った妖精くらいだった。

 

 沙雪の父親は全国展開する百貨店の代表取締役社長を務めている。

 おかげで家庭は裕福だったが、昔から父を目当てにすり寄ってくる人間は多かった。幼い沙雪が内向的だったのはそのせいだろう。

 自分に近付く人も友達を名乗る同級生もウチのお金しか見ていない。そう考えるひねくれた子供は、ある日庭に紛れ込んだ不思議な光に出会う。

 それが月夜の妖精リーザ。ここではないどこかから来た、掌に乗るくらい小さな女の子だ。


〈私は月夜の妖精リーザ。あなたのお名前は?〉

『神無月沙雪、です』

〈とても寂しそうな顔をしているね。どうしたの?〉

『私……いつも一人だから』


 両親は忙しい。友達もいない。長い休みになるといつも家に引きこもっていた。


〈なら私とお友達になりましょう〉

『……いいの?』


 見たこともない不思議な生き物。しかし怖いとは思わなかった。

 手を差し伸べてくれたのはリーザだけだった。


 それから何年もいっしょにいたが、沙雪が中学二年生の時。神霊結社デルンケムと名乗る悪の組織が日本への侵略を開始した。

 リーザは当初すぐに家を出ていこうとした。


〈彼らは恐ろしい。あらゆる敵を踏みにじり前に進む者たち……〉


 デルンケムは、過去に妖精たちを捕獲して売りさばくことを平気でしたのだという。日本侵略も冗談ではなく、放っておいたら悲惨な結末を迎えるだろうと。

 警察や自衛隊が対応するも怪人は止められない。おそらくこのままでは日本が大変なことになる。そうすればリーザも捕まえられてしまうのでは?


『ねえリーザ。私は、どうすればいい?』

〈私は月夜の妖精。加護を与えることはできる。でも、あなたが戦う必要は〉


 長らく友達に恵まれなかった沙雪だが、その心根は優しかった。誰かが苦しむ姿を見過ごせない善良さもあった。

 しかし彼女は正義のヒロインになりたいとは考えていなかった。

 誰かを助けるために突き出す拳はきっと他の誰かも傷つける。初めは純粋な気持ちでも、いつかは力に溺れる時が来るかもしれない。迷いながらも戦うヒロインと言えば聞こえはいいが、現実にはわずかな迷いのせいで失われる命がきっとある。

 それでも戦おうと、デルンケムを止めようと思ったのは人道や正義感からではない。

 リーザが困っていた、悲しそうにしていた。神無月沙雪の動機は非常にシンプルだった。


『私に何かできることがあるならしたいの。友達が怯えているところを見たくないもの』


 月夜の妖精リーザはデルンケムの襲撃を憂えている。

 なら助けないと。寂しさにうずくまっていた幼い自分に手を差し伸べてくれた、初めての友達のために。

 こうして神無月沙雪は、清流のフィオナとしてデルンケムと戦う道を選んだ。

 その時にはもう友達のためだけではない。目の前で泣き叫ぶ子供を見捨てられず、自らの心で前に進んでいた。

 そして高校一年になった今、沙雪は改めて戸惑いを感じている。

 それはハルヴィエド……デルンケム統括幹部代理だという男に対してだ。


「彼は普通の人間だった……」


 今までデルンケムの戦闘員と戦う機会はあった。

 しかし彼ら彼女らは専用のスーツを着用しており表情が分からなかった。中学生の頃から戦ってきたが、デルンケムの人間と直接会話するのも今回が初めてだった。

 ハルヴィエドは驚くほどの美形で、初見ではひどく冷酷な印象を受けた。ただ友人を語る際の彼は温かい笑みをこぼしていた。お決まりの他者を嘲笑う悪党ではないのだろう。

 同時に、沙雪は直感的に理解した。

 あの男がフェアリーズに向ける目は少しおかしかった。なんらかの企みがあるように思えたのだ。


「……茜は戦いづらいでしょうね」


 結城茜……浄炎のエレスは優しい女の子だから、きっとハルヴィエドに拳を向けることをためらう。もともと戦いに忌避感を持っている萌花のルルンもそうだ。

 だから沙雪は決意する。

 もしもあの男と再度相まみえることがあるのなら、彼を倒すのは───



 ※ ※ ※



239:ハカセ

 日本の冷凍食品ってすごいな、餃子とかワイですらパリパリの羽根つきが作れる

 チャーハンと合わせて今夜はご馳走といくわ


240:名無しの戦闘員

 ハカセはどこのチャーハンが好き?


241:ハカセ

 ワイは圧倒的に「マー油と焦がしニンニクの超☆チャーハン」やな

 六百グラムのボリュームも嬉しい


242:名無しの戦闘員

 超☆シリーズ旨いよね


243:名無しの戦闘員

 あれ味濃すぎるから俺は味の王の五目チャーハンの方がいい


244:名無しの戦闘員

 俺も味の王、あれにマヨネーズかけて食べる


245:名無しの戦闘員

 クソマヨラー風情がさも仲間のように振る舞ってんじゃねえよ


246:ハカセ

 あ? 舐めてんのか?


247:名無しの戦闘員

 ここまで全員別の奴ら、っていうかコピペ再現してんじゃねえよw


248:名無しの戦闘員

 そういやこの前ワイドショーでハカセの映像見たぞー。


249:ハカセ

 おー、コンビニ襲撃したヤツやろ? 

 いやあ見事に成功したな。フィオナたんたちが来る前にことを終えて撤収したのが功を奏したわ


250:名無しの戦闘員

 よくよく考えたら日本征服掲げてるのにコンビニ襲撃とか規模小さいなw


251:名無しの戦闘員

 そういえばテレビでハカセの顔よく見るようになった代わりに最近戦闘員少なくない?

 なんかハカセと怪人、魔霊兵の組み合わせみたいなのが多い気が


252:ハカセ

 ああ、それに関してはこっちの事情というか

 ちょっと戦闘員らが問題起こしたんや

 ちなみにワイは管理不行き届きで首領に怒られた


253:名無しの戦闘員

 首領ふつーにブラックな上司やん


254:名無しの戦闘員

 銀髪イケメンなのに物凄い親近感がわく


255:名無しの戦闘員

 あれお前も? 部下の問題で怒られるとかあるあるすぎて


256:名無しの戦闘員

 魔霊兵ってつまり上級戦闘員なんだよな。

 今までの話からすると戦闘員→雇用した人間、魔霊兵→ハカセが造ったバイオ兵士、みたいな感じ?


257:名無しの戦闘員

 管理不行き届きとか意味分からんよな


258:名無しの戦闘員

 悪の組織並みのブラック会社多すぎない?


259:ハカセ

 >>256 その解釈でほぼ合ってるで、バイオっていうかオカルト兵士やけど

 まずな、組織の戦闘員の仕事って別に「イーッ! イーッ!」て暴れるだけやない

 普通に内勤あるし、組織運営以外にも施設内警備や清掃とか物品管理なんかも戦闘員の仕事や

 秘密結社だけに情報・データ管理関係は上層部だけでやっとるけど他の仕事は大体振られる

 戦闘員=構成員・社員と考えてもらえればええかな?


260:ハカセ

 で、戦闘員……仮にM男としとこうか

 戦闘員M男はバトルこそ苦手やけどマジメな男でな

 出世して総合戦闘局、戦闘科の科長にまでなった あ、苦手って実力やなく性格の話な

 戦闘科はいわゆる直接的な戦い・破壊工作がメインで皆がイメージする戦闘員はこれや

 科には戦闘科長、その下に部隊長、さらに下が役職ナシの戦闘員

 M男科長の主な仕事は部隊の管理と業務割り振り+書類関係がメインやね


261:名無しの戦闘員

 M男w もうちょい違うのなかったのかw


262:ハカセ

 M男には恋人がおる。参謀局・通信システム科に所属する戦闘員I奈ちゃん

 生意気かわいい系の美少女で戦闘員のアイドルみたいな存在や

 個人的トップアイドルはワイのフィオナたんやけど


263:名無しの戦闘員

 フィオナちゃん推しのハカセが美少女評価するレベルならマジにかわいいんだろな。


264:名無しの戦闘員

 というかお前のじゃねぇw


265:ハカセ

 はぁフィオナたんカワヨ……

 スレンダーで貧乳なのにちょっと露出多めのレオタードでふとした瞬間恥ずかしそうになるのたまらん

 外見だけやないで? クールなのにエレスちゃんがピンチになると熱い行動に出るんや。

 それで無事だと分かった時のホッとした顔……もうあの柔らかい表情を見るために怪人作ってると言っても過言ではない


266:名無しの戦闘員

 なんだろ、わかるんだけどキモイ


267:名無しの戦闘員

 話聞いてると首領がひどいのは間違いないがハカセも相当だから同情し切れない


268:名無しの戦闘員

 うん、そこは過言であってほしかったな


269:ハカセ

 おっと。話し戻すけど、もともと戦闘員には四人のアイドルがおった

 戦闘員A子ちゃん、I奈ちゃん、Lリアちゃん、Sやかちゃんや

 Lリアちゃんは現地徴用で、お母さんがロシアの方なんやと


270:名無しの戦闘員

 英子ちゃんに、愛奈ちゃん、リリアちゃんで、さやかちゃんかな


271:名無しの戦闘員

 隠す気ねーなw


272:ハカセ

 そしてM男は見事I奈ちゃんを射止めた

 結果ワイは首領に怒られた


273:名無しの戦闘員

 どうしてそうなるwww


274:名無しの戦闘員

 首領は戦闘員の恋愛事にまで首ツッコんでくんのか


275:ハカセ

 いや流れを言うとな?

 M男・I奈のイチャイチャを見た戦闘員続出→やってられるか! 仕事放棄! 

 みたいな感じになってもたんや


276:名無しの戦闘員

 それは普通に戦闘員がダメなだけじゃね?


277:名無しの戦闘員

 リア充爆発しろでストライキとかちょっと擁護できない


278:名無しの戦闘員

 そんなんで仕事サボれるんなら俺は年中働かんわ


279:ハカセ

 いや、ワイは戦闘員たちの気持ちも分からんでもないで?

 I奈ちゃん十二歳やからな


280:名無しの戦闘員

 は? 


281:名無しの戦闘員

 は? 


282:名無しの戦闘員

 はぁ⁉


283:ハカセ

 せやから十二歳

 I奈ちゃんは両親ともに戦闘員でな。組織で生まれたサラブレッド戦闘員なんや

 だもんでメチャクチャかわいがられとった

 M男への嫉妬マシマシや


284:名無しの戦闘員

 ちなみにM男の年齢は?


285:ハカセ

 二十八歳やね

 ワイには及ばんけどそこそこイケメンやで、ぽっちゃり気味ではあるけど


286:名無しの戦闘員

 比較対象としてハカセは相応しくない


287:名無しの戦闘員

 清潔感のあるわりと整った顔のデブ、みたいな感じかね

 しかし十二歳とお付き合いとか……うらやま……許されんやろ


288:ハカセ

 イチャイチャゆうのもあれや。


I奈「M男おにいちゃん♡ ちゅーしよ♡」

M男「あ、I奈ちゃんダメだよ。今は仕事中で……」

I奈「えー、じゃあ今夜は抜いてあげない♡」


 みたいなことを昼間っからやっとる

 そら戦闘員ブチ切れよ

 みんながみんな「あんなクソロリコンの指示に従って働けるか!」って感じ


289:名無しの戦闘員

 十二歳に射精管理される二十八歳……明らかに有罪


290:名無しの戦闘員

 うん有罪、戦闘員悪くない


291:ハカセ

 そして首領に呼び出されるワイ。


 首領「ハカセ……なぜ戦闘員は動かんのじゃ」

 ワイ「戦闘科長がロリコンなので皆がスト起こしました」

 首領「それは、おぬしの管理不行き届きじゃろう? 代わりの戦力を用意するのじゃ!」


 なんでや⁉ あの流れのどこにワイの関わる隙間があった⁉ 

 部下の射精管理プレイがワイの責任ってどんな判断や⁉


292:名無しの戦闘員

 wwwwwwwwww


293:名無しの戦闘員

 実はお前イジられキャラだろwwwww


294:名無しの戦闘員

 首領マジでクソだwww


295:ハカセ(晩酌中)

 こうして首領のお叱りを受けたワイは徹夜で魔霊兵を量産よ

 前にも書いたけど魔霊兵ってつまり人造兵士やからな。戦闘はこなせても内勤はできん

 そこの穴埋めもワイがせなあかんとかやってられんわ……


296:名無しの戦闘員

 呑み始めたw


297:名無しの戦闘員

 これは確かに理不尽


298:名無しの戦闘員

 最近戦闘員が減って魔霊兵が増えたのこんな理由だったのかw


299:名無しの戦闘員

 やばい、このスレにいるとデルンケムがただのお笑い集団に思えてきたw




 ◆




 結城茜(ゆうき・あかね)は現在中学三年生の、活発で明るい少女だ。

 ショートカットでボーイッシュな印象を受けるが、かわいいだけでなくクラスの中でも飛び抜けて胸が大きい。男女分け隔てなく接する本人の気質も相まって、密かに好意を寄せる男子も少なくない。

 中学一年の頃は女子バスケ部だった。

 しかし無理な練習がたたり膝を痛めて退部。そんな時に灯火の妖精ファルハと出会い、なし崩し的に変身ヒロイン・浄炎のエレスとなった。


『ボクが力になれるなら、みんなのために戦いたい!』


 もともと正義感の強い彼女はそれを後悔していない。膝が妖精の力で完治した後も、誰かの力になれるよう日夜戦い続けている。

 けれど最近は懸念があった。

 平日の放課後、茜は親友である沙雪を自宅に招いた。最初は勉強を見てもらっていたのだが、ひと段落したところで神霊結社デルンケムに対する疑問を口にした。


「ねえ、沙雪ちゃん。最近ちょっとおかしいよね?」

「ええ。戦闘員が数を減らし、魔霊兵が増えている」


 一つ年上の沙雪は、最初の妖精姫として一人でデルンケムと戦っていた時期があった。だからこそあの組織の変化を重く捉えているようだ。魔霊兵と呼ばれる人造の上級戦闘員。その数が目に見えて増え始めた。

 そこから導き出される答えは一つしかない。


「ハルヴィエドが前線に出てきたことといい、おそらくデルンケムは本腰を入れて日本征服を為そうとしている……」

 

 沙雪の発言に、茜はツバを飲み込む。

 少女たちはこの先にある激戦を予感していた……。


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