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沙雪ちゃんと晴彦さん②・後編


 沙雪は改めて葉加瀬晴彦について考える。

 初めて会った時は、美形なのに女性に慣れていない人だと思った。

 聖霊天装ができず悩んでいる時は相談に乗ってくれて、頼れる大人だと感じた。

 だけどこうして日常を覗き見ると晴彦は想像していたよりも普通だ。妹を大切にしていて、沙雪たちをもてなすために勉強してくれる真面目な人だった。

 それを知られて恥ずかしそうにする姿は、年上の男性には失礼な表現かもしれないが、なんとなくかわいらしい。


「へへ。晴彦さん、ボクたちのために紅茶の淹れ方勉強したんだって」


 美衣那の部屋でおしゃべりをしていると、茜がまんざらではない様子でそう言った。

 彼は恥ずかしがっていたが、社交辞令でなく歓迎してくれた証拠なのだから沙雪としてもかなり嬉しかった。


「でも、こんなに頑張ったんだよーって言ってくれてもいいのに、なんで隠そうとしたんでしょうね?」


 萌が不思議そうにしている。


「え? 特訓は隠すものじゃない?」

「そうなんですか?」

「うん。ボクもバスケ部の頃、秘密の練習はよくやったよ」


 もともと体育会系な茜からすると、努力を見せないのは普通のことのようだ。しかしそれを美衣那が否定する。


「たぶん、みんなにカッコいいって思ってもらいたかっただけ」

「ハルさんはかっこいいですよ?」

「でもあの人は、気合を入れると空回る」


 美衣那は少し不満そうだ。兄を嫌っているのではなく、もどかしさを感じているといった様子だ。 


「ふふ、美衣那は晴彦さんが大好きなのね」

「当然。ハル兄さんは、私の神様だから」


 からかったつもりが、美衣那は堂々としている。

 そうして彼女は今までのことを語り始めた。


「私と兄さんは血が繋がってない。父親に虐待されてた私を、兄さんが助けて引き取ってくれた」

「え……こ、これ、ボクたちが聞いていい話?」

「大丈夫、暗いのじゃない。むしろハル兄さんが父を殴ったり、私を抱きかかえて帰ったり、冒険活劇的」

「おおー、意外とアグレッシブ……」


 茜が妙なところで感心している。

 けれど確かに、そこまで過激な対応をするとは思っていなかった。 


「それからは兄さんだけが私の家族。いつも面倒を見て、いっしょにご飯を食べて、勉強を教えてくれたし、絵本を読んでとせがむと眠るまでずっと傍で読み聞かせてくれた。今だってたこ焼きパーティーしたいって言ったら、忙しくても時間を作ってくれる。……私が動きやすいように、会社の環境を整えてくれたのも知ってる」


 美衣那が、とても優しく微笑んでいる。


「まともな家に生み落としてくれなかった神様なんて信じない。代わりに私は自分の神様を信じる。私を愛してくれて、私が守りたいと願える誰か……それが、私にとっての神様」


 一転して彼女の表情は悪戯っぽい笑みに変わった。


「まあ私の神様は、日常生活では少しポンコツだけど」


 そのオチに堪えきれず沙雪たちは吹き出してしまった。


「ハル兄さんは、本当は変に格好つけたりしないで、自然にしてるのが一番なのに。意識すると途端にうまくいかなくなる人」

「教えてあげないの?」

沙雪がそう聞くと美衣那は拗ねたように口をとがらせる。

「……教えてモテたら何となくシャクだからイヤ」


 それがおかしくてみんなしてまた笑った。

 普段は無表情で兄を弄っているようだが、どうやら彼女はけっこうなブラコンらしい。




 ◆




560:ハカセ

 今度こそと気合いを入れるワイ

 夕食の材料は購入済みや

 とはいってもパスタってすぐ作れてまうからなぁ。夕食まではのんびり仕事しとった


561:名無しの戦闘員

 のんびり仕事って辺りに社畜根性が染み付いてるな


562:名無しの戦闘員

 マンションで怪人作成?


563:ハカセ

 うんにゃ、実はワイが会社で働いとるってのは嘘でもない

 日本で活動するために侵略を始める半年前から合同会社を設立しとる

 そっちの収支報告を組織用にまとめとこ思てな

 社名は……問題あるとあかんから今は内緒で


564:名無しの戦闘員

 やべえ、いつの間にか日本の金がデルンケムに流れてる


565:名無しの戦闘員

 ほんとに無駄に有能だなコイツ


566:ハカセ

 そやから経営難と言いつつも給与は確保できるって寸法や

 なお首領の報告書には分かりやすいようにミニハカセくんが指差しして「ここの部署は好調だよ!」とか「むむ、この数字おかしくない? 放置してるとちょっとまずいかも……」とか説明してるカラーイラスト付きや

 重要なところはミニハカセくんを追っていけば把握できるようになっとる


567:名無しの戦闘員

 それはさすがに甘やかしすぎでは?


568:名無しの戦闘員

 未成年が会社の経営状況を把握するにはそういうのも必要……なのか?


569:ハカセ

 補助輪みたいなもんや。慣れれば報告書のどの部分を見ればいいのか分かるようになる

 いずれは首領を社長に据えるつもりやし、今からちょっとずつでも報告書をさばけるようにならんとな


570:名無しの戦闘員

 優しいのか厳しいのか


571:名無しの戦闘員

 俺はそういうことやってくれる秘書欲しい


572:名無しの戦闘員

 おい! にゃんJ民のくせして社長がいるぞ!


573:名無しの戦闘員

 なんだと⁉ 血祭りにあげろ!


574:名無しの戦闘員

 物騒すぎるわw


575:ハカセ

 ワイも統括幹部代理なんやけど……(震え

 そんな感じで仕事をしつつ時間を潰しとった

 途中ゴリマッチョから「やべえぞ! 往年の名プロレスラー真剣十番勝負のビデオが手に入った! いっしょに見ねえか⁉」と誘いがあったけど別の日にしてもらった

 自分は強化系の異能でヤバイ肉弾戦できるのにゴリマッチョはプロレス大好きなんや


576:名無しの戦闘員

 二人の悪友感w


577:名無しの戦闘員

 なあなあハカセ

 お前頭いいんだから料理より勉強教えてやれば好感度アップじゃね?


578:ハカセ

 んー、ワイは天才と言いつつプロトタイピングを重視する研究者やからなぁ

 試行錯誤を積み重ねるのは若いフィオナたんたちにとって大事なことやと思うんや

 そりゃ教えてと頼まれたら引き受けるけど、初めからしゃしゃり出るのはちゃうやろ

 一番の理由は「友達と勉強会やるなんて猫耳にとってもいい機会やから奪いたくない」ってとこやけど


579:名無しの戦闘員 

 プロトタイピングってなんだ?


580:名無しの戦闘員

 プロトタイプ(試作品)を早めに作って実機で問題点出して修正して完成に近付けていく手法だよ

 ここでは効率のいい手段を教えてもらうより、失敗をどうにかしていく方法を自分で学ぶのが大事っていうのがハカセの意見ってことかな

 うん、私ちゃんもそれには賛成


581:名無しの戦闘員

 解説サンガツ


582:名無しの戦闘員

 意外にちゃんと研究者してるんだな

 そういえば猫耳ちゃん中学生設定だけどこっちの勉強分かるの?


583:ハカセ

 侵略前の準備期間にワイら幹部はある程度学んどるよ

 話の続き。時間もいい感じになって、そろそろ夕飯の支度でもしようかなぁってところでロスフェアちゃんたちも猫耳くのいちの部屋から出てきた

 エレスちゃん・フィオナたん・ルルンちゃん

 皆なぜかワイを見てニコニコ笑っとる


 ワイ「ねえ猫耳くのいち? なにかまた変なこと言ってない?」

 猫耳「私への普段の接し方を話しただけ」

 

 接し方……? 特別なことをした覚えないし、ほんまになんでや?

 

 猫耳「とりあえず、夕飯手伝う」

 ワイ「え、ワイがやるけど?」

 猫耳「偶にはいっしょにしたい、にゃ」

 

 そう言われたら逆らえるはずもなく了承するワイ

 それを見ていたルルンちゃんが一言


 ルルン「わぁ、わたし知ってますっ。こういうの、シスコンって言うんですよね?」


 どこでそんな言葉を覚えたのルルンちゃん⁉


584:名無しの戦闘員

 無邪気さって時に悪意より人を傷つけるよな


585:名無しの戦闘員

 十五歳の妹にせがまれて絵本読んであげるのはシスコン呼ばわりも仕方なし


586:名無しの戦闘員

 うん、十分シスコンだよねw


587:ハカセ

 そりゃあ猫耳は家族みたいなもんやし大切にも想っとるけどさぁ


 フィオナ「お二人とも、本当に仲良しですね」(ニコニコ。

   ワイ「そう見えているなら嬉しいが、なにか恥ずかしいな……」(頬ポリポリ

 

 そんなこんなでワイの見せ場のはずが、ワイと猫耳が仲良く料理するのをフィオナたんたちが微笑ましそうに眺めるという謎状況が形成された

 ま、悪い気分ではなかったかな。ちなみに夕食はアニキ直伝ラタトゥイユパスタや

 簡単で、野菜たっぷりだけどおいしい

 野菜不足なワイにはこれがぴったりやって


588:名無しの戦闘員

 アニキいい人すぎだろ。


589:名無しの戦闘員

 それが本当にモテる男の気遣いだぞ。


590:名無しの戦闘員

 ハカセも見習えよ。


591:ハカセ

 うん、さすがアニキや。ワイもこういうさり気ない技使えるようになりたい

 実際ワイでも簡単に作れたしな おかげでロスフェアちゃんたちも大喜びやった

 特にエレスちゃん、本当においしそうに食べるんや

 こういうのって嬉しいなぁ

 好印象を与えるって目的はほぼ失敗しとるような気もするけど、なんやかんやいい休日やったわ

 …………と、思っとったところで! 

 ワイには嬉し恥ずかしラストイベントが待ち受けとった!


592:名無しの戦闘員

 おお、最初に言ってたやつ!


593:名無しの戦闘員

 ついにフィオナちゃんの出番か


594:ハカセ

 洗い物を終えたワイはベランダで夕涼みをしとった

 そろそろ帰る時間やし、女の子たちだけでわちゃわちゃしとる方がええやろ思ってな

 片手にはビール。醜態さらすのもアレやし最近は一日三本まで。休肝日も設けとる 


595:名無しの戦闘員

 カラダを気遣う系悪の科学者w


596:名無しの戦闘員

 けっこう飲んでるじゃねえか


597:ハカセ

 景色を肴にビールを飲んでるとフィオナたんが一人でベランダにまでやってきた


   ワイ「ん……どうしたんだ、フィオナちゃん」

 フィオナ「今日はお世話になりましたので、ご挨拶を」

   ワイ「いや、私も楽しかったよ」


 お世辞やないで

 猫耳も同年代と触れ合えて楽しそうにしとったしな

 

 フィオナ「私も、楽しかったです。ハカセさんの普段の姿も見られましたし」

   ワイ「まいったな……」

 

 今日は恥ずかしい姿ばっかりだった気がするけど、フィオナたんはくすくす笑っとる

 あれ、実は好印象?

 

 フィオナ「……また今度、遊びに来させてもらってもいいですか?」

    壁┃ω・`)チラリッ…「にゃ」

   ワイ「ああ、もちろん。君達ならいつでも歓迎するよ」


 そうしてまた遊びに来る約束をして、フィオナたんは満足そうに帰っていった……

 どや! もうこれだいぶ親しくなっとるやろ⁉


598:名無しの戦闘員

 いや、猫耳ちゃんの優しいお兄さんの域を出ていないと思うんだが

 遊びにっていうのも妹ありきだろうし


599:名無しの戦闘員

 つか覗き見る謎のにゃんこがおるぞw


600:名無しの戦闘員

 いい雰囲気というには微妙だな……


602:ハカセ

 おまいら……ワイの結婚式には呼んだるからな

 その時は社長代理のワイとフィオナたんに祝福のシャンパンをかける権利をやろう


602:名無しの戦闘員

 こいつデルンケムと日本の一般人で二重生活送る気でいやがる……!


603:名無しの戦闘員

 しかもすげー出世してるw なんでこんなに強気でいられるのか


604:名無しの戦闘員

 能力的には不可能ではないのがまた。


605:ハカセ

 とまあここまでが昨日の話

 フィオナたん達が帰った後、ワイは猫耳ともう一泊日本で過ごしたんや

 それが首領にバレてな。罰として首領の私室でコー〇ギアス一気見に付き合わされた

 お話は面白かったんやけど、意外に首領がハマってもてな 

 ワイの幹部服をル〇ーシュナイズドする計画が持ち上がっとるんやけど、どないすればいいと思う?


606:名無しの戦闘員

 知らねえよw


607:名無しの戦闘員

 ほんとハカセは決めきれねえなw


608:ハカセ

 もしワイが次の出撃の時に謎の仮面被ってたりエリがすごい立ってても、触れないでそっとしといてな




 ◆

 



 日が暮れてそろそろ帰宅する頃合いになった。

 沙雪は帰る前に挨拶しようと晴彦を探した。彼は片手にビール缶を持って、ベランダで夕涼みをしている。

 声をかけようと近付くと晴彦が振り返る。沙雪を見つめる瞳は普段よりも優しかった。


「ん……どうしたんだ、沙雪ちゃん」

「今日はお世話になりましたので、ご挨拶を」

「いや、私も楽しかったよ。美衣那も、同じ年ごろの友人と触れ合えて喜んでいたようだ」


 シスコンという評価はあながち間違っていないように思う。沙雪はくすりと笑ってしまった。


「私も、楽しかったです。晴彦さんの普段の姿も見れましたし」

「まいったな……」


 気取っていない、大人としての立ち振る舞いでもない、家族にだけ見せる姿。

 妹の友達を歓迎するために頑張ってくれたり、美衣那と料理を作ったり。普段の彼を垣間見て、ぐっと距離が近付いたように感じられる。

 ……虐待されていたという美衣那を引き取り、惜しみなく愛情を注ぐ彼のことも知った。

 そんな過去を微塵も感じさせない横顔に、なぜかとくんと鼓動が鳴る。今の沙雪は彼に対して、単なる親しみやすい男性とは違った印象を抱いていた。


「……また今度、遊びに来させてもらってもいいですか?」

「ああ、もちろん。君達ならいつでも歓迎するよ」


 返ってきた微笑みに顔が熱くなるのを自覚する。

 それを悟られないように、沙雪は早々にベランダを後にした。


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