沙雪ちゃんと晴彦さん②・前編

　いつもよりも衣服には気を遣い、晴彦からもらった守り石も身に着けた。

　お土産はクッキーの詰め合わせ。ケーキにしようかとも思ったが、彼がおもてなしの準備をしていた場合に被る可能性もある。初めての訪問なら無難なものを選ぶべきだろう。

「あ、沙雪ちゃん早いね！」

「お呼ばれしているのだから、万が一にも遅れるわけにはいかないもの」

「気合い十分だね！」

「べ、別にそういうつもりでは……」

　

　待ち合わせ場所に一番に来たのは沙雪だった。口ごもってしまったが他意はない。

　次に茜が、そして最後に「お待たせしましたっ」と元気に萌が走ってくる。

　日曜日。今日は美衣那との約束で、葉加瀬家に遊びに行くことになっていた。

「今日はハルさんもお休みで、お家で歓迎してくれるんですよね？」

　萌が嬉しそうにしている。

　美衣那さんの家に行くということは、兄である晴彦さんの家に行くということでもある。意識すると少し緊張してきてしまった。

「そうね、失礼のないようにしないと」

「分かってるよ沙雪ちゃん。さ、行こっ！」

　元気な茜の笑顔を見ると勇気をもらえるような気がする。

　向かった先は駅前にあるマンション。ここで晴彦達は二人暮らしをしているそうだ。部屋は二階の角部屋だと聞いているので直接訪ねた。

「……はい、お待ちして、ました」

　出迎えてくれたのは美衣那だ。銀髪だけど二人とも生粋の日本人らしい。

　首元の開いた大きめなリボンがついたトップスにフレアミニスカート。チャーム付きのチョーカーがよく映える、かわいらしくまとまった着こなしだった。

「やっほ、美衣那ちゃん！」

「美衣那さん、こんにちはっ」

「今日はお招きありがとうございます」

　晴彦のことを別にしても美衣那と仲良くできるのはとても嬉しい。

　なにせ沙雪の交友関係は狭い。茜や萌以外の友達の自宅にお呼ばれするなんて、めったにないイベントである。

「ここには最近引っ越したばかり。ハル兄さん、私が根戸羅学園の推薦とったと知ったらすぐにマンションを借りた」

「じゃあ美衣那は私の後輩になるのね」

「ん、よろしく。沙雪先輩」

「こちらこそ」

　確かにこのマンションなら学園からも近いし登校しやすい。しかし妹のために引っ越すなんて思い切ったことをする。

「ボクも目指してるから、三人いっしょになれるかもね！」

「茜はもう少し勉強を頑張らないと」

「うっ、あはは、それは……」

　勉強が苦手な茜はぎこちなく笑っている。

　そういうところもかわいいとは思うが、ここで手心を加えたら後々困るのは彼女だ。今日は遊びがてら勉強会も開く予定だった。

　案内された美衣那達の家は、落ち着いたデザインの木製家具で統一されていた。インテリアが少ないのは引っ越してきたばかりだからだろう。

「ああ、沙雪ちゃん。萌ちゃんに、茜ちゃんも。いらっしゃい、よく来てくれたね」

　リビングに行くと私服姿の晴彦が待っていた。

　銀髪でクールな顔立ちの美貌の青年がソファーで英字新聞を読んでいる。すごく違和感があるようで、しっくりくるような不思議な感覚だった。

「お邪魔しまーす！」

「ハルさんこんにちはです！」

「お邪魔します。今日はよろしくお願いしますね、晴彦さん」

　スムーズに名前も呼べた。そんな当たり前のことに胸を高鳴らせ、沙雪は自然と笑顔になった。

　◆

511:ハカセ

　ワイがロスフェアちゃん三人を家に呼んでシスコン認定されたあげくフィオナたんとイイ雰囲気になった話したっけ？

512:名無しの戦闘員

　してねぇよ⁉

513:名無しの戦闘員

　なにそれくわしく！

514:ハカセ

　もーしゃーないなぁｗ　にゃんＪ民は欲しがりさんやなぁｗ

515:名無しの戦闘員

　未だかつてないほどハカセうっざ

516:名無しの戦闘員

　お前とにかく話したいだけだろ

517:ハカセ

　前振りはこんくらいにしとこか

　前に猫耳くのいちがエレスちゃん達を家に呼んだ話ししたやろ？

　あの後速攻でマンション契約してハカセ・猫耳兄妹の二人暮らしを構築したんや

　日本での拠点も欲しかったしちょうどいい機会やったわ

　で、ちゃんとエレスちゃん達が遊びに来たんでおもてなしをしたってわけや

518:名無しの戦闘員

　ああ、ハカセさん家ノ男性事情？

519:名無しの戦闘員

　家庭事情計画な

　男性事情だと猫耳ちゃんが大変なことになる

520

　NTR（にゃとられ）

521:ハカセ

　とりあえず設定も練ってみた

【ハカセ・アニタロウ】

　とある電機メーカーグループの統括持株会社に勤める二十六歳

　若くして役員ではあるが現場主義で、いまだに研究の陣頭に立っている

　両親を早く亡くしたため妹の面倒を見てきた。実は義理の妹だが、血の繋がりなど関係なく大切に想っている

　趣味は読書と研究。仕事人間すぎて恋人とはすぐ別れてしまうのが悩み

　本当は猫を飼いたいが義妹に止められている

　カップ麺や冷凍食品、ケーキなどが好き

　濃い味が好きだが体に悪いといつも義妹に窘められている

　家事は一通りできるが、料理は普段義妹が担当している

　一番の好物は義妹の手料理

522:名無しの戦闘員

　恋人とはすぐ別れてしまう、の辺りに小さなプライドが見え隠れしてるなｗ

523:名無しの戦闘員

　お前恋人いないし童貞じゃんｗｗｗ　

　俺？　……聞くなよそんなこと

524:名無しの戦闘員

　後半はわりと普段のハカセだな

525:ハカセ

　続いて猫耳くのいちの設定な

【ハカセ・イモウット】

　都内の中学に通う十五歳。

　すでに根戸羅学園の入学が推薦で決まっており、アニタロウが引っ越しを決めたのはイモウットの高校生活を考えてのこと。

　人見知りがあり、普段は無口で感情を見せないが友人や家族とはけっこう喋る

　運動は得意だが勉強はちょっと苦手。兄と二人暮らしで家事をするため中学時代部活に入っていなかった

　実は兄とは血が繋がっていない

　兄のことは『兄さん』呼び。仲が良く、休日にはいっしょに買い物に出かけたりもする

　ハカセ家の調理担当。兄のためになんとか野菜を食べさせようと工夫している

　最近はオシャレに目覚めて、色々と試している

　……こんな感じか。名前からワイらに辿り着こうとしても無理やで。当然ながら仮名や

526:名無しの戦闘員

　言われんでも分かるわｗ　

　てかマジで猫耳ちゃん料理できるの？

527:名無しの戦闘員

　義理の妹か……いいねぇ、すばらしい設定を盛り込んできた

528:名無しの戦闘員

　なんかラブコメが始まりそうな設定だな

529:ハカセ

　＞＞５２６

　できるで、設定と言いつつも大きな乖離はない

　フィオナたんを迎えるための準備は万端や

　マンションを購入し家具やインテリアを整えた。ウォーターサーバーも設置してある

　しかもただのウォーターサーバーやない

　周りに馴染むシックなデザインのウォーターサーバーや……！

530:名無しの戦闘員

　お、おう

531:名無しの戦闘員

　なんなのそのウォーターサーバー推し

532:ハカセ

　そらウォーターサーバーはモテアイテムやとネットの記事を見たからな！

　あと猫耳が欲しいゆうたから設置してみたんやけど意外と便利でお気に入りなんや

533:名無しの戦闘員

　やっぱ猫耳ちゃんに甘いよなハカセ

534:名無しの戦闘員

　実際にそこで暮らしてんの？

535:ハカセ

　基本は基地やけどお泊り感覚で過ごすこともあるで

　猫耳が喜んでくれてな

　猫耳「晩御飯できた、にゃ」

　ワイ「ありがとう。猫耳妹のご飯はおいしいからなぁ」

　猫耳「ハカセ兄さん。今夜は昔みたいに、絵本を読んでほしい、にゃ」

　ワイ「おいおい、もう十五才だろ？」

　猫耳「いいにゃ。妹は、兄に甘えるもの、にゃ」

　こんな感じ

　にゃ、はあかんぞとちゃんと注意もしておいた

　なんか昔の、教育係だった頃を思い出すわ

　以前の猫耳は夜寝る前に、ワイに絵本を読んでとせがんできたもんや……

536:名無しの戦闘員

　あれ、なにこれ

　俺らハカセのリア充っぷりを見せつけられるの？

537:名無しの戦闘員

　この段階で既にイチャついてるけど本題はフィオナちゃんだからな

538:ハカセ

　その通りや

　ワイはこの日のためにアニキに紅茶の淹れ方を学んだ

　猫耳やＡ子ちゃんも教えてくれようとしたが「弟分のためだ、俺が基礎から教えるよ」って言ってくれた

　明日も仕事あるのに一晩中付き合ってくれるアニキまじアニキ

　ケーキも準備済み。インテリなところを見せるため英字新聞も用意しとる

　ワイにしたら日本語も英語も他次元の言語やけど、学生にはアピールになるらしいからな

539:名無しの戦闘員

　気合十分見たいだけど微妙にずれてると思わなくもない

　特に英字新聞のくだり

540:名無しの戦闘員

　努力は認める。

541:名無しの戦闘員

　相変わらずの面倒見のよさンゴねぇ

　アニキぃ！

542:ハカセ

　そしてついにフィオナたん達がウチに来た

　

　ワイ「ああ、フィオナちゃん。ルルンちゃんに、エレスちゃんも。いらっしゃい、よく来てくれたね」

　

　ちなみにワイ、ロスフェアちゃん達のこと下の名前で呼ぶようになった

　妹と区別するために向こうも下の名前で呼び

　よう考えたら苗字の方が本名に近いんやけどな

　　エレス「お邪魔しまーす！」

　　ルルン「ハカセさん、こんにちはです！」

　フィオナ「お邪魔します。今日はよろしくお願いしますね、ハカセさん」

　

　うんうん、元気なええ子達や。なんて思ってるとくいくいと服を引っ張られた

　猫耳「ハカセ兄さん、鼻の下を伸ばさない」

　ワイ「おいおい、そんなつもりはないぞ」

　猫耳「兄さんはかわいい子に弱いから」

　ワイ「まいったな……」

　さすがスパイも難なくこなす猫耳やな。まるでほんまの兄に腹を立てている妹のようや

543:名無しの戦闘員

　……うん、そやな！

544:名無しの戦闘員

　義理の妹の嫉妬最高かよ

545:ハカセ

　　エレス「妹ちゃん、お兄さんと仲良しなんだね！」

　　　猫耳「違う。ハカセ兄さんは仕事できるけど普段はだらしないからしつけてるだけ」

　フィオナ「し、しつけ……」（頬赤

　

　ねえフィオナたん、なんでちょっと顔赤くしてるの？

　

　ルルン「わぁ、ウォーターサーバーだ！　家にあるの初めて見ましたっ」

　ワイ「はは、意外と便利でね」

　

　ルルンちゃん……ほんまええ子や

　ワイ「まあ座ってくれ。お茶でも用意しよう」

　

　そしてケーキを、ワイが淹れた紅茶を振る舞った

　クリーム系が多いので茶葉はディンブラがいいってアニキが言ってた

　ワイはアニキを全面的に信じてる

546:名無しの戦闘員

　ルルンちゃんは本当にうまくハカセの好感度を稼ぐよな

547:名無しの戦闘員

　というよりハカセの感性が幼いルルンちゃんに近いのでは……。

548:名無しの戦闘員

　おいバカやめろ

549:ハカセ

　いわれなき風評被害にも耐える健気なワイ

　

　エレス「わぁ、ハカセさん。紅茶淹れるのすごく上手なんですね！」

　フィオナ「おいしい……」

　ルルン「マスターみたいです」　

　

　意外とボクっ娘エレスちゃんの評価が高く尊敬の目を向けられた

　ふふふ、そうやろう。ワイかっこええやろ。見て、もっとワイを見て！　

　

　猫耳「……今日のためにアニキさんのところで一夜漬けしただけ」

　つーんとした感じでバラす我が妹

　それ言っちゃあかんヤツやん

550:名無しの戦闘員

　猫耳ちゃんの義妹としての鉄の意志を感じる

551:名無しの戦闘員

　かーっ、あざとかー！　猫耳ちゃんあざとかー！

552:ハカセ

　フィオナ「へぇ、そうなんですか……」（ニコニコ

　エレス「ハカセさん、ありがとうございます」（ニマニマ

　ルルン「そうなんですか、一日でこれってですごいですねっ」（超笑顔

　あかん、ワイが女の子の前でカッコつけようと練習しちゃう男だと露見した

　内心見栄っ張りだとか思われてるかも知らん

　なにこれすっごい恥ずかしい。見ないで、ワイを見ないで……

　ワイ「こ、こら猫耳」

　猫耳「皆騙されたらダメ。兄さんは格好いいけど晩酌のビールを何より楽しみにしてるおじさんくさい人」

　ワイ「本当に止めてくれません⁉」

　なんなのこの子？　ワイを辱めてどうしたいの？　ワイの評価だだ下がりやんけ

553:名無しの戦闘員

　なんなのって、なぁ……？

554:名無しの戦闘員

　義理の妹としては正しい行動だよね

555:名無しの戦闘員

　ラブコメの基本を押さえてるじゃないか

556:名無しの戦闘員

　猫耳ちゃん分かってるよ、うん

　むしろこれはノレなかったハカセの方に責任がある

557:ハカセ

　こうしてワイの見せ場は猫耳くのいちの手によって潰されてしまった……

　だがチャンスはまだある。今日はウチで遊びつつ、勉強会みたいなこともするらしい

　そして夕食も食べていくと

　そう……夕食や。ここでワイがオシャレなパスタを作って再度アピールする

　アニキ直伝のレシピを使ってな！

558:名無しの戦闘員

　紅茶もパスタもってそれアニキがすげーだけじゃねえかｗ

559:名無しの戦闘員

　そもそもパスタがオシャレって感覚がもうね