沙雪ちゃんと晴彦さん①
神無月沙雪は、自慢ではないがモテる方である。
学園でも淑やかで清楚な美少女として有名であり、男子生徒からよく声をかけられる。
しかし同性の友達すらほとんどいない彼女にとって、同年代の男子と仲良くするのは非常にハードルが高い。
告白されてもはっきりと断っているし、軽い遊びの誘いさえだいたいは遠慮している。当然ながら男子と連絡先を交換した経験なんて今まで一度もなかった。
はっきりと言えば、沙雪は容姿が優れているだけで本質的には陰キャのぼっち気質である。
加えて幼い頃の経験から軽い人間不信も併発していた。
そういう彼女にとって、葉加瀬晴彦は初めて親しくなった異性だと言える。
「葉加瀬さん、守り石ありがとうございます。おかげで成功しました」
「それは神無月さんの日頃の行いの結果だろう。その石は単なる気休めだよ」
今では喫茶店ニルでタイミングが合うと自然に相席するようになった。
沙雪が感謝を伝えても葉加瀬は恩に着せようとはせず、おいしそうにシュークリームを頬張っている。
「うまぁ……マスター、このほうじ茶のシュークリームお土産に六つくらい包んでください」
「はは。気に入ったか?」
「ええ。妹にも食べてもらいたいと思って」
沙雪は未だに葉加瀬の連絡先を知らない。
素直に聞けば教えてもらえそうなのだが、場数を踏んでいない彼女にはそれが難しい。有り体に言えばとても恥ずかしかった。
反対に萌は葉加瀬と連絡先を交換しており、普段から連絡を取り合っているようだ。
『沙雪さん、茜さん。見てください、これ! ハルさんが妹さんとたこ焼きパーティーした時の画像です。私達も今度しませんか?』
以前、鮮やかな笑顔で葉加瀬から送られた画像を見せてくれた。
メッセージや画像のやりとりだけでなく、聖霊天装を会得した時はお祝いに食事に連れて行ってもらったとか。
嫉妬ではない。萌はいい子だし大事な親友で『ハルさんですか? 大事なお友達です!』と言っていたから、まったくもって嫉妬ではない。そもそも別に葉加瀬を男性として意識しているわけでもないし。
「そう言えば最近、萌から葉加瀬さんの話をよく聞きます」
「萌ちゃんから?」
「……はい。お兄ちゃんみたいだって言っていました」
「そうか。少し、恥ずかしいな。私にとっても萌ちゃんは、大事な友達だよ」
照れた彼を思わず凝視してしまう。
それを奇妙に感じたのか、葉加瀬は気遣うように声をかけてくれた。
「神無月さん、どうかしたのか?」
特にどうということもない。
ただ『萌ちゃん』と『神無月さん』という呼び方の差に、ちょっとモヤモヤするだけだ。
「いえ、なんでもないです」
誤魔化すように微笑む。
この日も彼の連絡先は聞けなかった。
◆
545:名無しの戦闘員
最近ヤバいくらいNTR6やってる
今日も一日中やっちまった。気付いたら日付変わろうとしてるじゃん
546:名無しの戦闘員
なになにエロい話?
547:名無しの戦闘員
ちげーよ。『ナイト・テイルズ・ロマネスク6』っていう対戦格ゲー
勇者とか魔法使いとかファンタジーなキャラで戦うやつ
育成要素のあるストーリーモードと自由度高いキャラビルドがとにかく楽しい
548:名無しの戦闘員
ワイ将も好き。コマンド技を自由にセットできるのがいい
あと踊り子のオフィーリアちゃんかわいいンゴ
549:名無しの戦闘員
もうそんなに出てたんか
ナイロマ2まではやったんだけどなぁ
俺の持ちキャラ孤高の剣士バーファイってまだいる?
550:名無しの戦闘員
今じゃ孤高の剣聖バーファイになって最強キャラ群の一角よ
魔獣使いミアと結婚して子供もいるし、妹のキャロルも見習い魔法剣士としてプレイアブル化してる
551:名無しの戦闘員
ぜんぜん孤高じゃねぇ……⁉
552:名無しの戦闘員
ミアもキャロルもラスボスの幻魔王ヴァルジュアに寝取られてるし、子供も托卵だからバーファイは孤高のままだよ
553:名無しの戦闘員
コンシューマーのゲームですよねぇ……?
554:名無しの戦闘員
それ公式が勝手に言ってるだけだから
555:名無しの戦闘員
公式の概念が崩れとる。
556:名無しの戦闘員
横からだが、マジで公式が勝手に言ってるんだよ
ゲームのストーリー中にそんな描写はなくて、設定資料集に載ってる座談会で「なんで結婚してんのに孤高なの?」って質問にスタッフの一人が笑いながら僕の中の裏設定では……って話しただけだから本編に反映されてるか微妙なんだ
557:ハカセ
できれば反映されてほしくないな、それ……
558:名無しの戦闘員
俺のオススメは牧場経営シミュなんだけど悪の組織運営中のハカセにはちょっとすすめにくい……
559:名無しの戦闘員
てかハカセ今日は遅かったな、もう日付変わるぞ
560:ハカセ
今日はにゃんこがワイに輝けと囁いてな。だから相談させてくれ
561:名無しの戦闘員
一切内容が伝わってこないんだけど。
562:名無しの戦闘員
つまりいつものハカセやな。
563:ハカセ
いやな、今日は妹といっしょに買い物に出かけたんや
564:名無しの戦闘員
あれ? ハカセ妹いたの?
565:ハカセ
うん、猫耳くのいちのことやけど
566:名無しの戦闘員
??
567:名無しの戦闘員
妹プレイ?
568:名無しの戦闘員
猫耳ちゃんとだと服とか?
569:ハカセ
プレイゆうな
うん、服がメインやな
あとちょっと家買ってきた
570:名無しの戦闘員
家はちょっとで買うようなもんじゃねーよw
571:名無しの戦闘員
ぶるじょわじー……
572:名無しの戦闘員
組織は経営難なのに羽振りいいなぁ
573:ハカセ
いやいや、わりとしゃーない事情からでな
今日ワイは猫耳くのいちとお買い物に出かけとった
オシャレにハマった彼女は新しい服を「選んで、にゃ」と頼んできたんや
そんならショッピングモールにでもとお出かけして、帰りにはフードコートでジャンクな料理に舌鼓でも打とうと思ってな
574:ハカセ
猫耳「ハカセ、これどう、にゃ」
ワイ「おお、いいやん。かわいい」
以前の安価の時の反省からワイは猫耳をちゃんと褒めるようになった
それが嬉しいのか、次々に新しい服を持ってきてちょっとしたファッションショーや
その中からいくつか気に入ったのを選んで購入
物静かで表情変わらない系の猫耳も今日ばかりは満足そうな顔をしとったわ
575:名無しの戦闘員
普通にデートじゃん
576:名無しの戦闘員
憎い……憎しみで人が〇せたなら……
577:ハカセ
猫耳「今度はハカセ、にゃ」
ワイ「ええ、ワイもですか?」
その後はちょっと予想外。どうやら猫耳はワイをコーディネイトするつもりらしい
いつものスーツは無難すぎるとかなんとか
猫耳「身長高いし、こういうのも、にゃ」
ワイ「むう、ちょっと冒険し過ぎでない?」
猫耳「大丈夫、似合う、にゃ」
なんというかパンク? ちょっと厳ついバンド系みたいな服とか教授っぽい服
正直自分では選ばんような服ばかりやけど、せっかくのオススメやし着てはみたんや
そんで鏡を見たらびっくり
あれ……ワイ、かっこいい?
578:名無しの戦闘員
イケメンなのは間違いない
シャクだけど
579:ハカセ
ワイ「どや?」
猫耳「セクシーにゃ」
ワイ「こっちもよくない? 眼鏡もかけてみたり」
猫耳「知的に見えるにゃ」
うん、神霊工学者やから見えるも何も知的なんやけど?
思いつつも無粋なツッコミはしない。猫耳は素直に褒めてくれとるだけやしな
猫耳コーデはあつらえたようにぴったりやった
気分が良くなってファッション誌ばりのポーズを決めると抑揚のない感じで猫耳が「きゃー、すてきー、にゃ」とノってくれた
やばい、楽しい
580:名無しの戦闘員
だから『にゃんこが俺に』かw
581:名無しの戦闘員
あの手のギャル男ポーズをやったわけね。
582:名無しの戦闘員
前々から思ってたけどハカセって科学者ポジなのに基本お調子者だよな。
583:ハカセ
猫耳「次はコレ、にゃ」
ワイ「任せろぃ」
ワイのファッションショーは続く
すると店内のお客さんもチラチラと目を向けてくるようになってな
なにバカにやってんだろ的な視線もあるけど「あの人かっこいー」みたいな好意的な目も多かった
なのでさらに調子に乗るワイ
ワイ「ふふ、どうかな?」
クールに決めポーズ
喜ぶ猫耳
ニコニコな店員さん
ちょっと黄色い声を上げる女性客
エレス「……」(頬赤
フィオナ「……」(頬赤
ルルン「わー、ハカセさんすっごく似合ってますっ」(超笑顔
何故かいるロスフェアちゃん達
やらかした
ジョ〇ノ・ジョバ〇ナばりにガバッと胸元を開いて肌を晒しつつキメ顔してるところをガッツリ見られた
584:名無しの戦闘員
このタイミングよwww
585:名無しの戦闘員
もう狙ってるとしか言いようがないw
586:名無しの戦闘員
やっぱ持ってるわwww
587:ハカセ
固まるロスフェアちゃん
そりゃそうや、なんだかんだみんな十五歳前後。成人したばっかりやもんな
男の肌を見せつけられたら引くわ
そんな中、また救いの妖精が手を差し伸べてくれた
ルルン「ハカセさん、こんにちは! 今日はお休みですか?」
ワイ「ああ、それで、新しい服でも仕入れようとね。ははは……」
ルルン「スーツ姿も、今日みたいな服もどっちもかっこいいです」
ワイ「うん、ありがとう」
一切の躊躇いなくワイに声をかけてくれるルルンちゃん
いい子や……そのまま成長するんやで……
588:名無しの戦闘員
またルルンちゃんの好感度上がったな
589:名無しの戦闘員
ついでにハカセが処刑台の階段を上がっていくw
590:ハカセ
ワイはフィオナたん推し!
フィオナたんもいい子なんやぞ
ちょっと戸惑いつつも咳払いして、微笑みながら話しかけてくれた
フィオナ「ハカセさん、こんにちは」
ワイ「ああ、フィオナさん。昨日はどうも」
フィオナ「あはは。最近は偶然ですが、相席する機会が多いですね」
さっきの失態はなかったことにしてくれるつもりらしい
エレス「こんにちは! えっと、いい筋肉な胸板ですね⁉」
エレスちゃんもいい子ではあるけど状態異常【混乱】が続いていた模様
フィオナたんから話を聞くと、お揃いのアクセを買いに駅前まで出てきたらしい
で、その後についでに服をと立ち寄ればワッションショー中だったと
591:名無しの戦闘員
ワイのファッションショーでワッションショーか
592:名無しの戦闘員
仲良しやなぁ、ロスフェアちゃんたち
593:名無しの戦闘員
アイドルグループみたいに「ちょっとー、私がセンターなんだからアンタら目立つマネ止めてよ」みたいな争いあるのかと思ってた
594:名無しの戦闘員
そんな変身ヒロインいやだ
595:ハカセ
猫耳「……」(くいくいっ
フィオナ「あ、あれ? その方は……?」
そういやロスフェアちゃんと猫耳は初対面やった
幸いにも変身前のためフィオナたん達の正体はバレていない様子
逆に猫耳も認識阻害をかけとるから幹部だとは気付かれていない
ワイ「妹なんだ」
猫耳「……ハカセ妹です」
フィオナ「ああ、妹さんだったんですか!」
諜報の専門家である猫耳は打ち合わせなしでもすぐにワイの妹として振る舞った
初対面でちょっと警戒していたフィオナたんにも笑顔が戻る
いつものスーツ姿に着替えるワイ
猫耳「……着替えたの?」
ルルン「すっごく似合ってましたよ?」
勘弁してください
596:ハカセ
猫耳が軽く自己紹介すると、エレスちゃんとルルンちゃんからの質問攻め
どうしてもワイらの人間関係って組織内で完結してまうからな。これも経験ってことで見守とった
フィオナ「妹さん、かわいいですね」
ワイ「自慢の妹だよ」
フィオナ「お料理も上手だと聞きました」
フィオナたんはその輪から外れてワイとお喋り! ワイとお喋りや!
ルルンちゃんから前のたこ焼きパーティーの画像を見せてもらったらしい
ずるいー、みたいな拗ねた表情もかわええ。
597:名無しの戦闘員
なんだかんだイイ感じやん
598:名無しの戦闘員
でもさ、ハカセのフィオナちゃんへの感情って惚れた腫れたじゃなくて推しのアイドルに会えて嬉しい! 結婚したい! の域を出てないよな
599:ハカセ
>>598
あー、そうかもしれん
でも好きなことには変わらんで
ワイ「君達は仲がいいね」
フィオナ「はい。歳は違いますが、二人とも大切な親友です。ところで、ハカセさん。実は、ですね……その。お願い、といいましょうか」
雑談の途中、フィオナたんはなにやら言いにくそうにしとった
こらワイから促したらなあかんかな、と思った時や
600:ハカセ
猫耳と話しとったエレスちゃんがこっちに来て
「あ、ハカセさん! それじゃあ今度おうちにお邪魔しますね!」
ものっそい笑顔でそう言った
601:ハカセ
ワイ「うん?」
エレス「えっと、妹ちゃんと仲良くなって、今度は遊ぶ話になったんです」
ワイ「そうなの?」
エレス「はい、フィオナちゃんやルルンちゃんもいっしょに。よろしくお願いします!」
ワイ、猫耳の方を見る
すすっと目を逸らされた
猫耳「……にゃ」
ワイ「にゃじゃないが⁉」
猫耳、エレルンちゃん達の勢いに負けてハカセ家にご招待する約束をした模様
それってつまり組織の秘密基地ですが?
602:名無しの戦闘員
正義の変身ヒロイン、悪の秘密基地に遊びに行く約束をする
603:名無しの戦闘員
まさかとは思うが猫耳ちゃんもポンコツなのか……
604:名無しの戦闘員
よく考えてみろよ、十二歳の頃からハカセが面倒見てきたんだぞ?
605:名無しの戦闘員
あぁ、それはポンコツだわ
606:ハカセ
>>604、605
どういうこと⁉
この事態を打開するためにワイは虹色の脳細胞をフル回転させた
ワイ「今日はこれから食事に行くから、また日を改めてもらうが構わないかな?」
エレス「はい、もちろんです!」
ワイ「なら、こちらから改めて連絡をいれよう。三人が来るなら歓迎したいしね」
フィオナ「で、でしたら私が一番年上ですし、連絡役を請け負います」
ワイ「そう? じゃあワイの番号を教えておくよ」
そう、ひとまずこの場は解散して早急に家を買って、さも「ここで暮らしていましたが?」みたいな顔をして彼女達を迎える。
ハカセさん家ノ家庭事情計画発動や
607:名無しの戦闘員
……タイミングが合わずに結局約束はお流れになりました、でいいのでわ?(名案
608:ハカセ
そんなことしたら猫耳が嘘ついたみたいになるやろ⁉
609:名無しの戦闘員
なんだその理由w
610:名無しの戦闘員
猫耳ちゃんにはわりと甘いのね
611:ハカセ
あとよくよく考えたらフィオナたんがウチに遊びに来るってことやしな!
ちょっとイイ感じのマンションを買ってセンスある内装にして「わぁ、ハカセさんってオシャレー」とか言われたい
なので相談です
なんか女の子受けのいいオシャレなインテリアについて教えてください
((。・ω・)。_ _))ペコリ
612:名無しの戦闘員
そこはにゃんJ民任せかよ⁉
613:名無しの戦闘員
しょせんハカセはハカセだなw
614:ハカセ
ちなみに帰り際、猫耳に
「ハカセが何も言わないなら、私は何も知らないままでいる、にゃ」
って言われた
女の子っていつの間にか成長するもんやな……
◆
「ふふ……」
日曜日の夜、沙雪はスマホを握りしめてニヤニヤとしていた。
昼間は茜や萌とお揃いのアクセを買いに出かけた。その帰り、立ち寄ったお店に葉加瀬晴彦がいた。
女性といっしょにいたので一瞬動揺したが、話を聞いてみれば妹と買い物に来ただけだった。妹の名前は美衣那といって、クールな印象の美人だ。
葉加瀬は妹の要望に応えて色々な服を試着していた。
しかもなぜか少しはだけてポーズまでつけて。普段は穏やかな彼も家族の前ではふざけたりするようだ。あと、服の下の身体はけっこう鍛え……なんでもない、考えてはいけない。
妹の美衣那とは相当仲がいいらしい。
彼女がワガママを言っても「仕方がないなぁ」と優しい表情で受け入れていた。おそらくあのポーズもその一環だったのだろう。
葉加瀬の意外な一面を知れて楽しかった。加えてもう一ついいことがあった。
ハルっち【では、また予定が決まったら連絡するよ】
Sayuki【お願いします、葉加瀬さん】
ハルっち【そうだ。苗字だと妹と被るから下の名前で呼んでもらえるかな?】
Sayuki【それなら晴彦さんと。私のことも、どうぞ沙雪と呼んでください】
ハルっち【分かった。それじゃあ、お休み。沙雪ちゃん】
美衣那にはとても感謝をしている。
彼女と茜が交わした遊ぶ約束のおかげで、沙雪は意図せずして葉加瀬の……晴彦の連絡先を得られた。しかも今後は「沙雪ちゃん」と呼んでもらえるようになった。
申し訳ないような気もするが、とりあえず。
「にへへ……」
沙雪は妖精の加護に感謝して、しばらくスマホを眺め続けていた。